三章 あなたのためにうたう歌 2
季節は12月となり、いよいよ冬の寒さも本格化していく。
私たちの活動が順調に進んでいくのに比例し、私が炎上した配信者・片瀬春歌であると看過する人も増えてきている。
批判的なレスポンスはたまに来るが、ごくごく一部だ。
配信者としての活動時代から応援してくれる人や、新たなる活動から見てくれる人も多い。
特に【地域社会貢献同好会 春の雪】のSNSとして関わるのは、リアルでも関わった人が大半だ。
歌を届けた施設のスタッフやその知り合い、家族や職場の同僚という人々が多い。
そういう人々とらの関わりは専ら柊木ユキに任せているが、時に私と話したがる人はいる。
特に同じような境遇の学生や、生きづらさを抱える若い社会人が多い。
そういう人々に私が話して聞かせられることは多くないが、何かしら返答は必要となる。
「したいことをする。したくないことはしないとはっきり伝える」
とりあえず、そのように答えるようにしている。
かくいう私がそうしているから、というのが理由となる。
「人と話すことも、歌のモチーフ探しにはいいと思う」
「私は人と話すのは得意じゃない」
「巧みに対話する必要はないし、話せなくても聞くことは出来る。社会にはそういう人がいると知ることが、ヒントになると思う」
というのが柊木ユキの談だが、実践できるかは疑問符がつく。
ところでそんな柊木ユキは今、私の隣で串焼きの肉をうまそうに頬張っている。
寒空の下に炙りたての湯気を放つ串焼きが、余す所なく柊木ユキの口の中に収まっていく。
じっと見つめる私の視線に気付いたのか、
「春歌も食べる?」
と串焼きを差し出してくるが、私は首を横に振る。
「肉はあんまり食べないから」
「春歌は小食だよね。というかそもそも肉野菜とか自然物を食べてるイメージがない」
「選ぶのが面倒だし興味もないから、同じ栄養食ばかり食べてる」
「こういうのの旨さもいつか分かるといいね」
肉汁がしたたる串焼き肉を口一杯に頬張っている柊木ユキを見ていると、興味が湧かないでもない。
ちなみに私たちは今、あるシティホールの広場で開かれているお祭りに参加している。
毎年の12月、街中にクリスマスイルミネーションが点り始める頃に開催されている。
日中の広場には様々な出店が並び、家族連れや恋人連れという人々で賑わっている。
私たちは今日、ここシティホール内のギャラリーホールで開催されるアイスショーの前座として歌う予定になっている。
それが【アイスショー開催記念ライブ】という大層な名目になっているのは柊木ユキがネゴシエイターぶりを発揮した成果だが、やることは普段と変わらない。
地元としては注目度の高いアイスショーのチケットは即日に完売。
大きなイベントの前座として期待感を持った衆人環視に晒されることになる。
それまでの時間つぶしにと広場を食べ歩いているのに、何も私が手につけないのは緊張しているからだ。
「いつも通りに歌えばいいよ」
左手に持った串焼きを頬張りながらも、柊木ユキが器用に右手で手を繋いでくる。
相変わらず人の機微に敏感な人物だ。
私たちは家族でも友達でも、まして恋人同士でもないが手を繋ぎ返した。
いつ伝えようかずっと悩んでいた事案を、今伝えるべきと私は決断した。
「姉さんの彼氏に連絡を取った。今どこにいるか判明した。後で住所を伝える」
「情報ありがとう。周囲には追っかけてきた元カノでも装って近づいてみる」
「元でも今でもなくて、ユキだったら姉さんの、片瀬深雪の代わりにもすぐになりそう」
言外に恋仲になって支え合えば、きっと幸せになれると伝えたかった。
「好みのタイプだったら。こう見えて理想は高くてね」
「地味な人だよ。たぶん今でも姉さんを愛してる」
「なら一層、片瀬深雪さんになりきらないと」
たぶん柊木ユキが求めるものは、そういう安直なものではないと知っている。
人は誰しも幸せになる権利があり、それを追求していく。
だが、柊木ユキは自己の幸せの追求をしていない。
私の活動を助力をしても、それは柊木ユキ自身の幸せには結びつかない。
ならば私が柊木ユキにしてやれることは、ひとつしかない。
ギャラリーホールは、アイスショー用に氷が敷かれ淡くライトアップされていた。
観客席は満員で、防寒着を着込んだ人々がショーの開催を今かと待っていた。
控え室にいる私たちは、カメラでギャラリーホールの様子を見ながら出番を待っている。
スマートフォンでSNSをやっている柊木ユキが、興奮した様子で話した。
「デイサービス施設の人と同僚の人たちとか、いろんな人たちが来てる。あのショッピングモールの管理人も来てるよ」
「注目度凄い。ていうかあの管理人とも繋がってたんだ。それが凄い」
「うん。SNSだと割ととっつきやすい人だよ。まあ、基本はアイスショーだけど、私たちの活動も広まってきてるから、どっちも楽しみって言ってる人は結構いる」
「うう、緊張してきた」
「ちゃんと私たちを理解してる人がたくさんいるって考えれば、逆に安心できるよ」
見知らぬ人が圧倒的多数を占めるSNSとは違う。そう諭されている気がした。
さらに深読みをすると、今日の活動以降は決してそうではないということも。
控え室にやってきたスタッフが、そろそろ出番であることを告げていった。
つい今程に決まったことだが、これが私たちの最後の活動となる。
柊木ユキは既に私から情報を得た段階で、目的を果たしている。
だからこの活動に立ち会う動機すら本来はなく、つい横目で見てしまう。
「最後まできっちり見届けるよ。私もチームの一員なんだから」
「最後だね」
「うん、これが最後」
そういう柄じゃないのは承知だが、きっとこんな感情を抱くのは最初で最後という自覚が後押しした。
互いに手を広げた無防備な体勢で、私たちは静かに抱き合った。
柊木ユキはチームと言ったが、きっとそれが一番近い。
家族でも友人でもまして恋人同士でもない年上の女性を、私は信頼していた。
そろそろ行こうと促され、私たちは控え室を出る。
私たちの、最後の舞台に向かって。
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