暑いからヤダ

「おきろ!! もう昼だぞ!!」

「ん〜〜〜あともうちょっと」

「駄目だ!!」


 徐々に日差しが強くなり、トマトが収穫の時期に差し掛かっていた。数ヶ月前と違い、ギラギラとした日差しが魔王とリーシャの住処を襲う。流石にホットコーヒーを外で飲むような季節ではない。

 あれからリーシャは魔王の住処の空き部屋を借り、寝食を共にしている。最初の頃は室内でも鎧を外したがらなかったが、魔王に「よくよく考えたけど、招かれた家で鎧も剣も外さないのは由緒正しいフリーマン一族の人間としてどうなの」と言われ、渋々外すことにした。魔王は魔王で言うことを聞いてくれて嬉しい反面、あまりにも言うことを聞きすぎてそれはそれで他人事ながらリーシャの将来が不安になっていた。


「このまま寝ていたら私に殺されるぞ!! それでもいいのか!!」

「どうせ殺せないでしょ……あと声が大きい」


 3000年続く由緒正しいフリーマン一族らしく、いついかなる時でもリーシャは規則正しい生活を送っていた。日の出とともに起床し、日の入りとともに就寝する。夜ふかしなどもってのほか。魔王から戦闘に関する指導を受けながら自らに課したトレーニングも怠らない。

 対する魔王は夜ふかしの連続で、昨晩も買い込んだ本のうちの一冊を最後まで読んでしまい、現に今日も寝坊してしまっている。勧善懲悪が生活の一部となっているリーシャにとって魔王のこの生活リズムは悪でしかなく、彼女のストレスの原因にもなっていた。


「不意打ちなど私が許さん!! 貴様を倒す時は正々堂々とだ!! わかったらさっさと起きろ!!」

「頑固だなぁもう……起きる、起きるから布団返して」

「返したら寝るだろ」

「まぁね」


 リーシャは無言で魔王の頭をシバいた。スナップの効いたビンタが魔王の三半規管を揺さぶる。小さくうめき声を上げた魔王はゆっくりと、とてもゆっくりと起き上がった。


「痛いなぁもう」

「さっさと起きない方が悪い」


 魔王は寝ぼけた足取りでキッチンへ向かうと、コンロに火をつけ、コーヒーを淹れた。今日は特別暑いため、氷魔法でマグカップに氷を生成し、アイスコーヒーを作っていた。その様子を後ろから見ていたリーシャが不思議そうな顔を浮かべている。


「前から思っていたのだが、やはり貴様は魔法が使えるのだな」

「一応魔王だからね。魔力の大部分を封印されたとはいえ、これくらいは簡単にできるよ」


 かつて魔王と対峙した勇者一味の中にも魔法のエキスパートが存在した。彼は炎や氷の魔法を巧みに操り、魔王を含めた魔族を大いに苦しめた。勇者一行のみならず、3000年前の世界にはこのような魔法が日常生活に溶け込むほどに浸透していた。魔王以外の人間でもコンロに火をつけたりマグカップに氷を作るなど魔法で容易くこなせる時代であった。もちろん得手不得手はあるが。

 しかし、現在では魔法が使える人間は極少数に限られている。もしかしたら既に絶滅しているかもしれない。少なくとも街中を歩いていれば気軽にお目にかかれるような代物ではなくなった。


「庭で色々と野菜を育てているみたいだが、そういうのは魔法で簡単に処理できるんじゃないのか?」

「やろうと思えばできる。けど、極力魔法には頼らない生活を送りたいんだ」

「何故」


 リーシャに理由を問われた魔王はマグカップを持ちながらしばらく「うーん」と考え込む。腰まで伸びる白い髪が外からの光りで怪しく光る。魔王と言われなければ神話に出てくる神のような、そう思わせる神々しさがあった。


「元々の魔力リソースが制限されているからとか、あまり目立つことはしたくないからとか、理由は色々あるよ。でも一番大きい理由は”面倒だから”かな。大きい魔法って、それだけ錬成するのが大変で面倒なんだ」

「結局はズボラなのか」

「いやいや、塵も積もればって言うでしょ? ちょっとした火種や氷を作るくらいなら簡単にできるけど、それ以上のこととなると地味に面倒なんだよ」


 へぇ、とリーシャは聞き流すとドアから外に出た。全てを燃やさんとする灼熱の日差しがリーシャを照りつける。太陽は真上を通り過ぎていた。普通の人間が外で活動するには気をつける必要が出てくる気温になっている。リーシャは振り返り、剣を構えた。


「さぁ先生! 今日の講義、よろしく頼む!」

「暑いからヤダ。明日にしないかい」

「ふざけるな!!」


 ドアの向こうでリーシャの怒号がこだました。

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