第14話_狩りの始まり
「----二人とも起きろ!」
慌てて部屋に飛びこんできたのはデイルだった。あまりにも大きい声だったのでラーカイラムは目が覚めるよりも先に耳を押さえた。
「なんだよ? 朝っぱらからうるせぇな」
「んー、どうかしたの?」
アルティナが目をこすりつつ、隣りのベッドから這い出た。カーテンを開けてもまぶしいほどの朝日は射しこんでこない。曇り空のようだが、こういう朝はえてして起きたくなくなるものだ。
「もう少しだけ休ませてくれよ」
ラーカイラムは枕に顔をうずめた。と、いきなりデイルが首根っこを掴み、ラーカイラムを無理矢理に床へ引きずり落とした。「痛そー」、アルティナが同情する。
「なにしやがる!」
つっかかるラーカイラム。しかし、デイルは謝るどころかそのうえさらに、ラーカイラムのバッグを投げつけてよこした。
「逃げるぞ。死にたくなかったらさっさとついてこい!」
それだけ言い、デイルは大股で廊下へ出た。説明もなしで納得がいかないが、あのデイルが切羽詰まった様子を見せるとは只事ではない。ラーカイラム達はとにかく後を追った。
宿の外に行ってみると、異変が町に覆いかぶさっていることがわかった。空が低く鳴動し、広がった鉛色の雲の奥に----移動する巨大な影が見えた。
「なにをボーッとしている。早くこい!」
デイルが急かす。アルティナの速さにあわせて大通りを走り抜ける三人の周りでは、人々が不安げに頭上を眺め、いったい何事かと話しあっていた。
彼らの間からどよめきが起こる。誘われるようにラーカイラムも天を仰ぎ、そして、絶句した。
影が厚い雲を突き破り、その正体をさらけだす。
「な、なによ……あれ?」
「浮舟だと?!」
アルティナの呻きにラーカイラムの驚愕の叫びが重なった。
浮舟。それは大気中の航行を可能とした乗り物のことである。用途によって様々な種類に分けられるが、今降下してくるものは一目で戦闘艦だと区別できた。船体の半分ほどの長さをもった主砲。舷側には小さな砲台がいくつか据えてある。威圧的だが無骨な外観ではなく、線のやわらかな造りだった。
「なんであんなもんが……」
純白の浮舟から目をそらすことができないラーカイラム。浮舟が高度を下げるにつれて大気の震動が強くなり、家屋の窓ガラスをビリビリと震わせる。
「《ゲッターディヒトゥング》……《ヴァール・シャインリッヒ》か」
デイルのかすかな呟きをラーカイラムは確かに聞いた。
「おっさん。あんた、あの浮舟を知ってるのか?」
「走りながら教えてやる。今は、見つからない場所まで行くほうが先だ」
その時、声が空に響いた。
「聞こえるか、《黒い狼》?
貴様らがこの町にいることはわかっているんだ。おとなしく投降すれば命だけは助けてやるよ。まさか、こいつを相手にしてまで勝てるとは思っていないだろ?
五分だけ時間をやる。その間に決めな」
聞き覚えのある声が、耳をふさぎたくなるような大音量で降ってくる。
「あの仮面女かよ」
ラーカイラムは呆れ果てた。アルティナ一人を捕まえるためにこんな物まで持ち出してくるとは考えてもみなかった。
「どうするのよ?」、アルティナが人目を気にするように声をひそめ、
「決まってんだろ。なにがなんでもここから逃げるんだよ」
ラーカイラムは強い口調でそう答えた。
そして、町全体が奇妙な緊張と静けさに包まれる中、五分が経過した。
「時間だ。さぁ、狩りを始めるよ」
浮舟の大砲が立て続けに爆音を吐く、まるで白昼の花火のように。空砲を鳴らしたのだ。
浮舟の側面の一部がゆっくりと開く。そこは格納庫となっており、待機する殻闘機の冷たい姿があった。廃棄地区でラーカイラム達を襲った《一つ眼》と同型だ。飛行しながらの戦闘を可能とする、翼をそなえた備品を背部に取りつけてある。開口部から《一つ眼》が次々と虚空へ身を投げた。折りたたまれていた翼が広がり、推進器がふかされる。総数五十はある殻闘機が散らばりながら町中をめざしていった。
舞い降りる悪魔のような影を恐れて、人々が逃げ始める----
**********
群集を見下ろすようにして《一つ眼》が空中静止していた。流れてゆく人波の顔を調べているのだ。
他の《一つ眼》が比較的人の少ない通りを疾走する。あまりの速さに避け損なった者が、まるで木の葉のように宙を舞った。しかし、その《一つ眼》は推力を弱めず、一人、また一人とはねていく。
----ざぅっ! 空気を焦がす光の刃が、暴走する殻闘機を斜めに切り裂いた。勢いのついた二つの塊はつきあたりの建物へぶち当たり、ようやく止まった。
「今のうちだ。早くこい」
デイルが投げた言葉を受け、ラーカイラムは通りの陰からアルティナを押し出した。
「こんなんじゃ、いつまでたっても逃げきれやしねぇぜ」
ラーカイラムは
「おじさん、なんか、いい方法、ないの?」
アルティナは肩で大きく息をしていた。体力の限界らしく、放っておくとすぐにへたりこんでしまう。
「あればとっくにやっている」
デイルは珍しく表情を曇らせた。本当に手詰まりのようだ。
「はぁ……あれ? ねぇ、二人ともあれを見て!」
アルティナが指したものは、黒い煙の尾を引きながら落下している《一つ眼》だった。数瞬後、それは地上へ激突する前に爆発した。
「故障か?」
眉を寄せるラーカイラム。その頭上を《一つ眼》とは異なる殻闘機が通過した。
細身で、《一つ眼》には力負けしそうな造りだ。白と黒で塗り分けられた装甲は鋭さを強調しすぎている印象がある。左腕に盾を、右には小振りのキャノン砲が装備してあった。右腕のキャノン砲が弾丸を射ち出し、《一つ眼》の真芯を捉えた。直後、《一つ眼》は火球と化す。
「保安局の殻闘機か! よし、あいつらのお陰で少しは逃げやすくなるかもしれないぞ」
デイルが期待をこめて言う。ラーカイラムもそうなるよう願った。謎の古代呪文を手にしたまま、こんな所で殺られるわけにはいかないのだ。
保安局による迎撃手段は殻闘機だけではなかった。生身の保安官がバズーカ砲や小型のミサイル発射台を抱え、《一つ眼》に向けて射ちまくる。不意をつかれた《一つ眼》は被弾することが多かったが、ほとんどのものは大きく旋回してかわしたり、腕部の機関銃ですべて撃ち止めた。弾切れとなった保安官を狙って、《一つ眼》が雨あられと銃弾を浴びせかける。跳弾や流れ弾が建物を削ぎ、人々を容赦なく襲った。
殻闘機同士の闘いはさらに苛烈だった。高速で飛び回るもの達のそれぞれの武器が絶え間なく咆哮をあげる。だが、なかなか相手を落とすことができなかった。命中し損ねた狂弾が地上の物を餌食としていった。墜落した殻闘機が爆発し、土くれや家屋の破片を巻き上げる。
爆音や怒声、そして悲鳴が絶えることはなかった----
「これじゃ、まるっきり戦争じゃねぇか!」
ラーカイラムの腹は煮えくりかえっていた。
道が瓦礫の山で埋まり、通れなくなっている。引き返さなければならないのだが、そこから離れることができなかった。死体が散乱している。集まって隠れていたところに流れ弾が直撃したのか、状態が酷く、数も多い。アルティナにならい、生存者が一人でもいないかラーカイラムも調べた。
「状況がわかっているのか? そんな悠長なことをやっていると連中に発見されるぞ」
厳しい表情のデイルを二人は無視した。屍の中にラーカイラムは一人の、息をしていない少女を認めた。年齢はアルティナとそう違わないだろう。そして、焼けてしまった黒髪----この少女とレイティアとがだぶって見えた。
堪忍袋が破裂し、「てめぇら、たいがいにしやがれ!」ラーカイラムは空に向かって叫んだ。声を張りあげることしかできない自分が憎かった。銃や体術ではこの戦闘を止められない。これまで自分を守ってきたものが今はまったく役に立たないのだ。自分にもっと強大な力があれば、町の人々がこうも犠牲になることはなかったはずだ。
「ちくしょう! おっさん、俺に光刃剣を貸せ。連中を一体残らず叩っ斬ってやる」
「馬鹿を言え。光刃剣とて万能じゃないんだ。慣れていないおまえが使ったところで、砲火を浴びてボロ雑巾のようになるのがおちだ」
拒否するデイルにラーカイラムは食い下がった。
「だったら知らねぇ面してろってのか! 俺達がここにこなけりゃ、この町は無事だったんだぞ」
「やかましい、そんなことぐらいわかっている! なにも知らないくせに偉そうな口をきくな。町が壊滅しようが、おまえ達を連中に渡すわけにはいかないんだ!」
デイルは苦虫を噛みつぶした顔になっていた。闘いたいのはやまやまだが、現状では許されない。そんな葛藤が面にあらわれている。
「どういうこと? おじさん、あたし達以上になにか知ってるんじゃない?」
アルティナはそう確信しているようだった。ラーカイラムも同意見だ。はっきりとした答えが返ってくるまでこの場から動かないつもりだった。
遠くでは戦闘が続いている。デイルは顔をそむけていたが、やがて観念した。
「仕方がない。だが、要点だけを手短に話すぞ」
ラーカイラムとアルティナは頷き、次の言葉を待った。
「連中の目的は……」
まさにその瞬間、近づきつつあった推進器の噴射音が頭上で弱くなった。《一つ眼》がとうとう三人を捕捉したのだ。
「ちっ、逃げるぞ」
デイルが煙幕弾を投げつける。ラーカイラムはアルティナを脇に抱え、あたり一帯を包みこむ煙の中を全力で走った。
入り組んだ、狭い路地を駆け抜ける。しかし、人間相手の時とは異なり、上空から追跡する殻闘機をまくことはできなかった。奇妙なことに、攻撃してくる様子はない。
「四……七、八----どんどん増えるよぉ」
アルティナが情けない声で《一つ眼》の数を伝える。ラーカイラムには上を見るだけの余裕がなかった。
「保安局の殻闘機はどうしたんだよ」
「ろくに訓練もしていない奴らに期待するほうが間違いだったか……」
そう言ったデイルが角を曲がろうとすると、一歩先に、無数の鉛玉が行く手を阻むカーテンとなって降り注いだ。三人は元の路へ復帰する。まっすぐな行路を変更しない限り《一つ眼》からの銃撃はなかった。
「やばい展開だな……」
汗が目にしみる。ラーカイラムは自分達が遊ばれているのではなく、誘導されているのだと気づいていた。
ふいに両隣の建物が途切れ、開けた場所へ出た。祭りの催し物が開かれていたらしい広場で、特設の舞台や屋台がこしらえてある。ラーカイラム達は止まらざるを得なかった。
「待ちくたびれたよ。そろそろ狩りも終わりにしようじゃないか」
そう言って三人を迎えたのはイリーシャだった。右の素顔を隠した仮面が、雲間からの細い朝日を浴びて冷たく光る。
保安局との戦闘もいつの間にかけりがついていたのか、イリーシャの背後には殻闘機がずらりと並んでいた。
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