第6話 とりあえずお試しでOKした

「学園にいる1年の間、少しでもユマと思い出を作りたくて‥普通の姉妹の関係でもいいかなと思ったけど、でも今言わないと一生後悔すると思ったから」


カタリナの顔は真っ赤になっていた。

私はこんなところで愛の告白をされるとは全く思っていなかった。告白される時は男から人気のないところに呼び出されてされるものだと思っていた。もしくはメールで、手紙でされるものだと思っていた。いつも話している姉に、このような形で告白されることは全く予想していなかった。くわえて、女性同士の恋愛である。私にそんな知識はないから、どう付き合えばいいのかイメージすらつかめない。


「‥風呂上がりに化粧したのも、これのため?」


私は混乱からか、ピントの外れた質問をしてしまった。そのことを直後に後悔はしたのだが、カタリナは口を結んで、大げさなほど大きくうなずいた。

私はゆっくりとカタリナから目をそらして、考える。

確かにカタリナは自分の憧れの先輩で、家族だ。

今まで一緒に遊びに行ったりしていた。

だけどそれはあくまで姉だからで、一人の恋愛対象の女性として彼女を見たことはなかった。


「‥‥私のどこが好きになったの?」

「明るくて、誰に対しても人当たりがよくて、それと‥わたしが頭を撫でたらすぐなついてくるのがかわいいって思えて、ずっと撫でていたいくらいかわいくて、そばにいてほしいって思っちゃうくらい」


姉からはいつもの元気は感じられなかった。そこにいるのは、一人の女だった。一人の女が、私を全力で好きでいてくれるのだ。

私は正直、女同士の恋愛に興味はない。普通の女ならすぐに断っていただろう。だが、目の前にいるのは他ならぬ私の大好きな姉だ。その気持ちを無下にすることも出来ないし、1年後は離れ離れになると思うと私としても引き止めたい気持ちが勝ってしまう。

でも、ただの姉妹だけではだめなのか?なぜこういう告白の儀式を経て恋人にならなければいけないのだろうか?そうでなくても今のままで十分仲がいいのではないのだろうか?私にはそれが分からなかった。


「女同士で好きになるってのがいまいち分からなくて‥」

「それはわたしが教える。責任を持って教えるわ。わからないならお試しで付き合うでもいいから。絶対、ユマのこと幸せにしてあげるから」


普段の冷静な姉ではなかった。

いつも私は姉に頼ったり、憧れたりしていた。そんな姉が、私にすがりつくように苦しんでいる。

思えば私は姉に助けてもらってばかりだった。私も姉のためになにかしてあげたい。そんな思いは薄々抱いていた。

姉カタリナは視線をそらすことなく、まっすぐな瞳で私を見つめている。


「‥分かった。女同士で付き合うのがどういうことなのか分からないから、お試しで‥」


私には恋愛経験があまりない。彼氏ができたこともない。私の初めての交際相手が女性、しかも義理の家族になるとは思わなかった。

カタリナとは、今までよく抱き合ったり、2人で遊びに行ったりしていた。おそらくこれからも今までと同じように過ごすことになるだろう。ただ、一緒にいるときの気持ちが変わるだけだ。それがどういうことか理解はまだできないけど、私が憧れの姉のために何かしてあげられるということが、それだけで幸せだった。


「‥ありがとう」


カタリナの表情は一気に明るくなった。私のおかげでカタリナが笑顔になっただけでも、私は多幸感を得ることが出来た。

カタリナは笑ったものの、態度はまだ遠慮がちだった。私を抱くことも、私の体に触ることもなく、一距離置いて私を見つめていた。この距離感が違和感しかなくて、寂しくて、私はカタリナを抱きたくなったが、手を伸ばそうとした時にカタリナが私の恋人になったことを思い出す。そうすると変に意識してしまって、私は一度出した手を引っ込めた。


「‥‥‥‥うん」


私は何かまずいものを見てしまったかのように渋い顔をしてうなずいて、ベッドから立ち上がった。


「ユマ、夏休み中の予定ってある?」

「予定?まだ決まってないよ」


先輩やカタリナ、同級生たちと一緒に、この月を観光しようと思っていた。私も月に来たのは学園の行事くらいで、月キャンパスの外に出たことはあまりない。


「それなら、わたしと一緒に2人で行かない?おすすめの映画があるの」

「映画‥うん、分かった」

「明日は片付けもあるだろうし、あさってはどう?」

「いいよ」

「おっけー、待ち合わせとかはメールでね」

「うん、楽しみにしてる」


カタリナは私を誘う時はいつもはしゃいていたのだが、今日は身の動きが控えめだ。月の重力があまりないからでもなく、控えめな理由は今の私ならなんとなく分かる気がする。同時に私は、ベッドから立ち上がってしまったことを後悔した。


「‥それじゃ、私は部屋に戻るね、お風呂もまだだし」

「うん、分かった。じゃあメール待ってるね」

「うん」


私は返事をして部屋を出た。ドアのすぐ横でピンクのブロントのセレナが腕を組んでいたので私は少し驚いたが、「セレナ先輩、見張ってくださりありがとうございます」と頭を下げた。


「ん、大丈夫よ、うちはカタリナ生徒会長のことを応援してるだけだから」


セレナは私ににっこり笑ってみせると、部屋の中に消えていった。


◆ ◆ ◆


私が自分の部屋に戻った時、他の3人はいなかった。先に風呂に行ってしまったのだろうか。私も風呂の準備をしなければいけない。

カタリナはもう風呂に入り終わったはずだ。風呂でカタリナと鉢合わせする可能性がないと思うと、なぜか胸がすーっとするような感覚がした。本来恋人ができるのは嬉しいことのはずなのに、なぜだか私の体には無用な緊張が走っていた。私がカタリナのことをどう思っているかは自分でもわからない。ただ、通常の友達や姉妹にはない緊張を感じているのは確かだ。


<‥ユマ>


誰もいない、私だけの部屋で、ふいにどこからか声がした。


<ユマ、ユマ>


私は誰もいない周囲を見回して、思わず手で耳をふさぐ。


<ユマ>


その声が、自分の頭の中から出ていることに気づいた。

自分自身から声が出ている。自分の中の誰かが、私に話しかけている。これは幻聴だろうか。


<私はあなたを応援していますよ>


声色から誰の声か分かるかと思ったが、今まで出会った誰のものでもない、聞いたことのない声だった。


<あなたはこれから何度も困難にぶつかります。でもそれを、あなたとカタリナさんの力を組み合わせて乗り越えることが出来ます。諦めないで下さい。私はあなたを応援します>

「誰ですか?」


私が試しに出してみた声は、確かに私の声だった。私が無意識のうちに独り言を言っているわけではないことはすぐに分かった。

しかし私の頭の中に響く声は、何も答えなかった。すうっと何かの魂が消えたかのように、私の体が少しだけ軽くなるような気がした。

私は目をぱちくりさせたが、何が起こったのかわからない。


「‥‥疲れてるのかな、私」


そうつぶやいて、ポケットから新しい学生証を取り出す。「ユマ・クィンティン」と書かれたその学生証は、さっき姉に言われたことがすべて現実であることを示していた。

古い学生証は私の手荷物の中にあったはず。そう思って、タンスの上に置いてあった私のバッグから、古いそれを取り出す。「ユマ・カーミラ」

それを握っているときの私の気持ちは複雑だった。生まれたときからずっと自分が名乗ってきた名前。これを捨てなければいけない。私は目をつむり、そして命じた。


「焼却(インシナレイション)」


古いカードはぼうっと燃え上がり、一瞬にして炎とともに消え失せた。

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