二章 【地域社会貢献同好会 春の雪】活動日誌 5
地域社会貢献同好会としての活動は順調に進んでいく。
ブログとSNSを管理する柊木ユキは、関わった施設のスタッフ達とも交流していた。
平日の夜に打ち合わせがてら、昨今の同好会アカウント周りの情勢を話していた。
『SNSでデイサービスのチーフスタッフの人とよく話すよ。たまに相談にも乗る。よほど気に入られた模様』
「転職するの?」
『検討中。実はあれからたまに遊びに行ってるけど、それぐらいの距離感がお互いいいのかも』
そんなことを話していると、ショッピングモールの管理人の話になった。
モールの公式サイトには、恒例となっている発表会の特設サイトがある。
参加者の発表に対するモールスタッフの所感を載せているのが特徴的だが、【地域社会貢献同好会 春の雪】の担当はあの管理人だった。
◇◇◇
予想外の本格派がやって来た。そんな印象だった。
国内外問わず様々なジャンルを股にかけたような多様な音楽性。
現代日本の社会問題や人の心に深く切り込んだ歌詞の世界観。
そして語りやウィスパー、歌謡曲的な歌唱を織り交ぜたヴォーカルは一言で表すととても新しかった。
そうした深い音楽性の見地からの鑑賞に耐えうることもさることながら、曲としての構成は始まりから終わりまで安定的で、とっつきやすいのも特徴だった。
SNSでのブームと配信サービス全盛という昨今、この記事もネット上のものである事実を踏まえると、ネット発という言葉も形骸化して久しいが、敢えて現代社会において『口コミ』という伝聞によって拡散されていくことにこの記事が一役を買える(かも知れない)ことに期待したい。
◇◇◇
『割と本格的に批評する人だったんだね、あの管理人。言ってることも間違ってなさそう』
「批評と膏薬はどこにでもくっつくからねえ」
『そういうものなんだ』
「うん。でも褒めてくれるのは素直に嬉しいかな」
モール管理人の記事はかなり特徴的だったが、他にも『暖かい気持ちになった』『昔の学生時代を思い出した』など一般的な所感も多くある。
発表会は半年に一度開催されるらしいが、次回まで活動が続いているかは微妙なところだ。
『こういう記事のお陰なのか、SNSのフォロワーが地味に増えてるよ』
「そうなんだ。私ぜんぜん見てなかった」
ブログやSNSの管理更新は柊木ユキに任せきりだ。
改めて確認をすると、数十単位でフォロワーの数が増えていた。
「福祉とか社会貢献方面から、ふらっとフォローした人も多いけど、はっきり明確なアカウントもある。【片瀬春歌の歌を聴く者】って名前のアカウントとか、じわじわくる。ソロの時のファン?」
「いや、そんなアカウントは知らないけど、別アカウントでフォローしてるのかも。でも、ソロの時のフォロワーの人も、ちょこちょこいる」
関わった施設の他は見覚えのないアカウントばかりに見えたが、個人活動時のフォロワーも中には混じっていた。
そのことを柊木ユキに伝えると、
『定期的にエゴサしてるけど、【春と雪】のボーカルが片瀬春歌ではないかと推察してる人がちらほら現れてる。動画も拡散されてるから、特定されるのは時間の問題』
「そうすると、どうなる?」
『そろそろ戻ってきて欲しいという声が大きくなれば、戻りやすくなる。併せて元々のSNSアカウントも動かせば、周囲の期待も大きくなる』
「元のアカウント、炎上で荒れたから作り直したいんだけど」
『それもひとつの手ではあるけど……別の活動していたのはそもそも炎上でSNSで動きにくくなったことが理由だから、今のアカウントは残して、事実関係を紐付けておいた方が得策かも』
「ユキがそう言うなら、そうする」
『SNS荒れて嫌気がさした人にとって希望にもなるし、きっとその方がいい』
活動再開まできっちりフォローすると、柊木ユキは力強く付け加えた。
なるべく不自然にならないように、私は続けた。
「そろそろ私たちの活動、終わりが見えてきたね」
『それまでに信頼を獲得出来るよう、精一杯に尽くすよ』
「そのことだけど」
『ん?』
あくまで信頼を獲得出来たら、姉について仔細を聞かせて欲しいという柊木ユキのスタンスは変わらない。
その対して信頼に見合う情報を提供するのが私の役割だが、ジャーナリストでもない私が持っている情報は限られている。
それが柊木ユキの目的に合致するのか、確認しておく必要はある。
もし合致していないのなら、これ以上の活動のフォローを望むべきではない。
口の中に溜まった唾を飲み込み、私は話した。
「姉さんね。片瀬深雪には、幼馴染み兼彼氏の男の子がいた」
『……そうなんだ』
一拍置いての柊木ユキの返答に、私は続けた。
「私と違って社会のはみ出し者じゃない。まっとうな企業で仕事してる人。だけど姉さんの事故以降、会社辞めて引っ越したみたい」
柊木ユキは押し黙ったまま耳を傾ける気配を発している。
きっとこの情報は彼女の目的に合致すると確信を得た。
「明日金曜日だからいったん家に帰る。姉さんのスマホの連絡先から、コンタクトを取ってみる」
私は意を決して更に続ける。
二人の間に形成された信頼の元、決して彼女が明かさない領域に向けるように。
「きっとお兄さんを亡くして悲しんでいるユキと同じくらいに、姉さんの彼氏は悲しんでる」
だからユキは姉さんの彼氏と話した方がいい。
そう伝えると、
『そうする』
コンタクトを取った結果をぜひ教えて欲しいと、いつもの口調で柊木ユキは言った。
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