第21話_孤独な戦い


「誰かそいつをおさえろ!」


 小柄な指揮者の指示に応え、六人の男達がラーカイラムを通信用機器の前からひっぺがした。


「放しやがれ! 俺はまだ言いたりねぇんだ!」

「邪魔はしないと約束しただろ!」


 太いロープでラーカイラムの身体をぐるぐると巻きながら、デイルは眉をしかめた。


「ここまで連れてきてもらえばこっちのもんだ。そっちの作戦なんか知るか」


 不敵な笑みを作り、ラーカイラムはデイルを見上げた。手足の動きを完全に封じられたので、床に転がっているしかない。


「だったらしばらくそうしていろ。あんまり騒がしいと外へ捨ててやるからな」


 真顔で言い捨てるデイル。このままではなにもできないので、ラーカイラムはしばらく様子を見ることに決めた。


 ここは浮舟プロメテウスの艦橋である。必要以上に広くない、まったく無駄のない機能的な構造となっていた。並べられている機器はすべて最新式のやつだ。それもそのはずで、この《プロメテウス》は魔術管理局の誇る性能の高い浮舟のひとつだった。


 魔術管理局とはいくつかの国家の資金援助によって創設された、古代魔術の保護ならびに研究を目的とした組織である。その仕事のひとつとして「魔術の悪用を防ぐ」ことがあり、デイルの正体は魔術管理局の一捜査官ということだった。魔術管理局をラーカイラムは好きではないが、この状況で贅沢は言っていられなかった。アルティナを助け出すために、利用できるものはなんでも使わせてもらう。


 今回の作戦の指揮者であるイラルは《プロメテウス》の船長でもあった。四○をいくらかすぎたぐらいの小柄な男で、ラーカイラムから見れば「融通のきかなそうな顔」をしている。そのイラルは敵の親玉であるヴォーレンと話していた。


「では、交渉決裂と解釈していいのだな?」

「どうせ始めからそのつもりなのでしょう? お互い、立場ははっきりしているんです。無駄なやりとりはやめにしませんか?」

「大昔の玩具を手に入れたぐらいでいい気になるなよ! 魔術管理局の実力を甘くみるな」


 イラルの怒声に、ヴォーレンは涼しげな表情で言い返した。


「いい気になっているのはあなた方のほうではありませんか? 『古代魔術の悪用を防ぐ』、それがあなた方の理念でしたね。もし我々の行動を認めることができないのなら、力ずくで止めてください。

 もう一度だけ言っておきますが、我々ヴァール・シャインリッヒの目的は世界を支配することなどではないのです。現在のような愚かな争いをなくし、よりよい世界となるよう指導してさしあげることなのですよ」

「それを支配と言うのだ! そのようなことを誰が許すか!」

「時代ですよ。

 時代は今、ひとつの転換期を迎えているのです。数百年もの間隠されていた古代文明の遺産が再び日の目を見ることとなったのがその証拠ではないでしょうか」


 そんな大層な理屈知るか。アルティナを返しやがれ! ラーカイラムはそう叫ぼうと息を肺にためこんだが、次の瞬間、監視していたデイルに脇の下をくすぐられ、場違いな大笑いが出てしまった。


「違うな。その要塞は貴様らの棺桶となるために長い眠りから覚めたのだ」

「いいでしょう。この《箱船》が我々の柩となるか、新たな歴史への道標となるのか、確かめてみましょう」


 それは戦闘開始の合図だった。


 魔術管理局がわの旗艦プロメテウスは巡洋艦の一種である。機能以上に威圧感を求められた外観はまるで鍛え抜かれた名刀のような、鋭さと優雅さを兼ね備えていた。船体の基本色も刃を思わせる銀である。


 もう一隻、《プロメテウス》につき従っている浮舟は旗艦よりもふたまわりほど大きかった。《プロメテウス》とは対照的な、無骨そのものといった造りと色である。駆逐艦タイタン、火力のみを追求された攻撃艦だ。二隻の浮舟は《箱船》との距離を縮めつつ、上昇していった。相手よりも高い位置を確保する。戦術の基本だ。だが、《箱船》は張り合おうとせず、魔術管理局がわの出方を待っていた。


 それは異様な光景だった。漆黒の巨鳥と同じ大きさの影が大地を這い、巨鳥の背中中央辺りに乗っている純白の《ゲッターディヒトゥング》と、銀の《プロメテウス》とが陽の光を受けて輝いている。


 東の空はいまだに赤々と燃えているにもかかわらず、反対側の彼方では海面が青くきらめいていた。


「全砲門、撃て!」


 イラルの号令のもと、《プロメテウス》と《タイタン》から幾本もの光線が伸びる。


 二隻の浮舟からの先制攻撃は《箱船》に届く前に見えない壁によって阻まれ、ビームの雨ははじけ散っていった。イラルは無駄だと悟り攻撃を止めさせた。


「どうなってやがんだ?」 驚きの表情となっているラーカイラムにデイルが「防御力場か。ついていて当然だな」と独りごちるように答えた。  


 魔術管理局がわの攻撃の手が休んだ隙をつき、《箱船》が反撃にうつった。


《プロメテウス》と《タイタン》を合わせたものよりはるかに多くのビームが、強猛な矢となって迫る。しかし、この攻撃も目標の手前で次々と消滅していった。魔術管理局もまた防御力場を実用化にこぎつけていたのだ。


「これでは膠着状態になるだけか……。よし、騎竜を投入する。《タイタン》にも伝えろ」


 イラルは即座に作戦を変更した。


 ラーカイラムがデイルに聞いたところによると、防御力場の欠点は力場を張っている間は内側からの攻撃も外へ出さないことであった。したがって《箱船》が攻撃しようと防御力場を解いた瞬間にこちらの戦力をそそぎこみ、《箱船》の攻略もしくは防御力場発生装置破壊を試みるらしい。


『騎竜』は殻闘機よりも大型となるが火力と機動性で勝っており、このような役目にうってつけだった。そのプロメテウスと《タイタン》は断続的な援護射撃を行ない、《箱船》を刺激しようというのだ。


「俺も騎竜に乗せろ。それだったら真っ先にアルティナの所まで行ける」


 ラーカイラムはロープをひきちぎろうと全身に力をこめた。


「駄目だ。どうせ勝手な行動をとって味方を巻きこむだけだろう。第一、騎竜の操縦方法を知っているのか? 魔術管理局のは特にややこしいぞ」

「知らねぇ。けど、なんとかしてみせるぜ」

「馬鹿。墜落して死ぬだけだ」


 本気で答えたラーカイラムをデイルが冷たい目で見下ろした。


「ごたくはいいから早くこのロープをほどいてくれ。こんな状態だと、いざって時に行動にうつれないだろうが」


 そろそろ打つ手を考えなければならない。アルティナがあの要塞の中でどうなっているのか、助け出すにはどうすればよいのか。それらのことだけがラーカイラムの頭を占めていた。


「いざとなったらこの舟を乗っ取るぐらいのことはしねぇと……」


 そんなラーカイラムの思惑に感づいているのか、デイルは決してロープをほどこうとしなかった。


 騎竜各隊が二隻の浮舟から飛び出してゆく。


「援護を開始しろ」というイラルの指示に重なり、「上方に超高熱反応、きます!」乗組員が切迫した悲鳴をあげた。


 直後、ラーカイラムの視界を青白い閃光が覆いつくした----


**********


「レーザー、敵艦を貫通」


《箱船》の静かな艦橋にそのような報告が響く。ヴォーレンは冷笑をうかべたままわずかに顎を引いた。


 大型の映像盤に無骨な浮舟の姿がうつる。


 船体を貫いていた青白い雷が細くなって消えると、内側から爆発が起こり、中央から折れるようにして《タイタン》は火球へと変わった。


「敵艦の撃沈を確認。次のレーザー発射まで八分二三秒必要です」


「おそらく魔術管理局も次は防御力場で守ろうとするでしょう。あちらの防御力場がどの程度の能力なのか情報を収集してください」


 騎竜を発進させていた瞬間だったため《タイタン》には防御力場が張られていなかった。今後の戦闘のために魔術管理局の技術力がどの程度のものか確かめておく必要があるとヴォーレンは判断したのだ。


(あと八分で……)


 アルティナは続く言葉を否定した。不吉な考えを払った。でなければ本当のことになるような気がしたからだ。


(なんとか、なんとか止めなくちゃ……)


 あの、ラーカイラムの挑戦的な声を聞いて、自己嫌悪のあまりおしつぶされそうになっていたアルティナの心はわずかなりとも強さを取り戻していた。


 ラーカイラムの乗っている《プロメテウス》を沈めさせるわけにはいかなかった。自分のせいでこの事件に巻きこみ、あれだけ傷つかせ、それでも見放そうとしないラーカイラムを死なせたくなかった。


(今度はあたしがラークを守る番なんだ)


 不完全とはいえ、一度は人形としての「もうひとつの自分」を封じていたのだ。やってやれないはずがない。いや、ラーカイラムを助けるためにはなんとしてもやらなければならなかった----


**********


《プロメテウス》から騎竜が出撃し、《箱船》の防御力場ぎりぎりまで接近して攻撃を繰り返す。銀色の浮舟からの断続的な援護射撃が強固な壁を襲っていたが、《箱船》の防御力場はゆるぎもしなかった。


「ヴォーレン様、イリーシャ様から通信が入っています。《ゲッターディヒトゥング》の出撃許可を求めていますが?」

「防御力場を備えていない《ゲッターディヒトゥング》では一方的に不利です。あとレーザーを一度照射するだけでこの戦闘は終了するのですから、こちらの兵力は今後のためにできるだけ温存しておきたい。そう伝えてください」


 ヴォーレン達の会話などに耳を傾ける余裕は今のアルティナにはない。意識を必死に凝らすアルティナはなにかを掴めそうだった。


「要塞の頭脳」としての思考に逆らわず、自身を異なる意識の流れに近づけていく。その流れは深く、急だった。逆らおうとすれば拒絶され、気を抜くと呑みこまれそうになる。その流れは「人形としての自分」の意識が処理してゆくあらゆる情報そのものだった。


 かつて「一番古い自我」が行なったことをアルティナは今一度試みていた。「要塞を操るための人形」としてのもう一人の自分に会い、身体の自由を取り戻すのだ。


 ----流れの中心にそれはいた。


(間に合って!)


 なにかが来る。そんな不吉なものを感じ取り、アルティナは急いだ。だが、突如として現われた激しい波に正面から襲われ、アルティナの意識は押し戻された。


 その波は、《プロメテウス》を狙ったレーザーが発射されたことを告げるものだった。

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