第19話 ゴーカートで勝負した(2)

そしてカタリナのカートがふらふらと揺れだした。男たちとの距離がどんどん縮まっていく。


「卑怯だよ!」


私はカートのハンドルを殴りながら叫ぶが、沿道の男たちはケラケラ笑っている。


「パンクしたらレースは棄権だよな?」

「事故るから当たり前だよなあ?」


私を見下ろすように、薄気味悪いケタケタ笑いを見せてきた。だが私は自分の走っているカートを止めるわけにも行かず、そのまま沿道の男たちの前を通り過ぎた。前を見ると、やはりカタリナが3人の男に追い抜かれているし、私との距離も縮まっている。


「お姉さん、大丈夫?いま、魔法で直して‥‥」

「ん、大丈夫。魔法はいらないわ」


カタリナはこんな状況になっても、余裕のある声だった。私はカタリナの後ろにいるので表情は見えないが、怒っているようにも感じないし、いつもの悠々とした様子しか見えなかった。


「で、でも、あいつらに負けたら‥‥」

「分かってる。幸い、パンクしたタイヤは1つだけよ」


カタリナはすうっと大きく深呼吸した後、急発進した。


「待って!!タイヤはパンクしてるはずじゃ‥」


私は慌ててあとを追いかけるが、カタリナは少しずつ私を引き剥がしていく。明らかにパンクした車のスピードではない。目を凝らしてよく前の車を見ると‥‥パンクしたタイヤは左前にあるのだが、左後ろのタイヤが浮いていた。右側のタイヤだけで進んでいる。


「おりゃ!」


その状態でカタリナは次のカープを進んだ。どういう原理なのかわからないが、スピードが大きく出ている。私も懸命に追いかけるが、自分が事故を起こすリスクを考えるとなかなかスピードを出せない。パンクしていない私ですらこの有様なのに、二輪で私より速いスピードで走行するカタリナの背中がどんどん小さくなっていく。

だが、依然として3人の男との距離は空いたままだ。確実に距離を詰めているが、それに気づいた男たちも車を横並べにして、1台が抜けられる隙間をなくしていく。だが、5台分のコースを3台で塞いでいるのだ。どうしてもギリギリの隙間ができてしまう。


「っと‥ショートカットしなくちゃね」


姉は短くそうつぶやいた。同時に、姉のカートがぴょんと飛び上がった。


「え‥えええっ!?」


コースの両端には20センチほどの高さの壁がある。カートがコースを外れないようにするためのものだ。だが、その壁自体の幅は指一本か二本ほどの太さくらいしかなくて、決して厚くはない。カタリナのカートの右側2つのタイヤが、その壁の上に乗ったのである。

沿線の男たちがひるんで、コースから距離をとった。一方の走っている男は「さてどれくらい離れただろうか」と余裕ぶってしゃべってみせた後に後ろを見て、「ひっ!」と声を上げた。カタリナのカートの左側のタイヤが、ひゅんと男の目と鼻の先を通った。はすみで男たちが混乱してお互いのカートをぶつけ合ったところを、後から懸命に追いかけていた私が追い越した。

ゴールは目の前だ。男たちは「しっかりしろ」と怒鳴って態勢を立て直した。後ろからカートが猛烈な速さで迫ってくる音が聞こえる。一方のカタリナはまだ壁の上を走っている。ゴール手前でぴょんと飛び降りて、そのままゴールテープを切った。男たちは猛追してきたが、私はギリギリのところで2位になった。

カートをスタート地点の手前で止めて、カタリナはふふっと笑ってカートから下りた。


「対戦ありがとうございます」


そう言って、ぺこりと男たちに頭を下げた。


「ほら、ユマも」

「あ、うん、ありがとうございました‥‥」


私も丁寧に頭を下げると、カタリナがまるで当たり前のように私の手を軽く握ってきた。


「ま、まだ終わってねえぞ!」


カートから降りてきた男たちが怒鳴った。


「どうしましたか?わたしたちが勝ったらこのまま帰っていいという約束でしたね?」


カタリナが澄ました様子で余裕ぶった笑顔で尋ねると、男の1人がふんと鼻で笑った。


「レースで勝敗をつけるとは言ってねえよな?腕っぷしで勝負しようじゃねえか、お嬢さんたち」

「そうでしたか」


カタリナはまた余裕の表情だ。

私達の周りには、3人の男だけでなく、沿道にいた男たちもわらわら集まってきて、取り囲んできた。人の後ろに隠れている人もいるように見えた。少なめに見ても20人くらいだろうか。


「お姉さん‥‥」


私が不安げに言うと、カタリナはまたふふっと笑って、今度は私の肩を軽く撫でた。


「ユマ、ここはお願い」

「えっ?」

「大丈夫、ユマならできるわ」

「え、でも‥‥」


私がためらう様子を見せるとカタリナは何度か首を横に振った後、私の頬を手のひらで挟んだ。


「大丈夫、学園の授業と同じように落ち着いてやればできるはず。ユマは必ず勝てる。わたしが約束するわ」

「えっ‥」


カタリナの手は私の頬に負けないくらい温かくて、さっきのレースでついたたろう汗が私の頬を濡らした。

私はそっとカタリナの手の甲を掴んで、ゆっくりうなずいた。


「茶番は終わったか?行くぞ!おらあ!」


男たちが一斉に声を上げて走ってきた。でもなぜか、このときの私は落ち着いて、頭の中でいろいろ思考を巡らせていた。

風の魔法はカートを吹き飛ばす危険があるし、室内だから爆発など火炎を伴う魔法は使えない。水の魔法もカートを壊しかねないし、室内では清掃が面倒になる。ここは商業施設の室内なので、ものを壊したくない、汚したくないと考えると、電撃も気軽に使えるものではない。


<眠らせて>


自分の奥底から声が聞こえてきた次の瞬間、気がつくと私はカタリナの手を握っていた。急に頭がおかしくなったのではないかと気が動転しかけたが、男たちが次の瞬間に私達へ殴りかかることを考えると、選択の余地はなかった。

私は魔法を念じた。途端に目の前の男が気を失って、その場にへたり込んで、横になって動かなくなった。私は周囲にいる男たちにも、目配せで魔法をかけた。目当ての男たちが、次々とばたばた倒れ込んだ。


「な、な‥‥」


他の男達が目を丸くして、私達から距離を取り始めた。


「‥‥私達の勝ちでいいですか?」


私は下から見上げるように男たちに問いかけた。男たちはお互いの顔を見て、それから黙って私達から離れていった。


◆ ◆ ◆


「はぁ、死ぬかと思ったわ」


フードコートで高野豆腐と野菜を混ぜた料理を食べながら、カタリナが呑気に言った。一方の私はあまり食欲がなかったが、カタリナに勧められるままに唐揚げ入りのサラダを食べている。それほど機嫌が悪いわけではないが、なんとなく今日という一日に不満を抱き始めた。


「‥でもお姉さんの運転はすごかったね」

「ふふ、ありがとう。技力任せだったけどね」


カタリナはそう言って、笑った。技力は機械を操縦するときの技術などをさす。技力の高い人は器用で周囲を一度に見渡すことができ、計算や戦闘時の未来予測に優れ、巧妙かつ精巧な操作を得意とする。メイジを効率よく操れるだけでなく、クレーンゲームでも、車の運転でもあのようなことが簡単にできるのだ。


「今日、お姉さんに助けられてばかりで、私、なにもできなかった‥」


今日はカタリナと対等な立場でのデートだった。お姉さんだからあまり意識してこなかったが、くまのぬいぐるみを取ったのも、レースで勝ったのもカタリナのおかげだ。私はカタリナを目標だと思っていたが、絶対に越えられない壁を見せつけられたような敗北感がした。

しかしカタリナは私の意に反して、きょとんと驚いたような顔をして、それから当たり前のように言った。


「何言ってるの?わたしもユマに助けられたわよ」

「えっ?」


想定外の回答が来たので、私は思わず聞き返した。

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