Act1_剣と魔法のアストロノミア
日中大地を照らし続けた太陽が、その仕事を終え岳陵の向こうへと隠れる。
代わりに現れた月と幾千万の星々がその仕事を引き継いで我々を仄かに照らす。
肌を撫でる風は未だに生暖かく、日光で火照った身体を冷ますまでには至らない。
耳に入ってくるのは風と、仕事を終えた兵士たちがもたらす僅かな喧騒。
人里から少し離れた平野。ここはミスティア王国。その東側国境線、フェリザリア王国の近くに設営された臨時キャンプだ。
今は母上からの命で国境警備の軍役に就いている最中である。
王族の務めとはいえ、少々気が滅入る。とはいっても別にこの軍役に文句があるわけではない。
領土の守護は我々貴族の務めだ。それ自体は良い。寧ろ領土防衛や軍役を投げ出すような輩に青い血が流れているはずもない。
文句があるのはこの暑さである。甲冑を身にまとっているというのが大きいのだろうが、暑いものは暑い。
今すぐにでも甲冑を脱ぎ捨てて半裸で夜風に当たりたいが、不幸な事に今回の軍役にはミスティアに僅かしかいない男の騎士も幾人か参加している。
クローズドな場でもないしそれは不味い。別に今更女の裸を見たくらいでどうもならないだろうことは理解している。現に今回の軍役に参加している公爵家の兵の何人かは全裸になり涼んでいるのが目に入ってくる。
恨めしい。王族という立場がなければ今すぐにでもあそこに参加したい。だが第一王女が男性騎士に見せつける様に裸になるのは不味かろう。
そもそも男が親しくもない女の裸を見て嬉しいはずもない。
だが暑い。暑いものは暑い。堂々巡りしそうになる思考だったが、1人の人物が現れた事によって中断に成功する。
上等なプレートメイルに栗毛のショートカット。そして高身長の女騎士は私の横に立つと口を開いた。
「どうしましたベネディクテ様。今にも溶けそうになっていますよ」
「ラグンヒルド、暑いんだよ。お前の言う通り母上の命でなければとっくに溶けている」
訂正。この思考の堂々巡りは続きそうである。
私の返答に高身長の女騎士は上品に笑った。この女、ラグンヒルド・オルセンは私の身辺警護を担当している第一王女近衛隊の隊長だ。
個人的には笑ってないでこの暑さをどうにかしてほしいものである。まあ逸脱者級の魔術師でもないとそんなこと不可能だろうが。
「でしたら甲冑をお脱ぎになっては?」
「インナーを着忘れた」
「今更裸を見られた所で…ああ。そういえば今回男性騎士の方々が数名参加しておられましたね。淑女然するのは構いませんが、熱で倒れないでくださいよ」
「相変わらず貴様は手厳しい」
ラグンヒルドがピッチャーからレモン水をコップに注ぎ、手渡してくる。
嗚呼…冷たい。氷系魔術で冷却された水が火照った身体の熱を奪ってくれる。
一気に喉にそれを流し込んだ。よく冷えた水が身体の真から熱を殺してくれる。
いつもの10倍は美味しく感じた。全くもって身体状態こそが最高の調味料だといった料理人は的を射ている。
「そういえばオイフェミアはどうした」
私は従姉妹であり第一王女相談役であり、展開中の公爵軍指揮官の事を問いかける。
「オイフェミア殿下は殿下の近衛隊と共に巡回に向かわれました。間もなく帰還されるでしょう。何かご用事でも?」
「いや。オイフェミアに氷系魔術で涼み場を作ってもらいたかっただけだ」
「オイフェミア殿下のお手をわずらわせる事にならなくてなにより」
私はその嫌味を素知らぬ顔で受け流す。
この第一王女近衛隊隊長の嫌味にも慣れたものだ。
もう10年以上の付き合いになるが、相変わらず変わりようもない。
「そういえば子供はどうだ?もうすぐ8歳の誕生日ではなかったか?」
これ以上の嫌味を喰らう前に話題を転換する。
今年で32歳になるラグンヒルドは1児の母でもあった。
「よく覚えておいでで。ええ、可愛いものですよ。私が家にあまりいないもので、帰ればよく甘えてくれます。ですが女として生まれてしまったからにはそろそろ本格的に軍事教練をしなければなりません。娘に嫌われないか心配です」
ラグンヒルドは少し嬉しそうに顔を綻ばせた。
彼女があまり家に帰れない原因の一端は間違いなく私にあるので申し訳なさを覚えるが、それでも彼女は幸せそうである。
子供…子供か…。それ以前に夫を娶ることであろうと自分にツッコミを入れる。
だがミスティア王国で一般的に好かれる『か弱い優男』はどうにも好きになれん。私の好みは強い男だ。それが肉体的にか精神的にかは置いておくにしても、いずれにせよ国内で好かれる『か弱い優男』は好みではなかった。そのため貴族連中の男どもはどうしてもストライクゾーンから外れる。
だが私も王族。それもいずれ国を継ぐことになる第一王女ともあればそういった男とも結婚せねばならん。
私ももう17歳になる。最早若干の行き遅れなのは否めない。母上は16歳で私を出産したらしい。それも本気で惚れた相手とセックスして。羨ましい。
私も本気で惚れた相手とセックスしたい。正直王族の女であろうものが未だに処女なのもどうかも思うのだ。何処かに強い男は転がっていないだろうか。
身分の差があってもセックスまではセーフだろう。そして有力貴族から夫を娶り、本気で惚れた相手を愛人にする。
正直貴族として生まれた女ならば多くが考えることだろう。そんな中でラグンヒルドは本気で惚れた男を夫にしている。羨ましい。全くもって羨ましい。
さて。そのような猿レベルの妄想をしていても暑いものは暑い。だが仕方ないだろう。"この世界の"女は皆下半身で生きていると亡き父上も仰っていた。
気でも紛らわす為に机上演習でもしようかと考えていたところ、騎馬が一騎目の前で停止した。
少々驚きながら騎乗している騎士に目を向ければ見覚えのある顔。オイフェミアの近衛隊の次席指揮官である女だ。
彼女は息を切らしながらも鬼気迫ったように声を上げて報告した。
「申し上げますッ!国境からフェリザリア騎士団が越境を開始しました!現在オイフェミア様以下公爵近衛兵19名が初期迎撃を開始しておりますッ!ベネディクテ王女殿下には至急迎撃部隊の編成と救援を願うとオイフェミア様は仰られています!またオイフェミア様不在の間、ベネディクテ王女殿下に公爵軍の指揮権を譲渡するとのことです!」
脳天からガツンと殴られたような錯覚を覚える。よもやこのタイミングでフェリザリアが軍事行動を取ってくるだと?
諜報を得意とする法衣貴族どもは何をやっているのだ。
愚痴が先走りそうになるが、直様意識を切り替え声を張り上げる。
「了解した!敵の規模は如何ほどかッ?」
オイフェミアの近衛隊次席指揮官は息を詰まらせながら答える。
少々痛々しいがそう言っていられる状況でもない。
「て、敵はおおよそ1500の大軍です!」
彼女がそう言った瞬間、周りの兵士達にどよめきが走る。1500だと?ふざけやがって。我々が展開している総数の3倍近くだ。
なぜそんな数がこの国境線にいる?フェリザリアも我が国と同じく北方の魔物部族連合の対策に手を取られていたのではなかったのか。そもそも何故1500という大軍の進発準備に諜報貴族の連中は気がついていなかったのだ。
いや、それを考えるのは後だ。今は防衛手段を考えるのが先決である。
「理解した!公爵軍の次席指揮官はおられるか!」
そう叫べば直ぐに甲冑姿の女が前へ出てくる。私が言えたことではないが勝ち気な目が印象的な大女だ。
「ハッ、こちらに」
膝をついて敬礼しようとする次席指揮官を手で制止しながら指示を飛ばす。
「公爵軍から20の精鋭を選抜しろ。騎兵だ。それと私の第一王女近衛隊からの10名でオイフェミアの救援部隊を編成する。指揮官はラグンヒルドだ!」
「了解致しました。ですが20騎は現在展開中の騎兵の2割にあたります。よろしいですか?」
「どのみちオイフェミアに何かがあればこの戦いは元より国が滅ぶ。絶対に救援を間に合わせろ!」
私の鬼気迫る様子に気圧されたのか次席指揮官は肯定を示した。
そうだ。従姉妹だからとか親友だからとか私人としての感情を抜きにしてオイフェミアが死ねば国が終わる。
まあ戦略級魔術師であるオイフェミアがやられることなど無いとは思うが、肉薄されれば彼女の強みである高火力魔術を活かす事は難しい。
そしてオイフェミアの剣の腕は市内の娘以下である。要するに既に接近されているような状況であれば非常に不味い。
生きていたとしてもだ。捕虜になろうものなら身代金を想像するだけで気が触れる。絶対にそれは回避したい。
私は戦術はあまり得意ではない。だが戦略は天才と称される。事実それは自分でも自負している。
故にこの一戦が戦略的に重要なことを誰よりも理解していた。
「本隊は前面防御だ!どのみちこのキャンプでは騎兵突撃を止められん。準備でき次第前面で迎撃準備に当たれ!本陣の防衛は私の近衛隊と歩兵10だけでいい!」
「そんな!ベネディクテ殿下危険すぎます!万が一御身に何かあればオイフェミア様に顔向けが…」
「そんなこと言っている場合ではないたわけ!自分の身など自分で守れる。急げ!準備を整えろ!」
彼女たち公爵軍の忠誠は公爵家のみにある。いくら王族だろうが彼女たちの心配は『私が死ぬこと』ではなく、『私が死ぬことによってオイフェミアが悲しむこと』なのだ。
正直に言えば悲しい限りである。だがそんな忠誠を向けてくれる部下を持つのはオイフェミアだけではない。
「聞いての通りだラグンヒルド。部隊を分割してオイフェミアの救援に迎え。人選は任せる」
「了解です。オイフェミア殿下はこのラグンヒルドが命に変えてもお守りしましょう」
私達は準備をすすめる。こんなところで死んでなるものか。処女のまま死んでなるものか。
どうせ死ぬなら好みの男を抱きながら死にたいのだ。
その時ふととある事を思い出す。
フェリザリアには英雄と称される逸脱者が1人存在している。
法衣貴族共が母上への報告を行っていた際によくその名前は出ている。
その者の名前は―――ノルデリア。ケティ・ノルデリアだったと記憶している。
オイフェミアと異なり魔術師ではなく戦士としての逸脱者だったはずだ。
フェリザリア王国がその人物を主軸として北方魔物部族連合の殲滅に乗り出していたのであればどうだ?
周辺国家群の中でも最優の戦士であるノルデリアを投入したとすれば既に趨勢は決しているだろう。
そして北方防衛に投入していた戦力今回の侵攻にあてたのだとしたら辻褄が合う。
その上このタイミングでの軍事行動。
奴らはオイフェミアという我が国の戦略級魔術師を無力化するつもりだ。
――鳥肌が立つ。全身の毛が逆立った。
この時を狙っていたのだ。オイフェミアが軍役で国境近くに現れるこの時を。
「それではオイフェミア殿下の救援に進発します。ベネディクテ様、どうかご無事で」
ラグンヒルドが進発準備を整え声をかけてきた。
――このまま行かせていいのか…?オイフェミアへの増援は間違いなく最優先事項ではある。
だが敵方の逸脱者であるノルデリアがこの戦場に参加しているのだとすれば…ラグンヒルド達が生還する可能性はかなり低くなる。
どうする?どうすれば良い?救援部隊を増員するべきか?
いや、駄目だ。我々の総数は500弱だ。更に増員すれば本隊が戦術的な行動を取ることが不可能になる。
このまま行かせるしか無い。
「そちらもなラグンヒルド。だが気をつけろ。恐らく敵方には逸脱者ノルデリアが参陣している。…無事で帰れよ」
「……承知致しました。全身全霊をかけて望みましょう」
何かを決心したかのようにラグンヒルドは頷く。
その瞳には強い意思が伴っていた。
私も腹をくくるとしよう。
ラグンヒルド率いる騎兵部隊が進発する。
私も全力でこの戦闘に臨むことにしよう。
状況は切羽詰まっていた。
後方からフェリザリア騎士団の騎馬が迫り今にも追いつかれそうになっている。
その数は大凡30。少なくとも私達よりも10騎以上は多い数の集団に追跡されていた。
いつも通り私にとっては退屈な軍役になるはずだった。
確かに前々からフェリザリア王国とは数年に一度の頻度で小競り合いが起きていた。
だが北方の魔物部族連合が勢力を増してきた近年は両国共に余力がなかったため、武装平和が保たれていたはずだったのだ。
なのに、何故このタイミングで彼らは侵攻してきた?
その答えは考えずともわかる。私がいるからだ。
普段は公爵領かミスティア王都にしか出てこない私がこんな国境線の間近にいるのだ。
フェリザリア王国にとっては寧ろまたとない好機に違いなかった。
その証拠に連中の追撃部隊は軽装の騎兵で構成されている。
明らかにこの状況を想定しての編成だろう。
巡回任務中に越境軍事行動を行ってきたフェリザリア軍と不意遭遇したのは凡そ30分前。
即座に伝令へと走らせた部下は無事に辿り着けているだろう。
だが敵の総数は1500を超える大軍である。流石に大多数が歩兵であろうがそれでも我々の3倍超の戦力なのは間違いない。
ここまででも十分に最低な状況なのだが、それ以上に最悪なことが存在している。
それは敵軍フェリザリアの指揮官が逸脱者の1人、ケティ・ノルデリアであるということだった。
私、オイフェミア・アルムクヴィストも逸脱者と呼ばれる存在の1人ではある。
だがその才能は魔術に特化していた。
対してケティ・ノルデリアは戦士としての逸脱者。私とは違う常在戦場にあっての天才である。
ノルデリアはすぐ背後まで迫ってきている追撃部隊を率いているようであった。
つまりこのまま本陣へと逃げ切れたとしても大局での敗北は必至である。
それを避けるためにはここでノルデリアを撃退し敵軍を撤退させる以外にはなかった。
このフェリザリア侵攻軍の中核は間違いなくノルデリアという個人戦力。
それさえ撃退できれば敵は引くことを選択するだろう。
だが正直に言ってかなり分が悪いのは間違いない。
どのみち私にできることと言えば時間を稼ぎ続けること以外にはなかった。
――その時だった。
肩に衝撃が奔る。続いてくるのは激痛。矢を当てられた。そう理解するのに時間はかからない。
私の身体は宙を浮き馬から投げ出される。地面にぶつかる瞬間に魔術防壁を築き衝撃を殺すことに成功したが、私の身体は地面を2度バウンドし転げだされた。
「オイフェミア様!」
部下が直ぐに停止し私を庇うように展開する。
最早逃げられない。そんな事は誰の目で見ても明らかだった。
馬から降り、私の前に立った部下の奥にその姿を捉える。
黒いフルプレートアーマー。背中には軍団旗を差し、大槍を構えるあの女こそ逸脱者ケティ・ノルデリアだった。
ノルデリアは馬から降り私達のもとへと近づいてくる。
私も地面から立ち上がり、その女を見据えた。
「オイフェミア・アルムクヴィスト殿下とお見受けする。我が女王からの伝言だ。『我がもとへ下れ』と、そう仰っている。ご同行願おう」
ノルデリアは声高々にそう宣言した。
まさにあの弱肉強食を地で行くフェリザリアの女王が言いそうな言葉である。
勿論頷けるはずもないが。
「勧誘されるのは大変光栄ですが、それはできません。と女王陛下にお伝え下さい、ケティ・ノルデリア騎士団長」
精一杯の嫌味を込めてそう返答する。すればノルデリアは愉快そうにクツクツと笑った。
「そうだろう、そうだろうな。寧ろ貴殿が売国奴であろうものならこの場で斬り伏せていたというものだ。だがやはり貴殿には価値がある。嫌でも連れて行かせてもらうとしよう」
他のフェリザリア兵士達は私達が逃げられないように周囲を囲む。
そしてノルデリアは大槍を下段に構え、私達へ向け地面を蹴った。
それに反応した私の近衛隊の隊員が帯刀しているロングソードを構え間へと割り込む。
対するノルデリアも機動を変更せず正面から打ち合った。耳を劈く金属音と火花が巻き起こる。
結果。近衛隊隊員の得物は弾き飛ばされ、鮮血が舞う。
寸分の狂いなく首へと突き出された大槍は近衛隊員の頭を切り飛ばしたのだ。
私は苦虫を噛んだような表情を浮かべつつカウンターとして攻撃魔術を発動させる。
高威力の魔術でなければあの逸脱者に十分なダメージは与えられないが、今はそんな詠唱を行っている時間はない。
結果として唱えた魔術は
ノルデリアは直様反応した。魔力放出でその場から飛び退き
内心で舌打ちをしながらも第二射、第三射と叩き込んでいく。だがその全てを容易に回避される。
その隙をついて近衛隊の隊員が斬りかかるが、3手とかからずに頭を飛ばされた。
長年付き添ってきてくれた部下があまりにも簡単に死ぬ光景を前にして、思わず叫びそうになる。
だが精神抑制魔術を自分自身にかけることによって平静を保った。泣くのも、取り乱すのも後で良い。いまは私の壁として死なせてしまった彼女達に報いる為にも状況を打開せねばならない。
部下が作ってくれた時間を使って上位魔術を発動させる。その名前は
それを光波のように発動させノルデリアへ向かって撃ち放つ。だがノルデリアは即座に上体を反りながら前方にスライディングすることによってこの一撃を回避した。だがノルデリアの後方で包囲網を形成していた騎兵はそれに巻き込まれ塵すら残さずに消滅する。
直線上50mほどに渡って平原の地形すらも抉った一撃ではあったが本命に当たらなければ意味がない。
「流石に今の一撃は肝が冷えたぞ。なるほど、女王がその力を欲しがる訳だ」
状態を立て直したノルデリアが愉快そうにそう言った。
この女、命の取り合いを全力で楽しんでいる。倫理観が欠如しているでしょうと内心で愚痴りつつもそれを表情に出すことはしない。
「お褒めに与り光栄です。ですが私はミスティア王国の貴族。最後までその務めは果たします」
その私の言葉に対して、フルフェイスの兜の向こう側でニヤリと笑ったのが感じ取れる。
こちらは全くもって笑えない状態であるというのにムカつことこの上ない。
そして再びノルデリアが魔力放出と共に吶喊してきた。
近衛隊の面々がそれの迎撃を試みるが、その実力差は比べるべくもない。近衛隊の隊員も相当以上の実力者であるのだが、対する相手が悪過ぎた。
大人が幼子を撚るかの様に、その生命を刈り取られる。あっという間に私と長年共に戦ってきた戦友の数は半分以下になっていた。
黒い甲冑を返り血で染め上げ、ノルデリアは槍を構える。
次で決める気だ。そういった確信にも近い直感が私の頭を奔った。
腰を下げ、突撃準備を整える。私はその攻撃に合わせるように
―――だが。ノルデリアの攻撃が行われる事はなかった。
その理由はノルデリアの肩口に何かが命中し、火花と鮮血を上げたことにある。
「チィッ!」
命中した何かは連続で飛来しノルデリアへと向かった。
その直後に背後から聞こえるのは聞いたことも無いような破裂音。
飛来した何かと同じ数だけの破裂音が連続して鳴り響く。
だがノルデリアも黙ってそれらを喰らうはずがなかった。二射目以降の攻撃を魔力放出による瞬間機動で回避していく。
一瞬破裂音の連続が途切れ、直様に再開される。そしてその音と共に放たれたであろう何かは、周囲を囲んでいたフェリザリア騎兵達に襲いかかっていった。
30騎近くいた騎兵が次々に鮮血を噴き出し落馬していく。その状況を理解する間もなく首に風穴を開けられたフェリザリア騎兵の顔には驚愕の色が浮かんでいた。
フェリザリア騎兵の数が半分を切った時、ノルデリアが撤退の合図を出す。それは決して彼女の判断が遅かったわけではない。正体不明の攻撃が早すぎたのだ。
指示を与えられた事によって混乱から回復した騎兵達は一斉に撤退を開始する。
「厄介な伏兵を仕込んでおいたものだなオイフェミア・アルムクヴィスト。今回はお前の策の勝ちだ。またいずれまみえよう」
最後の一騎のフェリザリア騎兵が離脱していく中、ノルデリアはそう言葉を告げた。
そして魔力放出を行い一気に戦場から離脱していく。
ん?まて。何か勘違いをしてはいなかったか。
ノルデリアが完全に視界から消えた後に、生き残った部下達へと目を向ける。その誰もが混乱しているような表情を浮かべていた。
きっとそれは私も同じである。何が起きたかは分からないが、とりあえず助かったという事実だけがそこには存在していた。
とりあえず誰かに助けられた事は間違いないのだろう。そう思い、私は破裂音のしていた方角へと顔を向ける。
400mほど先の岳陵の上。月明かりと星々の光によって照らされたそこには、筒のようなものを抱えた人影が立っていた。
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