Interlude-思い入れ

EX-Act1_夏の夕暮れ

新章のフェリザリア編を始める前にEXパートを挟みます。

あと今回から後書きで世界観のTips付けていきます。


9月3日。太陽が西へと沈み、夕暮れ時特有の黄昏色が世界を包んでいる。道の脇の駄菓子屋ではセーラー服に身を包んだ少女2人が、覇気の無い顔で学校の愚痴を話していた。

あれほど煩かった蝉達の合唱も殆ど鳴りを潜め、ひぐらしが一匹、さみしげに鳴いている。

そんな晩夏、夕暮れのけやき道を歩く1人の女の姿がある。Yシャツに黒のスーツスカート、肩からは女性もののショルダーバッグを下げている。スーツのジャケットを左手の小脇に抱え、耳には桜をモチーフにした控えめのピアスをしていた。

濡鴉を連想させる綺麗な長い黒髪を一本に纏めその女は歩いている。パンプスで石畳を踏むコツコツという音が、ひぐらしの声と共に響いていた。

その容姿は一流映画のヒロインとして抜擢されていたとしても不思議では無いほどに整っている。透き通るような白い肌に、薄い桃色のリップが塗られた唇。鼻筋は通り、丸みを帯びた頬骨がその優雅さを際立たせている。少し垂れた優しげな大きな目は春の陽だまりの様に柔らかい。

だがその顔に喜色は無い。今にも泣き出しそうな悲痛な表情で夕暮れのけやき道を歩いている。

都会とはいえず、田舎とも言えないこの街ではかなり目立つ美人であった。そんな美女が今にも泣き出しそうな顔で歩いているのだから、誰かが声をかけても可怪しくは無かったが、生憎と通りすがる人影は一つも無い。

だが人以外の姿はある。ブロック塀で隔たれた日本家屋の縁側から一匹の黒猫がその女を見ていた。そして気怠げに大きなあくびをした後、ひょいと縁側から飛び降りて庭に出る。ブロック塀の横に存在する柿の木を器用に登り、歩く女と並走するように塀の上へと飛び乗った。


そんな黒猫に気がついたのか、女は猫へと視線を向ける。いつ決壊しても可怪しくない瞳のまま、その女は猫へ会釈をした。猫は何も言わず、ただ女の顔の横を歩いている。

夕暮れのけやき道を歩いていれば、いつの間にかひぐらしの声は聞こえなくなっていた。だがそれと変わるようにして低い男の声のお経が聞こえてくる。誰かの49日なのだろうか。盆は終わったと言うのに、死者を弔うその声は嫌にはっきりと当たりに響いていた。

女がそのお経が聞こえる敷地の前で立ち止まる。塀に備え付けられた門に掲げられた看板には『神喰霊園』と記されていた。残された者の無念のはけ口でもある墓石が無数に立ち並び、夕暮れの陽をうけ長い影を作っている。

女はその墓地に用があった。門をくぐり抜け中へと入っていく。黒猫もそれに続き女の後を追った。備え付けの掃除道具置き場から桶と柄杓ひしゃく、雑巾とブラシを手に取った後、女は墓石群の手前に存在する小さな建物へと足を向ける。その建物の前では髪の毛が寂しくなった壮年の男がホースを手に水撒きを行っていた。伸びた女の影に気がついたその男は水を止め、女の方へと顔を向ける。そして女の顔をみとめるや少し優しげな表情で口を開いた。


「やあ姫乃さん、こんにちは。お花かな?」


ホースを蛇口に巻き付けながら壮年の男は、その自身の曲がった腰を労る。齢60近いと思える男にとって水撒きというのは少々腰に来るのだろう。


「こんにちは。ええ、そうです。お願いできますか?」


泣きそうな顔のままで女、姫乃は口を開く。壮年の男も少し悲しげな表情をして建物の中へと入っていった。黒猫は姫乃の足元にすり寄り、身体を擦り付ける。姫乃はスカートの裾を手で抑えながらしゃがみ、猫の頭に手を伸ばした。


「水で濡れますよ」


少し震える声で姫乃が猫に話しかけた。猫は気持ちよさそうに目を細めるも、その喉は鳴っていない。

建物の中から壮年の男、墓守が戻ってくる。手には菊やしきみなどが包まれた花束を2つ抱えていた。姫乃も猫にを撫でていた手を止め立ち上がる。


「2つで1200円ね」


姫乃はショルダーバッグから少し傷んだ薄ピンクの財布を取り出し、野口英世1人と100円玉2枚を墓守に手渡した。


「ちょうど。線香はいるかい?」


財布をバッグにしまいながら姫乃は首を振った。バッグの端からは線香入れが顔を覗かせている。


「それにしても今日は彼のお参りさんが多いね」


墓守の一言を受け、財布をしまいバッグを閉じた姫乃の表情が少し動いた。


「秋奈ちゃん……ですか?」


墓守は少し困ったような様に眉を下げ、首を横へと振った。


「いや、それがね。大柄な白人さんがついさっき来たんだよ。日本語が話せないみたいで、彼の名前の書かれた紙を見せながら指さしてきてさ。きっと彼の友人かなと思って、案内してあげたんだよ」


姫乃は墓守の言葉を受け、少し驚いた様な顔をする。少なくとも白人の男が姫乃の目的の人物のお参りをしている事など初めてであったからだ。


「まだいると思うから、帰り道でも教えてあげてくれないかね」


姫乃は頷き、掃除用具と墓花を抱え歩き出す。黒猫もそれに続き後を追う。

途中の蛇口で桶に水を入れ、女の膂力では重くなったそれを持ち上げながら目的の墓石へと足を進めていく。


2分もすれば目的の墓石にたどり着く。

その墓石の前では、1人の人物が座り込んでいた。スーツに身を包み、硬そうな茶髪をツーブロックに刈り上げた、身長190cm以上はあるのでは無いかという白人の大男。しゃがんでいるというのに姫乃の胸程も大きい。筋骨隆々の身体をスーツで抑え込んでいるその男は姫乃に気が付きゆっくりと立ち上がった。線香置きからは半分ほど灰となった線香が、まだ煙を立ち上らせている。


「|Sorry. I'll leave soon.《すみません、すぐに退きます》」


大男から低い落ち着く声で発せられたのは綺麗なイギリス訛りの英語であった。墓石から離れようとしたその大男の動線を遮る様に黒猫が歩いていく。そして少し困った様な表情を見せた大男に対して、姫乃が声をかけた。


「|Are you a colleague of Hinatsu?《日夏くんの同僚の方ですか?》」


春の陽だまりを連想させる落ち着いた声から発せられるのもイギリス訛りの英語。家の都合や仕事の関係上、日本語を介さない存在と関わる事も多い姫乃はいくつかの言語を習得していた。姫乃は真剣な表情で大男の顔を見ている。大男は少し驚いた様に黒猫から姫乃の顔へと視線をずらした。


……その通り。以下英語での会話ヒナツの上司だったエアロン・スミスです」


まるで懺悔をするかのように声に感情を籠もらせながら白人の大男、エアロン・スミスは口を開く。姫乃は射抜くような、それでいていつ涙が溢れても可怪しくない様な顔でエアロンの瞳を見ていた。

エアロンの心に酷い罪悪感と後悔が湧き上がる。眼の前の日本人の女、姫乃の事をエアロンは知らない。だがその表情だけで朝霞日夏と相当に親しい間柄であった事を理解してしまったからだ。元SASの観察眼が裏目出る。彼が無神経な男であればどれほど良かったか。

夕暮れの時が止まる。実際に時間停止している訳では無いが、そう思えるほどに気まずい沈黙が2人の間に流れた。それに耐えかねるようにして黒猫が姫乃の足元にすり寄り、にゃんと鳴く。


「きっとそうだと思いました。初めまして、私は藤原姫乃。日夏くんの元恋人です」


下唇を噛み締めながら姫乃は震えた声でそう言った。下を向いた彼女の表情は身長差が故にエアロンからは見えない。だが、その顔が容易く想像できてしまうほどに、姫乃の声には感情が籠もっていた。

姫乃の身体から薄緑色の光の様なものが滲み出ている様にエアロンは見えた。10年以上の戦場経験でも感じたことの無い程、自身の感情が揺れている事を強烈に自覚する。なんと口を開けばいいか、思考が浮かんでは霧散していく。


「失礼しました……。日夏くんのお参りにわざわざ来てくださるなんて、大変だったでしょう。この街は初めての方には分かりづらいですから」


姫乃が堰を切る様に口を開いた。エアロンは自身の鼓動が早まっている事を自覚する。さっきの姫乃の身体から発せられていた薄緑の光はなんだったのか?エアロンは回りだした頭で姫乃の姿を今一度確認するが、そんな光は既に見えなくなっている。幻覚だったのだろうか。

ぐらついた心を無理やり押さえつけ、エアロンは地面へと視線を落としその重い口を開いた。


「いえ……申し訳ない……。私は……知らなかったのです。ヒナツの家族があんな事件に巻き込まれていたなんて……」


姫乃の綺麗な顔に一筋の光が流れ出す。彼女は夕焼けの朱さを反射するそれを拭いながら、首を横に振った。


「日夏くんのことですから、話さなかったのでしょう。彼、ストレスとか悩み事を溜め込む癖がありますから。貴方が悪い訳ではありません」


眉間に深く皺を寄せ、両の手のひらに爪が食い込む程にキツく拳を握りしめながら、エアロンが姫乃の顔を見る。


「いえ、私がC.C.Cなぞに勧誘しなければヒナツは戦場に来ることなど無かった……!せめて、せめてあいつの事情を知っていれば……!」


エアロンは慟哭していた。大の大人、それも白人の大男が涙を流しながら叫ぶその光景は傍から見れば異様なもの。だが姫乃はエアロンが心から朝霞日夏の死を悔み、自身を責めているのだと理解していた。自身も十分に辛いが、この眼の前の大男も苦しんでいる。別れた後も朝霞日夏という人物は良い人間に出会えたのだと、心の底から理解できた。

姫乃はエアロンの胸に手をのばす。春の陽だまりの様な温かさ。それはじんわりとエアロンの心に染み渡っていった。


閑話休題。

しばしの時が過ぎ、日が完全に沈みかけている。薄暗くなった霊園の街灯が点灯し始め、人工的な明るさで墓石が照らされる。

両者の涙既に乾き、顔に雫の後を作っている。エアロンが無言で墓石を拭き、水をかけて綺麗にする。姫乃が墓花を花立に入れ水を注ぐ。

そしてショルダーバッグの線香入れから線香を取り出し、そこで忘れ物に気がついて口を開いた。


姫乃は煙草を吸わない。正確にはいまは吸っていなかった。朝霞日夏と交際していた時はピアニッシモを愛煙する喫煙者であったが、煙草の香りを感じ取る度に、あの男の顔を思い出すのが辛くて辞めたのだ。

その理由は、愛。朝霞日夏と姫乃は関係の悪化から破局したわけではない。あのままでは壊れてしまうであろう愛する男が、気兼ねなく逃げれるように、姫乃から別れを切り出したのである。ということを知っているのは姫乃本人と朝霞日夏の妹である秋奈、そして墓標の上で寝ている黒猫のみであった。

ともあれ喫煙を辞めた彼女は日常からライターを意図的に持ち歩かない様にしていた。故に今日もライターを持ち合わせていない。


「エアロンさん、ライター持っていませんか?」


沈黙を打ち破る様に姫乃が声をあげる。エアロンは自身のスーツパンツの右ポケットに手を伸ばし、中からジッポライターを取り出した。


「ありますよ、どうぞ」


姫乃はその大きな手のひらからジッポライターを受け取る。そのジッポライターにはC.C.Cという文字が刻まれており、ところどころが歪んでいた。金属も変色し、鋭い何かが突き立てられた様な傷もある。年季の入った一品。だがよく手入れが施されているようで、自力で補修した跡も見受けられる。かなりの愛着がある品のようであった。

姫乃はエアロンに対して一言お礼を言い、カチャリという金属音と共に蓋を開ける。年季が入り変色した金属と、真新しい火縄が顔を覗かせ、火打部分は赤黒く変色している。

ああ、これは錆ではない。そう姫乃は直感した。この赤黒さは血。戦場で使い続ける内に染み付いて取れなくなった血だ。どれだけ長いことこの大男は戦場に居たのだろうか。そう考えずにはいられない傷の記憶が、このジッポライターには残されている。

姫乃は右手の親指で火打部分を回転させた。オイルの染み込んだ火縄に着火した火が薄暗い霊園の中で揺らぐ。彼女はそうっと、左手に持つ線香の束に火を移らせ、それを半分エアロンへと手渡した。彼は姫乃がやってくるよりも前に線香をあげ終えていたのだが、何も言わずそれを受け取る。

姫乃は悲痛な表情でジッポライターの先端で揺らぐ火を見つめ、目を閉じると共に蓋を落とした。


「ありがとうございます」


エアロンは姫乃からジッポライターを受け取り、自身の右ポケットへとしまう。ライター以外の膨らみが見受けられるので、恐らくは煙草も一緒に入れているのだろう。

そして二人して墓前へとしゃがみ込み、線香を添えた。その墓石に刻まれている文字は、朝霞家。戒名は全部で4つ。朝霞日夏の両親、弟、そして朝霞日夏自身の名前である。だがこの墓に朝霞日夏の骨は埋葬されていない。理由は単純、遺体の破片すらも発見出来なかった為である。


エアロンと姫乃はゆっくりと目を閉じ、その墓前で手を合わせる。プロテスタント家系に生まれたイギリス人のエアロンであるが、仏教の基本的な所作に淀みはなかった。それが彼の趣味である深夜アニメで得た知識であることを知っているのは、この場ではエアロン本人のみである。

しばらく目を閉じ手をあわせていた2人であるが、どちらともなくゆっくりと瞼を上げる。


「エアロンさん、日本にはいつまで?」


来た時よりも何処か憑き物が落ちたような顔で、姫乃が口を開く。対するエアロンは少し困ったような顔をして姫乃へと視線を向けた。


「それがまだ決めていないのです」


怪訝気な瞳を姫乃がエアロンに向ける。当のエアロンは思案する様な顔ぶりで言葉を続けた。


「ヒナツの殉職後、私は初めてヒナツに、あいつの家族に何があったのかを知りました。そしてたった独り残されてしまった妹さんの事も。知ってしまえば、それまで通り生きるという選択肢は頭から消え失せていました。私には、彼を戦場という地獄に誘ってしまった責任がある。そして、その贖罪をおこないたい」


まるで慟哭するようにエアロンは言葉を放つ。泣いているようで、怒っているようで、切ないようで、そしてどうしようもなく辛そうであった。エアロンのその言葉は何処までいっても自慰的なものであった。贖罪の気持ちも、責任感も、罪悪感も、彼が勝手に感じているだけのこと。遺族の事も間違いなく考えてはいるのだろうが、それは第二位の理由となる。だがその言葉に嘘は一つもない。全てエアロン自身の本心である。であるが故に、姫乃にもそれは伝わっていた。エアロンはその自分の感情が独善的であることをわかった上で、日本までやってきたのだ。

姫乃にエアロンを恨む気持ちが無いといえば嘘になる。だが姫乃自身、その自分の中の感情がただの八つ当たりに近いものだと理解している。これが中学生や高校生であったならばいざしらず、朝霞日夏という男はその弱さも含めて立派に自立している"大人"であったことを、姫乃は理解している。彼が戦場へ赴く事になった直接的な要因はエアロンかもしれないが、そうなることを望んだのは朝霞日夏自身だ。であれば、エアロンを責めることは、姫乃自身が誰よりも愛している男を侮辱することに他ならない。誰かの決定と結果に対し、第三者を断罪するのは、当事者を子ども扱いすることに他ならないからだ。

それに、自身もエアロンと同罪であるとも姫乃は感じていた。彼を引き止めず、彼の為と思い繕い、彼の選択を尊重した。自身が重荷にならぬようにと、間違いなく本心からの優しさの発露であったにせよ、彼と別れ、彼を送り出した。立場は違えど、朝霞日夏がここに居ないことに間接的に関わったのは間違いないのだ。

だから、姫乃はエアロンの辛さが理解できた。救われたい気持ちも理解できた。それが遺族に罵倒されるにせよ、遺族の手助けをするにせよ、エアロンはこのままでは前に進めないということが、本質的に理解できた。この歴戦であろう白人の大男は見た目ほど強い人間ではなく、ただの1人の人間であるのだ。


「……私に貴方に対して何かを言う権利はありません。ですが、貴方の感じている苦しみは理解しています」


姫乃は墓前に置いていた掃除用具を手に取り、踵を返す。姫乃からは見えていないが、エアロンの顔は酷く歪んでいた。


「だから、一緒に行きましょう。どの道秋奈ちゃん、日夏くんの妹さんは英語が話せません」


エアロンは一転して呆気に取られた表情で姫乃の背中に視線を移す。

姫乃はエアロンに対してある種の同情と共感を抱いていた。そして友情と愛情、ベクトルは違えど、朝霞日夏という男を愛しているという点で変わりは無い。だから、前に進む手助けはしてあげたいと心の底から思ったのだ。


「ま、待ってくださいMs.フジワラ。まさか妹さんの元へ?」


少し狼狽えた様な声でエアロンは言葉を発する。姫乃は顔だけをチラリと向け、少し優しげに微笑んだ。


「ここで会ったのは偶然とは思えません。それに、そっちの事情を知って、はいそうですか頑張ってください、と見捨てるほど冷酷な人間でも無いつもりです。どの道貴方のような大男が突然押しかけたら秋奈ちゃんも怖いでしょうし、私と一緒の方が良いでしょうから」


姫乃はそこまで言って歩き出す。エアロンは口を開こうとしてそれを思いとどまる。ここでいかなければ一生後悔し続ける。そんな確信にも近い直感を感じたからだ。黒猫はそれを眺めた後に、街灯の光の中から闇へと消えていく。伸びていた猫の影には、尾が2つあった。

だがそれに気がつくことはなく、エアロンは姫乃の横へ並び、彼女の持っていた掃除用具を優しく手に取る。姫乃もそれに抵抗せずエアロンに掃除用具を渡した。


「ありがとうございます」


「こちらこそ、ご迷惑をかけるのでこれぐらいは」


ペコリと頭を下げる姫乃につられ、エアロンもお辞儀をした。朝霞日夏がC.C.C時代に良くしていた日本人特有の癖であるが、長いことバディをしていたエアロンにもすっかり染み付いている習慣である。イギリス人なのにも関わらず全くよどみのないお辞儀がそれを証明していた。

掃除用具を元の場所に戻し終えた後、2人は霊園を後にする。墓守の居た建物に明かりが灯っていない事から、かなりの時間をこの霊園で過ごしていたようだ。


けやき道を歩きながら、不意に姫乃が口を開く。


「日夏くんの遺体は見つからなかったんですよね?」


エアロンはどう話したものか、少し眉を潜ませるが慎重に口を開いた。


「……はい。1週間以上その場の捜索を行いましたが、何も……。ですので扱いとしては作戦行動中行方不明MIAです……」


先程の様な悲痛な表情を浮かべているだろうと覚悟を決め、エアロンは姫乃の顔に視線を向ける。身長差から口元しか見えなかったが、だが姫乃の口元はむしろ何処か晴れやかなものであった。


「ならきっと、日夏くんは生きてますよ」


エアロンは彼女の言葉に驚き、思わず歩みを止める。二、三歩姫乃は歩みを進めた後に、ゆっくりと振り返った。


「だって御守、渡しましたから」


姫乃は口を開きながら首元から古びた御守を取り出す。日本風の御守。【祈】と刺繍されたそれはエアロンも何度か見たことがあった。朝霞日夏がドックタグと一緒に括り付けていたもの。

だがそれ以上にエアロンは姫乃の顔に釘付けになっていた。思わず口を開こうとするが、本能的にそれを思いとどまる。今度は幻覚などではない、エアロンはそう確信する。

薄暗いけやき道。心許ない人工灯が薄っすらと照らす田舎の夜。藤原姫乃の瞳が酷くはっきりと緑色の光を伴っていた。



■階級の呼称


逸脱者‐生物の枠を大幅に離脱し、世界の理からも逸脱した存在。

オイフェミア・アルムクヴィスト。レティシア・ウォルコット。アリーヤ・レイレナード。IFSGの代表。連合女王国の逸脱者。ケティ・ノルデリア。


上位者‐通常の存在とは一線を画す稀有な実力者。実質的には通常戦力の中で最強の存在。

ベネディクテ・レーナ・ミスティア。キルステン・レイブン・ミスティア。アリシア・レイレナード。シキ・ソライ。ゼータ。カミーラ・ケリン・クウェリア。


英傑者‐通常の生物の枠組みから少しだけ外れた実力者。

上位妖精。ゼファー・ミフェス。ラグンヒルド・オルセン。


熟練者-通常の生物の枠を外れていない存在の中では最高レベルの存在。熟練の古兵など。


一般者‐一般的な存在。一般的な地球人類とほぼ変わらない。


■設定

これらの階級の間には大きな隔たりが存在する。レベル差とも言いかえられるかもしれない。だがこれらは単純な強さの指標ではない。

例えば朝霞は英傑者クラスにも身体能力は劣るが、知識と技量、そして前準備をフル動員すれば、上位者レベルの殺傷は可能である。これは銃の性能を含めての評価であり、お互いに準備した状態、かつ1on1なら対抗できる可能性は低くなる。

バレットm82などを用いた超長距離狙撃なら逸脱者の殺傷も可能な射撃技術を有しているが、上記同様奇襲でなければ万が一にも勝ち目は無いだろう。

つまりこれらは技量などを考慮しない純粋な身体性能の指標である。

例えばオイフェミアは近接戦闘能力では村娘にすら劣るため、理論上接近し奇襲できれば一般者でも勝ち目がある。だがそもそもオイフェミアに気取られず接近する事自体がどうやっても不可能なためそれは妄想に過ぎない。


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