Act1-2_境界線上のアルカナ
視界が明滅している。連続した浮遊と自由落下を繰り返しているような錯覚に苛まれる。朦朧とする意識のまま瞼を開けた。
そして飛び込んでくる景色は満点の星空が浮かぶ黄昏の世界。
なんとも幻想的な光景に一瞬思考を止めて"綺麗だ"という感想を抱いた。
星々は今まで過ごしたどの土地よりも強く、そして多く輝いている。黄昏と夜空がミックスされたこの光景は夢ではないかとそう思った。
段々と微睡みから意識が浮上する。だが思考が覚醒していくと同時に混乱も広がっていった。
…なんだこれ?俺はT-90から放たれた砲撃で弾薬庫諸共火星あたりまで吹き飛んだのではなかったのか。
上体を起こし周囲を確認する。まず自分が倒れていた場所。
そこは打ちっぱなしのコンクリートで作られた、馴染みのある構造物の屋上であった。
俺を吹き飛ばしやがった弾薬庫である。だが色々とおかしいところがあった。
いやこの状況自体がおかしいのだが、それはひとまず置いてほしい。
おかしいところというのは弾薬庫に砲撃が命中した痕跡が残っていないことであった。
壁も砕かれておらず、精々が自然劣化による傷程度である。
頭に疑問符が連続して浮かび上がる。え?どういうこと?
自身の周りには先程まで用いていた
薬莢や各種マガジンも先程のままだ。
次に弾薬庫の周りの光景を確認する。
目に入ってくるのは黄昏と星々の仄かな明かりで照らされた平原。
この光景は何処かで見た記憶がある。確か学校終わりに妹とリビングで見てたドキュメンタリー番組だ。
北ヨーロッパ平野。それと瓜二つの風景である。相違点を上げるのならば俺がテレビで見た北ヨーロッパ平野は星々と黄昏が共存しているような場所ではなかったが。
とりあえず混乱で仕事を投げ出そうとする脳に喝をいれ状況の整理を始める。
俺はアゼルバイジャンのドーラ空軍基地で襲撃してきた敵性部隊との戦闘中だった。
そしてその途中に敵戦車からの砲撃を受け弾薬庫ごと火星まで吹き飛ばされた。
ここまではいい。よく記憶しているし衝撃もリアルに残っている。
問題はこの状況だ。え?マジでどういうこと?まさか日本のサブカルチャーで流行りの異世界転生というやつだろうか。
そうだ、と思いつき
だがディスプレイ上に表示されたのは"OFFLINE"というエラーメッセージ。このPDAはイリジウム式衛星リンク端末である。
つまりOFFLINEということは"衛星が発見できない"状況であるということ。
もしかしたらPDA自体の損傷もあり得るかもしれないが、周囲の状況を鑑みるに俺と弾薬庫が不明な場所へと転移させられた可能性のほうが圧倒的に高い。
サブカルチャー好きの日本人であることがこの異常な自体を飲み込む事に貢献するとは思いもよらなかった。
とりあえず呆けていても仕方がない。俺は屋上から周囲を改めてよく観察する。
動体無し。気温や湿度は夏。ひとまず即時の危険は無さそうだ。
屋上に転がっている
階段を下りきり、弾薬庫の正面へとやってくる。担いでいた銃達を地面へと起き、改めて弾薬庫を観察した。
やはり砲撃痕などは見て取れない。戦闘前の元気な姿をしてやがる。
弾薬庫の人員通用口を開き内部へと入った。当たり前だが電気は落ちているようで内部は真っ暗…でもなかった。
「なに?あれ…」
弾薬庫の中央近く。そこには縦1メートル横50cmほどの巨大なルビーのようなものが存在していた。
それは赤く発光し、弾薬庫内をほんのりと照らしている。元は布で巻かれていたようだが何かしらの初撃ではだけたのか、地面には粗布が落っこちている。
とりあえず良くわからんものは怖いので先に様子を伺うことにする。近づいて見てみるが、発光している巨大ルビーという以外には形容詞が見つからなかった。
間近で見てみるとその内部をスノードームの様になにかの粒子が動いている事が確認できた。益々意味が分からない。とりあえず即時爆発などの危険性は無さそうである。
というかそうであってくれ。これで爆発してまた巻き込まれるようなことがあれば、次こそ神とやらにバレット
兎にも角にも謎の物体の詳細調査は後回しにしよう。どの道考えてもわかるわけが無いと思うが。
俺は弾薬庫内の物品を確認していく。あの謎の物体の明かりだけでは心もとなかったため携帯していたフラッシュライトを起動した。
どうやらかなりの装備弾薬が備蓄されていたようである。本来ならばC.C.Cはあの後にゲリラの一斉掃討作戦を実行する手筈であったため、その作戦用の物資だろうか。
物資内容は以下の通りである。
・各種弾薬-個人では保存期限を大々的に超過しても使い切れないほど。
・各種銃火器-C.C.C採用品は元より誰かが個人的に所持していた骨董銃まで多種多様。
・各種装備-無線機からギリースーツまで大凡全ての任務に対応できるようなラインナップ。着替えなども。
・戦闘糧食-中隊規模2ヶ月分。
・ガソリン-凡そ2000リットル。
・ガソリン式携帯発電機-4機。
・スバルフォレスターSUVC.C.C仕様-1台。
・謎の巨大ルビー(仮)-一つ。
……うん、なんでもあるな。個人での使用ならば大凡問題無い程度の物資が備蓄されている事を確認する。
とりあえず言いたいのは弾薬庫にガソリンなんて保管しているの正気か?絶対アゼルバイジャン正規軍の奴らが保管場所に困って適当にぶち込んだに違いない。あいつらめ。
元より巨大な弾薬庫であったが、ここまで多くの装備が保管されているとは思ってもみなかった。
だが今はありがたい。状況も把握できない為しばらくは単独行動を強いられる可能性が高い。これだけの装備に食糧があればしばらくは何もせずとも生きていける。
とりあえずは弾薬庫の物資搬入用扉を開放する。気温は27℃ほど。空調が死んでいる状態で密閉空間を作ればガソリンが気化して爆発しかねない。
次こそ火星まで吹き飛ばされるだろう。そんな事はまっぴら御免である。
搬入用扉を開放し、弾薬庫から椅子を持ってきて夜空の下に座る。
さて。どうしようか。とりあえずは周辺の調査から行うべきだろう。現状では何も分からないし、今後どうするかの判断材料は確保しておきたい。
幸いにも周囲は岳陵は有りつつも平野の様であるし、個人でも索敵はやりやすいだろう。
幸運なことにも車があったが、今はやめておいた方が良いかもしれない。ガソリンは多くないし、無駄遣いは避けるべきだろう。
とりあえずは徒歩で周辺の調査を開始することに決める。
その時であった。未だに装着しているヘッドセッド-ComTacⅢが何かの音を拾う。
ごく僅かな音だが―――これは金属音だ。即座に地面に伏せ顔を当てる。
振動を感じる。地震ではない。これは大人数が移動する際に発せられる振動だ。
再びヘッドセッドが音を拾った。爆発音のようなもの。間違いない。この周辺で何かが起きている。
弾薬庫へと戻り装備を整える。これだけ遮蔽の無い平原だ。必然とロングレンジでの接触となるだろう。
メインアームには
サイドアームにはP226。自衛隊時代から使い慣れているこのハンドガンを選択する。
そしてヘッドギアに複眼のナイトビジョンを追加する。
弾薬庫から外へと戻れば鼻に嗅ぎ慣れた匂いが飛び込んできた。本能的に忌避感を感じるようなツンとする匂い。
―――人の焼ける匂いだ。
急速に意識が切り替わる。音や爆発音であれば映画の撮影などの可能性もあった。いや、そう思いたかっただけだ。
何処か無意識でそう願っていた。だがこの匂いが漂ってきた時点でその可能性は消え失せる。
映画で匂いなどを再現するわけがないのだ。やったとしてもそれは4DXなどの劇場内での話である。
俺は音と匂いの方向へと駆け出す。兎も角、状況を確認する必要がある。
500mほど走った先の岳陵を登り切る。その先の光景を目にした時、思わず言葉が漏れた。
「マジで異世界ですよってか」
そこに広がっていたのは戦場であった。それも俺が身を置いてきた戦場ではない。
銃よりも直接的な殺意を感じさせる刃物と矢による中世の戦場だ。
時折火の玉や雷撃のようなものが両陣営から放たれているのも確認する。マジ?魔法?ほんとに?
仔細は分からないが、2つの陣営がぶつかり合っているのは間違いない。
戦局を確認する。
俺の位置から主戦場までは大凡2km。2つの陣営には戦力差に開きがあることが伺える。
大体3倍程度だろうか。数で勝る陣営が全翼に展開し、弓兵による射撃を試みている。
対する少数側の陣営は満足な展開ができず、密集陣形で防戦に追い込まれているのが容易に理解できた。
それぞれの陣営に旗が掲げられているのも確認できる。生憎と緑の世界に染まっている視界では色までは判別できないが、なんとなくの陣営把握には困らない。
さて。どうするべきか。戦闘に遭遇してしまった時の対処は2つ。即座に撤収し傍観を決め込むか、戦闘に介入するかである。
現状では戦闘に介入する判断材料は少ない。だが最も重要な材料は存在していた。
それは弾薬庫の位置である。どうやら少数側の陣営は予め簡易拠点を設営し駐屯していたのであろうことが伺えた。対して多数側の陣営にはそういった痕跡は見てとれない。
であれば多数側が攻め手、少数側が守り手だろう。
そこから推測するのは弾薬庫の位置は少数側の勢力圏であるということ。もし介入するにしても少数側を攻撃してしまえば後々より面倒な事態に陥りかねない。
だがそもそも戦闘に介入するかはまた別の話である。もう少し状況を見極めなければ。
その時視界の端に騎馬集団を確認した。
主戦場から1.6kmほど離れた位置。俺との距離400mほどの平野にそれを発見する。
どうやら2つの騎馬集団が追撃戦を行っているようだった。
地面に伏せ、念の為に騎馬集団をスコープに捉える。どうやら主戦場で交戦している2勢力と同様の集団であるようだ。
逃げる側は重装騎兵。恐らく陣営は少数側だと推測できる。追う側は一騎を除いて軽槍騎兵。こちらは多数側の所属のようだ。
しばし追いかけっこは続いたが、長くはなかった。軽装騎兵側が追いつく。その先頭を走っていた黒い甲冑の騎士が、弓を逃げ手の1人に命中させた。
矢を当てられたその人物はどうやら女のようであった。それどころかあの騎馬集団全員が女である。どういうこと?と頭に疑問符を連続して浮かべていた。
矢を射られた女が馬から吹き飛ばされ落馬する。恐らく衝突時の速度は50km近いだろう。良くて重症、悪くて即死。そう思っていたのだが、逃げ手の騎馬集団は即座に停止し、落馬した女を護るように展開した。
どうやら落馬した女は逃げ手側の重要人物であるようだ。だがあの速度の落馬では最早瀕死だろう…そう思っていたのだが、その女は立ち上がる。マジで?普通にバイク事故並の速度で地面に叩きつけられていたぞ。
それに合わせて追撃側の騎馬は逃げられないように周囲の方位へと動き出す。統率が取れている。主戦場の様子を見て気づいていたことだが、どうやら正規兵同士の戦闘であることは間違いないようだ。
そして背中に旗を差した黒い甲冑の騎士が包囲網の中で逃げ手達と相対した。得物は身の丈以上の大槍である。しばしの間何かを話していたようだが、黒い甲冑の女は袋のネズミとなった女騎士達へと突撃した。
「早すぎだろっ!?」
俺の驚愕は思わず言葉となって漏れていた。スコープ内から黒い甲冑の女が消えたのだ。
即座にスコープを外し確認したが、一瞬にして距離を詰め肉薄している状況を目撃する。黒い甲冑の人物と女騎士達の距離は15mほどの距離があったはずだが、それを文字通り一瞬で詰め切っていた。
なんだあれは。大凡地球人類では無いことは確かである。あんな動きできる人間が地球にいてたまるものか。
女騎士と黒い甲冑の人物の実力差には大きな開きがあるようで、数手と打ち合わず女騎士の首が宙を舞った。
そのまま一気に他へも追撃を仕掛けるかと思われたが、黒い甲冑の人物は不意に回避機動を行う。先程と同じく速度0の状態からの超機動。その理由は落馬した女が何かを放った事だった。
一瞬だったが青白い槍のようなものが黒い甲冑の女へと向かい霧散したのが見えた。すげえ。本物の魔法だ。場違いな感想を抱く。
落馬した女は連続して同じ魔法を放つ。だがそのどれもを黒い甲冑の女は超機動で回避していった。マジでなんなのあの動き。少なくとも俺の知っている人間はあんな動きすれば体内がジュースになっても可笑しくないはずである。
回避を行った黒い甲冑の人物に対して幾人かの女騎士が追撃を仕掛ける。だがその誰もが数手の内に首と胴体が分かれる事になっていた。
だがその間に落馬した女の周辺に幾つもの魔法陣が一瞬にして浮かんだのを目撃する。そして次の瞬間には空間を歪ませるほどの光波が黒い甲冑の人物に向かって放たれていた。
その一撃の目撃した俺は驚愕以外の感想を抱けない。直線上50mほどに渡って地形を抉り取る様に放たれた光波は、包囲網を形成していた騎兵の一騎を消し飛ばす。
しかし黒い甲冑の人物はそれを回避したようで直ぐに体勢を立て直していた。このような戦闘を初めて目撃する俺にもわかる。これ、超人同士による戦いだ。
思考を一回区切り、どうするべきかにリソースを回す。現状劣勢なのは間違いなく落馬した女の陣営。そしてそいつらは主戦場の少数側に属している。
このまま傍観することによるメリットと、介入した際のメリットを比べる。
まず傍観することによるメリット。この超人同士の戦いに一先ず巻き込まれずに済むこと。
次に介入した際のメリット。どちらの勢力に手を貸すにせよ今後の情報収集に役立つことは間違いない。
比べるべくもなかった。セーフティを解除し引き金に指をかける。
弾薬庫があるのは恐らく少数側陣営の勢力圏だ。戦力差は圧倒的だが、後々の面倒を考えればどちらを手助けするかは既に決まっているようなもの。
俺は黒い甲冑の人物の頭に照準を合わせて引き金を引いた。
7.62x51mm NATO弾の強い衝撃が全身を駆け巡る。だがその時、全身に悪寒が奔った。
引き金を引いた瞬間、黒い甲冑の人物と目があったのだ。頭に命中するはずの弾丸は黒い甲冑の人物が即座に体勢を反らした事により肩口へと命中する。マズルジャンプの跳ね上がりにより最終着弾までは見えなかったが、黒い甲冑の人物の肩部鎧が砕けていることが命中した何よりの証だ。
一撃で仕留められなかった事に対して内心で舌打ちをしつつ、連続で弾丸を発射する。だがそのどれもがあの超機動で回避された。というかあんな動きされて命中させられるはずもない。
5発撃った所で目標を包囲している騎兵へと切り替える。混乱していることが手に取るように伝わってくる騎兵の頭部めがけて引き金を引いた。
暴力的な初速で加速された鉛玉は騎兵の頭を吹き飛ばす。最終着弾を見届ける事はせず、連続で他の騎兵に弾丸を発射していった。
マガジン内から弾が全てなくなる15発を撃ち放ち、ピッタリ15騎の騎兵の頭を吹き飛ばした。そのタイミングで向こう側も撤退を決断したようで、一気に残存の騎馬は離脱していった。黒い甲冑の人物も最後にあの超機動で離脱していく。
どの道リロードだ。俺は立ち上がりながらマグチェンジを行い、残された逃げ手の集団に目をやる。そして落馬した女と目があった。
あー、面倒くせえとかそもそも言語通じるのか?など様々な感情が胸中でシャトルランを開始する。
まあうじうじしてもしょうがない。どの道もうやってしまったのだ。後は成るように成れである。
俺は残された集団のもとへ駆け出した。
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