第22話_突入


 ラーカイラムはアルティナの悲鳴を聞いたような気がした。


「空耳か……?」


 呟きは轟音と激しい揺れにかき消された。イラルや乗組員達のやりとりから判断すると、レーザーが《プロメテウス》の防御力場に噛みついたものらしい。


「防御力場、限界です!」

「動力のすべてを防御力場へまわせ! それ以外のあらゆる回路を切るんだ!」

「第六九から一○三までの回路に過負荷、このままでは爆発の恐れがあります!」

「かまわん! 力場が破られればどのみちこの艦はおしまいだ」


 絶叫に似た報告と指示とが艦橋内をとびかう。ラーカイラムもさすがに不安を感じ、大丈夫なのかデイルに尋ねようとした。


「駄目ですっ!」


 大地の割れるような音がし、すさまじい衝撃が船体を襲った。間をおかずに爆発音が響き、《プロメテウス》は大きく傾いた。


「直撃を受けた第一推進機関損壊。第二、第三も機能停止。このままでは墜落します!」

「これまでか……」


 斜面となった床を転がっていったラーカイラムの耳にイラルの呻きが届いた。


「こんなことぐらいで諦めてんじゃねぇよ。俺は這ってでもあそこに行かなきゃならねぇんだ。飛べないんなら、せめてあの要塞に突っこむぐらいのことはしやがれ!」


 指揮者の根性のなさにラーカイラムは我慢できなかった。手足が自由だったらはり倒しているところだ。


 侮辱されたイラルは、しかし怒ることはなく、

「その案、使わせてもらう! まだ生きている推進器があるな。なんとか制御して《プロメテウス》をあの要塞にぶつけろ、魔術管理局の意地を見せつけてやるぞ!」

 落ち着いた口調で命令した。慌てふためいていた他の乗組員達も上官の一言で腹をくくったようだった。


 覚悟を決めてしまえばどんな状況下でも平静を保てる。炎をまといながら加速度的に降下していくにもかかわらず、艦内の皆は妙に冷静さを取り戻していた。


「防御力場の範囲を狭めて、そのぶん密にしろ。落下の勢いに乗せて相手の壁を突き破る!」


 イラルの考えどおり、《プロメテウス》の周囲を強固な力が覆う。その進路の先にいた《箱船》は回避行動を取ろうとしたが間に合わなかった。


《プロメテウス》と《箱船》の防御力場が激突し、空間がきしむような叫びをあげる。接触面で反発しあう力の一部が波となって拡散し、周辺にいた騎竜を打ちつぶした。


「ふざけやがって……」


 ラーカイラムは舌打ちした。映像盤を通してだが、《プロメテウス》が押されているのがはっきりわかった。単純に大きさから見ても、動力炉の出力は《プロメテウス》より《箱船》のほうが格段に上であると素人にも予想はつく。機体そのものの総合能力も《箱船》が勝っているだろう。


 だが----技術の応用力に関しては魔術管理局のほうが上だった。


「目標の力場の構成周波数がわかりました」

「操作班に伝えろ! 死にたくなければすぐに調整するんだ!」


 結末は、ラーカイラムが拍子抜けするぐらいにあっけなかった。


 つい今しがたまで絶対的な障壁だった《箱船》の防御力場がすっかり消えてしまったかのように、《プロメテウス》が進行してゆく。両者の力場はいまだ張られているのだが、反発することなく、《プロメテウス》の侵入を許したのだ。


「同調完了です」

「このまま突っ込め!」


 防御力場の内側へ入りこんだ浮舟に対し、要塞のビーム砲がすさまじい攻撃を開始する。だが、それらは《プロメテウス》の船体に達する直前で見えない障壁によって阻まれた。


 力場をまとった銀色の船体がまるで矢の根のように、漆黒の巨鳥に突き刺さっていく。移動する《箱船》に引きずられ、突き立っていた《プロメテウス》は要塞の上部を裂いていった。


 純白の浮舟ゲッターディヒトゥングに後部を引っ掛ける形で《プロメテウス》の動きは止まった。《プロメテウス》は前半分ほどが要塞の内部に入りこんでおり、推進機関部では爆発が繰り返し起こっていた。


「《プロメテウス》は放棄。白兵戦にうつるぞ!」


 イラルの右頬が血で真っ赤に濡れていた。要塞へ突入した際の衝撃で割れた計器のガラスで切ったのだ。もっとも、怪我をしたのはイラルだけではない。艦橋から次々と人が走り出ていく。白兵戦のための装備を整えに行くのだ。


「こらー! 俺をおいていくんじゃねぇ!」


 最後の一人の背中へ向けてラーカイラムは大声で怒鳴った。手足の自由はロープに奪われたままで、今できることはエビのように身体をのけぞらせることぐらいだ。


 船体のいたるところで起きている爆発の音が次第に近づいてくる。


 落ちていたガラスの破片でなんとかロープを切断することにラーカイラムが成功した直後、デイルが申し訳なさそうな顔で艦橋に戻ってきた。


**********


 魔術管理局の面々は二手に別れることにした。要塞の制圧を目的として指令室を目指すものと、動力炉の破壊ならびに脱出の手段として《ゲッターディヒトゥング》を強奪するものである。ラーカイラムは迷わず前者に加わった。


 殻闘機四腕も用いられたものの、《プロメテウス》の格納庫の爆発で生き残ったものは数機しかなく、それらは《ゲッターディヒトゥング》強奪の目的をもったほうの集団へ託された。


「一機ぐらいこっちが使ってもよかったんじゃねぇか?」


 さほど広くない通路の壁に背を預けたまま、ラーカイラムは非難がましくデイルに言った。


「なら、おまえが今から取りに行くか?」


 ラーカイラムのお目付け役と化しているデイルは振り返ることなく答えた。赤毛の男の視線はすぐそこの角を曲がった先へとそそがれている。その方角からはひっきりなしに銃声が流れてきていた。魔術管理局の陣営と《ヴァール・シャインリッヒ》の守備隊とが銃撃戦を行なっているのだ。ラーカイラムは部外者ということでこんな後方で待機させられていた。光刃剣の持ち主であるデイルは十二分な戦力となるはずだが、お目付け役としてラーカイラムのそばにいなければならないことを自覚しているためか、戦列に出ようとはしなかった。


「あいつらいつまでかかってんだよ。もう我慢できねぇ、俺は先に行くぜ。一人でやらせてもらう」


 組んでいた腕を解き、ラーカイラムは銃撃戦とは異なる方向へ走りだした。その襟首をデイルが掴んで引き止める。


「放せよ。いつまでもこんな所で足止めくってるわけにはいかねぇんだ」


 一刻も早くアルティナに会いたい。そして、こんな忌まわしい要塞から脱出させてやりたかった。


「気持ちはわかる。だが、指令室へ通じる道は守備隊でふさがれているんだ。もう少し待て」


 デイルに構わず、ラーカイラムは足に力をこめて前へ進んだ。手を放そうとしないデイルがずるずると引きずられている。


「こんなにでかい要塞なんだ。中枢へと続く道が他にもあっていいはずだろ」


 その台詞を聞いたデイルがいきなり襟首から手を放したので、ラーカイラムは勢いあまって前に転んでしまった。


「急がば回れ、か。いいだろう。俺も一緒に行ってやる」


 頼んだ覚えはないのだが、喜々としたデイルの表情を見上げると、とても断われそうになかった。床にぶつけた鼻をさすりながら、ラーカイラムは立ち上がった。


「待ってろよ、アルティナ……」


 これ以上、先へ進むのを誰にも邪魔はさせない。もしそんな者がいたら……。


 ラーカイラムは使い慣れた拳銃へ視線を落とした。


**********


 ----その広い区域に入ったラーカイラムとデイルは思わず足を止めた。


「どうやら整備場らしいな」

「なんなんだよ、この兵器は……」


 ラーカイラムは口許を歪めた。嫌っている古代魔術の兵器がずらりと並んでいる。


 ラーカイラムがこれまで見てきた現代の兵器とは外観からして異なっていた。単に人を殺すためだけに生み出されたこれらの古代の兵器からは凶暴な雰囲気と死神の鎌のような冷たささえ感じることができる。ラーカイラムはそれらを破壊したい衝動にかられた。このような物があったところで役にたつことなどありはしない。


「急ごう。あまり時間がないはずだ」


 デイルにうながされ、ラーカイラムは後を追った。


 これまでのところラーカイラム達は敵に遭遇していない。指令室にたどりつけるかどうか不安があったものの、数か所に掲げられた見取り図でデイルが判断する限り「こっちで間違いない」とのことだった。考えていたよりも大きく迂回してしまい、かなりの時間を費やしてしまっている。ラーカイラムの気持ちはあせるばかりだった。


 整備場を横切り、端にある通路に入ろうとすると----頭上に殺気を感じた。ラーカイラムの目が、デイルに迫るなにかを捉らえる。


「おっさん!」


 ラーカイラムが教えるまでもなく、デイルは反応していた。なにかがデイルに当たると見えた瞬間、光の刃が迎え撃つ。火花とともに弱い雷鳴がほとばしり、デイルははじき飛ばされた。


「なんだ、今の?」


 驚くラーカイラムに例のなにか----素早い蛇のような物が飛びかかる。ひきつけてかわすのは危険だと勘が告げ、ラーカイラムは大きく動いて避けた。


 蛇に見えた物の正体は鞭だった。一瞬前までラーカイラムの立っていた硬い床を打ち、電撃の火花を撒き散らす。


「どぶネズミだけあって逃げるのは得意なようだな」


 声の主の許へ鞭が戻っていった。整備場の、一つ上の階に相当する位置に回廊のようなものが張りだしていた。そこからラーカイラム達を見下ろしているのは、金色の仮面を身につけた女、イリーシャだった。


「おまえ達には死んでもらうよ」


 手すりを飛び越えたイリーシャがデイルを狙って鞭を走らせる。デイルは後ろに跳んで逃れた。イリーシャが着地した瞬間に、ラーカイラムは引き金を連続して引いた。


「なめるな!」


 まるで生き物のように、鞭がイリーシャの正面で螺旋を形造りながら回転した。鞭が雷をまとい、銃弾のすべてをはじき落とす。


「どうなってやがる!」

「高圧電流を流すことのできる鞭か。厄介な物を持ってるな」


 ラーカイラムの驚きの声にデイルの説明が重なった。「厄介な物?」、ラーカイラムが疑念のこもった目を向けると「光刃剣とわたりあう」、デイルは鋭い視線を返した。


「要塞の武器庫に保管してあったのさ。どの程度まで出力を上げれば人が死ぬのか、おまえ達で試させてもらうよ」


 イリーシャが仮面にそっと手をあてた。その下にある憐れな素顔をさらけだせたラーカイラムへの恨みをここで晴らすつもりだろう。


「とっとと片づけねぇと……」


 ラーカイラムは奥歯を噛みしめた。デイルがイリーシャとの間合いを警戒しながらラーカイラムのそばへ来る。


「おい。俺が囮になってあの鞭を引きつけるからおまえは先を急げ」

「わかった。けど、おっさん一人で大丈夫なのかよ」


 あの鞭は光刃剣と対等の能力をもっているとデイルは言った。だとすれば攻撃範囲が長く、複雑な動きのできる鞭のほうが有利だ。


「当然だ。俺の実力を甘く見るな」


 デイルが楽しげな笑みを作る。ラーカイラムはそれ以上なにも言わなかった。この男のことだ、なにか勝算があるのだろう。


「なにをこそこそとやっている!」


 イリーシャの苛立った声とともに、殺気をはらんだ鞭が宙を走る。ラーカイラム達が行動にうつったのを見ると、イリーシャは鞭を戻らせて攻撃にそなえた。


 前に出たラーカイラムめがけてイリーシャは鞭を振るった。と同時に、ラーカイラムと前後を入れ替えたデイルの光刃剣が迫る鞭とぶつかった。今度は、デイルははじき飛ばされなかった。かといって、イリーシャの鞭が負けたわけでもない。光の刃と雷の蛇、両者は互いに喰らいついたまま一歩もゆずらなかった。放電があたりの空気をこがす。


「くっ!」


 イリーシャは鞭を引こうとしたが、鞭は離れようとしない。


「無駄だ。おまえさんも聞いたことがあるだろ? 電圧が高すぎると吸いついてしまうんだよ。これが光刃剣じゃなく、俺の肉体だったら即死だろうがな。

 今のうちだ、行け!」


 デイルの合図を受け、ラーカイラムは走る速度を上げた。通路に達する直前、強烈な揺れがこの場を襲い、ラーカイラムは足をすくわれた。デイルとイリーシャは投げ出されたようになり、光刃剣と鞭も反発して離れた。


「急げ! どうやら動力炉を破壊したようだ、 早く嬢ちゃんを助け出さないと脱出できなくなるぞ!」


 デイルの緊張した叫びがラーカイラムの背中を押す。


 どこか遠くからの爆音がひっきりなしに聞こえてくる。


 もはや一刻の猶予も許されない。少しでも速く走れるよう、ラーカイラムは重い上着を脱ぎ捨てた。

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