Act9_恋慕のメイデン

Date.日付09-August-D.C224D.C224年8月9日

Time.1100時間.11時00分

Location.所在地.Kingdom of Mystiaミスティア王国|-The Royal Capital

Duty.None任務.無し

Status.Green状態.平常

|Perspectives.Vesper Almqvist《視点.ヴェスパー・アルムクヴィスト》


相変わらず王族らしくない部屋だ。部屋を見回してそう感想を抱く。家臣の法衣貴族共がチョイスした高級家具や調度品何かは置かれているが、そこに彼女の色は存在しない。まあ昔から活発でありながら冷静であったベネディクテだ。そういった物に興味を持たないのは至極当然に感じる。

ここはミスティア王城の一室、第一王女ベネディクテ・レーナ・ミスティアの居室だ。公爵領に戻る前にこなしておきたい仕事が幾つか残っており、少し待ち時間が発生したためベネディクテの部屋にお邪魔している所である。男が女の部屋に…、そういう連中もいるだろうが僕とベネディクテは生まれて以来ずっと関わりのある従兄妹である。最早そんな事いまさらであった。それは王家に使える使用人たちの間でも周知の事実であり、僕がベネディクテの元を訪れることに対して何かを噂するものは少ない。

ベネディクテの近衛隊の隊長であるラグンヒルドが淹れてくれた紅茶を楽しむ。相変わらず美味しい。連合女王国産の高級茶葉が良いのもあるが、ラグンヒルドは使用人としても一流である。恥ずかしながらアルムクヴィストの使用人でここまで美味しい紅茶を淹れられる者はいないだろう。まあそもアルムクヴィスト領は傭兵稼業で大きくなった背景を持つ。必然好まれる嗜好品は紅茶よりも煙草であった。お陰で今では煙草の名産地でもあるのだが、生憎と僕は煙草を吸わない。妹のオイフェミアは魔力補給も兼ねてたまに魔香草の煙草を嗜んでいるのだが、普通の煙草はあまり好きではないようだ。だがここ数日の彼女を見るに普通の煙草にも興味を抱いているようだった。何か心変わりする要因があったのだろうか。考えればすぐにあの男傭兵が原因だと思い至る。アサカ・ヒナツという異世界よりの客人。あのオイフェミアが懐き、わざわざ面倒を見ている男というのに兄の僕としては興味を抱く所ではある。別に品定めをするつもりはない。そもそも人を見る目においてオイフェミア以上の存在なぞいないのだから。ベネディクテもアサカの事を気にかけているようであるし、どうやってあの2人を落としたのだろうか。身内である僕が言うのも何だが、彼女たちは少し難儀な性格なのは間違いない。第二王女のキルステン・レイヴン・ミスティアよりはわかり易い性格をしているが、一般人からすれば僕も含めて王家に纏わる人間の思考形態は意味不明だろう。まあそもそもの自力が圧倒的に違うのだから当たり前であるのだが。

とりあえずは目の前にベネディクテがいるのだし、そのアサカとやらについて色々聞いてみる事にしよう。


「ベネディクテはアサカの事が好きなのかい?」


ベネディクテが飲んでいた紅茶を文字通り吹き出す。対面にいた僕はそれの直撃を受ける訳だが、まあそれはいい。火傷しなくて良かった。ラグンヒルドが差し出してくれたハンカチで紅茶を拭う。ベネディクテも気管に紅茶が入ったようでむせていた。普段は嫌になるくらい冷静で冷淡なのに、自分自身のプライベートな核心をつかれた時だけこうなるのは昔から変わらない。政治やら戦闘やらが少しでも間に入ればそんなことは無いのに、不思議なものである。まあ完全無欠な人間など存在しない、そこが彼女の可愛らしい所だ。


「い、いきなり何を言い出すのだヴェスパー兄!」


明らかに目を泳がせながらベネディクテがそう叫んだ。全くもってわかり易い。本当に公人として切り替えた瞬間"白淡姫"と呼ばれる程に冷静、冷淡になるのが真不思議である。


「だってベネディクテが男を気遣ってあれだけ手を回すなんて今まで無かったじゃないか。それに謁見の場で吠えていた地方の弱小貴族猿共にモンストラ戦線での軍役を命じたらしいじゃないか。そこまでそんなことをするんだから、惚れたのかなって思ったんだけど」


「それは母上の前であんなことをする奴には相応の報いがあるべきだと思っただけで…」


妙に歯切れの悪いベネディクテはそこで言葉を区切った。ニヤニヤとした表情を浮かべながら、無言で続きを待つ。不機嫌そうな視線を一瞬向けつつも、彼女は口を開いた。


「いや…実際のところはわからないのだ。この感情がヴェスパー兄の言うような恋なのか、判別がつかん」


「まあ17歳で未だに処女だからねぇ。そりゃ初恋の自覚もまだか」


「うるさいわ!」


ベネディクテがテーブルに置かれていた布巾をぶん投げてくる。僕の顔面に命中したそれは、ぽとりと膝上に落ちた。茶化してしまったが、まあ言葉を続けやすい環境は作れただろう。陶磁器なんかが飛んでこないで良かった。逸脱者には届かないにせよベネディクテが本気で投げたティーカップが当たろうものなら重傷は免れないに違いない。そして僕の思惑通りに彼女は言葉を続ける。


「些か腹が立つが、まあそうなのだろう。この感情が恋慕なのか、亡き父上を重ねた憧憬なのかは分からない。だがアサカを見ているとなんだか手放したく無いと思えるのだ」


それはきっと恋だよ、と伝えるのは野暮だろう。今しばらく見守って、彼女自身で自覚できたら背中を押してやるくらいが丁度いいだろうか。


「なんでそういう感情を抱いたんだい?」


そう問いかければベネディクテは顎に手を置き思考に入る。王家一族のわかり易い癖だ。オイフェミアも僕も良くする癖。しばしの間を置き彼女が口を開く。


「一番は"助けられた"から、だろうか。その後アサカと喋ったときに『ああ、気取らない奴なのだな』とそう思った。あいつは気さくで冗談も通じ、実力もある良いやつだ。だけど私はあの男の心の底にはもっと別の感情があるように感じた。そしてそれを知りたいと思った」


「別の感情?」


「そうだ。なんと言えばいいのだろうか、深い悔恨という言葉が一番しっくりとくる。人を殺すことには何の躊躇いもないようだが、それは私達も同じであろう?お家の害となる者は例え幼子だろうが殺せる。だがアサカが時折何かを悔いているように私には見えたのだ。逸脱者ノルデリアをも退けられるあの男が、何を悔いているのか、私は近くで知りたいし、私にどうにかできる事ならば、命を救われた恩返しとして助けてやりたい」


ベネディクテの真紅の瞳が僕を見据える。そこには何にも増して真剣味が伴っており、彼女の心情が浮き出ているようだった。なるほど、『自分たちをも助ける事のできる強い男が抱く悔恨に興味を抱いた』か。まあ些か恋の理由としては不思議に感じるが、元より我ら血族は変わり者が多い。そういうこともあるのだろう。僕も今の婚約者に興味を抱いた理由は背中の傷であったし。普通の恋であれば『興味』を抱いて関わっていく内に相手が愛おしくなるものだが、ベネディクテの場合はそれが逆だっただけだろう。『自らを助けた』という強烈な印象と好意を先行して抱き、その後興味を惹かれる要素を知ったのだ。まあつまり何が言いたいかと言えばこの先どう転ぶかはまだ未知数だということだろうか。しかしあのアサカという男に自覚できる程の恋慕を抱くのだろうなという核心が僕にはあった。だって人の心を覗き見れるスーパー可愛いくて天才な妹のオイフェミアが好意を抱いている男だぜ?強い女であればあるほど、強くて若干の弱さを持つ男に惹かれるのだろう。男の僕には良くわからんが。


「ところでオイフェミアもアサカさんに惚れてるみたいだけど、その辺はどうするの?何かあったら僕の使えるもの全てを用いてオイフェミアに味方するけど」


「物騒な事をいうなヴェスパー兄。お前のそれは洒落にならない。心配せずとも問題はないよ。アサカにこのまま武功をつませて、貴族位を与える。その後は私とオイフェミアで共同の愛人とする予定だ」


恋慕かどうかわからんと言っていた割には随分と現実的なプランを考えているじゃないか。女というのは恐ろしいと内心苦笑する。なるほど、そういった思惑があって王家公認の傭兵に仕立て上げたのか。戦略の天才と称される一端が垣間見える。まさか愛人作りでその才を見るとは思っていながったが。まあ血族たる僕としては、アサカの感情よりもオイフェミアとベネディクテの笑顔が優先なのでその辺はどうでもいいのだが、オイフェミアもベネディクテも無自覚に嫉妬深い。その辺は上手いことフォローしてやったほうが良いだろうか。流石に愛人問題で血族同士の殺し合いは御免被る。ふむ、オイフェミアの為と思って言わなかったが、寧ろベネディクテに伝えた方が良さそうだ。


「そういえばオイフェミアなんだけど」


「ああ、気がつけば正午だな。今日も昼食を取りにくるのか?」


「いや、実は今朝方ウキウキ顔でディメンションゲートを潜ってアサカの元に行っているよ。なんでも設置した永久氷結の様子を見るとかなんとか」


「なんだと…?」


ベネディクテの声のトーンが一段階下がる。一般人が見れば竦んで動けなくなるだろう目でもって僕を見据える。だが長年ともに遊んできた仲だ、今更それで怯むほどやわじゃない。


「ラグンヒルド、馬を用意しろ。ゲートはオイフェミアの屋敷だったな。直ぐに向かうぞ」


「殿下!?午後は書類仕事が残っております!」


「ならば書類を纏めてもってこい。場所はどこでも良いだろう」


そう言ってラグンヒルドがサンクチュアリ王家に伝わる特大剣を持って部屋から出ていく。部屋に取り残されたラグンヒルドに恨めしそうな目を向けられたが、どこ吹く風とそれを流した。やっぱりぞっこんのようである。ベネディクテ、それは恋だよと内心つぶやきつつ、ティーカップに残った紅茶を飲み干した。



Date.日付09-August-D.C224D.C224年8月9日

Time.1500時間.15時00分

Location.所在地.Kingdom of Mystiaミスティア王国Ammunition depot弾薬庫

Duty.None任務.無し

Status.Green状態.平常

|Perspectives.Euphemia Almqvist《視点.オイフェミア・アルムクヴィスト》


アサカは黙々と銃の手入れをしている。その近くではベネディクテが机を何処からか持ち出して書類仕事をしている。私はアサカの銃の整備を何をするわけでもなく眺めていた。昔からそういうのを見るのは好きだった。アルムクヴィスト領の鍛冶屋に顔を出して8時間近くただ眺めていた事もある。後で聞いた話では公爵の娘にずっと監視されていると気が気でなかったらしい。今思えば申し訳ない事をしたと思う。

今この場にはそれなりの人数が居た。私とベネディクテ、ラグンヒルド、それにアサカの弾薬庫の警護を命令した特別部隊の面々。ゼファーを筆頭に私が信頼する部下で構成しているその部隊は、雑多な貴族軍程度であれば難なく成敗できるであろう練度を誇っている。とはいってもアサカよりは圧倒的に練度も実力も劣るだろう事は間違いない。というかアサカより練度が高く実力が高い人間の方が少ないだろう。報告ではリカント相手に格闘戦を行い、無力化したとのことだ。しかも獣変貌し膂力が人間の5倍となったリカント相手にだ。これがエンハンサーや魔術による肉体強化を行っていてなら理解できる。だがアサカは魔力技術は一切扱えないと言っていた。そもそもアサカの世界では魔力や魔術なんかが空想上の存在らしいという話を聞いた。その分銃や"自動車"などの科学技術が発展した世界らしい。私からすれば魔術も魔力も存在しない世界など想像もつかない。こちらの世界で明かりと言えば魔石灯という魔力石を媒体にした魔道具がメジャーなのだが、アサカの世界では"電気"というものを用いる電灯やLEDといった光源を用いるそうだ。実物も見たことがある。というかこの弾薬庫の天上に取り付けられていた。本来であれば"発電機"で電力を供給しなければ使えないらしいのだが、なんと私の魔力を媒介にして電気を発電させることができたのだ。

つまりはこうだ。弾薬庫に残されていた科学紙をアサカに読ませてもらい、電力についての概要を理解する。次にアサカから"ガソリン式発電機"の事を教えてもらう。といっても彼はそういったものの専門家ではなく、やはり傭兵であるようで、そこまで詳しいことは知らないようだった。しかし現物があれば話は別。アサカに教えてもらったことを知識として吸収しつつ、現物を確認してさらにその理解を深める。そうすれば然程難しい原理のものでは無かった。要するにエンジンと呼ばれるパーツで発電体を回せば電力は発生させることができるということだ。ならば魔力をガソリンの変わりにしてしまえばいいと、そう思った。そも魔術には雷撃系と呼ばれる、魔力をアサカの世界で言うところの電気エネルギーに変換する系統が存在する。故に別世界の理であっても理解がしやすかった。だが雷撃系魔術をそのまま用いる事ができないのも同時に理解できる。そのため回りくどいやり方だが発電機のエンジン部分を魔力で回すという方法を選択した。繊細な魔力供給が必要であったが、結果は成功。思惑通りエンジンを回転させ電力エネルギーを発生させることができた。それを見ていたアサカが発電機を繋いでくれ、私は電気の光をみることができたという訳である。とはいうものの現状のやり方では、普通の魔術師だと魔力供給が繊細すぎて到底無理だと思う。自分で言うのもなんだが私だから上手くできたのだろう。私の他だとできそうなのはレティシア・ウォルコットとアリーヤ・レイレナードの2人だろうか。つまりは逸脱者クラスの人物にしかできなさそうということ。

だがアサカの世界の発想や学問はとてもおもしろい。あの科学紙を読んだ限りであるが、特に元素という考え方には驚かされた。向こうの世界とこちらの世界の技術を融合させることでさらなる魔術の発展ができるかもしれない。まあ悪魔的なものが出来上がりそうではあるが。


だがここ数日アサカと会話していて一番驚いた事は彼の世界の歴史であった。なんでも二度にも渡り全世界の主要国が陣営に別れてぶつかり合う大戦争、世界大戦が起きているというのだ。彼の生まれ故郷もその世界大戦に参加し、そして二回目の戦争で敗れたのだという。正直に言えば私達の価値観では大凡理解できない。そもこの世界の全てなど誰も把握していないのだ。ミスティアやフェリザリアの存在するザールヴェル世界以外の国家など殆ど知らない。シルクロードを渡って時折やってくる流れの武芸者や商人から聞いたことはあるが、実際にどのような国なのかは見たこと無いのだ。故に世界の裏同士の国が戦うなど想像もできるはずがない。ただ私達の常識を超えるような悲惨な戦場であったのだろうことだけは理解できる。銃やそれ以上に強力な兵器が存在する世界での戦争など想像もしたくなかった。

アサカが銃の整備が一段落したようで大きく伸びをする。パキパキと子気味の良い音がする辺り、相当集中して作業していたようだ。


「お疲れさまです。終わったんですか?」


「ああ終わったよ。やっぱりあのリカントの蹴りを防いだだけあって、バレルが少し歪んでた。まだ小銃はあるけど、できれば使い捨てたくないからね。なんとかなって良かったよ」


そう言って彼は苦笑を浮かべる。確かに彼の生存に直結する銃のメンテナンスは必至事項なのだろう。だがリカントの蹴りを防いでも歪んだだけで済むということはかなり剛性が高いようだ。逆に言えば金属製の銃を歪ませるリカントの蹴りがどれだけの威力を持っているのかという話である。話を聞くにアサカはリカントの膝部分に銃をぶつけて防いだようであるし、それでそれだけの衝撃とは。人間でもマッスルベアーや魔力放出を組み合わせれば同じ様な威力を出すことも可能だろうが、それを己の肉体のみで行えるのは人族だとリカントしか存在しない。まあつまりはそんなリカントを格闘戦でしばけるアサカも大概バグであるということだ。


「終わったのか、こちらもあと少しで片付く。小休止にでもするか」


ベネディクテ首を回しながらそういった。いやそもそもなぜ貴方はここで書類仕事をしているのですか。ラグンヒルドも微妙な顔をしているし。だがそんな表情をしていても直ぐにお茶の準備を始める辺り、よくできた使用人でもある。彼女は剣の腕も良い。そして家に帰れば母親だ。私達はアサカのテーブルに集まる。先程まで銃の細かいパーツが散らばっていたが、今はスッキリと片付いていた。


「それにしても銃というのは部品が多いのだな」


「確かに、剣や弓に比べれば多いだろうねぇ。構造としてはそんな複雑なものじゃないんだけど」


「そうなのですか?」


「うん。要はこのトリガー部分と弾のケツを叩く撃鉄が連動して弾丸が発射される機構さえあれば成立するから。俺が使っている様な銃は自動連射可能な事もあって、それよりもちょっとだけ複雑だけど。もっと原始的な銃だと火縄や火打ち石を使って着火するのもある」


「やはりその銃は最初からその様な形だった訳じゃないのだな。私達の用いる武器といえば槍や剣、そして弓だ。それらは多少の差はあってもあまり変わらない物だからな」


私達の世界で大きく変わった兵器と言えば魔術だろうか。正確にいえば兵器ではないが、軍用魔術はその黎明期から大きく姿を変えている。最初にできた攻撃用魔術は手元に大きな炎を発生させるものだったと言われている。今でもその魔術は大発火と呼ばれ特に近接型の魔術剣士のメイン火力として重宝されているが、それから様々な魔術が開発され使用されてきた。特に戦争を変えたのはディメンションソード等の50mクラスの射程を持つ魔術の登場だろうか。まあそれらは一部の上位魔術師にしか扱えない代物であるが、長射程、高火力の魔術の登場は戦術を一変させた。


「確かに言われてみれば出始めから最も見た目の変わった武器かもしれないなぁ。兵器という枠になれば黎明期と現代を比べるとマジで別物になっているものは多いよ」


そんな話を聞きながらラグンヒルドが淹れてくれた紅茶を楽しむ。親友の部下を引き抜くつもりはないが、ゼファーあたりに紅茶の淹れ方を教えてくれないだろうか。私は美味しいものが大好きである。軍役などで遠い街に赴く際には必ず現地のグルメを食べ尽くす程度には美味しいものが大好きである。そういえばアサカにも好物などはあるのだろうか。別に特筆した理由があるわけではないが知っておきたい。別に特筆した理由があるわけではないが。ないが!


「話は変わりますけどアサカの好物はなんですか?」


「食べ物?あー、あさりの酒蒸し」


「あさりの酒蒸し?なんだ、それは?」


私も聞いたことのないものであった。故郷の郷土料理か何かだろうか?


「そっか。文化的にヨーロッパに親しいだろうし無いよなぁ。あさりっていう貝を酒で蒸し焼きにした料理。酒の肴に丁度いいんだわ」


「酒…?ワインとかか?」


「いや俺の故郷で作られている日本酒ってお酒。ワインとか果実酒ではつくらない…と思う」


「そうなのか…。そもミスティアでは貝は食わないからな。この国で作るのは難しそうだ」


「そっかぁ…」


しょげた顔をしたアサカを見て変な気持ちが湧き上がる。なんだか良くわからんが、多分これはいかがわしい感情だ。顔に血が集まっていくのを感じて、そっぽを向く。それは置いておいてもアサカの好物が作れなさそうなのは残念だ。いや、別に作って彼に振る舞おうとか考えていた訳では有りませんけどね?ありませんけどね?その時脳内にピコンと妙案が浮かんだ。顔の血が引くのを待ってから言葉を発する。


「今度時間取って皆で王都の美味しいもの食べましょう!王都は内陸ですけど、氷系魔術で輸送された魚なんかもとても美味しいのです!兄さんやレティシア、キルステンも呼んで皆にアサカの事を知ってもらういい機会になると思うのですよ。ラクランシア叔母上は立場的に難しいでしょうが…」


これがなせれば美味しいものを食べれて、ミスティアの有力者にアサカがどういう人間かを理解してもらえるまたとない機会になると思える。要するに私とベネディクテの思惑を更に実現しやすくなるわけだ。最早私とベネディクテがアサカに気をかけているのは周知の事実であるので今更どうこう言われても問題はない。ベネディクテに目を向けてみれば顎に手を置いて考えているようだった。


「…良い案だ。アサカが嫌で無ければ是非執り行いたい」


その顔には打算がありありと見て取れる。上手く取り繕っており、一般人であればその変化には気がつけないであろう小さな変化であるが、私は貴族社会でその辺りの感性は鍛えられている。特に人の感情や思考の機微には敏感であった。そして彼女が考えている事は私と同じであろう。

だがそれと同時に少し気にかかる事もあるようだった。付き合いの長い私はそれが何かなんとなく理解できる。きっと第二王女でありベネディクテの妹であるキルステンの事だ。表立って関係の悪い訳ではない彼女達だが、ベネディクテは妹にある種の劣等感を抱いている。だがキルステンの特殊な魔術適正の為第二王女が次期女王となることはほぼ無いだろう。まあそれもベネディクテの劣等感を助長する一因なのだが。


「勿論断る理由なんてないさ。2人が良いなら寧ろ是非お願いしたい。オイフェミアのお兄さんには謁見の場で庇ってくれたお礼を言いたかったんだ」


私とベネディクテの顔に微笑みが浮かぶ。礼というのは時間が立てば立つほど言いづらくなるというのに大したものだ。私がアサカを好く理由は、こういう所にあるのだと思う。勿論思考閲覧によって大凡の性格を把握できたのも大きいが、こういった『強者なのに傲慢ではない』ところは大変好ましいと感じる。人間どうしても力を持てば増長するものだが、彼にはそれが一切ないのだ。


「ではアサカの次の仕事が終わり次第開くことにしよう」


ベネディクテがそういう。するとアサカの表情が幾分か引き締まり、兵士としての色が濃く浮かんだ。


「決まっているのか?」


「ああ。次の仕事はレティシアからの依頼だ。『モンストラ戦線を確認し、戦況を分析してほしい』のだそうだ」


「分析?」


「そうだ。別世界の兵士であるアサカの意見を聞きたいのだそうだ。それに際して少し偵察行動を行ってもらう事になるだろう。いけるか?」


アサカは少し考え込む様な仕草をする。数秒の思考の後に口を開いた。


「生憎本職の参謀でも戦術家でもないから大した意見を言えないかもしれないけど、それでもよければ。偵察に関しては問題ない。やり慣れている」


「敵は人族ではなく魔物や魔族だ。気をつけたほうが良い」


「了解、可能ならあとでそういった存在の資料が欲しい。どんなのがいるかとか分かるとプランニングしやすいからね」


できることなら彼に着いていって仕事を助けて上げたいが、それではアサカ・ヒナツの功績ではなくオイフェミア・アルムクヴィストの功績と上書きされてしまうことは言うまでもない。ネームヴァリューというのは便利な事もあるが、それと同時に足かせにもなりうる。まあそれを除いても私はそうフットワーク軽く動いて良い人間では無いのでどちらにせよ実現はしなさそうなのだが。あ、そう言えばアサカに渡すものがあったのだった。


「すっかり忘れてました。アサカ、これを身につけていてください」


「これは…ピアス?」


私はアサカに"通話のピアス"を手渡す。50000ケヴェルザールヴェル世界での通貨(日本円で500万円ほど)魔道具だが、まあ無駄にならない出費であろう。きっと兄さんなら許してくれる。あの人は存外私に甘い。

それを見てベネディクテが驚くような表情を浮かべた。いや実際驚いている。まあ当たり前だろう。


「ええ。アサカが前話してくれた無線機と同じ様な効果のある魔道具です。ただ一対で固定の通話となるので融通は効きませんが。片割れはほら、私が付けてますので何かあれば連絡してください。このピアスを意識して、連絡相手を思い浮かべれば念話が行えますので」


「すげー!念話とか子供の頃憧れてたんだよなぁ。オイフェミア、マジでありがとうね」


実に嬉しそうな顔を浮かべ、アサカがそういった。思わず私もニコニコしてしまう。そうしているとベネディクテもアサカに対して通話のピアスを差し出した。


「なら私も!…私からも渡しておこう」


どうやらラグンヒルドが身につけていた物を渡したようだ。普段であれば全力でラグンヒルドは止めに行く側だと思うのだが、今回はどうしたのだろうか。まあとはいえ私達2人で通話できるようになったのは仲を深めるのに丁度良い。私達はライバルではなく協力者なのだ。


「ベネディクテもありがとう。何かあれば連絡させてもらうよ」


少し焦ったような表情を浮かべていたベネディクテだが、アサカの言葉でへにゃっとした表情を浮かべる。いつも凛とした彼女にしては随分と珍しい顔だ。同性から見てもかわいい。それを見て思わず私もニコニコとしてしまった。

弾薬庫で過ごす午後の時間は過ぎていく。そろそろベネディクテも仕事を再開する時間であろう。今後の楽しみが幾つか増えた事に対し、わくわくとした気分を懐きつつ紅茶を飲み干した。

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