Chapter3_争奪のエゴイスト

Act19_瑠璃色のシンメトリー

Date.日付7-September-D.C224D.C224年9月7日

Time.1700時間.17時00分

Location.所在地.Kingdom of Mystiaミスティア王国-The loyal Capital王都

Duty.任務.Farewell party壮行会

Status.状態.Green良好

POV.視点.Hinatsu Asaka朝霞日夏


被ったC.C.Cの顕彰が入ったベレー帽を整えつつ、礼服の皺を正す。映画の中でしか見たことの無いような荘厳な装飾が施されたホール。奥には二階へと続くレッドカーペットが敷かれた階段が存在し、その横で音楽団が優雅なオーケストラが奏でている。学校の体育館ほどの広さのホールの中心では綺羅びやかなドレスや礼服に身を包んだ美女達と、中世軍隊の様な礼服を身に着けた線の細い美男子達が手を取り合いワルツを踊っていた。それを取り囲むようにしてテーブルが設置され、その上には胃もたれしそうな高級料理の数々が並べられている。給仕と思われる細い線の少年たちが来賓の貴族たちの間を猫のように歩き、空になった皿や飲み物の交換を忙しなく行っているのを眺めながら、手にした赤い液体のグラスを呷る。鼻を駆け抜ける芳醇な葡萄の香り。舌触りは柔らかく、度数の割には酷く飲みやすい。恐らく地球であれば一本云百万は下らないと思われるワインが当たり前の様に消費されていく光景を見て少し苦笑いが溢れた。

壁に凭れ掛かりながら自身の顎を撫でる。貴族方が多く出席するということもあり久方ぶりに髭を剃ったのだが、なかなかに違和感があった。


さて今現在何が行われているのかといえば、シャーウッド砦攻城戦の祝勝会、兼停戦交渉団の壮行会である。ベネディクテとオイフェミアは本来もっと少人数で執り行いたかったらしいのだが、祝勝会を兼ねているということもあり、かなり多くの貴族が参加する大規模なものとなっている。その殆どが王都にも影響力のある大貴族たちであるため、正直な所自分がこんな所にいる場違い感が甚だしいというのが本音であった。幼少期の頃、両親の仕事関係の付き合いでこのような立食会に参加したことはあるのだが流石に規模感と格式が違いすぎる。基礎的なテーブルマナーや社交界のマナーに対する造詣はあるとはいえ、あくまでそれは現代地球基準のもの。何かをやらかして波風立てるのも面倒くさいし、既に面倒を見てもらっているオイフェミアとベネディクテにこれ以上の迷惑をかけるのは避けたい。故に会場の隅に寄ってワインなどをちびちび飲んでいるのが現状である。なのだが……


「アサカ様!是非我が家からの依頼を受けていただきたく!」


「アサカ様、我が従士に教練を施してはいただけないだろうか」


瀟洒なドレスに身を包んだ若い女性達、恐らくは若年の地方貴族からひっきりなしに声をかけられていた。先程の苦笑いはこれに対しての感情も含まれる。別に俺に対してすり寄っても強権などがある訳でもなし。その上純粋な身体能力ではこの世界基準で下位も下位である。ボウガンの射撃や近接格闘の技術、歩兵戦術的には伝えられることもあるだろうが、とはいってもその程度。この世界の上澄みの連中の性能と比べればその差を埋めるには到底足りない。それはゼータと実際に交戦し骨の髄から理解したことである。これでも近接格闘やCQB、射撃技術にはそれなりの自負があったのだが、対面して理解した。あそこまで圧倒的な生物としての性能差があると接近された段階で状況を覆すのは難しい。一瞬身体が消えるステップもそうだが、膂力、瞬発力、反射能力、そして耐久力とその全てで大きく劣っていたのだ。実際未だに理由は判然としていないままであるが、身体修復の術が発現されていなければ左腕と睾丸を失っていたのであろうし、生きているのは運が良かっただけとも言える。

まあつまりは別に依頼を受けるのも教練を施すのも吝かではないが、過度な期待をするのは辞めて欲しいというのが本音である。だがしかしそれを直接俺が彼女らに伝えることはない。その理由はそんな貴族たちからの防波堤として俺の前に立つ燃えるような赤髪の女が原因である。


「はいはい、依頼の話でしたらアルムクヴィスト家を通してくださいね。私がお話を伺いますので後日都合の良い日程と名前をこちらの羊皮紙に書き込んでいってください」


ゼファーは今回の立食会にも俺の付き添い役として同伴してくれていた。背中がパックリと開いた真紅のタイトドレスを着こなし、髪をハーフアップに纏めている。化粧もしっかりとしておりいつにも増して綺麗であった。普段軽装の革鎧姿した見たことがない分、かなりのギャップを感じるがよく似合っている。オイフェミアの近衛隊の隊士としてこういった綺羅びやかな場には慣れているのだろう。まあ意外ではあったが、然程驚くこともない。

ゼファーに面倒事を押し付けている自覚はあるものの、ここで俺本人が出ていけばより混乱の元になることは明白。さらなる面倒事を呼び込まない為、内心でゼファーに謝罪をするだけに留めておく。


そんな事を考えながらワインを呷れば、コツコツとヒールの音が2つ近づいてきている事に気がつく。何の気無しにそちらへと目線を向ければ、見知った顔が2つ。1人は少し楽しげに目元を細め、こちらに手を振りながら歩いてくる緑のメッシュが入った藍色の髪の女、アリーヤ・レイレナード。もう一人は居心地の悪そうな顔を浮かべ、俺と視線が合えば少し気恥ずかしそうに視線をずらすマゼンタのメッシュが入った藍色の髪の女、アリシア・レイレナードであった。

姉妹共に落ち着いた黒のカクテルドレスに身を包んでおり、とても良く似合っている。この姉妹2人が並んでいる所を初めてみたが、なるほどよく似ていた。身長差はあれど鼻筋立ち、輪郭なんかは瓜二つだ。目元は両者共にツリ目気味なのだが、アリーヤは狐、アリシアは猫のようであり少し違う。挨拶をしようと口を開く前に、アリーヤが先に声をかけてきた。


「ハローアサカ。楽しんでる?」


「そう見えるかい?」


「あはは、全く」


からかうように笑うアリーヤに対し困ったような表情を浮かべる。初見で話した時からそうだが、アリーヤはかなり掴みどころが無い。全てがどうでもいいようで、全てに興味を抱いている様な矛盾を感じる。関わりが深いわけではないが、おおよそ外れていない印象であろう。

それに比べてアリシアはかなりわかりやすい。俺の前までやってきても少し顔を赤らめたまま視線を反らしたままである。正直に言えば可愛い。普段の凛とした彼女に馴染みがあるため、恥じらいを見せている姿は意外でもあった。


「この娘、普段ドレスなんて着ないからアサカに見られて照れてるのよ」


意地悪い笑顔で俺に耳打ちするようにアリーヤが口を開く。が声量をあまり抑える気は無いらしくアリシアの耳にもその言葉ははっきりと聞こえていた。途端、ずらしていた視線をこちらに戻し、先程よりも幾分か紅潮した顔で焦ったように口を開ける。


「ちょ、姉さん!」


「良いじゃないのさ。もうあたしらもいい歳なんだし」


何かを言いたそうな顔をしていたが、アリシアはそれ以上言い返す事はしない。ただその代わりに俺へといじらしい視線を向けてくる。頬を紅潮させ、構って欲しい時の猫の様な瞳でちらちらとこちらを見てくる。なんだこの可愛い生き物は。身長176cmと女性にしては大柄な体格と引き締まった肉体からは想像できないぐらいに乙女力が高い。普通ならコロリといかれてしまっても可怪しくない程度には破壊力が強い。実際対面して好きと言われた立場でもあるし考えない訳でもないのだが、あの泡沫の一時で見た姫乃の顔が脳裏から離れないのもまた事実であった。

とはいえ彼女がいま何を求めているかわからないほど朴念仁でも無ければ、意図的に言わない選択をとる程臆病でもない。その上いま姫乃に抱いている感情は恋愛としての未練よりも純粋な親愛と感謝である事は理解している。まあ実際にもう一度顔を合わせる機会があればどうなるかなどは自分でも判別つかないのだが、このまま黙りこむ気もさらさらない。綺麗なもの、可愛いものには素直にその感想を伝えたほうが皆幸せになれるのだ。故に口を開く。


「とても似合っているよ。普段の鎧姿も格好いいけど、今日は本当に綺麗だ」


露骨すぎるくらいクサイ台詞を並べる。人間同士のコミュニケーション、好意を伝えるのなら過剰なくらいが丁度いい。伝わらないよりも100倍マシである。

アリシアは頬を紅潮させたまま眉間に皺を寄せ、耳を澄まさねば聞き逃してしまいそうなほど小さく口を開く。


「……ありがと」


そしていつの間にか俺の横からアリシアの背後に移動し、意地悪い顔を浮かべているアリーヤの姿が目に入る。ここ数分のやり取りで掴みどころの無い人だが根本的に悪戯好きなことだけは理解できた。


「もーアリシアったら照れちゃって可愛いんだからぁ」


アリーヤは顔を綻ばせながらアリシアへと抱きついた。なるほど。本当に妹の事が好きなのだろう。アリシアはうざったそうに顔を逸らすが抵抗することはしない。

姉妹仲が良いのは良いことだ。アリシア自身は逸脱者たる姉にそれなり以上のコンプレックスを抱いているのは見ていれば理解できる。だがそれでもアリシアにとってアリーヤは自慢の姉なのだろう。自身が出来ないことをこなし、かつ自身を見下している訳でもない姉の事を本当にウザがりつつも少し嬉しそうにしている様に俺の目には見えた。

微笑ましく思い目を細めていれば、会場に鳴り響いていたワルツの演奏が止まる。どうしたのかと視線を向ければ、ホールの階段から黒と白のドレスに身を包んだベネディクテとラクランシア女王が現れていた。ということはこの壮行会の本題に入るということ。


「そろそろ出番みたいね」


アリシアが俺の前に立ち、ベレー帽とネクタイへと手を伸ばす。抵抗せずにいれば角度を整えてくれた。


「ありがとう」


俺がそう口を開けば、アリーヤがくすりと笑いつつ悪戯に視線を細める。


「まるで新妻じゃないさ」


アリシアは姉の言葉に眉間に皺を寄せつつも、ため息と共に表情を戻した。いつも通りのからかいなのだろう。俺も若干の苦笑を浮かべつつも感情を言葉にすることはない。こちとら30手前のおっさん。からかわれて怒るような歳でもなし。そもそも苛つくこともないが。


「皆、本日は出席頂き誠に感謝を申し上げる。ミスティア第一王女、ベネディクテ・レーナ・ミスティアだ。レティシア侯爵、どうぞこちらへ」


ベネディクテがそう口にすれば中世の貴族が身につけている様な上等な礼服に身を包んだ白髪の若い女が歩み出る。レティシア・ウォルコット侯爵。フェリザリア戦の前線指揮官であり、この前の作戦の現地統括者である。

ラクランシア女王、ベネディクテ、レティシア侯爵は皆同じ様に雪を連想させる綺麗な白髪である。必然的に階段前には白髪の美人が3人顔を連ねる事になるのだが、地球出身者としてはなんとも異様な光景であった。歳を重ねた老婆同士ならいざしらず、皆若々しく凛々しい顔立ちである。違和感、というわけでもないが地球の常識で考えればなんともファンタジーだと、そんなどうでもいい思考をした。いや、実際ファンタジー世界なのだが。

その後ベネディクテは此度のフェリザリア戦における経緯と局地的勝利を出席した皆に伝え始める。既に何度も聞いた話、かつ当事者の1人として戦線に出向いていた俺は適当に聞き流しつつ、ふとした純粋な疑問をアリーヤとアリシアに尋ねる。


「なあミスティアで白髪って珍しくないのか?」


すればアリーヤが口を開いた。


「いえ結構珍しいわよ。伝説では女神イーヴァの血を引く神人は皆白髪であったとされているわ。それに女神イーヴァ自身も豊かな白髪。だからこの国では白髪の人は高貴な人物、もしくはとても縁起の良い存在として丁重に扱われるの」


ほう、また一つ賢くなった。であれば今後白髪の人物と顔をあわせる時は気を引き締めた方がいいかもしれない。


「なるほど。じゃあ老人なんかは特に敬われるんだな」


老化による白髪。それを指し口を開いたのだが、アリシアもアリーヤもゼファーも合点がいかないといった表情でこちらを見てくる。


「どういうこと?そりゃあ老人に乱暴する馬鹿なんて殆どいないと思うけど」


あれ、なんか話が噛み合っていない気がする。


「いや、歳取ると髪の色素が抜け落ちて白髪になるじゃん」


俺がそう言えばますます3人は怪訝そうな顔をこちらへと向けてくる。

そしてアリシアがその表情のまま口を開いた。


「ならないけども……」


んー?おやこれはまさか地球の常識とこちらの常識の壁ですか。確かに老人を王都内で何度か見かけた時も白髪の人物は殆ど居なかった様に思えたが、まさかこちらの世界の人間は老化による髪の白化が無いのか。ジェネレーションギャップならぬワールドギャプを受ける。


「アサカの世界じゃどうか知らないけど、こっちじゃそもそも髪の色っていうはその人物の魔力の色が反映されていると考えられているのよ。だから著しい魔力欠乏なんかが起こると髪の色が変化することはあり得る。でもその場合だって殆どが黒くなるわ。ちょうど貴方の髪みたいなね」


アリーヤはそう言いながら俺の前髪を触ってくる。必然近づいた事で鼻に彼女の匂いが感じられた。濃い金木犀の香り。懐かしさすら感じられるが、何処かノルタルジックな気分に陥る。理由は思い返せばすぐに分かった。実家の庭に植えられていた大きな金木犀の木。学校終わりに縁側で妹とだべりながら良く香ってきた匂いだ。

とはいえ女性の匂いを感じてセンチメンタルな顔をするアラサー男という図は些か気持ちが悪いので表情を無理やり取り繕う。バレていなかったかチラリとアリシアへと視線を向ければ、おやつを貰えなかった猫の様な顔をしていた。なんだお前可愛いなこの野郎。

場を取り繕う為にわざとらしい咳払いをしながら口を開いた。


「ということはアリシアとアリーヤのその髪のメッシュも?」


髪を触っていた手を止め悪戯に微笑みながらアリーヤは頷く。


「その通り~。別に意図的というわけでも無いんだけどね」


「物心ついた時にはお互いこの色が髪に入っていたのよ。私はいまでも実は姉さんの悪戯何じゃないかって思ってるけどね」


「ひど。お姉ちゃん泣いちゃうよ~。アサカ~慰めて~~」


わざとらしくアリーヤはしくしくと泣き真似をしながら俺の胸板に顔を埋めてくる。そしてチラリとアリシアに視線を向けていた。こいつ確信犯だ。

煽られたアリシアは眉間に皺を寄せるもその不満は口に出さない。ただウザそうにため息をつくだけであった。


「ちょっと、アリシアはいつも通りだからともかくとしてもアサカはツッコミ入れなさいよ!てか大体男なんだから女にそんな簡単に胸触らせちゃだめでしょ!!」


「初見じゃ回避不可能だろそれ」


ぷんすかと怒るアリーヤに苦笑を浮かべ、アリシアに視線を向ける。だがアリシアは不機嫌そうに視線を逸らすだけであった。まあいつも通りの姉妹同士の茶番なのだろう。


「アサカ、準備を」


ゼファーから声をかけられる。

ホールの中心へと視線をずらせばベネディクテが停戦交渉についての説明を始めた所であった。どうやらそろそろ出番のようだ。俺はこの国、ひいてはこの世界からすれば新参者。お歴々の貴族方の前で失礼の無いよう気を引き締めていこう。面倒を見てもらっていることへの恩返しだ。低選考商談の代表なんぞ務めた事がある訳もないが、まあ出来ることは前向きにやっていくさ。本音を言えば面倒くさいという感情は否めないが、だからといって逃げ出すほど軟弱者でもない。それにゼータに負けたまま関係が終わりというのもどうにも後味が悪い。もう一度勝負するのは金輪際遠慮願いたいというのが正直な所であるが、あの白兵戦のセンスには武芸者として興味がある。もし顔を合わせる機会があれば二、三会話をしてみたいものだ。

それに新しいことを学ぶというのは存外嫌いではない。こっちの世界に来てからまだミスティアの一部しか見たことが無い俺からすれば、他国に足を運べるというのはそれなり以上の楽しみでもある。まあ仕事は仕事、プライベートな感情は表に出さない様に努めるが内心少しワクワクしているのも事実である。普通は自分の金的を破壊した女のいる国に行くのなぞ願い下げであるのが自然なのだろうが、どうにもゼータからは殺意を感じなかった。故にそこまでの恐れの感情は湧いてこない。


ホールの中心にいるベネディクテと視線が合う。さて恥をかかないようにポーカーフェイスに努めよう。


「いってらっしゃいな」


「気を張らずにね」


背中に心地よい体温を感じる。アリシアとアリーヤから背中を押され、ホールの中心へと一歩足を進めた。


Date.日付7-September-D.C224D.C224年9月7日

Time.1730時間.17時30分

Location.所在地.Kingdom of Mystiaミスティア王国-The loyal Capital王都

Duty.任務.Farewell party壮行会

Status.状態.Green良好

POV.視点.Alicia Rayleonardアリシア・レイレナード


「やっぱいい男じゃないさ」


アサカが離れたのを見計らってアリーヤが言葉を発する。


「うるさい」


からかわれていると思い少し語気が強くなった。だが横の姉に視線を向けてみればいつもの悪戯な笑みは浮かべていない。むしろその逆。興味深そうな視線でアサカの背中を見つめている。


「魔力量も矮小。生物としての強度は精々が熟練者。英傑にも届かない身体性能。私らからすれば蟻のような存在だ。正直な話をすればあのままでは我らの世界で通用しないと思う。性能だけの話ならば吹けば飛ぶ存在だからだ。だがあのフェリザリア右翼を壊滅させた武器――迫撃砲だっけ?それと無人偵察機、銃。そして当人の戦闘知識と強者に臆しない精神性が組み合わさった彼の姿は興味深い。まあそれは無知が故であるかもしれないが、アリシアが好意を抱くのも理解できるよ。冗談も通じるしこの国には居ないタイプの男だからね」


どちらかといえば真剣な表情でそう語る姉の姿を見て思わず面を喰らう。実に珍しいことだ。


「姉さんが他人に興味を抱くなんて珍しいこともあるものね」


アリーヤは自嘲気味に少し笑いながら口を開く。


「フッ。確かにね~。まあ一番はアリシアの"良い人"っていう姉目線の妹贔屓な所だけどさ。でも実戦で直接では無いとはいえ共闘してその価値の一端を理解したっていうのが一番大きいよ。今の身体性能のままなら遅かれ早かれ死ぬのは目に見えている。それに加えて魔術的な才能は一切無い。とはいえだ、既に理想の兵士としての精神性、技術力は完成している。前にあんたから直接聞いた話だが、瀕死の味方を楽にする事なんて並大抵の覚悟と精神性で出来るわけが無いからね。その完成した兵士が魔術適正によらない構造変化エンハンサー血業化術ブラッティパスなんかを習得できればその価値は飛躍的に向上するだろうさ」


驚いた。確かに考えていない訳では無かったが、アサカが構造変化エンハンサーを取得できれば白兵戦、遠距離戦共にかなりの個体戦力強化となることは間違いない。そもゼータとの交戦で生身で私が駆けつけるまで耐えたのだ。そんな完成された兵士がこの世界特有と思われる技術を身につければどうなるか。そんな事子供でもわかる。


「つまりはアリシア、あんたと同じさ。意図的に酷いことを言うが、あんたには"魔術の才能が無い"」


こめかみがピクリと震える。姉に対して一番に抱いているコンプレックスを本人の口から言われ、一瞬にして身体にアドレナリンが広がっていった。特有のピリピリとした手足のしびれを感じる。


「だけどもあんたは努力と構造変化エンハンサーを駆使して国内随一の上位者となっている。その実力は誰よりも私が信頼しているし分かっているさ」


似合わない優しげな目をし、アリーヤは私の頬に手を伸ばした。鼻に伝わる金木犀の香り。昂ぶっていた精神が落ち着き思考がクリアになる。魔術をかけられた訳では無い。だが何処となく落ち着く温かさであった。やはりこの姉はずるい。故に私のコンプレックスは増長されるのだが、悪意が無い事がわかっているからこそ自己嫌悪にも繋がる。

アリーヤはしばらく優しげな瞳のまま私の頬を撫でると、不意に悪戯な笑みを浮かべ口を開いた。


「無意識だったかもしれないけど、あんたら似てるよ。だからだろ?アリシアがアサカに好意を抱いたのは」


眉間に皺が寄る。いつものからかいモードに入った姉の手を払い除け鼻を鳴らした。アリーヤはくすくすと笑いながらホールの中央へと視線を向ける。


「ともあれだ。私らは何処までいっても所詮は傭兵。ロクデナシの人殺し共。それはアサカも同じさ。ベネディクテとオイフェミア殿下も彼を好いているようだが、私の目にはあんたの方がお似合いに見えるよ。だから言い訳して逃げるのはやめてよね。惚れた男位、王族から奪ってみせな」


「他人事だと思ってむちゃくちゃいってくれて……」


まあだが実際姉にそう言われて現状を改めて理解する。ベネディクテとオイフェミア殿下。王家派閥の中心であり強権を持つ2人を相手にどう立ち回るか。現実問題我々レイレナードという王家派閥お抱えの傭兵の立場からすれば難しいものがある。とはいえ諦める気なんて更々ない。であればアサカの口から直接言わせるしかあるまい。その為には正々堂々正面から全力でアサカを落としにかかるのが変な蟠りも起きず一番手っ取り早いだろう。


「まあいざとなれば私がミスティアだろうがフェリザリアだろうが連合女王国だろうが魔神だろうがあんたの恋路を塞ぐ一切合財を粉砕してやるから、大船に乗った気持ちでいなさいな」


「姉さんのそれは冗談にならないからやめて……」


さて決意も新たに決まった。なんとしてでもアサカから告白させる。というかそうでないと逸脱者同士の世界最終戦争が起きかねない。

なんで初恋でこんなクソどうでもいい懸念を抱かねばならないのか。できるならばもっと甘酸っぱく御伽噺のような恋がしたかった。

だがこれはこれで私らしいのだろう。自嘲気味にクスリと笑い、アリーヤとワインのグラスを鳴らした。



■以下あとがき

●魔術階級


戦略級魔術‐戦略レベルの趨勢を決する規模の魔術。遠隔から都市を半径50kmに渡って焦土化させられるようなものや大規模天候操作系魔術がこれに該当する。魔力消費が著しく、一般人であれば1000人以上いても要求魔力量を満たせない。それ以上に多大な魔力出力量を求められ、ザールヴェル世界でこのレベルの魔術が行使できるのはIFSGの代表であるサキュバスと、連合女王国の逸脱者、オイフェミアのみである。


戦術級魔術‐交戦地域の趨勢を決する規模の魔術。着弾地点から半径2kmを殲滅できる攻撃魔術や、大規模生産型魔術などがこれに該当する。


作戦級魔術‐作戦の趨勢を決する規模の魔術。


戦闘級魔術‐複数の対象に影響を及ぼす規模の魔術。具体例はライトニングやファイアーボールなど。


単一級魔術‐大規模でない攻撃魔術や補助魔術がこれに該当する。魔術の7割は単一級魔術である。具体例はエネルギーボルトやリープスラッシュなど。

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