第7話_迫りくる影
「たかが服一つ選ぶのにどれだけ時間をかけりゃ気がすむんだよ」
ラーカイラムはそんな不満を抱きながらも口には出さなかった。
ここはルースハでも大手に属する服飾店である。品揃えは豊富の一言につきた。どこかの商人が買いつけにきており、いくつもの大荷物がラーカイラムのそばを通りすぎていく。
今朝出発する間際になって、服を替えたいので買ってくれとアルティナにせがまれた。着ていた灰色の服は地味すぎて格好悪いと言うのだ。もっともなのでラーカイラムは渋々承諾した。これでまた財布が軽くなってしまう。
「ねぇ、ラーク。これはどうかな?」
背後からラーカイラムにお呼びがかかる。長ったらしくて面倒くさい、との一方的な理由でラーカイラムの名は縮められてしまっていた。
試着室のカーテンは開けられており、少々派手めの服に身を包んだアルティナがくるん、とひと回りしてみせた。
「いいんじゃねぇの。いくらだ?」
ラーカイラムは気のない返事をした。今関心があるのはその服の値段のことだけだ。しかし、アルティナは褒め言葉と解釈したらしい。
「う~ん。でも、長い時間着てると疲れそうだよね」
悩むアルティナに女性店員があれこれと説明を始める。盛り上がっている話に、「とっとと決めろよ」ラーカイラムは頭をかきながら横やりを入れた。
「あたしが着るものなんだから、じっくり選んだっていいでしょ」
アルティナが、聞きわけのない子供をあやすような口調で自分を正当化する。
「金を出すのは俺だろうが」
「男がそんなせこいこと言ってると、もてないわよ」
男にとっては痛いところを突く発言である。ラーカイラムが逆襲の言葉をあれこれとひねっている隙に、アルティナは他の服をもってくるよう店員に頼んでいた。
これで一五、六往復めになるだろうか。いくら仕事とはいえ、嫌そうな顔を見せない店員にラーカイラムは同情した。アルティナにしてもよく飽きずに試着を繰り返す。
「女ってのはみんなこうなのかねぇ」
その気の長さに、半分呆れながらも感心してしまう。
なにせ、女性を連れてこんな店に入るのは初めてだ。ラーカイラムが少年時代をすごした町にこのような品のいい店はなかった。
「……レイティアが何事もなく育っていたらこのなまいき娘と同じぐらいの年だな」
性格は対照的だが、妹も着飾るようになるだろうか。
「病気が治ったらいろんな物を買ってやらねぇと」
そのためにはまず、例の古代呪文を見つけなければならない。
過去を失った少女を一日でも早くザリュウのもとへ連れていき、呪文護符の内容を確かめる必要がある。目的のものでなかった場合はお荷物をザリュウに任せ、自分は呪文探しの再開だ。
ようやく、アルティナは服を決めた。明るい色でまとめられた、清楚で動きやすそうな造りの服だ。丈の短いマントを肩にかけ、うっとうしいほどに長い髪はターバンの中に隠されていた。
代金を払う段になってラーカイラムは耳を疑った。予想をはるかに上回る金額だ。話によると他の大陸からの輸入品であるため、こうも値が張るらしい。
ラーカイラムは恥をしのんで頼みこんだが、いくらねばっても安くしてはもらえなかった。
**********
大通りを歩いていると、アルティナが不思議そうに声をかけた。
「どうしたのよ、ラーク? ずっと黙りこくっちゃって」
「べつに。なんでもねぇよ」
そっけなく答え、ラーカイラムは視線を転じた。
日が天頂近くまで昇っており、商いが活発に行われている。商品を求める者やひやかす者、隊商の集団とその荷馬車などで昨日以上の混雑だ。一○歩進むだけでも時間がかかる。
人ごみの中にラーカイラムは前日の少年を発見した。どうやら獲物を物色中のようだ。
「わかった。着飾ったあたしに見とれちゃって、まともに喋れないんでしょ」
アルティナがにこにこしながらとぼけたことを言う。ラーカイラムは相手にしなかった。その際にほんのちょっと目をそらしただけであの少年の姿を見失っていた。
残念がるラーカイラムの正面に一人の男が立ち塞がった。左右にも、背後にも----囲まれたことがわかってもこの人ごみではどうしようもない。
「見つけたぞ」
一人が口を開き、「逃げようったって、そうはいかないぜ」別の者が続けた。
ラーカイラムは四人を順々に眺めた。別段すごんでいるわけではないが、その目や表情には威圧感があらわれている。
「誰、知り合い?」
アルティナがこっそりと肘でつつく。
「それが、思いだせねぇんだよ。おまえらとどこかで会ったっけ?」
「貴様のようなごろつきになど用はない」
挑戦的な台詞だがラーカイラムは反発することも忘れ、アルティナと顔を見合わせた。
「おまえの友達か?」
「そんなこと言われても、覚えてないわよ」
眉を八の字に寄せるアルティナ。
「おい、おまえら。人違いだろ。こいつは俺の妹だぞ。おまえらが探している奴の名前はなんていうんだ?」
ラーカイラムはかまをかけた。この連中がどの程度アルティナのことを知っているのか、口を滑らすことを期待して。
「そんなことはどうでもいい。我々の役目はその娘を捕らえることだけだ」
ラーカイラムの試みは失敗に終わったが、収穫はあった。男達に指示を与えた黒幕がいるようだ。
「手間をかけさせるな。我々と一緒にきてもらおう」
断われば力に訴える。口調にはそういう含みがあった。
「どうする? こいつらの親分に会えばなにかわかると思うぜ」
ラーカイラムがアルティナの判断を求めると、
「嫌よ。こんな態度と人相の悪い人達に従うなんて」
アルティナは小声で答えた。不快感を強調するように頬を大きく膨らます。
「だとよ。帰って親分に伝えるんだな」
苦笑混じりにラーカイラムはつけ加えた。
「貴様には関係ない。怪我をしたくなければおとなしく引っこんでいろ」
言うなり、男がアルティナを捕まえようと腕を伸ばす。ラーカイラムはそいつの手首を掴んだ。
「とぼけたことを言うじゃねぇか。どいつが俺に怪我をさせるって、えぇ?」
周囲がざわつく。険悪な雰囲気に気づいた人々が野次馬と化し、場所を広く開けた。ラーカイラムにとっては都合がいい。思う存分身体を動かせる。
「野郎!」
男が自由なほうの腕で殴りかかる。威力のなさそうな拳を軽く受け流し、ラーカイラムは相手の首筋に手刀を打ちこんだ。呻きをもらす間もなく男は気絶し、崩れ落ちる。
「ラーク、後ろ!」
ラーカイラムは後方に宙返りする形で高く舞った。目標は一人、ナイフを握った奴だ。身体の勢いに加えて、渾身の力で両足を振り落とす----
鈍い音が悲鳴を上回る。男の鎖骨を両側とも叩き折ったのだ。おそらく肩甲骨も無事ではすまないだろう。曲芸じみた技ではあるがラーカイラムの得意技のひとつで、観客からは驚嘆の声があがった。
「俺に怪我をさせてぇなら死ぬ気でかかってこいよ」
指を鳴らしながらラーカイラムは間を一歩詰める。男達はしばし睨んでいたが勝てないと見たのか、「このままですむと思うなよ」、お決まりの台詞を口にして 退却していった。
「ったく。弱い奴の相手はもう飽きたぜ」
「へぇ、ラークって強いんだ」
見直したと言わんばかりにアルティナが目を輝かせる。褒められて悪い気はしなかった----次の言葉を聞くまでは。
「護衛としても合格ね」
「待てよ。どういうことだ、そりゃ?」
「だって、さっきの人達の仲間がまたあらわれるかもしれないじゃない。そんな時、万が一のために。ね」
アルティナはさも当然のことのように説明する。
「ね、じゃねぇだろ。ね、じゃ」
この少女は実は記憶を失っておらず、始めから護衛をさせるつもりで芝居をうっているのではないだろうか。ラーカイラムはそんなことまで考えてしまった。
ラーカイラムがさらに文句を並べ立てようとすると、笛が近くで鳴った。警笛だ。喧嘩ということで誰かが保安局に通報したのだろう。
「やべぇ。逃げるぞ」
アルティナをうながし、ラーカイラムは群集をかきわけて急ぐ。
「なんで? あたし達は悪くないわよ。あれは誰がどう見ても正当防衛」
「言いにくいんだが……俺の首に賞金をかけている地域がいくつかあってな。下手すると、そこに売られちまう」
複雑な事情があってのことだが、いちいち教えてやるのも面倒だ。それを知らないアルティナは露骨に軽蔑の眼差しを向けた。
「え~。そんなことにあたしまで巻きこまないでよね」
「てめぇは俺を厄介事に引きずりこんでおきながら……」
こめかみをひきつらせるラーカイラム。
「例の呪文護符がたいしたものでないとわかればすぐにでもこいつを捨ててやる」
ラーカイラムは張り詰めた堪忍袋の緒を鎖にでも換えておきたい気分だった。
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