第5話 姉に告白された
私はそれをストレートに聞いてみることにした。
「今日は抱かないんだね」
それを言うと、カタリナは急に口を小さくして、私から視線をそらしているような感じがあった。
「‥やっぱりここでは距離置いたほうがいい?上下関係が厳しいから‥‥」
「ユマ」
カタリナがベッドに座り直した振動が、私の尻にも伝わってきた。
「大切な話が2つあるの」
「2つ?」
「うん」
カタリナはそう言って、ベッドから立ち上がると机の引き出しを少しいじってから、また戻ってきた。一枚のカードを私に手渡してきた。
「これは‥?」
「ユマの新しい学生証よ」
説明されるまでもなく、それは間違いなくこのメグワール学園の学生証である。私の顔写真が写っている。でも、なぜこんなものを教官などからではなく、郵送の書留でもなく、生徒会長のカタリナを通して手渡してくるのか?
「ありがとう‥だけど、どうしてこれをお姉さんが持ってるの?普通は先生から渡してもらうものじゃ‥‥あと、学生証って1年生の時に1回作るだけだよね、どうしてまた作り直すの?」
「ユマ、自分の名前のところを見て」
カタリナは真剣に、そして何か隠し事をしているかのように気まずそうに、私にそう促してきた。私は言われるがままに、学生証の名前欄を見た。
「‥えっ?」
私は目を丸くした。名前欄には、「ユマ・クィンティン」と書かれてあった。
「私の名前、ユマ・カーミラだったよね?」
私はそう確認する。私は孤児になって路頭に迷っていたところをカタリナに拾われたものの、名字までは変更していなかったはずである。今までの学生生活を、ユマ・カーミラとして過ごしてきたし、それには一切問題がなかったはずである。
「ユマ。ここからは大人の話なの」
「えっ?」
「その名前を名乗るのはやめなさい。これは私や家族が決めたことでもなく、学校が決めたことでもなくて、軍の上層部が決めたことなの」
「‥‥えっ?」
意味がわからなかった。家族や学校ならまだしも、軍の上層部が一般家庭の居候に、こんな細かいところまで干渉してくるのだろうか?諦めや反発よりも、その疑問のほうが遥かに強かった。
カタリナは目を伏せて、首を横に振った。
「ユマの前の名字は、軍事機密になったの。詳しい内容はあたしにもわからない。ただ言われたことは、前の名前を一切名乗るなと軍から命令が来たことだけ」
「そんな‥」
私はカーミラという名前に特に強いこだわりはないのだが、生まれたときから長年名乗ってきただけあり、愛着を持っていた。それだけに、新しい名前はそこまで理不尽というわけではなかったが、一種の寂しさを覚えた。
「寂しい?」
私の気持ちを見透かしたように、カタリナが尋ねてきた。私は正直に首を縦に振った。カタリナは「‥私も」と、にこりと、儚く笑ってみせた。
「前の名前を口にすることも許されないみたいで、学生証も教官とかじゃなくわたしから渡したほうが意外性があって、敵にも見つかりにくいんだと思う」
「そこまで‥して隠すんだ」
私はまだ頭が混乱していた。ただただその頭で、新しい自分の学生証を見つめていた。
「古い学生証はユマの得意な魔法を使って安全に処分できるかな?自信がなかったら私から教官に渡すけど」
「‥私が処分する」
「友達にもこの事を言ってね。軍事機密って言ったら話が物騒になるから、やんわり断ってね」
「分かったよ」
そう言って、私は新しい学生証をさっと素早く自分の制服のポケットに入れた。
「‥それで、2つ目の話は?」
普段名乗ることはあまりないとはいえ、名字をいきなり変えられた衝撃で私の頭が混乱していたのを少しでもごまかそうと思って、こう尋ねた。
私はうつむくように頭を少し下げていたのでカタリナの表情は見えなかったが、しばらく黙って何か考えているようだった。
「ユマ、顔を上げて」
「‥こ、こう?」
私が顔を上げると、カタリナはいきなり手で私の頬を掴んできた。
「ふぁい!?」
カタリナは笑いながら私の頬を引っ張ったり、押しつぶしたりして遊ぶ。緊張していた私はなされるがままに頬をもてあそばれる。そして姉はやっと手を離した。
「どう、落ち着いた?」
「お姉さん、ひどいよ」
私は笑ってみせた。半ば作り笑いである感じは否めなかったが、それでもカタリナの心遣いが心の底から嬉しかった。この流れなら次にカタリナは私を抱くのだろうかと思ったけど、カタリナはとてもそのような馴れ馴れしい様子は見せてこない。
「ユマ」
カタリナは私から少し距離を置いて座った。そして、真剣に私の目を見つめてくる。
これが2つ目の大切な話だろうと思って、私は拳にぎゅっと力を入れて、姉の瞳を見つめる。
「‥‥ユマはわたしのこと、どう思ってるの?」
「えっ?そ、そりゃ、技力がすごくて、みんなに慕われてて、すごい人だと思う」
「違う」
「えっ?」
さっきセレナに質問されたときと同じ雰囲気を感じた。
私の背筋はぴんと伸び切って、目はカタリナを凝視している。
「わたしのこと、血の繋がっていない姉として、女として‥‥」
カタリナはそこまで言いかけて、私から目をそらして言葉を止めた。まだどこかに迷いがあったようだが、こくりとつばを飲み込む音が聞こえると同時に、カタリナはまた私の目をまっすぐ見つめてきた。
「わたし、今までユマのこと抱いたりしてごまかしてきたけど‥やっぱり気持ちが抑えきれない」
「えっ?」
私は何か予感がした。
よくわからないけれど、こういう時、自分はしゃべってはだめで、相手の言うことを全部聞かなければいけない。そんな感覚がしたのである。良くも悪くもなく、ただ全身に電撃のような緊張が走った。
カタリナは両手を組んで胸に当てて、必死に、大きな声で訴えかけてきた。
「わたし、1年後にはここを卒業して戦場に行くんだよ。知ってるよね?」
その問いに、私は黙ってうなずいた。
「3年後に卒業するユマと同じところに配属されない可能性がとても高くて、そうなった場合、わたしとユマは多分、一生離れ離れになるから‥‥その前に、少しでもユマのことをつなぎとめたくて」
1年後のことなんて考えたこともなかったが、言われてみれば確かに、姉と一生離れ離れになるのは寂しい。私を拾ってくれて、姉として先輩として長年学園やメールなどで付き添ってもらった関係だ。簡単に切り離されたくはない。
「‥‥それで?」
カタリナが言葉をつまらせた様子なので、私は問いかけるように尋ねた。
姉は深く大きく深呼吸して、目を見開いて、まっすぐ私の瞳を見つめた。
「わたし、カタリナ・クィンティンは、ユマのことが恋愛の意味で好きです」
「‥‥えっ?」
私は思わず声を漏らした。まるっきり意味がわからないのである。
恋愛って男と女の間で生まれるものだと思っていたのだが、カタリナのその瞳は、姉妹の関係を超えて、あまりにも真剣すぎるのだ。
「一緒にデートして色んな所に行ったり、たくさん話したり、2人きりで楽しく話したり、‥‥本当のユマをわたしに曝け出してほしいの。わたしも、ユマになら自分を曝け出してもいいと思っている」
表情は必死だった。
とても嘘を言っているとは思えない。私は確信した。
女性が本来なら男性に抱くべき感情を、姉は私に対して抱いているのだ。
血の繋がっていない妹である私に。
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