Act2_邂逅逢着のペンデュラム
天国の母上、父上、弟君。そして日本に残してきた妹君。今ほど自らの行為を振り返って後悔した事はありません。
支援した女騎士たちと接触するため俺は彼女達の20mほど前までやってきていた。目的は情報収集。だがやはり突如戦闘に介入するのはどう考えてもおかしかっただろうと自分自身にツッコミを入れる。
ほら、彼女達の目を見てみろ。ナイトビジョンで緑色に染まった視界でもわかるくらいに怪訝な感情を浮かべてる。
それはそうである。俺だってイラクあたりで突然中世騎士風の人物に助け出されたら同じような顔を浮かべるだろう。
要するに俺という存在は彼女たちにとって全くのイレギュラーだということだ。
さて。半ばその場の勢い(本当に異世界だと理解してアドレナリンが過剰に分泌された結果)でここまで動いてしまった訳だが、これどうすれば正解なのだ。
とりあえずは敵意が無いことを示す為に両手を上へあげようとする。
だが俺が何かアクションを起こそうとした瞬間、女騎士達は一斉に腰の剣に手を伸ばした。
そうですよね。滅茶苦茶警戒されてますよね。俺がそちらの立場でも同じような反応をすると思います。
「
女騎士の1人がそう声を上げる。その言語が理解できた事に嬉しさと安堵感がこみ上げた。
彼女が発したのは英語であった。訛りは強いが間違いない。
だがなんで英語なのだ?言葉が通じることは嬉しいが、それ以上の疑問符が浮かび上がる。
まあいまはどうでもいいか。そういうのは後で考えることにしよう。…お前この状況で困ることになっているのはそういうとこだぞ。
とりあえず黙ったままでは今にも抜刀されかねないので返答を行う。
「俺は朝霞日夏です。朝霞がファミリーネームで、日夏がファーストネーム。何者か…傭兵のようなものでしょうか。まあとりあえず敵ではありません。先程の遠距離攻撃を行った人物と言えばわかるでしょうか?」
俺が返答した事に驚いたのか何なのかは知らないが、女騎士達がざわめき立つ。
だがそのざわめきは彼女達の中央にいる女性…少女が右手を上げた事により一瞬にして静まった。
この少女は…間違いない。一番最初に矢で射られ落馬した人物である。
そして少女は一歩前へと踏み出し、口を開いた。
「まずは感謝を申し上げます。あなたに助けていただかなければ、私達は全滅していたでしょう。呼び方はアサカ様でよろしいですか?」
しばしの時間、返事をすることを忘れてしまう。その理由は、その少女の容姿に目を奪われていたからだ。
緑色に染まった視界でもその美しさははっきりと理解できる。絹のような髪。作り物かと疑うような可憐な容姿。
その優しげで少しタレた目で上目遣いなどされようものなら、例えマジノ線のような男であろうと陥落するだろう。
まるで昔良く見ていた漫画のヒロインのようだと、そんな感情を抱いた。
そんな絶世の美少女は少し困った様に眉を下げ再度口を開く。
「えっと、どうなさいましたか…?」
「ああ、申し訳ない。場違いでしょうが、とてもお綺麗だなと思いまして。ええ、朝霞で構いません。そちらはなんとお呼びすればよろしいでしょうか?」
今度は彼女が返事に詰まる番であった。思ったことを正直に口にしたのだが、流石に場違いすぎたか?
やらかしたのではないかと思い始め、背筋に嫌な汗が浮かび始めた頃、少女は口を開く。
「あ、えっと…。お褒めに与り光栄です…。私の名前はオイフェミア・アルムクヴィスト。オイフェミアで構いません」
目線を反らしながら彼女は発言する。やはりやらかした。戦場のど真ん中で容姿を褒める馬鹿が何処にいる。数秒前の自分をバレットの銃床でぶん殴りたい。
なんと謝罪すればいいかを思案しているうちに、オイフェミアは言葉を続けた
「それでその…。もしよろしければその面隠しを外してお顔を見せていただけませんか?恩人の顔は覚えておきたいのです」
自分をぶん殴る物をバレットの銃床からM2ブローニングに変更する。そうだった。俺は今複眼のナイトビジョンを装着している。
どおりで視界が緑色に染まっている訳だ。彼女たちから見ればさぞ奇っ怪に写っていただろう。そりゃ警戒されて当然だ。彼女の言葉を受け、慌ててナイトビジョンを上へとズラす。
肉眼で捉えたオイフェミアの姿は更に美しいものだった。色のついた彼女の髪は小麦場畑を連想させるような黄金色。肌は透き通るように白く、高貴な印象を存分に抱かせる。
「これは失礼…」
ナイトビジョンを外して顔を見せれば、女騎士達の間でざわめきが奔った。
『男だ』『本当に男だった』などの声が耳に入ってくる。どういうことだ?
確かに主戦場で見たのも彼女達も殆どが女であった。男の騎士も見えたには見えたがかなり数が少なく感じた。
もしかすると元の世界と性差が逆転しているのか?可能性は高いように感じる。
あのような魔法やら超人が存在している世界なのだ。どのような文化が形成されていても可笑しくはない。
後は人種の違いもあるのかもしれない。オイフェミアを含めた眼の前の人物たちは皆コーカソイドだ。
対して俺は純日本人のモンゴロイド。1500年代レベルの文明だとすればアジア人が物珍しく見えても当然と言えるだろう。
オイフェミアも俺の顔をまじまじと覗き込んでいる。こんな絶世の美少女にガン見されているといい加減に顔がにやけそうだ。そろそろ勘弁してほしい。
その時だった。騎馬の足音がヘッドセットを通じて耳に入ってくる。
咄嗟にその音の方向へ向き、M39EMRを構えた。オイフェミア達は俺の突然の行動に驚いていたようだが、彼女たちの耳にも音が聞こえたのか剣を抜刀し同じ方向を見据える。
しばらくの後、稜線から騎馬集団が見えてきた。スコープ内に見えるのはまたしても女騎士。敵か味方か俺には判断つかないため、オイフェミア達のアクションを待つ。
念の為セーフティは外しておくが、引き金には指をかけない。
「アサカ様!味方です!」
オイフェミアがそう叫んだため、銃を下ろした。一気に分泌されたアドレナリンが飽和されていき、全身に独特のしびれが奔る。
まあ敵でなくて何よりである。流石に正面見据えて騎兵とやり合うなど勘弁願いたい。いくら射程の利があるとは言え、リロードのタイミングで殺される。よしんば全てさばけたとしても肝が冷えることには間違いない。
それだけ戦闘における機動力というのは重要なのだ。近代戦に置いてもそれは変わりない。銃が戦場の主役となったWW1でも騎兵は現役だったのだ。
騎馬集団が接近してくるのをしばし待機する。正直自分の立場の説明が面倒くさいが、傭兵として押し通すのが一番かもしれない。まあきっとオイフェミアが説明してくれるだろう。
変な格好。それが私達を助けた人物、ヒナツ・アサカの第一印象だ。
近づくまでは人型の異種族かと勘違いするくらいに珍妙な装いをしている。
頭部には珍しい形の帽子を被り、蟲甲のような材質の耳あてをつけている。
オレンジ色のレンズをしたメガネのような物をつけ、更にその上から形容し難い見た目の面隠しを装着していた。
その面隠しは4つの筒をあわせたような形をしており、筒の先端が仄かな緑色に発光している。
胴体部分には様々な物が装着された布鎧のような物を装備しており、一見すると軽戦士や魔術師の装備に見えないこともない。
武器と思われるその手に握った得物もこれまた見たことのない形をしていた。
言い表すならば"弦のないクロスボウ"だろうか。長さは私の腰ほどもある。
なんなんだろうこの人。それが率直な感想である。
私達を助けてくれた人物であることは間違いないのだが、その装いからは全くこのヒナツ・アサカのパーソナリティが想像できなかった。
それにあのタイミングで戦闘に介入してくるのもおかしく感じる。ここはミスティア王国に従っている貴族の領土であるし、そもそも国内にこんな人物がいれば即刻噂になっているはずだ。
傭兵であるならば尚更である。全面的に信用するのは無理だ。様子を伺うことにしよう。
「まずは感謝を申し上げます。あなたに助けていただかなければ、私達は全滅していたでしょう。呼び方はアサカ様でよろしいですか?」
私はそう言葉を述べる。すぐさま信用するのは無理だとしても感謝を告げるのは最低限の礼儀だろう。
だが彼からの返答はない。どうしたのかと思い言葉を続けた。
「えっと、どうなさいましたか…?」
怪訝さが声色に出てしまっただろうか。だが多少は致し方ないだろう。寧ろ私の背後でいつ暴発しても可笑しくない近衛隊員に比べれば可愛いものである。
「ああ、申し訳ない。場違いでしょうが、とてもお綺麗だなと思いまして。ええ、朝霞で構いません。そちらはなんとお呼びすればよろしいでしょうか?」
その言葉に対して多大に不信感を感じた。このアサカという人物は声色からして男性。女が男を口説くのであればよくあることだが、その逆なんて珍しいにも程がある。
私は思考閲覧魔術の行使を決定した。文字通り術者が対象の思考を読み取る魔術。本来は高難易度であり詠唱も必要だが、私には問題ない。
私は生まれつき"無詠唱"で魔術を行使することが可能だ。それ故狸と狐の化かしあいである貴族社会からは嫌われているが、今更どうでもいいことである。
一瞬で魔術を完成させる。そうすればアサカの思考が脳内に流れ込んできた。
『めっちゃ可愛い子』
『名前なんて言うんだろ』
『一回で良いからこんな娘とセックスしてみたい』
え!?は!?え!?どういうこと!?
それに思わず面食らったのは私の方であった。女が美形の男に対してその感想を抱くのであれば十分に理解できる。
だがどう見てもアサカは男だ。今まで幾人かの男に同じ魔術を試みた事はあるが、そんな思考をしていた者なぞ存在しない。
寧ろその誰もが私の事を恐れていた。それはそうだ。誰が好き好んで逸脱者であり他人の思考を容易に盗み見る女なんぞに好意を抱くというのだ。
だがこのアサカという人物の思考は本物である。とんだ淫乱かもしれない。
しかし私は齢16の処女である。いくら不審な人物とはいえ、そんな淫らな感情を男から向けられるのは正直うれしい。
だがそれを表に出すわけにはいかない。私はミスティア王国の大貴族、アルムクヴィスト家の貴族だ。
部下の手前ニヤけるわけにも行かなかった。だが赤面するのを止めるのも無理である。結果として顔を反らしながら言葉を発した。
「あ、えっと…。お褒めに与り光栄です…。私の名前はオイフェミア・アルムクヴィスト。オイフェミアで構いません」
顔を反らした事によって部下の1人と目があった。ニヤニヤしている。お前だって下半身でしか生きていない癖に。ぶん殴りますよ?
一先ず思考をリセットしよう。とりあえずこのままこのドエロイ男の思考が流れ込んでくると平静ではいられない為、魔術の使用を停止した。
兎にも角にもこのアサカという人物に一切の敵意が無いことは確認できた。この切羽詰まった状況ではそれだけで十分だろう。
ピンクに染まりかけていた脳内に魔力を回し思考を活性化させる。
アサカは自らの事を傭兵のようなものだと言っていた。その珍妙な装備は兎も角として、その言に偽りは無いように感じる。
あれだけの長距離狙撃を行ったのだ。その腕前については今更疑うこともない。だがどのようにしてあの距離からノルデリアにすら傷を与える攻撃を行ったのだろうか?
初めは魔術師なのかと推測していた。だが対面してみて理解できる。ヒナツ・アサカは魔術師ではない。
感じられる魔力量はどんなにゆるく評価したとしても一般人並である。この魔力量であれだけの威力の魔術を連発するのは絶対に不可能だ。
どちらかと言えば戦士に近い印象を抱く。体幹の一切ブレない立ち方やよく鍛えられた肉体。そんな純魔術師見たこともない。
軽装魔術騎兵であればそんな事も無いのだろうが、それならば魔力量がもっと多いはずだ。
何にせよ敵でない凄腕であるなら問題は無い。この切羽詰まった状態で虎の尾を踏みに行く愚を犯すこともないだろう。
だが私にはこの人物に敵意が無いことは理解できたが、部下はそうもいかない。少なくともその面隠しを取って貰った方が心象がよくなるはずだ。
「それでその…。もしよろしければその面隠しを外してお顔を見せていただけませんか?恩人の顔は覚えておきたいのです」
そういうとアサカは忘れていたといわんばかりに面隠しを外した。
そしてその下にある顔が顕になる。黄色の肌に意思の強そうな目と眉。私達と比べて低い鼻。だが全体的に整い美形だと感じる。
歳は20代から30代であろうか。この顔でさっきあんなエロい事を考えていたのか。正直に言ってかなり好みの顔です。寧ろ抱かせてください。
それにしてもあまり見ない人種だ。確かアサカのような特徴の人種が極東に住んでいると聞いたことがある。あれはシルクロードを越えてやってきた商人から聞いた話だったか。
もしかして極東ではこのような装備がスタンダードなのだろうか?いや絶対にそんなことはない。
それにしても何故アサカは私達を助けてくれたのだ?傭兵であるのならば報酬狙いだろうか。だがそうすると少しおかしな点がある。
それは私の名前、アルムクヴィストを聞いても特に反応しなかった事だ。アルムクヴィスト公爵家をミスティア国内で知らぬ者など殆どいない。
報酬目当ての傭兵であるならば尚更だ。私をアルムクヴィストの人間だと知らずに助けたのだとすれば金銭は目当てではないのだろうか?
その時だった。アサカが目にも留まらぬ速度で首から下げていた得物を手に取り横へと振り向いた。
突然の事に驚愕する私達であったが、その理由は直ぐにわかる。
地面を揺らす騎馬の音。彼はこれに反応したのだ。いつの間にか珍妙な面隠しを再度装着した彼から刃の如き殺気が漏れ出している。
その変わりように驚いた。先程までの空気は霧散し見る影もない。
私も、部下もその雰囲気に飲まれるようにして各々の得物を抜き放った。
音の方角を見据える。稜線を越えその姿を捉えた。
そして安堵のため息を漏らす。あれはベネディクテ配下の近衛隊と公爵軍の騎兵だ。
「アサカ様!味方です!」
私が叫ぶと彼の雰囲気も徐々に元へと戻っていった。確信する。彼の雰囲気は先程相対したノルデリアとよく似ていた。
常在戦場の戦士としてのものだ。やはり魔術師ではない。
騎馬集団が近くまでやって来る。それを率いていたのは私もよく知る人物であった。ベネディクテの近衛隊の指揮官である彼女には私もよくお世話になっている。
「オイフェミア殿下!よくご無事で!」
「ラグンヒルド。救援に感謝します。本陣の状況は?」
努めて冷静にそう訊き返す。戦力比を考えれば既に敗北が決定していても可笑しくはない。
「現在敵が全翼に展開し、我々は包囲されかけています。殿下には即座に本隊と合流していただきたい」
予想よりもベネディクテは上手く陣を配置したらしい。まだ本隊が殲滅されていないならば挽回の余地はある。
ラグンヒルドは言葉を述べた後に怪訝そうな表情でアサカへと視線を向けた。その気持はよく分かる。私も彼女の立場であればまずアサカの存在を気にするだろう。
「殿下、失礼ですがそちらの御仁は?」
「私達を窮地からお救いくださった傭兵のヒナツ・アサカ様です」
「傭兵…?」
ラグンヒルドも、彼女の率いる救援部隊も皆怪訝な顔を浮かべていた。
それは一先ず置いておくとしよう。この場で言葉を続けても意味はない。
私の行うべきことは決まっている。本隊へと合流し、フェリザリア侵攻軍を迎え撃つことだ。
問題はアサカをどうするかということである。正直に言って私だけでは状況に変化が起きた場合対応が難しい。
それにあれだけの腕を持つ戦士とは今後ともパスを築いておきたい。だとするならば次の行動は決まっていた。
「アサカ様。助けていただいた身ですが重ねてお願いがございます。どうか我々に力をかしていただけないでしょうか?勿論報酬はお約束致しましょう」
そう。彼を雇い入れることである。恐らくこれが現状における最適解だ。
このまま放置してあの精密狙撃がこちらへ向くということだけは避けたい。
「構いません。一介の歩兵ですがご助力しましょう」
アサカは肯定の意思を示してくれた。ほっと息を漏らす。
「ではラグンヒルド先導をお願いします。アサカ様は騎乗できますか?」
凄腕の傭兵に訊くこととしては失礼にあたるかもしれないが一応の確認を行う。
だがその返事は私の想像を反するものであった。
「お恥ずかしながら馬には乗ったことがありません。小さい頃ポニーには乗ったことがあるんですがね」
ポニーってなんだろう?アサカは少しバツが悪そうに答えた。
馬に乗れないとは心底意外である。まあだとしても行動に変化はない。
「ではリアンの後ろに乗ってください。私の近衛隊の隊長です」
既に騎乗し移動準備を終えていたリアンが私の横へと並び立った。
彼女であれば馬の扱いも慣れている。人1人をタンデムさせることなど造作もないだろう。
リアンは馬でアサカの元へと向かい、彼に声をかけた。
「オイフェミア様の臣下であるリアンです。アサカ殿、どうぞ後ろへ!」
アサカは少し不格好になりながらも馬へと飛び乗った。それを見届けた後、私も自らの馬へと騎乗する。
肩は痛むが問題は無さそうだ。
「では出発します。全隊、私に続け!」
ラグンヒルドがそう叫んだ。
私と生き残りの部下たち、ラグンヒルドの指揮する救援部隊、そして不思議な格好をした男は戦場のど真ん中へと向かっていった。
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