二章 【地域社会貢献同好会 春の雪】活動日誌 1
ファミリーレストランでの会食の翌日。通話アプリで私と柊ユキは話している。
具体的な相談はネットワーク通話でやると決めて、その日は別れたのだった。
私はネットカフェで、柊ユキは自宅にいる。
顔も出せる通話アプリで、柊ユキの背後は自室らしい景観が覗いている。
深入りするつもりもないが、かなり殺風景な部屋のようだった。
そんな状況にて、相変わらず色気のない格好の柊ユキと話している。
着飾って化粧すれば、いっぱしのアイドルとしてもやっていけそうな素材だ。
整った顔立ちの母の血を濃く継いだ姉も、端正な顔立ちをしていた。
対する私は父に似て、毒にも薬にもならない凡人顔。
もう慣れてるし今更なので、私も顔出しして通話をしている。
「ところで活動再開するって言ってたけど、どうやるの?」
『簡単だよ。オフラインでやればいい。人前で歌うのは苦手かしら』
「大丈夫だと思うけど、自己紹介とかMCは面倒くさいから、したくないな」
『歌だけ歌うならOKね』
色々とメモを取りつつ、柊ユキは何やら調べ始める。
『こことここと、このあたり行けそう』
幾つかの施設情報が、通話画面のメッセージ欄に表示される。
高齢者デイサービス施設と総合ショッピングモール。
そして市民交流施設となるシティホールの地図と、簡単な注釈が表示された。
『ここでライブをやる』
「いっぱしのアーティストならともかく、私なんかのライブ需要あるわけないじゃん」
『需要とかじゃなくて、ボランティア活動としてさ』
そう柊ユキは言うと、再び何やらと操作を始める。
再びメッセージ欄に幾つかの情報が表示される。
ひとつはブログで、もうひとつはSNSアカウントだった。
とりあえず目を通してと言う柊ユキに従い、ブログの方をクリックした。
するとおブログ紹介文には、こんな前口上が記載されていた。
『私たちは歌を通して社会貢献していくチームです。
無償で歌を届けるボランティア活動と思ってください。
地域社会の人々に歌、音楽による癒やしと楽しさを提供すること。
そして人が人らしく生きていくために大切なメッセージを、歌を通して届けていくこと。
それが私たちの社会貢献活動です。
決して私たちの歌が主役ではなく、あくまでも主役は皆さん地域の人々です。
皆さん一人一人が、より自分らしく生きていけるよう、歌で手助けをしていきます。
地域社会貢献同好会 春の雪 代表 柊ユキ
歌 片瀬春歌』
最もらしい前口上を読み終え、よく話しながら書けると感心をした。
聡明で頭の回転も早く、加えて物事の並列処理をやれるのが柊ユキだった。
決して回転が遅いとは思わないが、ひとつのことしかやれない私から見ると驚きだ。
SNSアカウントの方は、【地域社会貢献同好会 春の雪(公式)】という名称だった。
柊ユキの狙いは、だいたい把握できた。
「つまりこういう活動を、さっきの施設でしていこうってこと?」
『うん。歌のボランティアを募集してるわけじゃないから、これから営業をかける。まあ無償なら大体OK貰えると思う。金額かからないなら、予算計画も上の顔色も気にする必要ないからね』
「私、営業なんて出来ないけど」
『そこは代表たる私がやるよ。あ、勝手に代表にしたけど良かった?』
「いい。私は音楽つくるのと歌うのしか出来ないし」
ていうかしたくないし、と付け加える。
柊ユキの言う通り営業活動は必要だが、有限のリソースをそちらに割きたくない。。
だからSNS上での配信が性に合ってたが、誰かが営業を代行してくれるならこの上ない。
様々な場所で歌い、多様な人に歌を届ける。その気持ちは確かにある。
オンラインが無理ならばオフラインという発想も、なかなか面白いと思った。
「ところでこの【春の雪】ってのは?」
『即興で決めた。春は春歌から。雪は私の名前から取った。何となくそれっぽいでしょ』
「ユキはカタカナじゃないの?」
『そうだけど、雪の方が風情あるし、分かりやすいでしょ。二人の名前をもじったってコンセプトも伝わるし』
「そういうものかな」
『春歌みたいな表現者は、伝え方より、何を伝えるかに拘った方がいいけど』
いっぱしの創作論までこなす柊ユキは、やはり器用な人物だった。
同時に当初から気になっている疑問も、より膨らんだ。
「どうしてそこまでして私に手を貸すの?」
彼女の兄は、私の姉から骨髄提供を受ける予定だった人物だ。
それが不慮の交通事故により実現不可となり、二度と帰らぬ人となった。
痛ましい事故だが、私に執着するのは筋道が通らない。
復讐ならば事故を起こした当事者と、面白おかしく取り上げたSNS社会に向ければいい。
私の立場は、柊ユキから怒りも感謝も向けられない気がした。
『んー、そうだね。詳しくは話せないけど』
珍しく彼女にしては長考し、やや言葉尻を濁した。
この時に私は「まだ信頼されていないから」と直感したが、それはお互い様だった。
やがて画面越しにこちらを真っ直ぐ見つめ、柊ユキはこう言った。
『きっと何かしていないと、死んじゃうから』
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