二章 【地域社会貢献同好会 春の雪】活動日誌 4
私たちの同好会活動は、概ねそのように進んでいった。
ショッピングモールでの発表会を無事に終えた私たちが次に取り組んだのは、同モールのフードコートでのミニ打ち上げだった。
ドリンクバーと軽食を頼んで、私たちは当日の成果を語り合った。
ひとしきり語り終えると、次の活動方針についても柊木ユキと話を詰めていく。
「次はデイサービス施設だっけ。私どこにあるかも知らないけれど」
「実は今日の午後からアポは取ってあるんだ。一緒に行く?」
「もちろん」
同伴しても交渉事では役立たずだが、施設を見ておけばコンセプト作りの足掛かりになる。
モールのロッカーに仕舞っていた例のダークスーツに着替えた柊木ユキ案内のもと、公共交通機関で次の目的地へと向かう。
相変わらず売れっ子アイドルのマネージャーでもやれそうな有能ぶりだった。
柊木ユキは目的地のデイサービス施設でもその交渉力を発揮し、チーフスタッフの女性と話し昼休みの短い時間での慰問講演を実現させた。
家族と離れて暮らすデイサービス施設に集う高齢者は、様々な家族事情を抱えている。
家族の仕事時間の確保や、負担の軽減。
望んでサービスを受ける人や、そうでない人。
家族とではなく、家族的互恵関係を営むデイサービス施設での日常的な光景。
私はただの若輩だが、そうしたものから得られるコンセプトは幾つもあった。
何を形にして届けるかは、柊木ユキと相談して決めればいい。
デイサービスでの打ち合わせを終えた私たちは、来た道と同じ公共交通機関を乗り継いでネットカフェ最寄りの駅に帰還した。
「まだネカフェにいるの?」
「いる」
一週間に一回は家に帰ってると伝えると、何故か柊木ユキは安心そうな顔をした。
「そういうとこ、意外と春歌って律儀だね」
「父さんに一週に一度は帰ってこいって言われてるから」
電話だと本当に無事なのか確認できないから顔を見せろと言う父の言い分を教えると、柊木ユキはさも楽しそうに笑った。
「春歌のお父さんも律儀だね。お父さん似かな」
「かもね。コンセプト探しで人間観察もするけど、考え方似てる」
ユキはどっち似なのと世間話のように話を振ると、
「どっちにも似てない」
ひどく冷たい顔で、柊木ユキはそう答えた。
駅で別れてネットカフェに帰還すると、『ブログとか更新しておいた。動画スペースにも投稿していい?』とメッセージが届いた。
別れてまだ10分ほどしか経っていない。柊木ユキはまだ地元に向かう電車の中のはずだ。
ネットカフェの個室を予約し、件のブログを確認すると、
『地域のショッピングモールさんで歌を届けました!』
というタイトルのブログ記事が更新されていた。
記事内ではステージの写真と共に、ショッピングモールでの発表会のことが記述されている。
地域社会の様々な立場の人々が、自由に音楽や漫談を披露する場であること。
モール内は大勢の客足があり、様々な人々にそれが届けられる催しであること。
我々は同好会活動の一環として、現代的な家族の姿と新しいあり方を歌として届けたと締め括っていた。
写真は一体いつ摂ったのか。撮影と掲載許可頂いてますと文言も添えられている。
同様の内容を端的にまとめた文面が、SNSにも投稿されていた。
『動画スペースに載せてもいいけど、私の個人スペースは偽善って叩かれるからダメ。春と雪の新しいアカウントでお願い』
慌ててそうメッセージを送る。
炎上したから今度は社会貢献で点数稼ぎ、だなんてSNSの批判でありがちだ。
ひとたびそうなってしまえば人は色眼鏡で見始めて、音楽自体には見向きもしない。
炎上のことを思い出し、急に胸が苦しくなる。
すると柊木ユキからは、秒で返信メッセージが届いた。
『私を凄腕のハッカーか何かと誤解してないかなw 春歌のアカウントに私から投稿は出来ないよ。春と雪のアカウント作って動画スペースに投稿しておくね』
誤解させてゴメンと、メッセージは締め括られていた。
メッセージを読み終え、氷が融けるように胸の苦しみが払拭されていく。
『ありがとうユキ』
『こちらこそ。期間限定だけど、改めてよろしくね、相棒』
というメッセージを交わし、やり取りは締め括られた。
すでに自室のようなネカフェ個室のPCから、動画スペースに投稿された動画を確認する。
「いつ交渉して、いつ更新して、いつ動画撮ってるんだろうな、あの子」
思わず動画を再生しながら呟いてしまう。
動画の中の私は後ろ姿で、ぼーっと突っ立って歌を歌う姿が映されている。
我ながらもう少しくらい、愛想よく歌えないのかと突っ込みたくなる。
モールの観客の顔の映像は処理されて、個人特定は不可能だ。
ほぼ一緒に行動していたのに、動画編集までやっていたのはさすがの有能ぶりと言えた。
私の活動をサポートするのが今の柊木ユキの目的だ。
おそらく私の信頼を獲得し、片瀬深雪に関しての情報を入手することが本意となる。
だがそもそも、私は彼女のその欲求に足る情報を持っているだろうか?
しばし考えを巡らし、やがてひとつの気付きを得る。
姉の使っていたスマートフォンは交通事故でも破損を逃れ、契約を解約した上で遺品として姉の部屋に置いてある。
あのスマホの中に、姉の彼氏への連絡先情報がある。
ショッピングモールに続き、デイサービス施設でも活動は成功に終わった。
休憩時間に入居者とスタッフに向けて歌を届けた後、突発的に交流会的催しが開かれた。
歌って終わりではいかにも事務的で、歌うことしか能のない私も後ろ髪をひかれた。
特に外部の人。いわゆる社会との関わりが希薄になりがちな高齢者たちにとって、私たちは渡りに船の存在だった。
スタッフからの要望に私たちが了承し交流会が実現した。そういう経緯だった。
「老い先も短いし、本当は家族と一緒にいたいけどね。娘は子供の世話もあるから」
「娘さんシングルマザーですとそれも大変ですし、その分、一緒にいる時間を大事にしよ?」
「そうだねえ。やっぱりアタシもそう思うよ。若いのにアンタいいこと言うね」
柊木ユキはここでも有能で、入居者の高齢者たちと率先して交流していた。
家庭の事情には親身になり、現役時代の思い出には感嘆と相槌を打つ。
機転がよく利いて瞬時に誰とでも対等に対話できる柊木ユキには、スタッフ達も驚いていた。
中には兵役の経験もある御仁もおり、兵役時代のことを語って聞かせていた。
「パプアニューギニアで戦死された上官殿の理念を受け継ぎ、わしは日本国を見守っておる。今はデイサービス施設にいるが、心は常に常在戦場である」
「当時の日本軍元帥殿の言葉ですよね。存じています。軍人としてでなく。パーティーで逆立ちして客を楽しませたり、博打が好きで腕を磨いたり、懐の深い人だなって思います」
「あれほど人々の尊敬を集めた人はおらなんだ。名実ともに元帥だった」
などと半世紀以上前の旧日本軍の元帥についても話を合わせていた。。
私は歌うのが専門なので、話すのは出来れば避けたかったが、
「お前さんの歌、とても良かったよ。昔、おっかさんが歌ってくれた子守歌みてえだった」
「そう……良かった。昔の童謡も聴くから、影響を受けていたのかも」
当たり障り無くそう答えておくが、童謡を聴くのは本当だ。
コンセプトを表すための手段に常に飢えているので邦楽洋楽、ヒーリングミュージックから各国の民族音楽まで幅広く聴く。
つまり私が作る歌は昔誰かが作った音の続きであるので、このご老人の思い出の歌に繋がるのもありえないことではない。
老人に母と称されることだけは、正真正銘に予想外だったのでつい笑ってしまったけど。
休憩時間の一時間だけの約束だったが、夕方までデイサービス施設で私たちは過ごしていた。
「今日はどうもありがとう。あなたたちのお陰で、いつになく仕事もスムーズだった」
施設の去り際に見送りに来てくれたチーフスタッフに、握手を求められていた。
家族を思い泣き出したり暴れだす人もいるらしく、施設が戦場になる時もあるとのこと。
常々気の休まらない仕事だが、今日はスタッフ達も含めてリラックスした一日だったらしい。
チーフスタッフの30歳くらいの女性は、私に向け言った。
「また歌いに来て欲しい。別の曲もいずれ聴きたいな」
「いい歌が作れたら……」
と、私は当たり障りなく答えておく。
「何なら面接受けに来て。あなたは絶対にここの仕事向いてる」
「ハハハ。転職先として前向きに検討いたします」
柊木ユキは熱い勧誘を受けていたが、彼女はあらゆることに向いている人物像なのだ。
名残惜しそうなチーフスタッフに別れを告げ、公共交通機関を利用し最寄り駅へ向かう途中、
「オフライン活動も悪くないって思った」
ユキがいるからだけどと付け加えると、バスの隣の席に座った柊木ユキはスマホから目を離し答えた。
「オンとオフのやり方があるからね。リソースは限られてるから、どう活用するかだよ」
オンラインの良いところは相手の時間を拘束しないことで、オフラインはその欠点がある。
だがそれはそのまま、短所と長所の裏返しでもある。
オンラインでは信頼獲得が難しく、ちょっとしたことで容易に炎上する。
オフラインは場が定められているため、その場での信頼を獲得していけばいい。
柊木ユキはこともなげにそう説明するが、その理論を実践していくのは大変だ。
寝泊まりしているネットカフェ最寄り駅に到着したのは、もう夜も遅い時間だった。
「ブログと動画スペース更新したから、また後で確認しておいて」
「うん。今日もありがとう」
「遅くなったから次の打ち合わせは通話でやろう」
「うん。じゃあね」
挨拶をして別れ、ネカフェの個室でブログを確認する。
デイサービス施設での二回目の活動と共に、入居者との交流の様子も記載されていた。
スタッフや入居者たちとの記念写真など、相変わらずいつ撮ったのかと疑う所業だった。
柊木ユキとの活動は限定期間のみで、いつになるか不明だが活動は終わりがある。
私との活動は彼女にとって手段であり、目的は別にある。
引き留めるのは柄じゃないし、引き留められても柊木ユキはきっと聞き入れない。
ならばとるべき道は、ひとつしかない。
「準備だけはしておくか」
第二の故郷になりつつあるネカフェの個室で、私はそう呟いていた。
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