第18話 ゴーカートで勝負した(1)

カタリナは転んでもただでは起きない。いつも周りのために考えてくれている。私はそんな姉が好きだ。


「分かった」


私は返事をした。

とはいえ浮遊の魔法は失敗すると危険なので、それぞれの子供に同伴する親からの承諾も限られたものだった。しかもミューゼの関係者の許可を得ていないゲリライベントの体(てい)だったから、あまりおおっぴらにやるわけにもいかない。親から許可を得た10人程度の子供たちに、私は浮遊の魔法をかけた。


「こっちだよ、こっち」


カタリナが先頭になって、子供たちにメイジの外観を紹介した。メイジの腹、足、腕を間近で見たり、肩に乗ったりした子供たちは、みな興奮していた。


「こんなおおきいロボットがたたかうんだね!」

「ボク、おおきくなったらこれにのってたたかいたいな!」


子供たちからの反応は上々だった。何度も機体を叩く子供、抱く子供、皆の反応は様々だった。

メイジの機体のツアーが終わり、私はカタリナと子供たちを地面におろした。子供たちはみな顔面に笑顔をたたえて、「ありがとう」と口々にお礼を言ってから、親のところへ戻っていった。中にはお礼を言わずに戻ったが、親と一緒に頭を下げてきた子供もいた。


6階へ降りるエレベーターの中で、私はほっと一息ついて言った。


「お姉さん、優しいね。みんなのお姉さんっていう感じがした」

「ユマも魔法を使ってくれたり、みんなの面倒を見てくれたりしたでしょ。優しいと思うわ」


カタリナも満足げに返した。功績を独り占めせず、手伝ってくれた周囲にも愛嬌をまくところが、頼りある先輩であり姉でもあると感じる。


「‥でも、メイジにはできるだけ乗ってほしくないかな」


不意にカタリナが、小さめの声でそうつぶやいた。それを聞いて、私も正気に戻った。

特に平和な環境で育った子供たちはかっこいいものに憧れるものだが、それに乗る理由や背景、乗った結果何が起こるかを知るのはもっと成長してからだ。そのときに、あの子供たちはどのような反応を示すだろうか。

私は特にメイジに乗りたくて学園に入ったわけではない。クィンティン家に拾われたから義務として入学したわけでもない。姉に憧れたからだ。ただ、戦争は好きじゃない。カタリナがなぜ学園に入ったかは知らないのだが、私に似た複雑な気持ちを抱いているのだろう。


◆ ◆ ◆


ハンナは読書が好きだ。

マーガレットからもらった憶測による忠告をものともせず、せっかくミューザへ来たのだからというそれだけの理由で、書店のあるD館へ向かっていた。5〜9階すべてが書店となっている。

百合小説のコーナー。そこがハンナの定位置だ。

コインフィチャーを身に着け、店の入り口に置かれていた袋を1つ取って、百合の小説に新作がないか、本棚の片っ端からなめるように確認していた。


「ハンナもここにいたのね」


ふと、聞き慣れた声がしてハンナは振り返った。灰色の獣耳としっぽをのぞかせた、レイナだった。


「レイナさまもお買い物でございますか?」

「ええ、そうね」


そう言って、レイナはポケットから手のひらサイズのボールを取り出してみせた。荷物をこの小さなボール1つにまとめられる、魔法の組み合わさった技術だ。


「あっ」

「どうしたの?」

「わたくし、そのボールを忘れてしまいました」


ハンナはマーガレットを止めるためにミューゼへ来たので、コインフィチャーはともかく、ボールまでは頭が回らなかったのである。


「なんなら、あたしと一緒に買い物する?あたしのボールに入れてもいいわよ」

「‥‥いえ、結構でございます」

「そう、分かった」


ハンナは遠慮したが、レイナはゆっくり歩を進める。


「ハンナは何を読んでるの?」

「あっ、その‥」


ハンナは本棚から数歩離れてごまかすが、レイナはその本棚をさっと見て、「ふふ‥ふふ」と笑い出した。


「れ、レイナさま?」


おそるおそる声をかけたハンナに気づいたか気づいてないか、次の瞬間、レイナは本を1冊2冊、次々と袋に入れ始めた。


「レイナさま‥?」

「見つけた‥見つけたわ‥漫画の題材‥姫同士が愛し合う、なんていいの、素晴らしいの‥‥」

「レイナさま‥」


ハンナの次の呼びかけでレイナははっと我に返ったように手を止め、そして震えながら後ろを振り返った。顔を真っ青にして、ありえないほど鋭い視線をハンナに向けてきたので、ハンナはびくっと後ろへ下がった。


「み〜た〜ぁ〜?」

「ひっ‥ひ‥」


いつもの冷静沈着なレイナではなかった。鬼の形相をしたそれは、一歩一歩ずつ、床を割るようににじみ寄ってくる。


「見たなぁ〜?見て知ったなぁ〜?あたしがエロ同人を描いていること‥‥」

「見てもそこまでは分からないです‥‥」

「あなた、このことを学園中に広めるつもりね?」

「滅相もございません」

「みんなであたしのことを、最低のオタクと嘲笑うつもりね?」

「そんなこと‥‥」

「あたしの食事に雑巾の絞り汁を入れたり、椅子にローションを塗ったりするのね?」

「それは‥‥」


汗びっしょりになったハンナの鼻をレイナはつまみ上げて、さらにおでこをくっつけた。そして至近距離で怒鳴った。


「てめえ、ツラ貸せや!暴れたら指詰めるぞオラア!」

「ひぃっ‥‥」


ハンナは問答無用で書店から引き擦り出された。


◆ ◆ ◆


私、カタリナ、そして初対面の人3人の乗った合計5台のカートが、スタート地点ですらりと並んでいる。室内ならやはり5台が限界だろう、そしてカープも多い。


「初めまして、よろしくお願いします」


端にいる私の隣のカートに乗ったカタリナが、他の3人に丁寧にお辞儀している。3人とも男性で、他にも連れがいるらしく、1時間前に来たときは親子連れが多かったが、今はこの男たちのように、タバコのにおいのするチャラい感じの男性が多くなっているように見える。男たちは、そのカタリナの様子を見て何やら話し合っている様子だった。


「なあ、お嬢さんたちかわいいね、これが終わったらカラオケにでも行かないか?」


明らかにいけない誘いである。私が何か言おうとカートから身を乗り出すとカタリナは私の手を押さえて制止し、男たちに言った。


「わたしたちに勝てたら付き合ってあげますよ」


それを言うなり男たちはケラケラ笑い始めた。


「ははは、俺たちに勝てるとは恐れ入るねえ。俺はこれまで多くの人を相手にしたが、一度も負けたことはないんだよね」

「そうですか。それなら、今日が初めて負ける日になりますね」


一瞬のためらいもなくカタリナが返事した。


「なんだと、おら!」


一番奥の男が怒鳴りだしたが、それをカタリナのすぐ隣の男が制止した。


「お嬢さんたちは怖いもの知らずのようだね。勝負をつけようじゃないか」


かくしてレースは始まった。空砲の音が流れ、カートは一気に発進した。私は一瞬出遅れてしまったが、他の4つのカートは順調に進んでいるようだ。私も懸命にその後を追う。

沿道では、どれもむさ苦しい男たちが声援を送っている。すべて、私達の相手をする3人の男にだ。


「やってやれ!」

「負けるな、タムラ!」


明らかに私とカタリナがアウエーだ。にもかかわらず、カタリナは3人の男より前を走っていて、その差は少しずつ離れていく。


「ちっ、やれ」


カタリナのすぐ隣りにいた男が指を鳴らすと、沿道にいる観客がカタリナの目の前に何かを投げてきた。すぐにぽんという白煙とともに、何かがぱんと破裂する音がした。

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