第13話 姉とデートした
太陽は半月かけて少しずつ西へ傾いていっているのだが、今はまだ午前10時だ。夏のような暑さに、路行く人たちはみな半袖だ。帽子をかぶっている人も多い。
かくいう私も、焦げ茶色の帽子をかぶって、ワンピースでおしゃれした。アユミからの助言で、男女の付き合いと同じように考えて、服装はきちんとしないと姉が悲しむだろうと思って気合を入れた。
私は学園の大きな校門近くでストレッチしながら考えた。カタリナはどのような服を着るのだろうか。カタリナが着そうな服を頭の中で組み合わせながら考えたが、なぜか私の気持ちが昂ぶってきているように感じた。これ以上昂ぶると、まるで自分が普通の女として終わってしまうような予感がしたので、なるべく考えないことにした。
「待たせてしまった?」
後ろからカタリナの声がしたので、私はどきっとして振り向いた。麦わら帽子に、薄い水色のワンピースを着ていた。今まで見たことのない服だ。その上品な色使いの上で、カタリナはナチュラルメイクで少し色づいた唇を伸ばした。その唇が太陽の光を反射して輝いているのを見て、私は思わず息を呑んだ。
「いいえ、私も今来たところです」
「そう、ありがとう。誘ったのはわたしなのに悪いわね」
カタリナは、ピンク色の鳩が描かれたショルダーバッグをさげた手で、私の手を軽く握ってきた。横からふわっとカタリナの匂いが伝わってくる。香水の中に隠された、幼い私を拾ってくれてから何年も何年も近くでかぎ続けてきた匂いだった。もし私がカタリナの恋人になれば、この匂いも独り占めできるのだろうか。私は不意にもそんなことを考えてしまった。
「いえ、大丈夫です。分かっていましたので」
「あはは、わたしの悪い癖が出てしまったわ」
「それで、今日はまずどこに行きますか」
「おすすめの映画があるわ。映画館よ、わたしについてきて」
「はい」
私はカタリナの後ろについて歩き出した。
「学園から離れたから、そろそろ敬語使うのやめてほしいかな」
姉が注文したので、私は少し迷って「‥うん」とうなずいた。
「‥おとといのこと、まだ気にしてるかしら?ほら、ユマが宇宙船から下りてわたしと会ったときのこと」
カタリナが自分の金髪の髪を指先で遊ばせながら、私から微妙に視線をずらして尋ねてきた。
「‥気にしてない」
気にしてないと言えば嘘になる。でも雰囲気は悪くしたくないと思った。
「気にしてるでしょ?その顔、絶対ウソついてるわよ」
「‥‥」
やはりカタリナにはかなわない。私はそう思いつつも、首を小さく横に振ってみせた。
「‥ごめんね」
「えっ?」
「わたし、本当はユマのことを抱きしめたい気持ちでいっぱいで、でもそれを爆発させたらわたしの気持ちが周りに感づかれるかもしれないと思って、それであんなことを言っちゃったの」
「‥‥」
「わたし、自分の気持ちが抑えられなくなってるって気づいたのはわりと最近だったのよ。ああいうふうにユマへ告白するのも、その時に決めてた」
「お姉さん」
自分の大好きな姉が自分のために悩んでいる。たったそれだけで嬉しく感じるものだが、このときの私はなぜか心のどこかがむすむすして、不思議な気分になっていた。
「私、百合のことはまだよくわからないけど、お姉さんが恋で悩んでいる気持ちは分かったよ」
「ありがとう、ユマ」
カタリナはそう言って、私の手を軽く握った。さりげなくだったので、私が気づいた頃にはもう手が繋がっていた。
でも私はそれを嫌だと思わなかった。相手のことを姉だと思っているのか恋人だと思っているのか定かではないが、不思議と嫌な気持ちがしない。肩の力が抜けて、安心してしまう。
◆ ◆ ◆
その20分ほど前、ハンナは寮の廊下でマーガレットと話していた。話していたというより、愚痴を聞かされていた。
「レイナの奴、マーガレットの髪に勝手に櫛(くし)を入れたのだ。痛いのだ」
「う‥うん」
勝手にされるのもよくないのだが、寝起きのぼさぼさした髪のまま食堂へ行こうとしたのだから、レイナが止めたのだ。ハンナはレイナが正しいと思いつつも、そのことを言い出せずただ黙って話を聞いていた。ちなみにマーガレットの髪は、今でもくせっ毛がとびはねているが、レイナが手入れする前よりはよくなっている。
「マーガレットの服を勝手に整理してタンスに入れたのだ。タンスにしまってしまえば、着たい時にいちいち開けなければいけないから面倒なのだ」
「そ、それは面倒だね‥‥」
マーガレットのスペースは、レイナが片付ける前はこれでもかというくらい散らかっていた。マーガレット個人の部屋ならよかったのだが、4人で1つの部屋である。むしろレイナには助かっている。
そのような愚痴を聞きながら2人で廊下を歩いていると、ピンクのセミロングブロンドを揺らしながら、鼻歌を歌っている先輩とすれ違った。
「あの先輩、嬉しそうだな」
マーガレットが少し太めの声で反応すると、その先輩は「ふふっ」とくるりと一回転した。
「ねえねえ聞いて聞いて、うちの友達が今日デートするんだ」
酒にでも酔ったかのように、その先輩は笑って言った。
「そう‥ですか、それはよかったですね」
ハンナが小声で応えると、その先輩はまた手で頬を触りながら、得意げに言った。
「うち、ずっとずっと応援してたの、その友達のこと。女同士で付き合いたいとか、デートしたいとか言われた時はどうしようかと思ったけど!」
「‥‥女同士?」
その言葉に、ハンナの耳が反応した。
「あれ、どうしたの?」
「‥‥それ、カタリナ生徒会長のことですか?」
「え、ええっ、何で知ってるの!?」
先輩が軽く50歩くらい下がったので、ハンナはそれを追いかけた。月は重力が弱いから、少し地面を蹴っただけでそれなりのスピードが出るのだ。
「あ、あっ!?」
慣れない月でちょっと小走りしただけでバランスを崩して転びそうになったハンナを、先輩は受け止めた。
「もう、気をつけなよ。ここは月だから」
「はい、申し訳ありません‥」
そう言ってハンナは立ち上がった。
「‥あなたは、カタリナ生徒会長と同室のセレナ先輩ですよね」
「うん」
セレナがあっさりうなずいた。
「わたくしはユマの友人のハンナです」
「ああ、君がユマに告白したっていうハンナか」
エルフの長い耳をびくびくっと動かしながら、ハンナは少し驚いてみせた。
「どうしてわたくしのことを知っているのですか‥?」
「知ってるも何も、ゆうべカタリナとやりあったばかりじゃん?うち、ドアの外で聞いてたよ」
「あっ‥あのときの先輩でございますか」
ハンナは少し申し訳なさそうに何歩か下がった。
「何の話なのだ?マーガレットも混ぜろなのだ」
そう言ってマーガレットが横から割って入ったので、ハンナは「う‥うん」と遠慮がちに頭を下げた。セレナが答えた。
「うん、ちょっとオトナの話かな」
「ユマはレズなのだ?」
マーガレットがあまりにも直球の質問をしてきたので、セレナは慌ててマーガレットの口を塞いだ。そして、周りの様子をぎょろぎょろ見回してから、ひとつ提案してきた。
「‥‥ここで込み入った話をするのもなんだから、うちの部屋に来てみる?」
「‥分かりました」
そうしてハンナとマーガレットは、セレナに連れられて5階の部屋に行ったのだった。
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