第3話_古代遺跡の棺
低く唸りをあげる強風にあおられ、衣服がばたつく。
入り組んだ迷路のような地形をなしている絶壁の一つを、ラーカイラムは下っていた。
「さすがに疲れてきたな」
太いワイヤーロープをつかんでいる腕が重い。筋肉が張っているのだ。つい先程まで悪戦苦闘しながら馬の手綱を強引に操っていたせいもあるだろう。
「あれか……」
岩肌にぽっかりと開いた大きな穴をラーカイラムはとらえた。
深くえぐられてできた空間で、入口には崩れた岩石が散らばっていた。長い間蓋の役目を果たしていたものの破片だろう。
その奥へ進むと、闇に潜むようにして古代遺跡の姿があった。
「妙だな」
ざっと見渡しただけでラーカイラムは違和感を抱いた。
建材は古代によく用いられていたという、鉄とも石ともつかないものだ。それはいい。しかし、この建物には窓がひとつもなかった。落盤した岩に半ば埋もれた格好となっているため、まるで巨大な棺桶のような印象を受ける。
「ま、入る前からあれこれ考えてもしょうがねぇか」
唯一確認できた扉は開かなかった。ラーカイラムは小型の手投げ弾で扉を吹き飛ばした。少々荒いが、この方法が一番てっとりばやい。
通路の幅は、両手を横へ伸ばしても少し余裕があった。天井には照明が等間隔で並んでいる。ガラスに覆われた淡白い光だ。不規則に明滅を繰り返すのは寿命が近いせいだろう。
「空気がカビ臭いな……」、ラーカイラムは顔をしかめるだけで我慢した。
内部はそれほど広くなかった。いくつかの部屋を調べたものの、古代呪文に関係するようなものは見つからない。代わりに発見したものは腐った食料やガラクタの山だった。
五つめの部屋だ。ここの扉も、前に人が立つだけで自動的に開く仕掛けとなっている。
書斎を思わせる室内に人影を認め、反射的にラーカイラムは拳銃を引き抜いた。
が、相手はこちらへ背を向けてイスに腰かけたまま、ピクリとも動かない。力なく垂れた腕のすぐ下に小振りの銃が落ちていた。
「死んでいるのか?」
そっと寄って確かめる。肩に触れても反応はない。弾力のない干乾びた皮膚----死体は木乃伊と化していた。
自ら命を絶ったようだ。こめかみにうがたれた穴。流れ出た血が固まって、黒い川を描いている。医者のような白衣をまとった男で、年齢まではわからない。
男がなにかを握っていることにラーカイラムは気づいた。銀の鎖を備えた----それはロケットだった。
「誰かのことを想いながら引き金を引いたのか……」
中の写真を見る気はしない。それは死者の想いを土足で踏むような行為に思えてならなかった。レイティアを救えなかったら、自分も同じことをするかもしれない。
ラーカイラムはロケットを木乃伊の首にかけてやり、冥福を祈る言葉を短めにつぶやいた。
「それにしても、なんでこんな場所で自殺なんかしたんだ?」
扉を閉めて探索を続行しながらも、そのことがしばらく気になっていた。よくよく考えてみると、外界から隠れるようにしてこの遺跡が眠っていたというのもふに落ちない。これまで見てきた遺跡とはなにかが違う。
ラーカイラムは頭を悩ませるのを止めた。通路が終わっており、つきあたりには扉がある。ここが最後の望みだ。
「まっ暗だな……」
廊下からでは内部の様子が把握できず、ラーカイラムは警戒した。一歩踏み入れた途端、足元の床が白い光を宿した。
光は徐々に広がり、床だけでなく壁、天井までも染めていった。赤や青、黄色の、豆つぶのように小さな輝きがあちこちで流れるように明滅している。
まぶしいほどの明かりが室内を満たし、
「すげぇ……」
圧倒されたラーカイラムは絶句した。広大な空間が『魔術』の設備で埋めつくされている。
魔術師が「モニター」と呼ぶ、ガラス質の映像盤がいたるところに見られる。その映像盤上には数字や記号の羅列が次から次へと表示されていた。
所狭しと配置された、箱のようなもの----一般には『組体(そたい)』として知られ、古代語によれば「システム」という名称の、古代魔術には必要不可欠な装置の類いである。
いくつもの組体は、電気を通さない膜で包まれた導線----「ケーブル」によって連結され、ケーブルの一部は壁や床から生えていた。
「これだけの組体が、ずっと眠ってたのか……」
口の中が乾く。ラーカイラムはがらにもなく興奮していた。
魔術管理局の手が入ったとして、すべてを調べる終えるのに一○年はかかるはずだ。ラーカイラム自身は組体のことに精通しているわけではないが、ここが研究施設のようなものであったことは想像がつく。
「あれは!」
部屋の一番奥にラーカイラムの視線は釘づけとなった。
上座のような一段高い場所に、柩に似たものが置いてある。表面の曇ったガラス質の蓋を通して、やわらかな光がもれていた。
驚愕に目を見張るラーカイラムはこれとそっくりなものを知っていた。
人間を仮死状態として、長い眠りにつかせるための組体----
「嘘だろ……」
既視感がラーカイラムの思考を鈍くする。中を確認したい気持ちと言い知れぬ不安とで、心臓の鼓動が早くなっていた。
震える手で曇りを拭った瞬間、ラーカイラムは息を飲んだ。
柩の中には少女の姿があった。
灰色をした飾りけのない服が身体に密着しており、華奢な線を形作っている。年齢は一○代なかばというところか。栗色の髪は長く、腰のあたりまで伸びていた。
「なんだってこんな所に?」
あの木乃伊の後にはこの少女だ。まったく説明がつけられない。
しかし、ラーカイラムのそんな悩みもどこか飛んでへいってしまった。少女の胸ポケットからわずかに覗いている物、それが呪文護符だと気づいたためだ。
「よりによってこんな状態で……」
ラーカイラムは強く舌打ちし、唸った。
呪文護符を取り出すには、組体を停止させてから蓋を開けねばならない。
しかし、ラーカイラムはこの型の組体の操作法を覚えていなかった。下手にいじれば中にいる人間がどんな目にあうか保証できない。運が悪ければ死ぬことさえあるとザリュウは言っていた。
たとえ停止させることに成功したとしても、再び正常に作動させることのできる自信はまったくなかった。
「レイティア、俺はどうしたらいい……?」
答えは一つしかなかった。理屈ではわかっていても、心の底にある暗いなにかが反発する。誰も見てやしない、失敗しても逃げることができる……なにかがそう囁きかける。
「駄目だ!」
ラーカイラムは誘惑されそうな自分へ向けて叫んだ。
妹と同じように仮死状態となって眠っている少女。彼女を危険な目にあわせるわけにはいかなかった。
古代呪文を見逃すのは癪だが、栗色の髪の少女のことは調査隊や魔術管理局に任せたほうが確実だ。
ため息とともに諦め、他にも古代呪文がないか部屋を調べようとした時、
「おい。誰か先客がいるぞ」
「古代の亡霊はごめだぜ」
二人の男が入ってきた。見るからにごろつきとわかる面構えをしており、すさんだ雰囲気をまとっている。一人は大型の散弾銃をもっていた。この遺跡の噂を聞きつけてやってきたのだろう。
「なんだガキじゃねぇか」
「おい、おまえ。この遺跡のお宝はすべて俺達がいただく。殺されたくなければとっとと失せるんだな」
二人組が品なく大声で笑う。台詞も、声も顔も、ラーカイラムは気にくわなかった。
「弱ぇ奴らがイキがってんじゃねぇよ」
唾を吐き捨て、一本だけ立てた右手の中指で招くような仕草を見せる。
「なんだこの野郎!」
「かまわねぇ、殺っちまえ」
男達が散弾銃と短銃の狙いを定めて引き金を絞った瞬間、ラーカイラムは動いた。目標を失った無数の鉛玉が軌道上にある組体をかすめ、穴をうがち、砕いていった。
「ちぃっ。ちょこまかと」
二人組みの銃口がラーカイラムの姿を追う。銃声が絶え間なく響いた。
「下手な鉄砲数撃ちゃ、か?」
余裕の笑みすらうかべながらラーカイラムは銃弾をことごとくかわしていく。連中が弾丸切れになってから反撃するつもりだった。
魔術設備が砕け、破壊される音の嵐の中、直感的なものがラーカイラムの注意を二人組とは別の方向へと向けさせた。
その先には少女を収めている例の組体があった。蓋にクモの巣のようなひびが入り、欠けた箇所から蒸気が噴き出している。内部に充満していた冷気だ。本体も流れ弾を受け、外板がへこんでいたり、めくれ上がって奥の機械が剥き出しとなっていた。
「てめぇら、撃つのを止めやがれ!」
ラーカイラムの頭の中でなにかが音をたててぶち切れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます