第21話 ハンナと初デートの約束をした
「ただいまー‥‥!?」
寮に戻って206の部屋に戻った私は、すぐに声をつまらせて、慌ててドアを閉めて外に出た。でもそのときに見た一瞬の光景は、鮮明に頭の中に残った。ドアから向かって左前、レイナのスペースので、ハンナが下半身裸になってM字開脚して、それをレイナがスケッチしていたのである。
ハンナが?あのハンナが?そして、清楚なイメージのあるあのレイナが?とても2人がやることには見えなかった。おそるおそる、もう一度ドアを開けてみると、左前のベッドには誰もいなくて、レイナが普通に机に座って勉強していた。そしてハンナは右奥の自分のスペースのベッドに座って本を読んでいた。
さっき見た光景は気のせいだったのだろうか。私は少々混乱する頭を手で押さえて、ばたんとドアを閉めて部屋に入った。
「ただいま」
「あら、おかえり」
椅子に座っていたレイナが振り返った。
「どこか行ってたのね」
「うん、おねえ‥‥カタリナ生徒会長にこのあたりを案内してもらったよ」
「お疲れ様」
レイナはそう言うとまたくるりと椅子を回転させて、勉強を再開した。レイナはまじめで、勉強熱心である。
「レイナも勉強お疲れ」
「いつものことだから気にしないで。ありがとう」
そう返事しながらも、ノートに走らすペンを止めない。器用で努力家だと思う。レイナを見ていると、私も勉強しなくてはという焦燥に駆られる。
さて、と私はハンナのスペースへ行った。
「ハンナ」
「ふぁいっ!?」
ベッドに座って読書中だったハンナは、耳に息を吹きかけられたみたいにびくっと大げさに反応した。真っ白な髪の毛が大きく揺れた。
「びっくりした?ごめんね」
私はハンナの隣りに座った。ただし、以前よりは少し距離を置いた。ハンナも私のことを意識しているようで、顔の鼻から下を本で隠している。
「今日はずっとここにいたの?」
「は、はい、そのようなものです‥‥」
少しおでこが赤く染まっている。何がそんなに恥ずかしいのだろうか、恋愛相手の私が近くにいることがそこまで嬉しいのだろうか。
「‥あっ」
急に何かを思い出したように、ハンナは本を膝の上に置いて、若干うつむき気味でちらちらと私を見た。
「‥‥ユマさま」
「どうしたの、ハンナ?」
「もしよろしければ‥‥わたくしと2人で‥‥お出かけしませんか?」
「‥‥!」
ハンナが恋愛相手の私を誘っている。これはハンナにとってデートだろう。そう考えると、私の方にも緊張が伝わってくる。
「‥いいよ、いつにする?」
私はできる限り普段の友達のように気さくに返事したつもりだったが、どうしても肩に力が入ってしまう。無理してにっこり、ぎこちない笑顔を作った。
「しあさっては、いかがでしょうか‥?」
「いいよ」
「あ、あの、ありがとうございます、ユマさま‥」
ハンナは顔を真っ赤にして、手を軽く組んだ。指の擦れ合う音がかすかに響いた。
と、その時、ドアが乱暴にぱんと開いて、あくびをしながらマーガレットが入ってきた。
「ただいまなのだ、ふぁあ‥」
「マーガレット」
レイナが呆れ顔で勉強の手を止めて、くるりと椅子を回した。
「ドアは静かに開け閉めしなさい!」
「委員長はお硬いのだ」
マーガレットはそう言って、レイナの横のスペースのベッドにぽすんと飛び込んだ。地球の感覚で思いっきり飛び込んでしまったみたいで、しばらくぴょんぴょん跳ねていたが、やがてベッドにひっついてうつぶせで動かなくなった。寝息も漏れている。
「まったく、もう‥‥勉強に集中できないじゃないの」
レイナは頬杖をついて、マーガレットの体を見てため息をついていた。レイナの獣耳も塞いでしおしおになっている。
「ところでユマさま」
ふとハンナが声をかけてきた。
「ユマさまは、アウトドア派ですか?インドア派ですか?」
「どちらかといえばアウトドアかな。ハンナはインドアだよね」
「はい‥」
ハンナはまだ恥ずかしいのか、私から目をそらすように視線を下げている。
向こうでまた勉強を再開したレイナが、ペンを止めてもう一回私たちを向いた。
「そういえば、ユマ」
「どうしたの?」
「あたし勉強しているから、先にご飯食べたら?」
「うん、そうだね、そうする。ハンナは?」
「わたくしも本を読んでいたいです‥」
「分かった」
私は1人で夕食を取ることになった。といっても、本当に1人だと寂しいので、アユミやノイカを誘ってみようか。
◆ ◆ ◆
3階で誘ってきたアユミ、ノイカと3人で、1階のレストランに行った。夕食にしては少し早めの時間帯で、空席がかなり多かった。
「3人で食事って珍しいね。いつもはハンナがいたのに」
「はい、一人で本を読んでいたいって断られちゃいました」
アユミもノイカもいつも通りの調子で、食事を受け取って適当にテーブルを囲んで座った。「恋愛の方はどうなの?」とアユミが尋ねてきたので、今日カタリナとデートに行ったことを報告した。
「へえ‥映画を観たんだね」
「はい」
「ピクの映画は私やノイカも観たよ!すっごく面白いよね!」
「はい!私も映画の内容が忘れられなくて!カタリナ生徒会長と一緒に楽しみました」
映画の話になると話が弾む。私もアユミも特に映画オタクというわけではないが、映画が思った以上の良作で、満足できる出来栄えだったのだ。話はデートというよりは映画のほうへずれていく。
「かわいいピクのアクションって面白いよね!」
「はい、あとモエカという子が捕まったときはハラハラしました!」
「わかる!私もヒヤヒヤしたもんね、それ!ノイカはどう?」
「‥‥」
ノイカは無言ながらも口角を微かに上げている。表情を注意深く観察しないと意思疎通できない人だが、根は悪い人ではないので、その挙動の1つ1つにくすっとくるものがある。
映画だけでなくゲームセンター、ゴーカートの話でも盛り上がった。
「ノイカはこう見えて技力がすごいんだ。カートの運転も得意でね、私、いつも負けちゃうんだ、えへへ」
「‥‥生徒会長にはかなわない」
「だよね、えへへ」
2人で盛り上がっているので、私も話しかけてみた。
「カタリナ生徒会長の運転も本当に上手でした」
「どういうふうに上手だったの?」
「はい。あの‥運転している途中にタイヤがパンクしてしまいまして」
「ええーっ!」
「それで、バンクしていないほうのタイヤでコースの壁に乗り上げて、そのままゴールしました」
「えええ、あの壁って薄いよね?落ちたりしなかったの?すごいね‥‥」
アユミとノイカはお互いの顔を見合って、驚いた様子だった。私も対戦相手も驚いたので、この反応は無理ないと思う。学園のエースというレベルではない。あれはプロのレベルすら遥かに上回っていた。
アユミが何度も私に詳細を尋ねてきたところ、テーブルの空いているスペースにことんと新しい食事のお盆が置かれた。
「ここ、いいかな?」
ピンク色のブロンド髪を揺らして私たちに尋ねてきたのは、セレナだった。
「あっ、セレナ先輩、大丈夫です」
アユミが返事したので、セレナは「ありがとう」と言って、私の隣の椅子に座った。といっても私、アユミ、ノイカの食事は残り少ないので、セレナが食べ終わるより先に終わってしまうかもしれない。それを見越して、セレナは配慮してくれた。
「お邪魔しちゃったかもしれないけど、食べ終わったら先に上がってもいいから」
「ありがとうございます」
「それで、ユマ、生徒会長から聞いたよ。今日デートに行ったよね」
「はい、今アユミ先輩たちとちょうどその話をしていました」
私の返事に、セレナはうんうんとうなずいた。
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