第4話 姉に会った

食後、私は単身、5階へ向かった。カタリナの部屋は512だったはずである。その部屋をノックして返事を待つが、いっこうに返事が返ってこないので私はまたノックした。それでも返事がないので、カタリナは不在だと思ってドアの前を去ろうとしたところで、偶然通りかかった顔を知らない先輩と鉢合わせした。


「キミ、もしかして4年生?生徒会長に何か用?」

「はい。ドアをノックしたのですが、返事が来なくて、ご不在でしょうか?」

「ああ、まだ食べているんじゃない?入りなよ。うちもこの部屋に住んでるんだ」


そう言って、その先輩はピンク色の先がウェーブ状になっているセミロングの髪の毛をふわりと揺らして、勢いよくドアを開けた。


「はい、お邪魔します、えっと‥‥」

「セレナでいいよ」

「はい、セレナ先輩」


私は招かれるがままに部屋に入って、丁寧にドアを閉めた。そうして部屋を見回して、「うわあ」と思わず声が出た。3年間も寮生活していただけあって、机には色取り取りの飾りやトロフィーがあった。その中でも、タンスの上に所狭しとトロフィーがぎっしり並んでいるスペースが目を引いた。私の部屋と同じ、ドアから見て右前の位置のスペースだ。


「そこがカタリナ生徒会長のベッドだよ」

「はい」


セレナはぽすんと勢いよく左前のベッドに座って、その反動でベッドの上で大きく飛び跳ねた。しかしベッドから落ちることはなかった。慣れた手付きだった。やっぱり7年生にもなると重力の扱い方が身についているのだろう。

カタリナのすぐ隣のスペースで生活するセレナを、正直うらやましいと思ってしまった。


「はいはい、ここに座りなよ」


ベッドに座ったセレナがぽんぽんと隣を叩いてくるので、私はそこに座った。随分セレナと距離が近い。


「キミ、かわいいね。なんて名前なの?」


間近で見るセレナは、化粧こそしていなかったが、ふんわりいい香りがしてきた。フラットな雰囲気ではにかんできたので、私も肩の力を抜いて返事した。


「はい、ユマといいます。ユマ・カーミラです」

「ユマちゃんかー!よろしくね!」


そう言って、私の背中を軽く叩く。私がまだ月に来たばかりなので力は手加減してくれているだろうが、なんとも馴れ馴れしい先輩である。


「それで、生徒会長に何か用事?」

「はい、呼び出されました」

「んん?」


セレナがじっと私の目を見てきたので、私は思わず顔をのけぞらせた。


「え、えっと、セレナ先輩?」

「キミ、もしかして生徒会長に馴れ馴れしくしないでって言われた子?」

「はい」

「ええー!生徒会長とはどういう関係なの?」

「義理の姉妹です」

「親が再婚‥‥あっ、ごめん、何でもない」


セレナはまずいことを言ったと思ったのか、口を手で塞いだ。


「いいえ、大丈夫です。そんなドロドロした事情はないです。私の親が死にまして、クィンティン家に引き取ってもらったんです」

「そうだったんだ、変な話しちゃってごめんね」

「いえ」


私が愛想笑いを見せるとセレナは「まあ楽にしなよ」と言って、私の肩を掴んだ。「‥あっ」と私が声を漏らすまもなく、私の体はベッドの上に倒されていた。


「何も知らないうちはこうして楽にしていなよ。ここは上下関係が厳しいんだから」

「はい」

「上下関係で何か困ったことがあったら、またうちのところに来ていいよ」

「はい、ありがとうございます」

「固いな、素直じゃないんだから」


セレナも笑って、上半身を倒して私の隣に倒れてきた。


「ねえ、ユマから見て生徒会長はどんな人?」

「えっ‥‥はい、カタリナ生徒会長は強くて優しくて、私の憧れの人です。よくメールのやり取りをしているのですが、性格の良さが現れていて‥‥」

「そっちじゃない」

「えっ?」


天井をぼんやり見つめていた私は、セレナの言葉ではっと我に返って、きょとんとした顔でセレナを向いた。


「キミは生徒会長のこと、女としてどう思ってるの?」

「‥えっ、それ、どういう意味ですか?」


私が心臓をドキドキさせながら聞き返すと、セレナは耐えきれなくなったのかふふっと笑い鼻息を鳴らしながらも、優しい顔で返事した。


「オトナの世界‥ってやつかな」

「ええっ、それはどういう意味ですか?」


私が再び聞き返すも、セレナはにへらと不気味な笑みを浮かべたまま私を凝視して、なかなか答えてこない。


「‥‥あはは、冗談だよ」


そう言って、セレナは上半身を起こした。私は「‥あはは」と軽く笑って、先輩のベッドに寝転がるのはやっぱり失礼だと思って上半身を起こすが、セレナはまた私の肩を掴んでベッドに倒した。


「あ、あの、私、まだお風呂に入っていないのですが」

「いいの、いいの。楽にしときなよ」


そうやって話しているところでドアが開いたので、私は再度起き上がった。ドアの隙間から光を反射するほど鮮やかな金髪が覗かせてきたので、誰かはすぐに分かった。私はベッドから立ち上がって、「おね‥‥」と言いかけたが、そこはくっとこらえた。


「カタリナ生徒会長」

「あら、よく来たわね」


カタリナはいかにもよそよそしい様子でドアを閉めた。まるで初対面のようだが、これもやっぱり上下関係というものだろうか。


「セレナは廊下を見張ってくれる?2人きりで話がしたいの」

「分かったよ」


セレナはウィングしてピースサインを見せて、ベッドから立ち上がるとカタリナに「頑張りなよ」と言って、部屋の外へ出ていってしまった。

ばたんとドアが閉まったのを見て、私はふとカタリナと視線を合わせる。


「‥カタリナ生徒会長」

「2人きりの時はいつも通りでいいわよ」


そう言って、姉は自分のベッドに座って、隣のスペースを手でぽんぽんと叩いた。私がそれに招かれてカタリナの隣に座ると、カタリナは開口一番こう言った。


「さっきはごめんね。ここは上下関係が厳しいから」

「‥うん、私も他の先輩たちから聞いたよ」


まだ空港のときのことが忘れられないようで、私の肩はまだこわばっているように感じた。


「それと、食事ついでにお風呂に行ってたら待たせちゃったみたい」


そう言って、カタリナはポケットから1つのボールを取り出した。あっという間にそれは光って、湿ったタオルやドライヤー、シャンプー、石鹸、着替え、下着などに早変わりした。魔法と科学が融合した技術である。カタリナはそれを机の上に置くと、またベッドに戻ってきた。

改めて嗅ぐと、カタリナの髪の毛からは香ばしい匂いがする。値段のいい香水を使っているようだった。顔も、お風呂上がりとは思えないくらいに、ナチュラルメイクで化粧してあった。メールでは伝わらない、大人のオーラをカタリナはまとっていた。カタリナは大きな胸を揺らして、隣に座る私の手を握った。手からはお風呂上がりのあたたかい体温が伝わってきて、私の体もぼうっと暖かくなる気がした。


「久しぶりの月はどう?」

「うん、やっぱり重力が慣れなくて」

「ふふ、初心者はみんなそう言うのよ、あと今がまだ昼間ってことも」


カタリナは窓へ視線をやった。月の建物に使われている特殊な窓ガラスは外からの日光を遮光して、今は夜であることを懸命に主張していたのだが、外は地球で言えばまだ太陽に照らされた昼なのである。


「この2つに慣れればなんとかなるんじゃないかな」

「分かった」


私はもう肩の力が抜けたが、それでもやはり違和感が残っていた。カタリナは私と出会うと、「お姉さんだよ」と言っていつも最初に抱いてくる。今回はそれがないことに、カタリナとの微かな距離を感じるのだ。

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