第11話_過去を知る者


 ラーカイラムは拳銃を拾い、身体の陰で弾丸を詰めこんだ。その動きを赤髪の男は見逃さなかった。


「おい、兄ちゃん。この俺と闘おうってのか?」

「てめぇの出方次第だよ」


 言った後でラーカイラムは舌打ちした。どう見てもこちらに勝ち目はない。


「目上の者に対しての言葉遣いがなってないな。少し教育してやるか」


 男は頬をかすかに緩めたが、灰色の瞳はまったく笑っていない。身体にまとわりついている殺気も、イリーシャ達を相手にしていた時とまったく変化していなかった。


 ラーカイラムは銃がぶれないよう右手首を握り、なんとか立ち上がった。


 その途端----「動いちゃ駄目!」、アルティナが勢いよくぶつかってきた。実のところは抱きついてきただけなのだが、アルティナを受け止めるだけの体力はラーカイラムに残っていない。体勢を崩し、ラーカイラムは瓦礫の角で後頭部を強く打ってしまった。


「痛ぇな、なにしやがる!」

「だ、だって、こんなに怪我してるのにじっとしてないんだもん……」、アルティナは今にも泣きだしそうだ。


「わかったから退け。重てぇし、おまえが乗ってると傷が痛むんだよ」


 ラーカイラムはこういう雰囲気が苦手なのでわざと邪険に扱った。アルティナがまだなにか言おうとすると、


「取りこみ中悪いんだが、先に傷の手当てをしたほうが良くないか?」


 申し訳なさそうな口調で男が水を差してきた。中年の意図が読めず、ラーカイラムは警戒を解かない。


「そりゃそうだが……俺を教育するんじゃなかったのかよ」

「仲がいいのを見せつけられたら、やる気が失せちまった」


 肩をすくめ、男は人なつっこい笑顔をラーカイラム達に向けた。さっきまでの敵意が嘘のようだった。


 外傷もさることながら、内出血している箇所が多い。骨や内臓には異常がないようだ。幸い、ももに命中した弾丸は貫通していた。


「どうりで出血がひでぇわけだ」、ラーカイラムは納得がいった。

「こいつが一番ひどいな」


 慣れた手つきで手当をしてくれている男が顔をしかめた。腹から胸にかけての傷----単に鋭利な刃物で切られたのなら切断面がくっつき、治るのも早い。しかし、イリーシャから受けたものは高熱のせいで傷口がくずれており、完治するには時間がかかりそうだった。


「ごめんね。あたしのせいで……あたしをかばってこんな目に……」


 アルティナがしきりに自分を責めていた。


「おまえのためにやったんじゃねぇよ。俺のものになる呪文護符までもっていかれたくなかっただけだ」


 ラーカイラムはぶっきらぼうに言い捨てる。だが、アルティナは納得しなかった。


「でも、あたしと一緒にいなければ、ラークがこんな怪我することはなかったんだし……」

「すんだことをぐだぐだ言ってんじゃねぇよ。怪我なんざそのうち治る。俺が好きでやったんだから気にするな。でねぇとしまいには怒るぞ」


 ラーカイラムは本当にいらいらしてきたので語気を荒げた。わずかに濡れていた目をこすりながら、アルティナは何度も頷いた。


「なんだ? さっきの連中は嬢ちゃんが狙いだったのか」


 消毒液や包帯などの治療道具を片づけていた男が興味深そうに話を蒸し返した。


「あんたには関係ねぇだろ」

「おいおい、兄ちゃん。俺は命の恩人なんだぞ。無関係はないだろ」

「頼んだ覚えはねぇよ。だいたい、あんた何者だ? 光刃剣なんぞもってるところを見ると一般人ってことはねぇな」


 男はわざとらしく咳払いをした。その質問を待っていたかのようだ。


「通りすがりの正義の味方、そんなところかな」


 真面目くさった表情に、アルティナが「はぁ?」と首を傾げる。


「で、その正義の味方とやらはなんで俺達を助けたんだ?」


 ラーカイラムは口調に皮肉なものをもたせた。が、男は気にしたふうもない。


「正義の味方が人助けをするのは当然だろ」

「実は、悪人は俺達のほうだ―なんて思わなかったのかよ?」

「女の子の顔を焼こうとする奴が善人なわけないさ。そっちこそ、何故あんな連中に襲われていたんだ? やばい物でも持っているんじゃないのか」


 反問する男の目が鋭いものとなった。


「わけありなんだよ。助けてもらったのはありがてぇが、よけいなことにまで首をつっこむんじゃねぇ。

 アルティナ、行くぞ。

 じゃあな、おっさん。傷の手当てありがとよ」


 身をひるがえすラーカイラム。が、よろめき、数歩と行かないうちにぶっ倒れた。どうやら貧血のようだ。


 アルティナが肩を貸した。重そうによろよろと進むのを見かねたのか、反対側から男がラーカイラムをかつぐ。


「なんだよ?」


「遠慮するな。どうせ町までは同じ方向なんだ。それから、おっさんはやめてくれ。俺にはデイルって名前があるから」


 ラーカイラムはデイルとの同行を拒否したが、満足に歩くことすらできないので仕方なくその申し出を受けた。しかし、この男を信用しきったわけではない。町までの妥協だ。


「よいしょっ」、アルティナが代わりにラーカイラムの重い荷物を運ぶことになった。


 その彼女に対して一瞬だけのぞかせた男の眼差しは、なにかを探ろうとしている者のものであった。


**********


「熱燗二本、お持ちしましたぁ」


 感じのいい、若い女給が酒を運んでくる。


「なるほどね。ま、話はだいたいわかった」


 湯気の上っている酒瓶を赤髪の男----デイルが一本は自分の前へ、もう一つはラーカイラムにと置いた。


「なんだよ、これは?」


 今まで会話に加わっていなかったラーカイラムが仏頂面で酒を指す。デイルは「燗のついた酒だよ」にやにやしながらとぼけた。


 ラーカイラムはなにか言いたそうにしていた。アルティナは待っていたのだが、ラーカイラムが瓶の中身の透明な液体を小さなグラスへと手酌で注ぎだしたため、意味もなく辺りを見回した。


 バイロンの店とよく似た感じの大衆食堂である。ただし、規模はこちらのほうが三倍近く大きい。夕飯時はとっくにすぎていながら、空席はまばらにしかなかった。


 隠しておいて得をするわけでもないので、アルティナはこれまでの経緯を自分が知る範囲内でデイルに説明していた。


 昨夜の夢のことも話そうと思っていたのだが、あまりにも奇妙でわけがわからないものなので、いざ口にしようとするとなかなか踏ん切りがつかなかった。これが、聞く者がラーカイラム一人だけであればなんとか話せたかもしれない。そのラーカイラムは何故か終始無言でいたため、怒っているのではないかとアルティナは何度も横目で様子を盗み見てしまった。


「なんであたしがラークの反応に気を遣わなくちゃいけないのよ」


 そのことに気づき、アルティナはこめかみを静かにこづいた。


 唐突に、酒を追加注文するデイルの声が聞こえた。デイルは自分のことを、遺跡の中からお宝を頂戴したり、隊商の護衛などを引き受けて生計を立てている、勝手気ままな旅人だと紹介していた。


「どうした、兄ちゃん。まだ一本しか飲んでないのに顔が真っ赤だぞ」

「俺は年食ったおっさんと違って血のめぐりが良すぎるんだよ。それより、その呼び方はやめてくれ。俺にはラーカイラムって立派な名前がある」

「兄ちゃんが俺のことをおっさんと呼ばなくなったら俺も変えてやるさ」

「そっちが先だ」


 お互いに譲ろうとしない。妙なところで負けん気が強いのは同じようだ。アルティナは思わず苦笑した


「それにしても、どうして嬢ちゃんが狙われるのかねぇ。兄ちゃんはどう考える?」


 女給のもってきた四本の熱燗を半分与えながら、デイルはラーカイラムに尋ねた。


「なんで俺にふるんだよ?」

「嬢ちゃんのことを、本人以上に多少なりとも知っているのは兄ちゃんしかいないだろ」


 見せつけるように、デイルはグラスを用いずに酒を一気に飲み干した。ラーカイラムもそれにならう。熱すぎるのか、飲みづらそうにラーカイラムは口をへの字に曲げた。


「わかんねぇよ。だいたい、俺は上手く利用されているようなもんなんだぜ。こいつがなんで追われているのか、こっちが教えてもらいてぇぐらいだ」

「あー、その言い方。ちょっと刺があるんじゃない? あたしだって、好きでこういう事態を招いているのとは違うんだから」


 アルティナは前言の撤回を求めた。しかし、「悪気なしで他人に迷惑をかけてる奴のほうが性質が悪い」とラーカイラムに逆にやりこめられた。事実なので、アルティナはなにも言い返すことができなかった。


 頼んでいた料理がやってきた。下がろうとする給仕にデイルは何事かを告げていた。


 しばらくすると新たに六本の酒瓶がテーブルの上に加わった。デイルが一本を空にすると、ラーカイラムが後に続く。無造作なデイルに比べ、ラーカイラムはなにかをきつくこらえるような、苦虫を噛みつぶした表情で酒を減らしていく。


「要は嬢ちゃんが昔のことを思いだせばいいんだな」

「そのために俺の知り合いの所へ行くんだよ」

「だが、ここから遠いんだろ。俺とつきあいのある魔術師ならこの近くにいるんだがなぁ。

 あ、姉ちゃん。熱燗八本」


 話の途中で、そばを通った女給へデイルが言葉をかける。


 デイルによると、その魔術師はここから徒歩で四日ほど離れた町にいるとのことだった。その人物は以前に記憶喪失者を完全に回復させたことがあるらしい。


「信用できる奴か?」

「古代魔術の研究に人生を捧げているような奴だからな。嬢ちゃんの状態を知れば喜んで手を貸してくれるさ。腕のほうも、魔術管理局の誘いが伸びるほどだから問題ない」


 ラーカイラムは考えこんだ。その間に、燗のついた酒が四本、ラーカイラムの前に並べられる。


「アルティナ、おまえはどうしたい?」

「ふぇ、ふぁふぁひ?」


 突然話しかけられ、アルティナは頬張っていたパンをよく噛まないまま飲みこんだ。喉を下っていくまでに時間がかかった。


「あたしは、この件にさっさと片をつけたいから、おじさんの友達の所へ行ったほうがいいと思うけど。それに、あと一週間もあるんじゃ、何回も襲われそうだから。早く記憶を取り戻して、あたし自身と、狙われる理由を知りたいわ」


 ラーカイラムはなにも言わず、ただ頷いた。その目が据わっているように見えるのは気のせいか。


「決まりだな。当然俺も同行させてもらうぞ」、デイルが嬉しそうに酒を空けた。


「仕方ねぇな」


 競うように、ラーカイラムも酒瓶をぐいっと傾けた。しかし、余裕は感じられない。


「あんな飲みかたで味がわかるのかな?」


 素朴な疑問を抱いたまま、アルティナは甘味のついたレモン水を口に含んだ。


「それに、怪我人にお酒はいけないんじゃなかったっけ?」


 口の中でそう呟くと、ラーカイラムが席を立った。


「俺、先に部屋へ戻るからよ」

「一○本で限界とは情けないなぁ」


 デイルの勝利宣言をラーカイラムは無視した。酔いと傷のせいか、足取りが安定していない。


「ラーク、ちゃんと宿に帰れるかな」


 アルティナは心配になった。この店に宿泊用の部屋は用意されていない。今夜泊まる宿は一五分ほど歩いた場所にあるのだ。


「ついてやったらどうだい? 俺はもうしばらく飲んでいるから」

「そ、そうだね。おじさんがそこまで言うのなら」


 アルティナは長い髪をかき上げると、小走りでラーカイラムを追った。


「そこまで言うなら、ねぇ。もっと素直になればいいのに。あれじゃ普通の女の子と変わらないな」


 口許をかすかにほころばせ、デイルは近くの給仕に酒を追加注文した。隣りのテーブル----デイルの真後ろの席に着く者がいた。


「遅くなってすみません」


 それはバイロンの店でデイルと同席していた若者だった。しかし、話し声は小さく、互いに顔を合わせようとしない。


「いや、ちょうどいい頃だ。あの二人とも出ていったばかりだからな。


 それで、どうだった?」


「はい。調べたところ、仮面をつけていた女の正体がわかりました。

 名はイリーシャ。あの《ヴァール・シャインリッヒ》の行動部隊長です」


「……どうりで見覚えがあるわけだ。この件にかかわっているのは《ヴァール・シャインリッヒ》だけか?」

「確認はとれていませんが、他の組織もいくつかは動き出しているそうです。どこからか情報がもれているものと考えられます。

 ひとつ悪い報告が……あの男と少女に賞金がかけられました」


 女給がそばを通ったため、会話は一時中断された。所狭しと置かれた酒にデイルは手をつけない。これまでと違って真剣な顔つきだ。


「あまり時間をかけていられないな」

「デイルさんのほうはどうです?」

「ああ。とりあえず同行者にはなれたんだがな。二人とも、事の重大さに気づいていないんだ。嬢ちゃんは記憶喪失で、あの兄ちゃんはただの護衛ときている」

「そんな馬鹿な。嘘をついているんじゃないですか?」

「俺もそう思ってな、観察したり、酒を飲ませて探りを入れてみたんだが……どうやら本当に事態を認識していないらしい。まさかこんなことになるとは思いもしなかったぜ。

 いちおう、俺達の支部まで行くことにはなったけどな……」


 デイルはわずかに顔を曇らせた。それに対して若者の声は明るい。


「でしたら、それまで他の奴らの手に落ちないようにするだけですね」


「なにを言っている。問題はその後だろうが。こいつは面倒なことになりそうだぞ」


 デイルの視線の先で、アルティナの使ったグラスが澄んだ音をたてた。残っていた氷が溶け、積んであったものが崩れたのだ。


「嬢ちゃんが昔のことを思いださずにすめばいいんだがな」


 呟き、騒がしいほどに賑やかな店内を一瞥したデイルはやりきれなさそうに酒をあおるのだった。

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