その挑戦、受けて立つ!
「卑怯な手を使うな! うそつき!」
結局あれから2日ほど経ち、女騎士は鬼の形相で魔王の住処へ戻ってきた。当の魔王は穏やかな陽気に包まれながらウッドチェアでうたた寝をしていたところ、女騎士に叩き起こされた。
女騎士の来訪について、魔王は危機感らしい危機感もなく、そこまで気に留めていなかった。変わらない平和の中にはたまにはこういった面白いスパイスが紛れ込んでも悪くないだろう、と、今ではその程度にしか思っていない。
「君、良い人だね。よく言われない?」
「話を逸らすな! フリーマンの一族として当然のことだ!」
「フリーマン? フリーマンって、もしかしてあのフリーマンかい」
3000年前、魔王の魔力の大部分を封じ、殺害寸前にまで追いやった勇者一行、その中の正に勇者の名がフリーマンだった。魔王討伐の際に王から莫大な謝礼を受け取った彼は、それを元手に事業を成功させ、一族の力も大きくしていた。いつしかフリーマン一族は多大なる権力を保有し、国を興すまでにその力を発揮していた。フリーマンの血は3000年経った今でも続いており、その絶大な力はこの世界の末端にまで及んでいる。国のみならず世界をも掌握せんとする一族、それがフリーマン一族である。
「そうだ! 私は王位継承権第十三位、リーシャ・フリーマンだ! ここで貴様を倒せば、私がフリーマンを統べる女王となり、一族のみならず、世界を更に平和に導けるようになるのだ!」
「じゃあリーシャ、君は魔王である僕を倒してフリーマンの女王になりたいわけだ」
魔王は白い長髪を風になびかせ、コーヒーを飲みながらリーシャを見た。華奢だ。鎧越しでもわかるほどの華奢な身体に、冗談と思うほどの大剣。かろうじて携行できたとしても実践で扱えるはずもないことは魔王の想像に難くなかった。そんな彼女が何故魔王の討伐に心血を注いでいるのだろうか。王位継承権が低かろうと、かつて世界を混沌へと導いた魔王の息の根を止めたとあらば、確かに一発逆転は狙える。しかし、正義感の強い女性、で片付けるにはどこか違和感があった。
「貴様を倒すために兄上からこの剣をお借りしたのだ。貴様を倒すまでは家に帰らん! 絶対にだ!」
「兄上、ねぇ」
リーシャの王位継承権は十三位、おそらく彼女が大剣を”お借り”した兄上とやらは上位の誰かなのだろう。コーヒーを飲みながら思考を巡らせている間、リーシャは魔王の顔をじっと睨み続けている。
魔王はおもむろに椅子から腰を上げ、リーシャに向かって口を開いた。
「よし、決めた」
「な、何をだ」
リーシャは魔王の咄嗟の発言に驚きはしたが、それでも目を離さない。
「リーシャ、今日から僕は君の先生になろう」
「……は?」
「君は僕を殺すまでここで住み込み、僕から戦闘に関する指導を受けること。殺す時はいつでも殺しに来てくれて構わない。ご飯を食べている時も、寝ている時も、好きな時に好きなだけ襲ってきてくれて良いよ。そして、見事僕を殺せたらめでたく卒業。君は僕の死体を一族に捧げ、フリーマンの名を継ぎ、女王となり、世界が真の平和となる。良い話だと思うけど、どうかな」
リーシャは唖然としていた。魔王と寝食を共にし、戦闘の指導を受けながら殺害のチャンスを伺い、殺す。―――脳内で反芻すればするほど意味不明で頭が混乱してきた。何より魔王側にこの提案を出すメリットが見当たらない。リーシャの困惑をよそに、庭では野ウサギが自由気ままに駆け回っている。
魔王をじっと見据えたまま思考を巡らせたリーシャは意を決して口を開く。
「いいだろう、貴様の挑戦、受けて立つ!」
「それはよかった。じゃあ今から僕の家を案内するけど、その剣と鎧は重いだろうから外していいよ」
「そうはいかん! 卑怯な魔族の口車に乗ってむざむざ殺されてはたまらんからな!」
風がそよぐと、魔王の長い髪がわずかに揺れた。魔王は短くため息をついた。3000年前、かつて魔王として世界に君臨していた頃であればいざしらず、今となっては人間に対する敵意はほとんど残っていない。現在の住処に定住してから少しして、この平和で退屈な素晴らしい生活を存外気に入っていることに気が付き、大層驚いたことがある。魔王として君臨していた自分にも、こんな穏やかな感情を併せ持っていた。当時の魔王にとって、それはとても新鮮な発見だった。
「僕も君と同じで、卑怯な手は使いたくないんだ。どうしてもというなら装備したままでも構わないけど、脱ぎたくなったらいつでも脱いでくれていいからね」
「この前私に嘘をついて惑わせた奴がよく言う!」
「あれは」
流石に騙されるとは思わなかった、と口にすると火に油を注ぐ結果になるのは目に見えていたので黙っておいた。何を見て魔王の住処までたどり着いたかは魔王にもわからないが、それにしても他人の言うことに従順すぎる。あまりにも良い子すぎて付き合いきれるか少し不安になってきた。誤魔化すように頭を掻いた。
「……まぁいいや。とりあえず家の中を案内するから上がっておいで。空き部屋もいくつかあるから荷物置きや寝室に使うと良い」
言いながらマグカップを手に自分の住処へ入っていく魔王を見ながら、リーシャも渋々後についていく。穏やかな陽気は家ごと二人を暖かく包み込んでいた。
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