第22話 ハンナの相談相手(1)
私はセレナにも同じ話をした。セレナにとってカタリナがゴーカートでとんでもない走り方をしたことは想定の範囲内のようだった。それよりも、メイジに試乗した時の話が好まれた。
「うちも生徒会長と一緒にあそこで遊んだよ。カタリナ生徒会長の運転はなんていうか、神だったね。そんなことをしてもおかしくないと思ったよ」
「セレナ先輩のときもすごかったんですね」
「そんなことより、本物のメイジに乗れたって話の方なんだけど」
そこでセレナは、手に持っていたフォークをテーブルの上に置いた。
「ユマも生徒会長も幸運だよ。本物のメイジに乗れるのは、普通は8年生の後半からさ。それも、軍にNDAや入隊志願書を提出した生徒にだけ許される権利だ。訓練機はおもちゃだからさ」
「そうだったんですか」
「うん、あれは軍事機密の塊なんだよ。ミューザで一般向けに展示されてるのが不思議なくらいさ。もっとも色々なものは抜き取った後だろうけど」
そう言って、セレナはまたもくもくと食べ始めた。
それを見て私は急に、自分の名前のことを思い出した。自分のカーミラという名前はなぜか軍事機密になってしまった。はじめは理不尽よりも寂しさが勝っていたのだが、過去の自分がどこかに閉じ込められるような、親友の間でもなかったことにされるような、自分の過去が抜き取られたような虚無感に突如として襲われた。
「大丈夫、ユマ?ぼーっとしてない?」
アユミが気にして声をかけてきた。
「ありがとうございます、大丈夫です」
私は取り繕うような笑顔をみせて、食事を再開した。その私の肩を、セレナは軽く触った。
「ああ、そういえばさ、生徒会長から伝言があるのさ」
「伝言、ですか?」
「うん。明日の午後に部屋に来いってさ」
「分かりました」
連絡はメールでもいいのに、と私は思ったが、連絡手段がメールしかなかったこれまでと違って、今はカタリナと同じ寮で暮らしているのだ。伝え方はそれぞれの好みでいいだろう。
◆ ◆ ◆
私が夕食を食べている間、206の部屋では、だらしなく開脚していびきをかきながら寝ているマーガレットを差し置いて、ハンナがレイナのベッドに座って、机の椅子に座るレイナと相談していた。
「ありがとうございます、百合について相談できる相手が見つかって‥‥わたくし、嬉しいです」
ハンナはつぶらな瞳を見せて、新たな師に尊敬の念を示した。レイナも自信ありげに言った。
「まあね。あたしは同人作家として、BLだけでなくGLも読み込んでるからね。さっきデッサンさせてくれたお礼もあるしね、何でも言いなさい」
「はい。ユマさまとのデートプランについて、何かいい案はございますか?」
アユミもノイカも百合についてはあまり詳しくない。ハンナも百合の小説を読み込んではいるが、カタリナにセレナがいるように、ハンナも相談相手を求めていた。客観的な意見が欲しいと思ったのだ。
そのような期待をするハンナに対して、レイナは少しためてから口を開いた。
「そうね。初手ホテルよ」
「はい?」
ハンナの体がこわばった。
「ホテルへ行ってキスして、おっぱいを触って、少しずつ服を脱がして、ローションを塗っていくのよ。それから‥‥」
「お、お待ち下さい」
ハンナは頬を赤らめて、平手を伸ばしてレイナの発言を制止した。
「あの‥ホテル以外では何がございますか?」
「そうね‥‥」
レイナは腕を組んで天井を見上げた。
「‥そうだ、さっき、ユマがアウトドア好きって言ってたじゃない」
「はい」
「青姦すればいいのよ、青姦」
「あ、あの、一度セックスから離れていただけますか‥‥?」
顔を真っ赤にしてそれを両手で隠して、うつむきながら震えているハンナを見て、レイナは首を傾げた。
「どうしてよ。恋人がやることは1つ、セックスでしょ?」
「そ、そんなストレートにおっしゃらなくでも‥‥それに、いろいろあるでしょう、一緒にいて楽しかったとか、やりがいがあったとか、ドキドキしたとか‥‥」
「それ全部セックスでしょ?」
レイナは冷酷にそう言い放った。そして椅子から身を乗り出して、ハンナの近くで囁いた。
「大丈夫よ、セックスのやり方が分からなければあたしが教えてあげる。レイナはネコに向いてると思うわ。ユマが体を触ってくるのを、気持ちよさそうに鼻を鳴らしながら感じていればいいのよ」
ハンナは、レイナに相談したのは失敗だと悟った。少しずつベッドを動いて、レイナから距離を取ろうとし始めたのだが、それに気づいたレイナが呼び止めた。
「緊張してるの?あたしと一緒に女の勉強をする?」
そう言ってレイナは自分の服のボタンを外し始めた。夏なので薄着である。半袖の薄い服の下には、服と同じ薄い水色のブラが、谷間とともに顔をのぞかせている。ハンナは冷や汗をかいて、ベッドから立ち上がった。
「あ‥‥そうだ、あの、先輩から呼び出されてたのを思い出しました‥‥」
か弱い声でかろうじてそれだけの言葉を絞り出した後、レイナの呼び止めも聞かず、駆けるように部屋を出ていってしまった。
◆ ◆ ◆
「はぁ‥‥」
廊下の壁に肩をかけて、ハンナは貧血で動けなくなった羊のようにうつむいていた。エルフの長い耳が壁に当たって、くにゃりと折れている。
相談できる相手も、報告できる相手もいない。ユマとの交際は、自分1人だけの力でやらなければいけない。勉強さえユマに見てもらっていたハンナには、その選択を取ることができなかった。1人で戦うことがいがに過酷で、孤独で、心細いものであるか、ユマの親友であるハンナは痛いほど知っていた。だが、ハンナに友人はさして多くない。頼れる相手がいないのだ。
「これから、どうしましょう‥‥」
ハンナはそのまま、2階の共用スペースに行った。長い廊下の真ん中あたりに位置しており、寮の4人部屋を2つつなげたような広さがあり、簡単な料理のできるキッチン、テレビ、ソファー、ちょっとしたゲームができる機械などが置かれている。違う部屋の人同時が集まって交流する場で、先輩と後輩が立ち話する場としても使われている。
正直ハンナにとってにぎやかな場所はあまり好きではないのだが、レイナに部屋を追い出された格好で、まだ夕方も早く夕食という気分ではなかったので、ふらふらとここへ立ち寄ってしまったのだ。新5年生にとって月キャンパスの共用スペースは初めてで、キッチンの状態を確認する人がいたり、ソファーに座ったりおもちゃで遊んだりする人でにぎやかになっていた。ハンナは満員近くになっていたソファーの片隅に小さくひっそりと座って、周りの話し声を聞いていた。
どの人も先輩から学園周辺の案内をしてもらっていたらしく、北はこうだった、南はこうだった、なになにの建物がある、なになにの公園がある、という話でもちきりだった。別に情報収集が目的で来たわけではなかったのだが、ハンナは自然とその話に意識を集めてしまった。
「ん、どしたの」
そこに1人の少女が近寄ってきた。緑色のつやつやした髪の毛の先を肩までウェーブさせて、サイドテールをつけている、ハンナの同級生だ。ハンナと同じエルフの長い耳を伸ばしてはいるが、目つきは悪く、常に何かを睨んでいるようにしか見えず、気の弱いハンナにとっては苦手な人種の1人である。むろん名前は知っているが、今までの学園生活でほとんど話したことがない。
「クレアさま‥」
ハンナが肩にくっと力を入れておそるおそる返事すると、クレアはしゃがんで、ソファーに座っているハンナの視線の高さより少し下へさがった。
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