第4話_目覚め
壊された組体の内部機械が焼けていた。
倒れている二人の無法者の眉間から紅いものが溢れ、床で広がってゆく。
こげ臭さと血の臭いが混じっている。そのことに気づくだけの余裕を取り戻した頃には、ラーカイラムは胃の中にあったものをほとんどもどしてしまっていた。
「またやっちまったか」
勢いに任せてしまったことを後悔しつつ、ラーカイラムは口元を拭った。
しつこくこみ上げてくる苦酸っぱいものをなんとか飲み下し、仮死睡眠の組体へと近づく。柩はあれからも銃弾を浴びたが、幸い少女は無傷だ。
ラーカイラムは一度だけ深呼吸を行ない、組体の操作盤を凝視した。本体が破損した以上、少女をそのままにしておくわけにはいかない。覚悟を決めるしかなかった。
ずらりと並んだボタンやレバーを、祈りながら叩き、動かす。しかし、手応えはまったく感じられない。ラーカイラムはあせった。
「痛っ!」
小さな雷に打たれたような衝撃が指先から伝わる。動力である電気が逆流したのだ。柩の下部からは黒い煙が上っていた。
「誰がこんなややこしいものを作ったんだ。操作をもっと簡単にしときゃ、こんな苦労は……」
最後まで毒づいている暇はなかった。
少女が苦しそうに表情を歪める。映像盤のひとつに表示されている、柩内の人間の生命状態をあらわす波形に乱れがあった。
「もう少しだけこらえてくれ。絶対に助けてみせる」
唇をきつく噛む。ここで栗色の髪の少女を救えなければレイティアを元気にしてやることもかなわない。そんな気がした。
本体の底のほうで爆発が起こった。外板を吹き飛ばして伸びた火が一瞬後に消える。いたるところで生じた放電----小さな雷が生物のように蠢き、少女の身体にも這った。柩内の細い手足が痙攣する。
もう、限界だった。
「すまねぇ、強引にやらせてもらう!」
ラーカイラムは銃を使い、蓋の止め具をつぶしにかかった。
渾身の力をこめて重い蓋をこじ開けると冷気が広がり、立ちこめていた硝煙と混ざりあった。
ラーカイラムは放電の海へ手をつっこみ、少女に張りついていた電極を引きちぎった。しびれで体の感覚がなくなりそうだったが、歯を食いしばって鞭を入れる。
少女を組体から引きずり出すことにどうにか成功するラーカイラム。二人が離れた直後に柩は激しく火花を散らし、沈黙した。
ラーカイラムは耳を少女の顔へ寄せた。呼吸音。それに、胸のあたりが上下している。どうやら命は無事のようだ。
安心した途端、汗と疲れがどっと噴き出してきた。
「ったく、手ぇ焼かせやがって」、ラーカイラムの気も知らず少女は幸せそうに眠っている。
「しかし……助けたはいいが、この娘をどうすりゃいいんだ?」
とりあえず目を覚ますまで待つしかなさそうだ。せめて呪文護符の内容だけでも確認しておこうと思い―ラーカイラムは硬直した。
呪文護符が入ったポケットの位置は少女の、あまり大きくない胸の真上だ。眠っている女性の身体、ましてや名前さえ知らない女の子の胸を触るなど男として最低の行為ではないか。
仕方なしに根気よく待つことにしたラーカイラムは異変を感じ取った。奇妙な振動音が床を通してかすかに響いてくる。
「地震……じゃねぇな」
地震であればこれほど不自然な感じはしないはずだ。巨大な獣の唸りにも似たものがゆっくりと増幅されていく。経験がラーカイラムに不吉なものを告げた。
「ん~、よく寝たぁ。あれぇ……?」
緊張感をそぐ、間延びした声。少女が寝惚け眼で辺りをきょろきょろと見回していた。
「目が覚めたか」
ラーカイラムが話しかけると、少女は眉根を寄せて見つめ返した。昔の知人を思いだそうとしているかのようだ。が、すぐに無意味だと悟ったらしい。
「あなたは? それに、どうしてこんな所で……」
「ちょっとわけありでな。俺はラーカイラム。君は?」
ラーカイラムの質問に、少女はしばし思案した後に答えた。
「えっと……アルティナ、だと思うんだけど……」
「なんだ、その『だと思う』ってのは?」
追求され、少女アルティナは困ったような表情をうかべた。長い髪をいじる仕種に落ちつきがない。
「それがそのぉ、自信がなくて」
「はぁ? なんだそりゃ」
「つまりね、覚えてないみたい。自分がどこの誰で、どうしてここにいるのか」
開きなおったのか、あっけらかんと告げるアルティナにラーカイラムは目眩を覚えた。単に呆れただけではなく、予想外の結果のためだ。正規の手順を踏まずに組体から無理矢理引きずり出したことが原因かもしれない。ラーカイラムの頬はひきつった。
「なんてこった……」
失敗を悔いるとともにラーカイラムは己れの運の悪さを呪った。
「え、なに?」
「い、いや、なんでもない。それより、君はこれからどうするつもりなんだ?」
平静を装いつつラーカイラムが現実的な質問をすると、アルティナは首を傾げて「う~ん」と小さく唸った。藍色の瞳がちらり、とラーカイラムをうかがう。
「あなたのほうがあたしのことを少しだけでも、目が覚めるまであたしがどんな状態でいたのか知ってるみたいだから……まずはそれを教えて」
アルティナが満面の笑みを作る。記憶を失っているようにはとても見えない。
正直に話してしまえばなんと責め立てられるかわからない。それでも、ラーカイラムは観念するしかなかった。
「わかった。だが、その前に一つ頼みがある。君の胸ポケットにある呪文護符を見せてくれ」
「呪文護符って、これ? こんなものがどうかしたの?」
言われて初めて、アルティナは自分が呪文護符なる物をもっていることに気づいたようだった。
薄い金属板はポケットから抜かれたのだが、ラーカイラムのほうへは裏が向けられており、古代文字は見えなかった。
「まぁ、詳しい説明は後にして。そいつが俺の探しているものかもしれねぇんだ」
ラーカイラムは真剣だった。興味をもったのか、アルティナが呪文護符とラーカイラムを見比べる。
「ふぅん……あたしには必要なさそうだから別にあげてもいいけど。でも、どうせなら----」
その瞬間、下から突き上げるようにして遺跡が大きく揺れた。
壁や天井も激しく震え、さらに強さを増していく。まるで荒れた海に翻弄される小舟に乗っているかのようだ。
「なんなのよ、これ!」
まともに立つことさえできないアルティナが、ラーカイラムを非難するような口調で悲鳴をあげる。
「遺跡が……まさか」、ラーカイラムはアルティナの腕を取って走り出した。
「な、なによ、いきなり?」
「ここが崩壊しようとしてるんだ!」
どこからか爆発音のようなものが聞こえた。
亀裂があちこちに刻まれ、広がっていく。頭上の照明が落ち、散乱していた破片をラーカイラムは踏みつぶしていった。
途中、例の木乃伊のある部屋の前を通過したが、扉は上からの重みで完全に歪みきっていた。
「遺跡の動力炉が暴走したのか?」
あの二人組の銃弾が遺跡の制御組体を壊していたのだろうか。今となっては確認もできない。
「とにかく逃げねぇと……」
気を抜いた途端にすくわれそうになる足に力をこめ、前へ前へと駆けさせる。生き埋めになるのはごめんだった。
「ねぇ、さっきの続きなんだけど」、取り巻く騒音のせいで聞きづらいアルティナの声にラーカイラムは目だけで応じた。
「このお札が欲しいんだったら、あたしと取り引きしない?」
息を切らせながらもそう言い、記憶を失ったという少女は悪戯っぽく微笑んだ。
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