第30話 レイナの暴走(1)

「あれ、ユマ?‥と、カタリナ生徒会長、ハンナ」


先輩がいることに気づいたレイナが姿勢を正した。ハンナは顔を青ざめてばっと私の腕を離して遠ざかったが、カタリナは私の肩に顔を乗せたままだ。その様子をひと通り見て、レイナはくすっと笑った。それは絶対誤解だと私は言いたくなったが、カタリナが腕をぎゅっと締めてくるので我慢した。


「カタリナ生徒会長、何をされているのですか‥?」


芝居なのかわからないけど、レイナは呆れ顔に変わって、カタリナに尋ねた。


「マーキングよ。ユマはわたしの彼女だって周囲に見せびらかすの」


大胆だった。まるで私と付き合っているのを既成事実のようにしたくて、外堀から積極的に埋めていこうとしているようにしか見えない。


「あ、あの、カタリナ生徒会長、冗談はやめてください、ただの姉妹です‥」


私はそう抵抗したが、カタリナはふふっと微笑んだ。


「そういう素直じゃないところも好きよ、ユマ」


そして、私の頬に熱い感触があった。熱くて、びくびく動く柔らかいものを押し付けられたような感触がする。

少し経って、カタリナは唇を離した。私の頬が急速に冷たくなっていくのを感じて、たまらず心臓が高鳴りしだした。


「せ、生徒会長‥‥」


人前でするものとは思わなかったので余計恥ずかしくて。


「‥やめてください、やりすぎです」


さすがにカタリナの腕から自分の腕を抜き取って、一歩距離を置いた。


「わたし、寂しい‥」


なおもすがりつくカタリナを、私は避けるように何歩か退った。


「カタリナ生徒会長」


横からレイナがまた声をかけてきた。


「生徒会長とあろう者が人前で風紀を乱す行為をしては、生徒会の信用にかかわると考えます」

「うう‥」

「それに、交際そのものは禁止されていませんが、素行次第では規制される可能性もあります」


レイナの指摘にカタリナは肩を落として、しばらく間を置いて「‥‥そうね」と小さくつぶやいて、私から距離をとった。これはこれで気まずい。


「ハンナ、帰ろう。じゃあレイナ、また後でね」


私はハンナを誘って、カタリナを置いてレイナの横を通り過ぎようとした。


「待ちなさい、話はまだ終わっていないわよ」


レイナが私の肩を掴んで制止した。


「どうしたの、レイナ?」

「ユマ、ハンナに話があるわ。部屋で待ってなさい」


この時、私はまたお説教かとしか思ってなかったし、これから来る退屈な時間を想像してため息をついた。だから私はレイナが苦手なのだ。一方、隣のハンナも震えている様子だったが、顔を真っ青にして、何やら重大事があるかのような表情だった。私はそのオーバーな反応に違和感を抱いたが、ハンナは何かを過剰に怖がることがあるのであまり気に留めなかった。


◆ ◆ ◆


「さて」


寮の部屋に戻った私たちは、レイナの机に集まった。先程レイナが注意したのはカタリナ生徒会長であって、ハンナはともかく私は特にやましいことをしていないはずなので、私も呼び止められた理由が不明だった。でもレイナはどんな小さいことでもやり玉に上げて叱ってくる、冷酷無比の委員長だ。私の行為のどこかに、レイナの気に食わないところがあったのかもしれない。


「ハンナ」


レイナが早速口を開いた。ハンナは「は、はい」と緊張で固まったように返した。


「この前、ハンナが相談してきたのはユマのことで間違いない?」

「はい」


相談?私とのデートについて、ハンナはレイナに相談していたのだろうか。なら、事前にデートの周到な計画を立てていたことも納得できる。おそらく下見もしたのだろう。レイナは厳しい一方で、面倒見もよい。ただ、なぜそのような質問を私の目の前でしたのだろうか。私がそう思っていると、レイナは私のベッドを指差して言った。


「ユマのベッドの上で自慰行為をして」

「‥‥は?」


私は目が点になった。ハンナも冷や汗を垂らしたまま固まっている。私が代わりにレイナに聞いた。


「レイナ、今何て言ったの‥?」

「ハンナに、ユマのベッドで自慰行為をしてって言ったの」

「自慰行為って、何‥?」

「わからないの?オナニーのことよ」

「いや、それは分かるけど‥」

「何がわからないの?」


レイナは、さも当然かのように目を凝らして私を見た。あの、ベッドの所有者は私ですけど。私のシーツが汚れるとかそれ以前に、他人に破廉恥な行為を指示するレイナの意図が全くわからなかった。


「もちろん、ハンナの自慰行為はユマにも見てもらうわ。ハンナは、ユマの匂いのついたベッドの上で、ユマに見られながら興奮する変態ってことよ。ああ、もちろん行為中は、ユマの名前を連呼しなさい」

「ち、ちょっと待って、レイナが何言ってるか分からない」


冷静沈着、冷酷無比、公明正大、清純清楚なイメージのあったレイナがこのようなことを言うとは、私は夢でも見ているのだろうか。ハンナは強く命令されたら何でもやってしまうような人なので、それも一応阻止しなければいけない。

しかしレイナはため息をついて、立ち上がった。


「ハンナ」

「はい‥」

「好きな人が目の前にいるのにセックスしないのは何事なの?」

「す、すみません‥」


ハンナは今にも泣き出しそうな表情だった。仕方ないので、私は2人の間に割って入った。


「あの‥レイナがこんなこと言うとは思わなかったけど‥‥デリカシーがないんじゃないかな」

「ユマも早く彼女作ったら?今なら二股かけられるわよ、むしろ3Pセックスもいいわね、そそられるわあ、あたしも混ぜて欲しい」


全く話が通じない。レイナは目をキラキラ輝かせて、頬を手で覆って嬉し恥ずかしそうに興奮した。いつものレイナであれば絶対にとらないポーズだ。


「あの、ユマさま‥」


ハンナが私にこそっと耳打ちした。


「レイナさまは、成人向け漫画を描かれておいでです‥」

「えっ?」

「それで、あのようなことをおっしゃってくるのです」


初めて知った。委員長キャラのレイナがそのようなものに手を染めているとはにわかに想像しづらいのだが、今の言動を見ているとおそらく本当のことだろう。なら、ハンナのためにもここは止めなければ。私はハンナの手をぎゅっと握って、叫んだ。


「レイナ、デリカシーのない指示は私もハンナも聞かないから!」

「‥あら?あたしにそんなことを言っていいのかしら?」


レイナは余裕の表情で私を見下ろすと、机の棚から一冊のノートを取り出して、中身を示した。


「何これ‥‥ええっ!?」


ノートには、1人の少女の裸体の絵がいくつも描かれていた。ハンナは目を伏せている。

どの絵もプロ並みに上手いのだが、そのモデルの顔や髪の毛の色、長さはどれも一緒だった。まるで正確に、写真のように、ハンナのことをしっかり描写したかのようだ。


「見ての通り、これはハンナの裸体よ」


私が察したのを見て、レイナは口を開いた。


「私の命令に逆らったら、これを全校に張り出すわ。ハンナの裸が全校生徒と教師たちに回ってきたら、どうなるかしらね」

「ひ、卑怯だよ、レイナ!大体こんなのいつ描いて‥‥」


私は抗議するが、ハンナは私の袖を引いて力なく首を振った。レイナはふんと私を見下ろして、それから笑って、楽しそうに言った。


「‥‥じゃあ、漫画の資料が欲しいんだけど、2人にいろいろなポーズを取ってほしいわね。ベッドに乗りなさい」

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