第24話_裁きのもたらすもの
身体が軽い。まるで頭のてっぺんから上に引かれているかのようだった----要塞がかなりの速さで落下しているせいだ。
通路には煙が充満し、時折、爆風が抜けていく。ラーカイラムを担ぎながらも、デイルは休むことなく全力で走っていた。おそらく、他の者達はすでに《ゲッターディヒトゥング》へ乗りこんでいるだろう。光刃剣で気絶させたイリーシャも運ばれているはずだ。
「もっと急がないと、見捨てられるかもしれないな」
冗談になっていないことを苦笑まじりに独白し、デイルは煙の入った目をこすった。
「俺をおろせばもっと速く走れるぜ」
後頭部に冷たい物がつきつけられ、デイルは足を止めた。
「もう意識を取り戻したのか……」
ラーカイラムの脅威的な回復力にデイルは正直に驚いた。普通の人間であれば一時間近くは目を覚まさない衝撃を与えたはずなのだ。
「もう一度だけ言うぞ。俺をおろして、あんた一人で先を急げ」
ラーカイラムの声に脅すような響きはなく、しごく平静なものだった。それだけに、本気であることがうかがえた。カチン……と、撃鉄が起こされる。
「どうするつもりだ?」
「アルティナを置き忘れてきた。拾いに戻る」
「気持ちはわかる。だが、嬢ちゃんのことも考えてやれ。
人を殺すための部品として、何千何万と犠牲にしてしまったんだ。ここから脱出したところで、そのことで一生自分を責め続けることになるぞ。おまえはその苦しみに責任をとってやれるのか?」
「わからねぇ。けど、このまま脱出したら、俺はたぶん一生後悔する。アルティナを助けてやれなかったことを、じゃない。あいつを見捨てたことを、だ」
ラーカイラムの力強い言葉に、デイルは小さく息をついた。
「相手の気持ちを考えないとは……自分勝手な奴だ。若い証拠だな。勝手にしろ」
ラーカイラムはデイルの肩から飛びおり、もと来た通路を逆走し始めた。と、少し行ったところでデイルが呼び止める。
「こいつを持っていけ。役にたつはずだ」
そう言ってデイルが投げ渡したのは光の刃を生むことのできる柄だった。ラーカイラムは目を丸くした。
「やるわけではないからな。ちゃんと返せよ。嬢ちゃんを説得して、無事にここから脱出しろ。いいか? 死ぬなよ」
「死ぬつもりはねぇさ。ありがとよ」
ラーカイラムは自身たっぷりな表情で礼を言い、もの凄い速さでデイルから離れていった。
「ラーカイラムか……おもしろい男だ。必ず生き延びてみせろ」
鋭い光を宿らせた灰色で見送り、デイルは身をひるがえした。
ほぼ無人となった要塞を、爆発と煙が貪欲に浸食していく。
**********
いたるところで火の手があがる。非常灯に切り替わったせいで薄暗くなっていた空間を炎が、まるで血を浴びせたような紅色に照らしだしている。
指令室も例外ではなく、煙と炎が踊り狂う赤黒い舞台と化していた。
最期を待つまでの間、アルティナはこれまでの人生を振り返っていた。
悔やみきれないことが多すぎた。
天才などともてはやされることがなければ、少なくとも自分が惨劇を司るようなことはなかったのかもしれない。
迷惑のかけどおしだった父と母に一言でいいから謝りたかった。
そして、なにより、犠牲となった人々----許してもらえるはずなどなかった。どのようなことをしても償いなどできるわけがない。せめてできることは、自分も同じ末路をたどることだけだ。
今までのことを思えば思うほど、涙がとめどなく溢れてきた。
唯一の救いは、最後に楽しい日々をすごせたことだった。ラークとデイルとの旅。自分がどこの誰かわからず、平穏でもなく、短い旅だったが、このうえなく楽しかった。
「記憶なんて取り戻すんじゃなかった……。こんなことになるのなら、ずっと眠っておくんだった……」
寂しさと自責に彩られた想いは身体におさまりきれず、震える言葉となって外へもれた。
ふいに、誰かに名前を呼ばれたような気がした。しかし、自分の他に人は見当たらない。幻聴か、あるいは死神の誘いだろうと考えた時、もう一度それは聞こえた。
「----アルティナ!」
声とともに煙を突き抜け、人影が室内にとびこんでくる。それは、デイルが連れて脱出させたはずのラーカイラムだった。
「どうして戻って来たの!」
ラーカイラムの顔は煤のようなもので汚れており、服もところどころ燃えた跡がある。
「おまえがここにいるからだ。さぁ、俺と一緒にここから出るぞ」
非難するような口調のアルティナに、ラーカイラムは反論を許さない表情で告げた。
「駄目よ! さっきも言ったでしょ。あたしはここに残って責任を取らないといけないの!」
「ふざけるな。おまえが死んだからってなんになる。死んだ奴らが生き返りでもするのか? ただ、死人の数が一人増えるだけだろうが」
ラーカイラムは明らかに怒っていた。
「そうかもしれない。けど、ラークにはわからないのよ! あたしがどんな思いでいるか……ここから脱出したって、あたしの罪が消えるわけじゃないの。あたしにはこの道しかないのよ!」
追い詰められた人間の気持ちが、そうでない者に理解してもらえるわけがない。死を選ぶことほど馬鹿なことはないというが、それは真の絶望をまだ知らない者達の言い分にすぎないのだ。アルティナはそのことをラーカイラムに理解してもらいたかった。
「ああ、わからねぇな。わかりたくもねぇ。死にたがってる奴の気持ちなんてわかってたまるか。そんな哀しい考え、俺は絶対に認めねぇぞ!」
ラーカイラムがなにかを叩きつけるようにして光刃剣の柄を勢いよく振るった。形成された光の刃のきっ先をアルティナへと向ける。
「あたしをこれ以上困らせないで! 生き延びたって一生悔やみ続けるだけなのよ。これから永遠に、たくさんの亡霊から呪いの言葉を浴びせられるなんて……たえられっこないわ!」
ラーカイラムを見ていると、こうやって話していると、決心が揺るぎそうだった。自分の迷いを断ち切るため、アルティナは声をふりしぼった。
「やってもいねぇくせに、たえられないなんて決めつけてんじゃねぇよ。
どうせ一度は死ぬつもりになったんだ。本当にたえられないのか試してみればいいだろうが。今のおまえは、たえようとすることから逃げているだけじゃねぇのか?」
じっと見据えるラーカイラムをアルティナは正面から見つめ返すことができなかった。
逃げている……心のどこかに隠していたそのことをラーカイラムははっきりと指摘した。
「けど、あたしはラークとは違う……あたしはそんなに強くないの!」
「なら、強くなればいいだけだ。始めから強い人間なんていやしねぇ! 誰だって、自分を責めながら強くなっていくんだぜ……」
ラーカイラムは厳しかった表情をかすかにゆるめた。
ラーカイラムもなにかで自分を責め続けているのだろうか。そんな素振りは見せなかった。アルティナは胸の奥が痛苦しくなった。
自分も、ラーカイラムの言うような強さが欲しかった。目をそむけることの許されない事実に立ち向かえるだけの勇気を与えてもらいたかった。
そして、ラーカイラムと一緒に楽しい旅を続けたかった。
「もっと早くにそれを聞きたかった。そうすれば、ここから出て、強くなれたかもしれないのに……。でも、もう遅いわ。間に合いっこないもの……ごめんね、ラーク。最後まで巻きこんじゃって……」
アルティナはへたりこみ、額をガラスにくっつけた。すぐ前に、手を伸ばせば届く距離にラーカイラムがいるのに、触れることはできない。アルティナはガラスの壁に爪を立てた。しかし、いくら無念さをこめても引き裂けはしなかった。
「俺はまだくたばっちゃいねぇ。やり残したこともあるし……絶対にここから脱出する。やってもいねぇのに諦めたらおしまいだ。
これが最後だ。アルティナ、おまえはどうする?」
心の奥まで見透かすような、すべてを許してくれるような眼差しでラーカイラムが見つめる。
「あたしは……」
アルティナはひと呼吸おいて新しい決心を、過去を振り切るつもりで、ラーカイラムにぶつけるようにして、喉の奥から絞りだした。
「それを忘れるなよ」
想いを受け止めてくれたラーカイラムが鋭い表情となる。
にじむ涙でぼやけているアルティナの視界の中、ラーカイラムが光刃剣を大きく振りかぶるのがわかった。
そして----
**********
いくつもの火柱があがる《箱船》の背から、純白の
「間に合わなかったか……まぁ、あの男ならなんとかするだろうな」
窓の一つから、デイルは墜ちゆく漆黒の巨鳥を眺めていた。
鳥の形をした要塞は炎をまとい、繰り返す爆発はおさまる気配がなかった。
幸い、《箱船》の進路の先に町はなく、砂丘と深い青色をした海が広がっているだけだった。
猛烈な速度で進む巨体の起こす風が砂を巻き上げ、海面を裂くようにして白い飛沫をたててゆく。
天まで届くような勢いで海水を噴き上げた後、古代の要塞はその威容をゆっくりと沈ませていった。
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