二章 【地域社会貢献同好会 春の雪】活動日誌 2

 まずはショッピングモールでのライブを目指し、私たちは活動を開始した。

 即興チームである【地域社会貢献同好会 春の雪】としての、共同活動となる。

 ショッピングモールを一番に選んだのは理由がある。

 モール内の広場で、歌や楽器演奏、漫談などを発表する催しが近々開催されるからだ。

 地域のアマチュア同好会や学校の部活動が集まるもので、プロアーティストを呼ぶ類いではない。

 開催はおよそ半月後。今の私たちにとっては、手頃という判断だった。

 こういうものも枠があり、自由に誰でも参加は出来るわけではないと柊ユキは言う。

「まあ、大事なのは地域に貢献したいって気持ちよ。それがあればきっと上手くいく」

「私には特にないけど」

「そのへんは私が上手く説明する」

 平日は柊ユキの仕事があるため、行動は週末となる。

 事前にショッピングモールの運営にアポが取れたという柊ユキと落ち合ったのが、土曜日の午前中。

 慣れない行動に落ち着かない私に対して、柊ユキは至って平静としている。

 というよりも今日の柊ユキの格好に、私は釘付けになっている。

「そんなに私のスーツ姿が気になるかな?」

「うん。そういう服、持ってると思わなかった」

「いつもパーカーとジーンズじゃあ、ないんだよなあ」

 含み笑うような柊ユキは、軽く髪をかき上げる仕草をする。

 普段の素っ気ないポニーテールが、今日は解かれてセットされサラサラと流れていく。

 上下はダークグレーのスーツ姿で決めていて、まるで社長秘書のようだった。

 普段は私と同い年くらいに見えるのに、今はいっぱしの社会人だ。

 仕立ての良さそうなビジネスバッグも、様になっていて体の一部のよう。

 カジュアルシャツとジーンズという自分の格好とつい比較するが、柊ユキはそれでいいと制す。

「春歌はそれでいいよ。その方が表現者っぽい」

「表現者を穿った目で見てない?」

 そんなやり取りをしつつ、多くの客足で賑わうショッピングモールの事務室へと向かう。

 事務室と併設した応接室らしき場所で、私たちはモールの管理責任者と面談をした。

 私は挨拶と最低限の自己紹介をしただけで、話していたのは殆どが柊ユキだ。

 何でもこなせる器用な人物と目していたが、印象に違わない営業トークを交わしていた。

 当初子供相手に話すようなモールの管理者だったが、次第に話しぶりは変わっていった。

「催しに参加してもらうのは歓迎だよ。参加費や観劇料もない緩いものだ。しかし信頼は大事だ。地域社会への貢献を名目とする君たちと、我々の間で信頼関係が築けていない。活動は始めたばかりと聞く。これが良からぬ企ての第一歩ではないという保証は、どこにもない」

 当ショッピングモールが悪事の第一歩。そのような汚名は避けたい。

 モールの管理人の主張はもっともで、柊ユキは深く頷いた。

「おっしゃる通り私たちには信頼関係がない。実績を積み重ねていくことで生まれるのが信頼。けど今はまだ、その実績がありません」

「そうだね。つまりそういう時、どうする?」

 モールの管理者も興が乗ってきたのか、対等な駆け引きを仕掛けている。

 柊木ユキはしばし考え、こう答えた。

「私たちもこの活動するに至る経緯があり、それを教えれば納得頂ける自負はありますが、口八丁で丸め込むのは、この場では得策ではなさそうです」

「私も一応管理者でね。氏素姓を知らぬ者を、催しに参加はさせられない立場なんだよ」

 それが地域とのつながりであり、信頼関係である。

 柊ユキはモールの管理人の言い分を聞き、しばしじっと考える。

 頭の回転が早い彼女のことだから、その振りをしているだけかも知れない。

 やがて柊木ユキはこう答えた。

「では今からコンセプトを立てましょう。どういう歌を届け、どんな貢献が出来るのか、ここで企画書を作ります。意見質問も加味し、ここで完成させます」

「私も長々と時間を割けない立場だ」

「10分」

 右手の人差し指一本と左手の握りこぶしを見せ、柊木ユキはそう答えた。

「慢性的なリソース不足で、皆いつもご多忙で、御社も例に漏れないようです。ですから、会議は短いに超したことはない」

 応接室とパーテーション一枚隔てた事務所からは、ひっきりなしに電話や相談の声が聞こえてくる。

 会社組織のことをよく知らないが、管理職をしているらしい父も家で仕事の予定を立てていることもある。

 誰もがみな忙しい世の中で、娘が家出したらさぞ気も休まらないことだろう。

 柊木ユキは持参したビジネスバックから、タブレット端末を取り出した。

 手早くそれを起動させ、文章や画像を構成するソフトを立ち上げる。

「10分で信頼を獲得してみせます」

 自信ありげにそう言って、ニコリと笑った。



 折角ショッピングモールに来たので、私たちはフードコートでランチにした。

 話題はつい今し方の、モールの管理者とのやり取りだ。

『君は若い身空で企業のコンサル業でもしてるのかね?』

 10分で会議を締めくくり、完成した企画書を見たモールの管理者の所感である。

 フードコートで注文したサンドウィッチをぱくつきながら、柊木ユキと話している。

「ユキ、コンサル業やってるの?」

「違うよ。もっと退屈な仕事。でもコンサルとか、意外と向いてるかもね。誰かの目的を理解して、よりよい道筋を呈示するのは苦手じゃない」

「一番大事なのはその伝え方ってこと」

 私はうどんを啜りながら返すが、一定のコンセプトを立てれば誰もを納得させられそうだ。

 サンドウィッチにかじりいた柊木ユキは、その通りだと頷いた。

「私自身はやりたいことなんてないから、誰かのために動いたり、働いたりするのが楽しい」

「ふーん。姉さんと似たことを言うね」

「片瀬深雪さんと?」

 俯いてうどんを啜っていた私は、目を合わさず頷く。

 先ほどの打ち合わせで発揮した力が、つまりそれになる。

 モール管理者と私に2,3の質問をし、双方の言い分を擦り合わせ企画書を完成させた。

 結果的に信頼獲得に成功し、モールの催しに参加できる運びとなった。


 ──誰かの役に立ちたい。誰かのために働きたい。


 そんな理想論をよく母と交わしていた姉は、その理想に向かうための学部のある大学に進学をした。

 だが姉が就職したのは、変哲のない一般企業だった。

『春歌も目的が見つかれば、きっと前向きに生きられると思う。誰かと関わることも、話すことも、きっと苦じゃなくなる』

『いや、多分それはない』

 中学時代に引きこもりがちだった私に、活発に高校生活を謳歌していた姉がそう言った。

 幼馴染みの男の子と付き合い始めた事も、増長を後押ししていると理解はしていた。

 姉は決して間違ったことを言ってないので、言わせるままにしておいた。

 あの頃から決定的に溝は深まっていたが、その溝を埋めることに興味はなかった。

 私は高校進学と同時に姉の言う目的を見つけたが、人間関係は相変わらずだった。

 三つ子の魂百までもという格言通り、人は変わりたくても変わらない。

 そんな私とは反対に、揚々と大学に進学した姉は徐々に調子を落としていった。

 夢を追うために立ちはだかる厳しい現実について、母と話す様子をたまに見かけた。

 結果的に夢破れた姉に「ほら見たことか」と批難することにも私は興味がなく、溝は溝のまま残っていた。

 いっそ派手に姉妹喧嘩でもしてやれば、姉はこの世を去ることはなかったかも知れない。

 それだけが唯一の心残りであり、今も胸に残っている。

「へえ、私は片瀬深雪さんに似てるんだ」

「ユキの方が垢抜けてるし、頭もいいし利口だよ。実行力がある。姉の性格をユキが持ってるっていうのが正しい」

 柊木ユキは様々な性格を併せ持っている人物で、きっとそれは無限大に増え続ける。

 そんな怪物と、私は今フードコートでランチしている。

 一般人と怪物の友情、だなんて曲のモチーフに繋がるアイディアが降ってきた。

 私のような表現者とも関わり合えるのだから、やっぱり怪物だ。

 SNSでは似たような気質を持つ人が集まるため、彼らと関わるのは容易。

 だがそうでない人間を理解し、そして理解されたのは柊木ユキが初めてだった。

「誰かのために働きたい気持ちを持ってたのが姉さんで、ユキはその気持ちがなくても行動できる人って感じ」

「お、今度は私をディスってるのか?」

「そういうわけじゃないけど、強い気持ちなんてない人の方が、しぶとく生き残っていくんじゃないかな」

「分からないでもない」

 うまそうにサンドウィッチを口に放り込んでいく柊木ユキが、軽快に笑っている。

 彼女が目的を見つけた時にどんな風に行動するのか、とても気になった。

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