Act7_収束のララバイ

Date.日付02-August-D.C224D.C224年8月2日

Time.1100時間.17時00分

Location.所在地.Kingdom of Mystiaミスティア王国-Temporary camp仮設陣地

Duty.Reinforcements任務.増援

Status.Green状態.平常

|Perspectives.Leticia Wolcott《視点.レティシア・ウォルコット》


黄昏が世界を侵食していく。未だ沈みきらぬ太陽は、だがしかしその熱を弱め、夜の訪れを示唆していた。壊滅状態という追加報告を道中得ていた為それなり以上の地獄絵図を想定していたのだが、中々どうしてアルムクヴィスト軍の将兵たちの士気は旺盛であるようだ。

それはオイフェミア、ベネディクテ両殿下の求心力によるものか、はたまた救世主として現れた件の傭兵によるものか。何れにせよ散り散りに敗走していても可笑しくない大損害を受けたとは思えぬほど仮設陣地の兵員の顔色は悪くない。だけどそれはきっと悪いことだ。つまりは友人仲間の死を悲しむ余裕もないということの裏返しでもあるのだろう。長きに渡り戦場に身を置いて、心が麻痺しているのだ。それはわたくし達も同様であるため他人事ではないのだが。

到着して事態の把握と配置交代を終えた後、ベネディクテ殿下へとラクランシア女王陛下の意向を伝える。すればバツの悪そうな顔を浮かべ何処かへと消えていった。きっと件の傭兵を呼びに向かったのだろうが、素性の知れぬ者に直接王族が声をかけに行くなど彼女の部下が騒ぎそうなものである。だがベネディクテ殿下の近衛隊の面々は皆平静なようだった。これはきっとオイフェミア殿下がその傭兵とやらを信頼しているからに他ならない。ベネディクテ殿下とオイフェミア殿下は従姉妹という関係以前に絶対の親友同士だ。つまりはその部下たちも双方の人格や実力をよく把握しているということである。他人の心が勝手に見えてしまう事なぞ勘弁願うが、この時ばかりはオイフェミア殿下の異能を羨ましく思った。仔細を説明しなくとも部下が意図を汲んでくれるなぞどれだけ楽なことか。だがこの思考はオイフェミア殿下に対する侮辱に他ならない。彼女はそれ以上の苦しみを受けここまで生きてきたのだ。自身の至らぬところを身勝手に羨望するなぞ愚者の行うことであろう。

現在は陣地に設営された指揮キャンプで待機している状態だ。側には私の部下2名とオイフェミア殿下、そして殿下の近衛隊の騎士1人が詰めている。


「まさかレティシアが増援として着てくれるとは、驚きました」


手にしていた紅茶のカップを置き、オイフェミア殿下が声をかけてくる。言葉とは裏腹にその表情は平静そのものであった。


「御冗談を。わたくしの行動も、女王陛下の思惑も想定の範囲内でしょう」


「まあ、そうですね。この後は報復行動を行うつもりですか?」


「いえ、まずはベネディクテ殿下とオイフェミア殿下と共に王都へ帰還し、戦闘報告会へと参加致します。その後内容如何ですが、まあ十中八九報復行動は行われるでしょう。手始めに村を1つか2つ、そして国境砦を壊滅させることができるれば上々の戦果でしょうか」


自分でも物騒な事を言っている自覚はあったが、報復行動としてはこれぐらいせねば他国に舐められる事は言うまでもない。とりあえず村を襲撃して女どもを皆殺しにし、男を強奪するのは必須事項であろう。他国の領域を侵犯し、人を殺したのだ。向こうもそれくらいの覚悟はしている。まあ襲撃される村々の連中には同情するが。


「それが妥当でしょうね。ですが気をつけてください。向こうの指揮官は逸脱者ノルデリアでした」


「問題ありません。そのためにわたくしへ勅命が下ったのです」


話していればテントの外から複数の足音が聞こえてくる。ベネディクテ王女殿下が戻ってきたのであろうか。


「遅れた。変わりないか?」


そういってテントへと入ってくるのはやはりベネディクテ王女殿下であった。その後ろには長身の男が1人続いている。黒のベレー帽に橙色のメガネのような物。シミひとつ無いYシャツ、真っ黒なスラックス。右足部分には見慣れぬ鞘の様な物を装着している。そして一番に目を引くのは首から下げるようにして保持している弦の無いクロスボウのような物。これが件の傭兵であろうか。

自分の想像とは180度異なった見た目に若干の驚きを抱く。もっとこう筋肉旺盛な肉達磨か、純魔術師然とした男をイメージしていたのだが、その格好以外は存外普通である。この辺りでは見かけない人種の人間ではあるが、それ以外に特異な事はあまり感じられない。強いていえば纏う雰囲気がわたくしやベネディクテ王女殿下と同じ戦士としてもものだということくらいか。まあ男性という時点で充分に特異なのだが、わたくしの想像よりは余程まともな外見であった。


「アサカ、その格好はどうしたのですか?」


オイフェミア殿下がそう問いかける。言い草的に普段していた装いとは異なるのだろう。まあだと思った。その服ではあまりにも戦いづらかろう。


「あー、ベネディクテから謁見だと聞かされてね。礼服の方が良いのかなって思ったんだけど、不味かった?」


それ礼服なのか。私達の常識にある礼服よりも大分落ち着いたデザインの様に感じる。恐らくは文化の方向性の違いだろうか。


「いえ、問題ありません…。どの道謁見の間に武器や防具を身に着けて入ることは許可されませんから…」


少し歯切れの悪いオイフェミア殿下に視線を向ければ、若干頬を赤らめて下を向いていた。ほほう、これは面白そうである。事情はつかめないがオイフェミア殿下はこの男傭兵に気があるのだろうか。そういえば男傭兵はベネディクテ王女殿下の事も呼び捨てにしていた。あの王女殿下が他者、それも男に敬称で呼ばぬ事を許可するなど今まで殆ど無かった事だ。例外はわたくしやオイフェミア殿下の兄君、ヴェスパー公爵くらいであろう。つまりベネディクテ王女殿下もこの男傭兵に気を許しているということになるのだろう。珍しいこともあるものだ。

男傭兵の視線が私とぶつかる。彼は軽く会釈をするとオイフェミア殿下へと視線を向けた。その会釈から感じられたのは貴族としての作法では無く、労働の延長線の様なもの。


「レティシア、紹介します。こちらはアサカ・ヒナツ。我々を窮地から救ってくれた異世界人です」


眉を動かし、それに少し驚いた。なるほど異世界人ときたか。オイフェミア殿下がそういうのならばそれに間違いは無いのだろう。まあ起こり得ないことでもない。実際魔神どもは深淵アビスを通じて異世界より溢れ出てくる。人間が1人流れ着いたとしても然程不思議なことでも無かった。


「アサカ、それでこちらが…」


オイフェミア殿下のパスを受け席を立ちその言葉を続ける。


わたくしの名前はレティシア・ウォルコットと申します。若輩ながらウォルコット侯爵家の当主を務めさせていただいております」


「これはご丁寧にどうも。先に紹介に預かった朝霞日夏です。元いた世界では傭兵の様な事をしておりました。えっと…」


「レティシアで構いません」


「どうも。レティシアさん、宜しくおねがいします。俺のことは気軽に朝霞と呼んでください」


「受けたまりましたアサカ様」


アサカに対し貴族の流儀で一礼を行う。アサカも労働の延長線の様な堅い返礼を返してくれた。何処かそれが可笑しくて、思わず吹き出しそうになるのを表情筋に力をいれて抑え込む。


「アサカ、レティシアはミスティア第三位の貴族、ウォルコット侯爵家の現当主だ。それにオイフェミアと並ぶ我が国のリーサルウェポン、逸脱者の1人でもある」


ベネディクテ王女殿下がそう補足説明を行ってくれる。改めて自らの評価を聞くと少しむず痒いが、それが事実であることはわたくし自身が最も理解していた。

アサカは少し驚いた様な顔でわたくしの顔に目を向ける。


「ほえー。高貴な生まれで強くて、加えてめっちゃ美人なんて凄いっすね。ベネディクテもオイフェミアもそうだけど、まんま御伽噺や創作世界の住人だ」


美人と言われ、思わず面を食らった。なるほど、オイフェミア殿下が顔を赤らめていた理由が理解できる。あの存外初な天才の事だ、そんな褒め言葉でころりといかれてしまったのかもしれない。

ベネディクテ王女殿下は少し眉を顰めて不機嫌そうな表情を浮かべた。嫉妬だろうか。無自覚に独占欲の強い王女殿下もどうやらアサカにご執心のようである。というか王家の血族は全体的に無自覚に独占欲が強い。ラクランシア女王陛下の婿に手を出そうとした法衣貴族の末路は悲惨であった。

実力が真であれば感情をストレートに出すその性格は好みなのだが、手を出すのはやめておいた方が良いかもしれない。色恋沙汰のもつれで友人を失うのは勘弁であった。


「ふん。とりあえず明朝、オイフェミアのディメンション・ゲートを用いて王都へと移動するぞ。人員はアサカ、オイフェミア、レティシア、ゼファー、ラグンヒルド、そして私の6名だ。他のものは待機しフェリザリアの動向を監視する。異論は?」


ベネディクテ王女殿下の言葉に誰も異を唱える事は無かった。強いて言うならば我々が不在の間に事が起これば面倒ということぐらいだが、まあ問題は無いだろう。私やオイフェミア殿下ほどでは無いにせよ、複数の実力者が参陣している。例えノルデリアが襲来しようとも我々が戻るだけの時は稼げる筈だ。


「無いようだな。では各々準備を頼む」



Date.日付03-August-D.C224D.C224年8月3日

Time.0800時間.08時00分

Location.所在地.Kingdom of Mystiaミスティア王国|-The Royal Capital

Duty.Audience任務.謁見

Status.Green状態.平常

|Perspectives.Hinatsu Asaka《視点.朝霞日夏》


目の前の景色に対する感想をなんと表現したものだろうか。兎も角生まれてこの方一番の興奮を覚えている事には間違いない。大規模な城郭都市、それがミスティア王国の王都であった。星型要塞の内部に大規模な都市が内包されている、生きたファンタジーの街並みである。だがしかし火砲が存在しない世界だと思っていた為、星型要塞が存在している事に驚きを抱く。

星形要塞は別称イタリア式築城術とも言われる。火砲に対応するため15世紀半ば以降のイタリアで発生した築城方式の要塞であるためだ。中世に見られた垂直で高い城壁を持つ円形の城塞は、火砲の普及後、その脆弱性が露わになった。一方、星形要塞は多くの稜堡を持ち、それぞれがお互いをカバーするように設計されている。つまり火砲技術が発展した故に考案された防衛拠点なのだ。日本だと北海道は函館の五稜郭などが有名だろうか。

そんなものがこのファンタジー世界に存在している。つまりは火砲と同様に運用される兵器体系が存在していることを示唆しているに他ならない。ではそれはなんだろうかと考えた時、真っ先に浮かぶものは魔術であった。初めて見えた時にみたオイフェミアの魔術を思い出す。あれは例外中の例外であるにせよ、弓などよりも遥かに高性能な火力が存在する世界であれば、この様な城郭都市が生まれる事も不思議では無いのかもしれない。だがしかし維持費に莫大な資金が必要そうな都市だ。各稜堡の整備から何までコストが馬鹿にならなそうである。だがしかし有事の際には首都全体が超強力な要塞として機能する事には間違いない。この都市そのものがミスティア王国という国の規模の大きさを物語っていた。

待ちゆく人々の顔は明るい。これから自分たちの生活が良くなると確信している表情であった。服装はドイツの民族衣装などに親しい者を感じる。だが明確な違和感を感じるのはやはり男の数が少ないことであった。3:7の出生率の世界では仕方がないのだろうが、肉体労働や兵役に就いている殆どが女。元の世界の価値観的にはどうも不思議な感覚がする。

不意に自身の身体を影が覆った。何事かと思い空に目を向けてみれば、そこには翼をはためかせ市街上空を駆け抜けていく竜の姿があった。すっげえ!生ドラゴンだ!などと小学生並の感想を懐きつつ、詳細の把握に務める。竜の背中にはフルプレートでランスを装備した騎士が騎乗していた。まさか文字通りの竜騎兵というやつだろうか?


「楽しそうですねアサカ。この様な街は珍しいですか?」


オイフェミアが声をかけてくる。彼女自身も楽しそうにニコニコとした表情を浮かべていた。オイフェミアにとっては見慣れた光景だろうに、何がそんなに愉快なのだろうか?


「ああ、実物は初めて見たよ。それにあの空を飛んでいるのはドラゴン?かっけぇなぁ」


「航空竜騎兵ですね。テイムした竜種であるワイバーンに騎乗するミスティアの兵科の一つです。とはいっても竜種は希少な為、数はそう多くありません。騎手ライダー騎士ナイトに見えるかもしれませんが、実は精鋭の魔術師なんですよ!」


説明をするオイフェミアはどうにも楽しそうである。仔細はわからないが、まあ美少女の笑顔は健康に良い。そのまま太陽のような笑顔を振りまいていて欲しい。


「魔術師なんだなぁ。なら空戦も存在するんだな?」


「もちろん。とはいっても飛行可能な幻想種や魔物を保有している国家や貴族は極少数です。彼らの役割は制空権の確保とその後の近接航空支援ですから」


すげえな異世界。中世っぽい世界で近接航空支援なんていう単語が聞けるとは思わなかった。数を揃えるのが難しいにせよ、航空戦力が存在している世界ならば、この文明レベルであっても生まれて可笑しい概念では無いだろうが。

ではこの要塞は格下相手からの防衛に建設されたものなのだろう。要塞の衰退と航空戦力の発展は反比例関係にある。何れ航空戦力が発展していけばこの美しい城塞都市も無くなってしまうかもしれないと考えると、少し寂しい気もする。


「いまから王城に向かうのか?」


観光は何れできるであろうと頭を切り替え、そう問いかける。すればベネディクテが口を開いた。


「いや、まずは先んじて母上と事態の共有を行う。レティシア、オイフェミア、ラグンヒルド、お前たちも付き合ってもらうぞ。1人では説明が面倒だ」


ベネディクテの顔にはありありと『面倒』という感情が張り付いていた。自身が原因である事を理解しているため、それに苦笑で返す。いやまじでごめんて。


「アサカはゼファー騎士補と共にアルムクヴィストの屋敷で待機していてくれ。これが馬車の代金だ」


そういってベネディクテはゼファーに袋を手渡す。じゃりじゃりという音が聞こえる辺り、金貨が詰まっているのだろう。


「ベネディクテ殿下、アサカ様の装備は如何するのですか?謁見の間には武装を持ち込むことはできませんよ」


レティシアがそう問いかける。今装備しているのはP226ハンドガンレミントンACRアサルトライフル。この世界の住人からすれば異様な装備であろうが、武器は武器だ。本音を言えばP226ぐらいは護身用に持っておきたいとも思うのだが、後々心象を悪くされても困る。大人しく武装解除しておくに越したことはないだろう。


「どうせアサカの武器は私達には触れられん。まあ念の為オイフェミアの私室にでも置いておけ。そうすれば使用人共の目につく事もなかろう」


「確かにそれが良いかも…いや、駄目!駄目です!」


オイフェミアが突然顔を赤くし手をブンブンと振った。やはりおっさんに自身の部屋を見られたくないのだろうか。確かに気持ち悪いよな、俺がその立場でもそう思う。


「何だ、別段見られようとも困るものなぞ…」


「脱ぎ散らかした服とか下着とか散乱してるんですよ!」


「別に下着程度見られても問題は…」


「うるっさいベネディクテ!兎も角銃を置くのは良いですけど、アサカは入らないでくださいね!台か何かに置いて、それをゼファーに運びいれて貰ってください!」


こちらとしても下着など見ようものなら気まずいことこの上ないのでそれはありがたい。オイフェミアの取り乱した様子をベネディクテは意味がわからないといった風に見ていたが、レティシアは何処か愉快そうである。お淑やかに見えて存外サドの気があるのかもしれない。


「まあ良くわからんが、兎も角我々は王城へと向かう。12時には報告会が開始されるだろうから、それまでに迎えの者を寄越そう。それまでアサカとゼファーは待機しておいてくれ」


そう言ってベネディクテは待機していた荘厳な装飾の馬車へと乗り込んでいった。顔を赤らめたオイフェミアとレティシア、ラグンヒルドもそれに続く。彼女達を見送ってから、ゼファーと俺はアルムクヴィスト家の屋敷とやらに向かうのだった。


「オイフェミア様、可愛いでしょう?」


「それは本当にそう」


「そうでしょう、そうでしょう?どう?オイフェミア様の姫始めの相手になるのは」


「馬鹿野郎、俺のいた場所じゃあ未成年に手を出したら捕まるんだよ」


「オイフェミア様は成人なされてるぞ?ミスティアでは16歳で成人とされるのさ」


「マ?」


ゼファーにセクハラされつつ、俺たちは道を進んだ。全く、やはりしばらくはこの世界に慣れる気がしない。



Date.日付03-August-D.C224D.C224年8月3日

Time.1200時間.12時00分

Location.所在地.Kingdom of Mystiaミスティア王国|-The Royal Capital

Duty.Audience任務.謁見

Status.Green状態.平常

|Perspectives.An aristocrat《視点.とある貴族》


場は厳粛な雰囲気に支配されていた。女王陛下が御わす王座の正面を空け、左右に立ち並ぶは歴々の貴族達。王座を見て右手側には王家派閥と称される大貴族が面を連ねる。ミスティア王家、アルムクヴィスト公爵家、ウォルコット侯爵家、そして各法衣貴族達。この場での書記を担当する私もその列に立っていた。対岸に並ぶのは地方領主派閥と称される貴族たち。王家派閥ほどでないにせよ、強大な軍事力を持つ辺境伯などを筆頭にほぼ全ての主要な貴族達が参集しているようであった。それは王家派閥も同じであるレティシア・ウォルコット侯爵やアルムクヴィスト家の現当主であり、逸脱者オイフェミア・アルムクヴィスト殿下の実兄、ヴェスパー・アルムクヴィスト公爵の姿もある。礼服にしては地味目な黒い服、所謂ビジネススーツのような物を着用し、何処か愉快そうな表情を浮かべ列に並んでいた。だが他の各貴族達の顔に笑みは無い。それどころか誰もが真剣な面持ちでこの場に参じている。それこそが今回の報告会に対する各貴族の反応そのものであった。だがそれは当然のことでもある。『逸脱者ノルデリアの襲撃によりアルムクヴィスト軍は壊滅状態に陥った』という字面だけ聞かされて今回の報告会に望んでいるのだから、それは当然であろう。私も戦闘の仔細は知らないが、アルムクヴィスト公爵の表情を見る限りそこまでの逼迫した状態では無いと推測していた。間もなく今回の主役であるベネディクテ王女殿下とオイフェミア殿下が入場なされる。横の同僚に目をやれば今にも緊張でどうにかなりそうな様子であった。


「これより報告会を開始する」


ラクランシア女王陛下の声が静まり返っていた謁見の間に凛と響いた。それと同時に大扉が開き、ベネディクテ王女殿下とオイフェミア殿下が入場される。お二人共正式な礼服に身を包んでおられ、いつもとは異なる雰囲気を伴っていらっしゃった。だがその背後にもうひとり、見知らぬ人物が続いている事に気がつく。それは他の貴族たちも同様のようで、僅かなざわめきが場内にはしった。その人物は黒いベレー帽に肩章付きのYシャツ、そして黒いスラックスに身を包んだ男であった。誰もが両殿下よりもその男に視線を向ける。私達よりも色の濃い肌に低い鼻、どう見てもこの周辺の人種ではない。人間であることは間違いないようだが、一体何者なのだろうか。

ベネディクテ王女殿下とオイフェミア殿下が王座の前にたどり着き、膝を床に付けた最敬礼を行う。背後の男はと言えば右手の甲を自らの額に当てる。所謂騎士階級などで一般的な挙手の敬礼であった。鎧姿でもないのに挙手の敬礼を行うのには違和感を覚えるが、明らかに異民族であるようなので、文化的な違いだろう。ラクランシア女王陛下がそれに答礼を返し、再び場に静寂が齎された。


「よくぞ戻った、ベネディクテ、オイフェミア。フェリザリアによる国境侵犯に端を発する戦闘の仔細を報告せよ」


ラクランシア女王陛下の凛とした声を受け、両殿下がその場から立ち上がる。そして両手側にいる各貴族へと目をやった後に、静かに言葉を続けた。


「フェリザリア王家軍第一騎士団、通称"ノルデリア軍団"1500による突発的な軍事侵攻が7月31日の夜分に発生しました。アルムクヴィスト公爵軍は歩兵216、近衛隊13、騎兵18、魔術師8を損失。これは展開していた部隊の半数に登ります」


ベネディクテ王女殿下の報告に、再び場内はどよめきに包まれる。私自身も耳を疑った。想定を超える大損害である。戦術的に言えば壊滅判定だ。部隊の維持すら不可能な大打撃であることはいうまでもない。


「しかし現地で遭遇した"傭兵"、及び各将兵の奮戦もあり、敵に再編不能な大打撃を与え撃退することに成功しております。具体的に申せば、敵騎士階級の7割を殲滅致しました」


先程よりも大きなざわめきが場内にはしった。私も記録していたペンをしばし止めてしまう。いまなんと殿下は申された?敵騎士階級の7割を殲滅だと?何がどうなればそんな戦果が上げられる。戦略級魔術師であるオイフェミア殿下であったとしても、ノルデリアを相手取りつつそんなことは不可能な筈だ。


「静まれ」


ざわめきが一瞬にして収まる。ラクランシア女王陛下の声に誰もが気圧された。それは私も、各地方領主達も同じである。唯一の例外としてレティシア・ウォルコット侯爵とヴェスパー・アルムクヴィスト公爵の両名だけが表情を変化させていなかった。


「ふむ、傭兵と申したな。その者の仔細を伝えよ」


ベネディクテ王女殿下が一歩下がり、変わりにあのベレー帽の男が前に出た。あの男がその傭兵なのだろうか?まあ出なければこの様な場にいることなどありえないか。


「はい。この者こそが我々に協力し、逸脱者ノルデリアを退けた張本人、アサカ・ヒナツです」


一歩前に出たアサカと称された男は改めてラクランシア女王陛下に敬礼を行う。その雰囲気は我々貴族とは明らかに違った。どちらかと言えば常在戦場にある騎士武官と親しいものを感じる。

場に再びざわめきが巻きおこった。多くのものがここまでの話の流れで想像はしていたが、俄には信じられないと言った面持ちである。


「このアサカはノルデリアと交戦し、危機に瀕していたオイフェミアを救出。その後我らの本隊を半周包囲していた敵部隊の騎士階級を的確に狙撃し、我々に勝利を齎しました」


ノルデリアを退けた事もそうだが、それ以上に狙撃という単語に疑問を覚える。魔術か、弓などによるものなのだろうか?だが魔術だとすればあの男から感じられる魔力が少なすぎる様に思える。まあそれは場の全てを飲み込まんとするオイフェミア殿下の魔力の横にいればこの場の誰もがそうなのだが、それにしても微弱な魔力しか感じ取れなかった。


「ふむ。ではどうやってノルデリアを退け、敵騎士階級を殺傷したのだ?その方法を知る事を、私は望む」


ラクランシア女王陛下の言葉はこの場の誰が聞きたいことであった。そのため全ての貴族達が聞き逃すわけには行かぬと耳を澄ませる。


「はい。それではまずこのアサカという男について説明せねばなりません。彼は我々ザールヴェル世界の住人では無く、深淵の核アビスコアによってこちらへと招かれた別世界の人間なのです」


ざわめきには収まらない喧騒が場を包んだ。


「殿下は正気なのか!?つまり魔神と同じではないか!そんな危険な存在が何故この場にいるのだ!」


「衛兵!衛兵を呼べ!この魔神もどきをこの場から叩き出せ!」


地方領主派閥の中でも下位の弱小貴族が数名、その様に叫びだす。私はそいつらの名前を記録用紙とは別の羊皮紙のメモしていく。馬鹿共が。場をわきまえず狂乱するお前らはこの国に必要ない。

ざわめきは収まらない。いい加減に嫌気がさしたのか、女王が手を上げ声を制そうとした時、王家派閥側から声が上がった。


「全く騒々しい。そろそろ黙ってもらえません?陛下の御前ですよ」


声の方向に目を向けずとも誰の言葉かは直ぐに理解できた。この場にいる存在の中で数少ない男性、ヴェスパー・アルムクヴィスト公爵その人である。


「あ、アルムクヴィスト公爵!しかしだな」


「ごちゃごちゃ煩いんですよ。彼がどういう存在にせよ、我々ミスティアは彼のお陰で戦略上最重要なベネディクテ王女殿下とオイフェミアを失わずに済み、ノルデリア軍団の撃退にも成功した。まずはその事についての謝意を述べるべきでしょう。それとも卿らはそんなことすらできないのか?全く、同じ青い血が流れているのか疑わしいですな」


ヴェスパー・アルムクヴィスト公爵の痛烈な皮肉に王家派閥の面々から笑い声が漏れ出す。地方領主派閥の大貴族達も目を閉じそれに反論することはない。それでも尚も噛みつこうとする一部の領主貴族バカであったが、それはラクランシア女王陛下の声によって遮られた。


「騒々しい、静かにしろ。ヴェスパーも言葉を選べ」


ラクランシア女王陛下の言葉にヴェスパー・アルムクヴィスト公爵はどこ吹く風といった表情を浮かべている。まあかの公爵は主従関係以前に女王陛下の甥でもある。最早慣れた事のようだった。ため息をついてからラクランシア女王陛下は言葉を続ける。


「失礼したな、アサカという別世界よりの客人ノーマッドよ。ヴェスパーの言う通り貴公にはその功績を讃え謝意を贈りたいと思う。この度の武功、誠に見事であった」


「勿体ないお言葉を頂き、至極光栄でございます」


アサカという男傭兵は深々と頭を下げ、返礼を行った。ここで初めてアサカという男の言葉を耳にしたが、綺麗な連合女王国United Queen State訛りの交易共通語である。間違っても魔神語などではない。しっかりとそれを記録していく。


「それでベネディクテ、謝意だけではとてもこの者の功績を評価できたとは思えぬ。故に褒美を与えようと思うのだが、お前は何が良いと思う?」


ラクランシア女王陛下の言葉に、ベネディクテ王女殿下は鋭い刃の様に一部の地方領主バカを睨みつけていた視線を区切り、王座へと目を向けた。そして淀みなく言葉を発する。


「私はこのアサカにミスティア全地域での活動を許可する王家公認の傭兵としての立場を贈りたいと考えております」


再び先程の一部の地方領主バカが声をあげようとするのを、オイフェミア殿下、ヴェスパー公爵の兄妹が視線だけで封殺する。微弱な魔力の流れを感じることから、その視線には魔力を僅かながらに込めているのだろうか。何れにせよ一般人が耐えられる重圧ではない。睨まれた一部の地方領主バカは生まれたばかりの子鹿の様に震えていた。


「ふむ。だがそれは王家の一存だけで決められる事では無いな。あくまでこれに同意する貴族諸系の領地での活動としよう。ヴェスパー、レティシア、卿らはどうか」


「僕はもちろん、アルムクヴィスト領での活動を承認します。オイフェミアが初めて連れてきた男だ、妹の事は応援しないとね」


「兄さん!?」


「ウォルコット家も領地内におけるアサカ様の活動を承認致します」


承認の事は勿論、オイフェミア殿下の赤面した顔の事も漏らさぬように記録していく。後々バレれば殺されそうだ。誰かに今回の書記をなすりつけられないものだろうか。ともあれこれで王家派閥はベネディクテ殿下の案に同意することになる。王家派閥参加の各貴族達も異存は無いようだ。


「では次に二ルヴェノ伯に問おう。卿らはどうか」


続いて地方領主派閥の筆頭である二ルヴェノ伯爵に女王陛下が問いかけた。瞑っていた目を開き、二ルヴェノ伯爵が声を上げる。


「私としては異存ありません。二ルヴェノ領全域での活動を認めます。お望みならば諸税の免除も」


「二ルヴェノ伯と同じく」


「私もです」


地方領主派閥の代表的な貴族達が次々にそう述べた。一部の地方領主バカは面を食らった様な表情を浮かべていたが、理解が及んだのか鳴りを潜めていった。


「ではこれよりアサカ・ヒナツはミスティア王家に承認された傭兵としての活動を行う事を許可する。仔細については追って後日書面で送るとしよう。この場に居なかった各地方領主にもこれを承認するか文書で送れ。詳細はベネディクテ、貴方が纏めなさい」


「仰せのままに、母上」


ラクランシア女王陛下が声を張ってそう宣言した。参列した各貴族達もそれを静かに聞き入れ、同意の意を示す。だが最も困惑した様な表情を浮かべているのは当事者たるアサカであった。


「さて最後に、アサカ。以上の事で異存はないか?」


「はっ、全くもってございません!女王陛下、及び各貴族の方々、感謝を申し上げます」


「ふふ、良き男だ。それではこれにて報告会は終了とする。後日レティシア率いるウォルコット侯爵軍による報復行動後に停戦会議を開くこととしよう。解散」


ラクランシア女王陛下の声により、各貴族達が退出していく。きっと私もベネディクテ様の仕事を手伝わされるのだろうなと思いつつ、緊迫した報告会は終了となったのだった。

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