第3話 寮のルームメイトが揃った

「レイナもこの部屋?」


私はおそるおそる尋ねた。レイナは腕を組んでいる。1〜4年生のときの地球キャンパスで、彼女は常に委員長ポジションについていて、4年生の時は地球キャンパスの生徒会長もつとめた。それだけに規律には厳しいし、彼女を苦手とする人も少なくない。私もその1人だ。

レイナは部屋を見回してから、ハンナと同じことを言った。


「どのベッドを誰が使うか、決めなければいけないわね。くじで決めるのはどうかしら」

「‥そうだね、くじなら公平でいいね」


私が同調してハンナもうなずいたところで、部屋にもう1人入ってきた。ドラゴンの赤く大きなしっぽを振り回しながら乱暴にドアを閉めて入ってきたその女は、ドラゴン独特の刻印がなされた漆黒の角を頭に生やしている。魔族だ。


「マーガレットもこの部屋?」

「おうよ!」


私の質問に気さくに応じたマーガレットは荷物の山を見て、「こんなものはマーガレットでも余裕なのだ」と言って、かざつに持ち上げた。


「待ちなさい、これは4人分の荷物よ!自分の荷物だけ持ちなさい」

「委員長は固いことばかり言うのだ」

「常識よ」


そう言って、レイナはふんと鼻を鳴らした。マーガレットは舌打ちするどころか気にもとめない様子で、豪快に笑った。


「誰がどのベッドなのだ?マーガレットが全員分の荷物を運んでやるぞ」

「あたしの分は結構よ、それにこれからくじで決めるから」


マーガレットの発言を苛立つように遮って、レイナは制服の下のポケットからメモ、胸のポケットからペンを取り出して、適当な机を借りてくじを作り始めた。

マーガレットは全く気にしていなさそうに口笛を鳴らす。制服も着崩しているし、しょっちゅうレイナから服装を注意はされるのだがその1時間後にはまたもとに戻している。我道を行くタイプの人だ。2000年前に地球で活躍したといわれる伝説の聖女の友人の使い魔の末裔といわれる家系なのだから、それなりに親から最低限の教育はされていると期待したい。

やがてくじができたようで、レイナがそれを持ってきた。メモ用紙を4つ折にして破いただけのものだ。


「他の3人が先に引きなさい。あたしはくじを作った人だから、最後に残ったベッドを使うわ」

「分かった」


私たちはレイナの持つくじに同時に手を伸ばして、引いた。

くじの結果、ドアから向かって右前のベッドとタンスと机は私、右奥はハンナ、左前はレイナ、左奥はマーガレットになった。


「マーガレットが荷物全部運ぶのだ!」

「ちょっと!あたしの荷物は置いていきなさい!」

「わっ、この荷物軽いのだ!」


そりゃ月だからね。マーガレットとレイナが騒いでいる間に、私は腕時計を確認する。月は昼の時間が半月と長く、地球と同じように24時間のサイクルで生活しようとすると時計は必須アイテムだ。そうでなくても、月の建物の窓ガラスは特殊で、12時間光り、あとの12時間には遮光されるようになっている。いきなり光ったり遮光されたりするわけではなく、ちゃんと朝ぼらけや夕方に近いものも再現されている。建物の外に出たときの違和感が大きいという欠点はあるが、ともあれこれで生活リズムはなんとかできるのだ。その窓が若干赤みかかってきたので時計を見ると、もう5時だった。

私はマーガレットが運んできてくれた荷物を開けて、次々と机に並べたりタンスにしまったりして、身の回りの品を揃えていくのだった。


◆ ◆ ◆


寮の1階にあるレストランは、夏休み中だが先輩が多くてにぎやかだった。といっても、空港の見送りのためだけに来た先輩が多くて、明日には帰って行ってしまう人もいるらしい。それから廊下の掲示板に貼られていたのだが、今月8月末、始業式の前々日に歓迎会があるらしい。それまでの2週間は月の重力や生活リズムに慣れるための期間ではあるものの、後輩たちに月の観光案内をしてくれるために地球に帰らない先輩もそれなりにいるのだ。

私とハンナは食券を買って食事を受け取り、誰もいないテーブルに運んでいった。するとすぐに2人の先輩が寄ってきた。


「ねえねえ、ここ座っていいかな?」


明るく気さくな感じに黄色いショートの髪を跳ねさせる先輩は、1つ上の新6年生で地球キャンパスで3年間一緒にいたから覚えている。アユミ先輩だ。そしてその隣りにいる黒髪ロングの寡黙な人も、アユミの同級生にあたり新6年生のノイカ先輩だ。


「はい、大丈夫です、お久しぶりですアユミ先輩にノイカ先輩」


2人の先輩は私たちの向かいに座って、アユミが食べ始める前に私たちに話しかけた。


「久しぶりだね、2人とも。ユマにハンナ」


私たちのことを覚えてくれていた。ブランクも1年と短かったし、3年間何かと私たちの面倒を見てくれたのだ。


「はい、私たち、もうすぐ5年生になります」

「そんなに固くしなくてもいいよ〜?」


アユミがにやりと笑って、白い歯を私に見せた。


「もしかして、さっきお姉さんに叱られたの気にしてるんじゃない?」

「うっ‥」


図星である。姉に馴れ馴れしくするなと言われると、誰だって人を警戒したくなる。アユミやノイカとも、普段は他の先輩のいない場所ではタメ口で話す関係だ。


「タメ口でもいいよ?って言いたいところだけど‥そうもいかなくなったかな」


アユミがそうやって急に真剣な表情になったので、私はショートの髪の毛の先を少しいじりながら、聞き返した。


「どういうことですか?」

「‥月キャンパスは規律が厳しいんだよ。上下関係はきちんとしなければいけないし、軍の関係者も頻繁に視察に来るからね、ユマたちも5年生の最初の授業でそれを教えられるから覚悟したほうがいいよ」

「‥‥はい」


上下関係に厳しいということは、姉カタリナのこともカタリナ先輩と呼んで、敬語を使って話さなければいけないのだろうか。なんだか一気に姉の存在が遠く感じたし、もともと血の繋がっていない姉が本当に赤の他人になってしまうのではないかという不安にかられた。

アユミは、うつむいてしまった私を気遣ってくれたようで、テーブルの私の手前のところをトントンと叩いて、柔らかい声で補足した。


「大丈夫だよ、カタリナ生徒会長も、誰も見ていないところではきっと今まで通りのお姉さんでいてくれるから」


その一言に、私は一気に救われたように胸が軽くなった気がした。


「分かりました、アユミ先輩。実は私、今夜呼び出されているので、その時に聞いてみます」

「うん、それでよし」

「おねえさ‥カタリナ生徒会長の部屋はどこですか?」

「うーんとね、部屋替えがあったばかりだからよく覚えてないな‥‥ノイカ、知ってる?」


ノイカもハンナも無言で食べていた。この2人は波長が似ているのか、自然と行動が一緒になる。

ノイカは首を小さく縦に揺らして返事した。


「ご、いち、に」

「512だね、ユマ、512だって」

「分かりました、ありがとうございます」


私はノイカに頭を下げたが、ノイカは意にも介さず食事を再開した。ノイカは特に私を無視しているわけではなく、他の人に対してもそうなのだ。


「ノイカ、返事くらいしなよって」


アユミがノイカの肩を揺らしたので、ノイカはしばらくして「‥‥‥‥うん」と頭を下げた。

カタリナとも話したいことはあったが、アユミやノイカにも積もる話はある。おもに私とアユミが中心になって1年間の思い出や月キャンパスの話をした。

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