第12話 ルームメイトと食事した

翌朝の食堂では、私、ハンナ、レイナ、マーガレットの4人で食卓を囲んだ。マーガレットの赤いくせっ毛が印象に残る。レイナの「同じ部屋になったんだから仲良くするべきだわ」という提案で一緒になった。それに私は、昨日のこともあってなんとなくカタリナを避けたい気持ちもあった。今日デートなのに、こんな気分で大丈夫なのだろうか。


「ユマさま、レイナさま、マーガレットさま、これから1年よろしくお願いいたします」


ハンナが頭を下げて丁寧に挨拶した。寮の部屋の組み合わせは毎年変わるのだ。


「かしこまることはないのだ。気楽にするのだ」


マーガレットはテーブルにひじをつきながら、パンをちぎって口に放り込んでいる。不良の男がやるような食べ方だ。


「女がそんな食べ方をするんじゃありません!」


レイナは早速怒って、マーガレットの手からパンを奪った。この2人は平常運転だ。かくいう私はハンナの隣に座っているのだが、なんとなくハンナのことを意識して距離を開けてしまう。


「‥ユマさま、少し離れています」


ハンナがそれに気づいたのか、私に声をかけてくる。本当は私はあまりハンナに近づきたくなかったのだが、ハンナは押しに弱い性格だというのをよく知っているので、私はつばを飲んでうなずいて、椅子をハンナに近づけた。

ハンナは私のことをどう思っているのだろうか。昨日アユミに買ってもらった本を昨夜読んで、百合とは何するものなのか少しだけ分かった気がする。一般論でいうと、ハンナは私のことが好きで仕方なくて、私と2人きりになるのを好むのだと思う。ただし、それは友達同士でも普通にやることだ。友達と違うのは、私が他の男や女に過度に近づきすぎてはいけないということだ。男女同士の付き合いならば男だけに気をつければいいのだが、百合では女との付き合い方も考えなければいけない。それはなんとなく孤独ではないかとさえ思った。


「ユマさま、口元に食べかすがついています」


ハンナが小さい声で言った。


「う、うん、ありがとう‥」


私がそう言って自分の口元に近づけた指を、ハンナはいきなり手首を掴んで取り払った。


「え?」


私が呆然としたタイミングを狙って、ハンナは私の頬にくいっと顔を近づけてきた。


ぺろり。

くすぐったい感触、そして熱い舌の感触、舌が離れた後の唾液で頬が冷える感触が伝わってきた。

子供でもやるようなことなのだが、今のタイミングでハンナにこれをされると、新鮮で、どこかどきめいてきて、そして体が硬直して、何とも形容し難い気分だった。

ハンナが私の手首を離したところで、向かいの席のレイナが目を丸くして注意してきた。


「ハンナ、何やってるの‥?」

「‥‥ユマさまの口元に食べかすがついていたので、取ってあげました」

「分かったけど‥公共の場所でやっていいことじゃないわね」


レイナはそう言って、口直しのコーヒーを飲んだ。私は自分の頬が熱くなっているのを感じた。これは決してハンナに舌で温められただけではないだろう。

ふと、マーガレットが細長いパンで私を指して、呆気にとられた顔で尋ねてきた。


「お前ら、付き合ってんのか?」

「え‥‥」


私は口をぽかんと開けてしばらく硬直した。それをごまかすように、隣のハンナがくすっと笑って答えた。


「‥‥親友ですから」


ハンナは気弱で押しに弱いのだが、一度やると決めたことはどことんやり切る努力家タイプだ。そんなハンナがこれをしたからには、私のことを本気で落とすという意思表示とみるべきだろう。たったこれだけでもハンナの覚悟が伝わってくる。同時に、私はハンナの覚悟に釣り合う人間なのかなとも一瞬思ってしまった。


「もっと詰めて」


突然、横から声がした。カタリナの声だった。


「おねえさ‥‥カタリナ生徒会長、どうしましたか」

「とにかく詰めて」

「ここに座るんですか?ええと、今座るのはちょっと‥‥」

「わたしがユマの隣に座るのは決定事項よ。先輩の権利を行使します」


そう言って、カタリナはテーブルの上に強引にお盆を置いて、私とハンナのお盆を押しのけた。

そうして、移動したお盆に合わせて私たちが椅子をずらすと、すかさずカタリナが新しい椅子を私の隣に入れてきた。私がカタリナとハンナに挟まれる形だ。


「‥‥勝手に入らないで下さい」


ハンナが抗議の弁をあげるが、姉はくすっと笑った。


「わたしを差し置いてユマと2人きりになるのは許さないからね。今日ユマと映画館に行くのはわたしだし」

「むう‥‥」


ハンナは食堂のような人の多い場所ではさすがに抗えないとみたのか、先輩に負けておとなしく肩をひっこめた。


「2人ではございません」


向かいの席のレイナが口を挟んできた。


「あら、4人で食べてたの?失礼したわ」


カタリナはそう言いつつ、狭いのをいいことに私に肩をくっつけてきた。月に到着した直後に馴れ馴れしくしないでと私に告げた姉ではなかった。


「あの‥カタリナ生徒会長、私、尊敬してます」


レイナが興奮気味に声をかけてきたので、カタリナは隣りにいる私を一瞥して唇を噛んでから、レイナに答えた。


「ありがとう。そう言われていい気分だわ」

「はい、技力が高くて、1年生のときからずっと学園で一番の成績だったとか。よろしければ技力を上げる秘訣を教えて下さいませんか」

「そうね、自分の操縦するメイジの特徴をよく理解すること、周りの状況を常に確認すること、かな。訓練の時に意識してみれば、少しはよくなるはずよ」

「あの、質問です!」


レイナが食事中にもかかわらず身を乗り出してカタリナに次々と質問する。目は輝いていた。

この世界では、宇宙戦争をメイジと呼ばれるロボットを操作して戦う。メイジは胴体に頭、手足がついて人のような形に成形されたロボットであり、その中に2人が入る。技力に長けた人はロボットを操縦し、魔力に長けた人はそのまま火力となって強力な魔法を放って敵を殲滅する。

カタリナがレイナに説明するのをはたで聞きながら、私は食事を続けた。


学園の生徒は大きく2種類に分けられていて、技力を専攻する生徒、魔力を専攻する生徒がいる。私、マーガレット、ハンナは魔力、レイナとカタリナは技力だ。月キャンパスに場所をうつした5年生以降は、専攻の勉強がより本格化して、別々の教室になる機会も増える。もっともハンナは私と同じ魔力専攻だから一緒にいることも多いだろう。

カタリナは学園でも技力に長けた100年に1人の人材だと聞いたことがある。そのカタリナの説明はどこにも説得力があって、ためになるものだった。


「カタリナ生徒会長はすごいですね」


隣で話を聞いていたハンナが、私に小さい声で話しかけてきた。


「うん、私は魔力専攻だけど、メイジの操作にこういう視点もあったんだなって、すごくためになる」

「わかります、ユマさま。わたくしはカタリナ生徒会長のように強くなれませんが、魔力専攻として恥じない戦い方をしたいものです。もっとも、わたくしの実力では事務がオチでしょうが‥‥」

「ハンナ、また後ろ向きになってるよ。前向きにならなくちゃ」


そう言って、私はごく自然にハンナの背中をなでた。ハンナは小さく笑って、「うん」とうなずいた。


「‥あっ」


カタリナは私とハンナの様子を見て思わず声を漏らしたようだった。


「どうしましたか?」

「何でもないわ。それでメイジの動力源だけど‥‥」


そのままカタリナはレイナへの説明に打ち込んでいた。

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