第32話 レイナの罰
「でもそれは‥マーガレットさまの考えすぎだと思います‥特に根拠があるわけではございませんが、カタリナ生徒会長がそのようなことをなさるのでしょうか‥?」
ハンナはまたしも首を傾げながら、マーガレットに尋ねた。マーガレットはしっぽの先を伸ばして頭をぼりぼりかいた。本来ならこれもいつもはレイナが怒鳴って止めてくるものだが、レイナは顔を背けている。絶対レイナへのあてつけでやっているだろうと、私は思った。
「お前らが信頼していたレイナもこうなったのだろう?生徒会長が何を考えていてもおかしくないと思うのだが」
マーガレットはこう言ってきた。確かに生徒会長のイメージだけが先走りして、何も悪いことをしていないように思ってしまう、バイアスがかかっているのかもしれない。でもカタリナは義理とはいえ私の姉で、憧れの対象で、目標だ。私も擁護したい気持ちがある。
「私も‥カタリナ生徒会長はそんなことをする人じゃないと思うな‥‥」
「なら、マーガレット1人で調べるのだ。絶対に証拠を掴むのだ」
マーガレットはそう言って、むしゃむしゃと肉をむさぼった。マーガレットはあくまで疑う気でいるのだろうが、証拠は出てこないと言い切ることは私にはできない。
「調べるのはいいけど、私とハンナの迷惑にならないようにして」
「分かったのだ」
こうして食事を進めたのだが、私の視界にはどうしてもレイナが入ってしまう。レイナの悪行を周囲に広めるのも気がひけるので、今日はテーブルの片隅で食べてもらったのだが、やはり月キャンパスにいる間は同じ部屋の人だ。トラブルのことを教官に訴えれば他の人に変えてもらえないことはないのだが、変えたところでレイナが別の部屋の人と問題を起こさないとも限らない。だからといって同じ部屋の住人を腫れ物扱いして遠ざけ続けるのも、気が咎めるものだ。
マーガレットは「盗聴器を探すのだ」と先に部屋に戻ってしまい、そのあとにレイナも無言で食事を終えてレストランを出ていってしまった。残る2人が食事を終えて部屋に戻る廊下を歩く間、私はハンナにそんな話をした。
「‥‥確かにその通りでございますね」
ハンナは苦い顔を見せた。完全に納得はしていない様子だし、これからもしばらくは気まずい空気が流れるだろう。でもそれは、レイナが悪いことをした以上やむを得ないことだ。レイナがこれから先さらなる悪行に及ばない限りは、時間が解決するものだろう。
こういうものはレイナが腫れ物になる前に終わらせるべきで、早いうちがいい。
「‥でも」
ハンナはうつむきながら、小さい声で言った。もうすぐ206の部屋の前なのだが、ハンナがまだ話を続けたい様子なので、206を通り過ぎて共用スペースで話の続きをすることにした。
共用スペースは、あまり人がいなかった。みな食事に行っているのだろう。窓が暗くなり夜を示すなか、私とハンナはソファーに並んで座った。
「レイナがどうしたの?もしかして、二度と話したくないとか?」
「‥‥レイナさまには、他にもひどいことをされました。性器を見せろと要求されたり、裸で恥ずかしいポーズをとらされたり‥‥わたくしが言うのも変な話ではございますが、謝罪だけではなくて、こう‥‥行動で示していただきたいです」
ハンナは人を攻撃したり貶めたりするような性格ではない。悪いことをされても何も言い返せず、すぐ許してしまうような人だ。そんなハンナが、被害者であるとはいえ、このようなことを言い出したことに私は驚いた。そしてすぐにハンナを抱きしめた。
「ハンナ、つらかった?つらかったよね」
「‥‥はい」
「よく言ってくれたね、私も同じことを思ってた」
「あの‥離してください」
ハンナがそう言った瞬間、私はハンナに告白されたことを思い出して、すぐにハンナから離れた。告白されたことを忘れて抱いてしまうくらいには、私にとってハンナは身近で、息をするようにそばにいる存在かもしれない。
「レイナに罰があったほうがいいね」
私が言うと、ハンナもうなずいた。
「ただの罰ではなくて、レイナがこれからも私たちと仲良く過ごせるようにするための罰がいいかな。ハンナはどう思う?」
ハンナは少し固まった後、うなずいた。あのハンナが罰を与えたいと言い出したので、ハンナの怒りと恐怖は相当なものだと思う。
「次にまた同じようなことをされたら、その時はまたカタリナ生徒会長に言えばいいよ」
「‥分かりました」
今度はハンナも素直にうなずいた。私はハンナとその場でしばらく相談した。
◆ ◆ ◆
部屋に戻ると、マーガレットがまだ部屋中を探し回っている途中だった。
「ないのだ‥‥ないのだ!」
私のベッドのマットの中に腕を入れて探っている様子だった。ハンナのベッドもすでに荒らされた様子で、ハンナがきれいにかぶせたはずの布団がしわだらけになっている。しかしレイナは机で勉強を続けて、見て見ぬ振りをきめこんでいた。決め込むと言うより、叱ることができなかったのかもしれない。でも私のような叱り慣れていない人が注意しても、マーガレットは言うことを聞いてくれない。
「マーガレット、あまり荒らさないで欲しいんだけど」
「善処するのだ」
一応声はかけてみたが、マーガレットは改善する様子はなく、マットから腕を引き抜くと次は私の机の引き出しをあさり始めた。
確かに、盗聴器があるかもしれないというマーガレットの指摘は根拠のあるものだったし、カタリナは絶対に悪いことをしないという盲目的な信用があるわけでもない。でも、これ以上私のスペースを荒らされても、あまりいい気分がしない。
「マーガレット、そろそろやめて」
「だめなのだ。絶対、盗聴器はこの部屋の中にあるのだ」
「これ以上やったら、教官に訴えるよ」
「うっ‥‥」
マーガレットの腰からぴんと立っていた赤い尻尾が一気にしおれた。マーガレットは名残惜しそうに肩を落として「わかったのだ」と小さくつぶやいて、私のスペースから離れた。あの様子では絶対また探ってくるだろうが、今はそれよりも大切な問題がある。
私とハンナは並んで、レイナの背後に立った。
「レイナ」
「‥‥何よ」
レイナはノートに文字を書く手を止めて、尋ねてきた。
「レイナ、絵上手いよね。ハンナの絵も上手かった」
「‥‥」
「私とハンナの似顔絵を描いてほしいな。それで今回のことは許すよ」
レイナはペンを置いて、私たちを振り向いた。驚いたような、何か大きな不安にかられたような表情だった。
「‥‥ほんと?」
その問いに、私もハンナもうなずいた。
「だけど次にまた私やハンナを困らせたら、カタリナ生徒会長に伝えるから」
「‥‥分かったわ」
いつも手厳しく堂々と行動しているレイナは、この時ばかりは魂の抜けた獣のようにしおらしかった。
私とハンナはレイナに似顔絵を描いてもらって、いったんそれぞれの机の引き出しの中に保管した。絵はプロかと見紛うくらいうまかったし、何より気持ちを込めて描いてもらったような気がしたので、額縁を買っておこうと思った。
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