第15話_別れの言葉
光の刃が形成され、いつでも動けるようにデイルがやや低めに身構える。アルティナを下ろし、ラーカイラムは拳銃を抜いた。
「手下どもに動き回らせておいて、てめぇはこんな所で休んでやがったのかよ」
「はっ。まだ諦めていないのかい。馬鹿もここまでくると、死んだって治らないだろうね」
「気遣いはいらねぇぜ。てめぇらに治してもらうつもりはねぇからよ」
何故か嬉しそうなイリーシャにラーカイラムは大胆な笑みを送った。
「つもりは、な」
仮面の奥にある目が細められる。緊張が、ラーカイラムに無意識ながら唇を舐めさせた。
ズッ……。
何体かの《一つ眼》が前へにじり出る。
「くる……」
ラーカイラムの勘が戦闘開始を告げるのとほぼ同時に----正面にアルティナの小さな背がはだかった。
「もうやめて……今度こそあなた達と一緒に行くから、これ以上血を流さないで」
アルティナの、なにかをこらえたような声。
「やれやれ。さんざん逃げ回っておいて、追い詰められたらそれかい?
いまさら良い子ぶってんじゃないよ!」
イリーシャが唾を吐き捨てた。アルティナが一歩進み出る。ラーカイラムはアルティナを呼んだ。
「ごめんね、ラーク。ここまで連れて来てもらっておきながら……でも、もう周りに迷惑をかけたくないの」
「待てよ! 行けばなにされるかわかったもんじゃねぇぞ。
それに、俺は報酬の呪文護符をとっくにもらってんだ。こんなところで護衛の役目を放棄するわけにはいかねぇ」
ラーカイラムの台詞を耳にしたイリーシャが細い眉をわずかに上げ、デイルは舌打ちした。
「いいよ。あれはあげる」
振り返ったアルティナが不自然なほどに明るく笑う。彼女の藍色の瞳が濡れていた。
五年前、最後まで兄のこれからのことを案じていたレイティアが、仮死睡眠の組体に入る直前にラーカイラムへ向けた笑顔と同じだった。気がつくと、ラーカイラムは小柄な身体を引き寄せていた。
「守ってやる……。ちゃんと期待に応えてやるさ」
少女の肩を強く抱きしめる。実際、アルティナがどういう想いでいたのかはわからない。だがラーカイラムはこうせずにいられなかった。
「ラーク……」
肩にあるラーカイラムの手にアルティナがが自分の手を重ねた。ラーカイラムのものに比べると、とても小さな手だった。かすかな震えがラーカイラムに感じられ、止まった。
「見せつけてくれるねぇ。ま、最後の別れになるんだからそれもいいか。
もう終わったのかい? だったら、殺らせてもらうよ」
イリーシャが片手をあげるのとほぼ同時に、それは起こった。
幾本もの青白い光線が疾り、《一つ眼》を貫く。緑色の機体が内側からはじけ、爆風が吹き荒れた。突然の攻撃は上空からのものだった。直撃を受けていない《一つ眼》達が次々と飛び上がる。
「援軍が到着したようだな」
デイルの頼もしい言葉を裏づけたものは、《一つ眼》と闘っている新たな殻闘機の存在だった。紫色の装甲に包まれた、均整の取れた身体。やや張り出した肩からは二本の腕が生えている。大きめの盾を備えた腕が左右一本ずつ、これで常に防御しつつもう一対の腕で攻撃をおこなうのだろう。今その手が扱っている武器はライフルに似たものだった。長い砲身の先から青白い光が伸び、《一つ眼》の胴体を切断した。
「ビーム砲だってのか!」
ラーカイラムは目を疑った。ビーム兵器は高出力の動力を必要とするうえに構造上大型となってしまうため、小さなものとしても殻闘機二、三体でようやく運用できる代物のはずだった。しかし、《四腕》がもっているのは紛れもなくビーム砲である。
「魔術管理局の連中か……」
イリーシャの忌々しそうな声がかろうじで届く。ラーカイラムは合点がいった。魔術管理局であれば最新鋭の武器を保有していても不思議ではない。いつまでも頭上の闘いに気を取られている場合ではなかった。見ると、《一つ眼》はすべて空中戦に参加しており、そこにいたのはイリーシャ一人だ。
「てめぇ、まだ逃げてなかったのかよ?」
「二度も任務に失敗するようではあの方へ会わせる顔がないからな。相討ちになってでも例のものはいただく」
「立派なこった。だがな、姉ちゃん。状況はどう見てもおまえさんに不利だぞ。相討ちどころか犬死にするだけだ」
デイルの脅しもイリーシャには効かなかった。イリーシャが無言で取り出した物は短銃で、口径が普通のものよりかなり大きい。
「そうこなくっちゃな。あの時の借りを返してやるぜ。アルティナ、おまえは離れてろ」
ラーカイラム、デイル、イリーシャの三人はほとんど位置を変えず、睨みあいとなった。だが、二対一ということもあり、イリーシャの気魄が徐々に圧されていく。と、そこへ「危ない、逃げて!」、アルティナが切迫した叫びをあげた。
細い落下音。ラーカイラム達の立つあたりへ、半壊状態の《一つ眼》がつっこんできた。爆発し、飛行推進器の燃料へ引火する。爆発によって荒れる熱風がラーカイラムを撫でた。すんでのところで地を蹴り、転がり逃れたのだ。アルティナの言葉が少しでも遅れていたら今頃火だるまになっている。
アルティナに感謝しようと視線をやると、
「アルティナ!」
「形勢逆転だね。普段いい行いをしているか、こういう時にそれがわかるな」
イリーシャがアルティナを捕えていた。片腕で首を締めつけており、アルティナが苦しそうにもがいている。ラーカイラムは下手に動けなかった。
「《黒い狼》、こいつがもっていた呪文護符は貴様がもらったそうだな。そいつもよこしな」
ラーカイラムは上着のポケットに入れておいた『ゴスペル』を服の上から押さえた。
「どういうことだ? てめぇの目的はアルティナじゃなかったのかよ」
「本当になにも知らないのかい? こいつはけっさくだ。宝の持腐れというやつだね。
いいさ、教えてやるよ。この小娘と呪文護符、この二つがあってようやく役にたつのさ。つまり、呪文護符を渡すつもりがないのならこいつに価値はないということだ」
イリーシャが銃口をアルティナのこめかみに押しつける。アルティナは喉を絞めつけられ、言葉を発すどころか呼吸も難しいようだった。
「わかった。あんな物てめぇにくれてやる。だからその銃を下ろせ」
ラーカイラムは即座に同意した。
「やめろ、兄ちゃん! 呪文護符まで奪われたら大変なことになる。あの女に嬢ちゃんを殺せるわけがない。はったりだ」
「うるせぇ、あんたは引っこんでろ!」
制止するデイルの手を振り払い、ラーカイラムは呪文護符を取り出した。『プログラム----ゴスペル』、遠くからその文字が読めたのか、イリーシャが勝利を確信したように薄い笑いをうかべる。
「駄目……ラーク、それ……探していたものかも……」
アルティナがあえぐようにしてもらす。イリーシャは腕の力をさらに強めた。
「こんな連中の欲しがっている古代呪文が、俺の探している古代呪文と同じなわけがねぇ!」
ラーカイラムは呪文護符を放り投げた。足元のそれを、イリーシャは隙を見せないようにして拾う。
「ずいぶんと手間がかかったがようやく手に入れることができたよ。貴様にはお礼をしないとね」
「アルティナから銃を離しやが----」
イリーシャの短銃が五回、重く吠える。その度に、ラーカイラムは胸や腹になにかが潜りこむのを感じた。熱くうずく傷口から血がおびただしいほど流れ出る。
ラーカイラムはよろめき、前のめりに崩れた。詰まった息を吐き出すと、血の塊が喉の奥からあふれた。身体が、自分のものではなくなったかのように、感覚が掴めなくなっていた。ただ、灼けついた激痛だけがラーカイラムを支配する。
「せいぜい苦しみながら死ぬがいいさ」
イリーシャの声がかすかにしか聞こえない。アルティナがなにかを叫んでいるのがかろうじてわかった。しかし、それも次第に遠ざかる。痛みすら薄らぎ、冷たい睡魔がラーカイラムを呑みこもうとしていた。
「なんで、こんな……俺は……アル……レイティ…………」
なにを考えているのか自分でもはっきりしない。
ラーカイラムの意識はそのまま闇へと沈んでいった。
**********
「おい、しっかりしろ!」
デイルが激しく揺さぶるものの、ラーカイラムは目を開けなかった。
ポッ……ポッ……。
濁った色の空から小さな滴が降ってくる。雨はすぐに本降りとなり、祭りの最後を彩ったすべての血を洗い流そうとしていた----
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