第8話 先輩に相談した

いろいろ見回った後、私たちは4階にあるフードコートへ行った。

食べ物は特段地球と変わっているというわけではないのだが、月特産の食材がある。ハニアンという果物だ。オレンジ色の実をもつ果物なのだが、これがとても甘い。ハニアンのささったパフェを、アユミとノイカがそれぞれ2人分購入してくれた。


「どう、おいしい?」


適当なテーブルを探してパフェを食べ始めた私たちに、アユミがにっこりとほほえみながら尋ねてきた。


「はい、おいしいです」

「ハニアン、食べたことある?」

「はい、地球では食べましたが、月では初めてですね。なんだか地球とは食感が違う気がします」

「重力が違うと食べ物も軽くなるからね、何食べてもマシュマロ食べてるみたいでしょ?これもしばらくしたら慣れると思うけどね」


確かに昨日の寮での食事も、食べ物の軽さに驚いてあまり味を感じなかった気がする。今のパフェはまだ味を感じるのだから、月の食事にはもうしばらくしたら慣れるのだろう。

そうやってアユミやノイカといろいろおしゃべりをするのだが、ちょうどいいタイミングで私はこう切り出してみた。


「先輩、相談したいことがあります」


これまでの会話が和やかなムードだったので、それに区切りをつけるべく私は急に声のトーンを変えて、アユミの目をじっと見て言った。アユミも重大な話だと察しがついたらしく、組んでいた手をゆっくりとテーブルの上に乗せた。


「わたくしに相談したいと言っていたことですか?」


隣のハンナも尋ねてきたので、私は「うん」とうなずいた。ノイカもパフェを食べながら私を見つめている。


「先輩たちは、百合って分かりますか?」

「‥っ」


私の隣に座るハンナはすぐにピンときたようだが、それを隠すように肩を手で覆い隠す。


「百合‥女の子同士で仲良くすること?」


アユミが事情を知らなさそうにとぼけた顔をして聞き返したので、私は「はい」とうなずいた。


「ある女の先輩から、私に恋をしている、デートしたいと告白されました」


それを聞くと、アユミは目を丸くした。


「そっか‥そういうことってあるんだね」

「はい。私もこの経験は初めてで、その先輩とどうやって付き合っていけばいいのか分からなくて‥」


アユミは百合がわからないのか少し困惑しながらも、優しく対応してくれた。


「ユマはその人と付き合いたいと思ってるの?」

「いいえ‥」

「断れないの?」

「その先輩とは仲が良くて、普段通りに関わるのと、恋人として関わるのの区別が分からなくて‥絶対幸せにするってお願いされたからOKしてしまったので今更断れないですし、どう接していけばいいかもわからないです」

「うーん‥」


アユミは腕を組んで、隣のノイカを向いた。ノイカも百合についてあまり知識も経験もないようで、黙って首を横に振った。


「‥‥だよね」


ノイカを見てそうつぶやくアユミは、明らかに困った顔をしていた。相談する相手を間違ったのだろうか。私はそう思って腕を上げようとした。


「ユマさま」


ハンナが横から、小さく声をかけてきた。


「何、ハンナ?」

「ユマさま、その‥分かります、その気持ち」


ハンナは少々うつむき気味に、そう答えた。


「ハンナ、百合分かるっけ?」

「はい、そういうお話を読んだことがあります」


なぜかわからないが、ハンナの心臓の鼓動が聞こえてくるような気がした。


「百合が分からなければ教えてくれると言われたのでしたら、教えてもらうのも一つの手かもしれません。教えてもらった上で、付き合うかどうかを決めるのはいかがでしょうか」


確かにその通りだ。私は百合を知らないが、カタリナはすがりつくように私にお願いしてきた。おそらくこれから、じっくり女同士の恋愛のことを教えてもらえるのだろう。私はまだ百合について情報を持っているわけではないので、これから情報を集めるというのも悪くはない。


「うん、そうだね。私も百合について勉強してみる」

「小説とか買ったら?」


アユミが提案してきたので、私は「はい」とうなずいた。


◆ ◆ ◆


食事を終えて次に向かった先は、書店だった。

今は学校の学年が変わるシーズンということもあり、書店の一番目立つところに、月の住み方入門などという本が並んでいる。


「百合って少女漫画に多いイメージだよね、ノイカ」


完全に回りをぎょろぎょろ見回していて手探り状態のアユミが尋ねると、ノイカは「‥‥ハンナに聞いて」と短く答えた。


「そっか、ハンナなら百合の本とか買ってそうだね。ハンナ、分かる?」

「はい、お言葉の通り少女漫画コーナーの近くにあることが多いです。行ってみましょう」


果たしてハンナの言う通り、少女漫画コーナーの隅っこに、そのコーナーはあった。といっても、4段ある本棚のうち2段しか使われていない、平置きもない、小さいコーナーだ。

私は試しに1冊を手にとって見た。


「あ、ユマさま、それは‥」


隣のハンナが止めてくるより前に、私はその本の表紙を見てしまった。


「レズ風俗アンソロジー‥‥え、なに、え、百合って風俗もあるの?」

「ああ‥それは少々関係が進んだカップル向けの本でございます。本棚に戻してくださいまし。わたくしが初心者におすすめの本を探します」


私の手から奪うように本を取って本棚に戻したハンナは、本棚を探り出す。


「‥‥こういう本もあるんだね」


適当に1冊取り出したアユミが、ノイカに本を見せて何やら話し合っている。

ハンナは「ちがう、これもちがう」などとぶつぶつつぶやきながら、たった2段しかない狭い本棚を探して、やっと1冊を抜き出した。


「『おんなのこのきもち』でございます」

「え、何これ、私女の子だけど」


私はためらうように、それを受け取った。ピンク色の背景に赤い文字でタイトルが書いてある。その下には、2人の女の子が寄り添うように椅子に座っている絵が描いてあった。


「バカにしているわけではございません。その本は、百合に目覚めた女の子の気持ちをわかりやすく書いているのでございます。百合な女の子は、恋愛相手のどこを見ているのか、交際で何をやりたいのか、事細やかに書いてあります」

「なるほど‥」


私はその本をばらばらめくりながら応じた。本の中身は文章だったが、文字はあまり小さくはない。1ページの文字数を減らして読みやすくして、初心者でもとっつきやすいようにした印象だ。絵も各所に多く入れられている。


「ハンナがおすすめしてくれるなら、この本、読んでみるよ。私も勉強してみる」

「その意気でございます」


ハンナは静かに、力なく顔にほほえみを浮かべた。

私は少々の疑問を覚えながらも、「ありがとね」と笑って言った。ハンナの頬が微かに染まったように見えた。


「‥ところで」

「はい、どうなさいましたか」

「トイレに行きたくなったから、ここで待ってくれる?トイレ終わってからレジに並ぶから」


そう言って私がハンナに本を手渡すと、ハンナは「あっ、あっ‥」と何か言いづらそうにしている時に出す小さな声をいくつか出した。


「‥ハンナ、どうしたの?」

「あ、あの‥」


ハンナはうつむいてその本を握りしめて、しばらく何かを迷っているように固まっていた。私はトイレを我慢しながらハンナの次の言葉を待ってあげた。


「‥‥‥‥」


ハンナは手に持っていた本を本棚に戻すと、小さく私にすり寄ってきた。


「‥‥わたくしもトイレに行っていいでしょうか‥‥?」

「いいよ」

「いいよ」


私とアユミが同時に答えた。

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