変遷上のノーマッド
ArtificialLine
Chapter1_別世界のマーセナリー
Prologue_愉快な戦場
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8月17日 19:25 アゼルバイジャン・ドーラ空軍基地
「クソ暑いな、ヒナツ」
「エアロン大尉、言葉にされるとなお暑くなるんでやめてください」
玉の汗が吹き出す。どこの国にいたって夏というのは暑いものだ。
幸いなのは祖国の蒸し風呂に入ってるかのような湿度の高い暑さでは無いことだろうか。ヨーロッパと中央アジアの玄関口とも言える、ここアゼルバイジャンの夏は湿度が低く過ごしやすい。とはいってもそれは祖国日本と比べての話だが。
何が言いたいかと言えば暑いことには変わりがないということだ。今すぐにでもシャワーでスッキリして冷えたビールが飲みたい。ここにいる連中の殆どはそう思っているだろう。
このカラッとした暑さの中で飲むビールは格別に旨い。仕事終わりのビールはこのクソみたいないつもの戦場で数少ない楽しみの一つである。高望みするならばつまみに、昔付き合っていた女性――姫乃が良く仕込んでくれたきゅうりの胡麻漬けでもあれば最高だ。
だが生憎とここはアゼルバイジャン。あるのは芋と戦闘糧食、ジャーキー、チョコレートばかり。そう思えば今となっては祖国は遠い。
隣を歩く白人の大男、エアロン・スミス大尉から、ライターを着火する音が聞こえる。そして同時に上がる紫煙。香りはもはや鼻に染み付いたアメリカン・スピリットのもの。彼とはもう2年近く共に過ごしているが毎回同じ銘柄の煙草を吸っている。
人の喫煙を見るとどうにも煙草が恋しくなるものだ。喫煙欲求にかられ、胸ポケットから煙草を取り出す。タールが重すぎずメンソールが口内と思考をクリアにする。丁度いい愛煙品だ。
「相変わらず19時前だっていうのに明るいなぁ」
不意にエアロン大尉が言葉を漏らした。今日日、美麗なイラストの身体を手に入れて配信でもすれば瞬く間に登録者バク伸び間違いなしのダンディな声だ。そんな声で発せられるのは綺麗なイギリス訛りの英語だ。普段下品なブラックジョークばっかり言っている癖に相変わらず発音と声だけは良い人である。
俺も口を開く。英語で会話することにもとうに慣れた。大学時代の英語の教授が帰化したイギリス人だったため、俺の英語も所謂イギリス英語というやつである。発音がイギリス訛りかは知らん。俺は日本人だから。正直伝わりさえすればどうでもいいというのが本音だった。
「エアロン大尉だってロンドンの出身でしょう? だったら夏は20時近くまで明るいんじゃないんですか?」
エアロン大尉はニヒルな笑みを浮かべながら答える。
「馬鹿野郎ヒナツ。俺は学生時代引きこもりな上に、お袋の手料理よりも戦闘糧食のが舌に馴染むぐらい軍隊生活のが長えんだ。任官していたのは大体海外だしな。色んな場所の空が入り混じってロンドンのなんて覚えてねえよ」
相変わらず皮肉めいた言い回しをする人である。
「まあ今ではお互いに会社員ですけどね。階級制度とかが軍隊方式だからたまに忘れそうになりますけど」
自分で言った俺も、聞かされたエアロン大尉も、自嘲めいた笑みを浮かべた。
そう。俺たちは軍人ではない。
顧客は国家や大企業、資産家など。資金に問題がなければクライアントを選ばない所謂傭兵(実際には少し異なるが)というやつだ。
とは言っても時代は2023年。表向き国際法を遵守する企業なだけあってテロリストなんか相手には商売をしていない。主に自国民の犠牲を嫌う大国様が行いたがっている海外派兵の代理やら内戦中の国家の政府側に雇われたりするのが主な業務。
とはいえ最近じゃ治安のいい国で物資輸送やら現金輸送、警護、兵員教練なんかの仕事の割合が増えてきたらしい。祖国の日本にも支社ができたそうだ。
そういえばC.C.Cに入社して以来一度も帰っていない。もう2年近く――あの日から、時間だけが過ぎていく。
「思えばヒナツから自衛隊を辞めたって連絡がきてから結構過ぎたのか」
「ええ。2年近くになりますね。早いものです」
「ヒナツ。お前一度も帰国してないだろう。オレが口利きしてやる。今年は家族に会ってこい。早くしないと旅行明けの飼い犬みたいに顔を忘れられるぞ」
――ビクリと。エアロン大尉のジョークに、こめかみに鋭い痛みが奔った
心拍数が僅かに跳ね上がる。喪服の列がフラッシュバックされる。
喪服姿の妹―秋奈。そして傍らで姫乃が背中を擦ってくれる温もり。
だがその温もりとは裏腹に、あの日俺が握った秋奈の手は、あまりに冷たかった。
《……あなたのせいじゃない》
胸の奥が、チクリと痛んだ。
紫煙を吸い込み肺に入れ、吐き出す。強引に思考を煙とともに霧散させようとする。
「……そうですね。お盆の時期には帰らせてもらおうと思いますんで、口利きお願いしますねッ!」
無理に語気を上げて思考を吹き飛ばすように言葉を発する。
大尉に事情を話していないのは完全にこちらの落ち度だ。彼も悪気があって冗談を言ったわけではない。
「お盆って…お前あと2週間くらいしかねえじゃねえか‼ ちょっとは早めに言え‼」
言葉を発する前に大尉の視線が俺の目を見た。瞬間、涙袋がピクリと震えたのが目に入る。きっとこっちが内心取り乱した事に気づいたのだ。だが事情を話していない事を汲み取ってか、気づいていないふりを続けてくれた。心の中で謝罪をし、茶番を演じることを選択する。
「でも口添えしてくれるんでしょう? 頼りにしてますよ」
エアロン大尉はええいッ!と言いながら煙草を地面に落としブーツで踏みつける。公序良俗の観点から如何なものかと思うが、今のこの場所でそんな事を気にする奴も、そんなマナーも存在していない。そういうのは平和な国だけの特権なのだ。
「紳士に二言はない‼ だけど次からはもっと早く言えよなぁ。じゃねえとオレがハバネロみたいに真っ赤になった大佐に睨まれる」
エアロン大尉はヤレヤレとボディランゲージを行う。厳つい白人の大男がそれを行っても全く可愛くない。むしろ周囲に威圧を振りまくだけである。
さて。我々がこうして話しているここが何処なのか。
ここは中央アジアとヨーロッパ世界の境目。コーカサス地域に存在する国家アゼルバイジャンのドーラ空軍基地だ。なぜそのようなところに我々がいるのかと言えば、単純明快仕事である。
半年ほど前に反政府クーデターに端を発した内戦がアゼルバイジャンで巻き起こった。アルメニアの工作やらなんやらという話であるが、その辺はあまり興味がない。
そのあたりの戦略情報は、必要であればC.C.Cの戦略情報部が報告してくるだろう。重要なのは我々C.C.Cがアゼルバイジャン政府に雇われてこの内戦に介入しているということである。
展開兵力は3個連隊から構成される1個旅団。C.C.C社員約1万人が現在アゼルバイジャンで業務に従事している。流石は世界最大手PMSC。アメリカ空母打撃群と殴り合えると言われる戦力を保有する大企業は格が違う。歩兵は勿論のこと装甲大隊や戦闘飛行隊までも投入しているのだ。
そして俺、朝霞日夏中尉とエアロン・スミス大尉はC.C.Cの戦闘機部隊が拠点としているここドーラ空軍基地の警備任務に従事していた。エアロン大尉は元イギリス特殊空挺部隊第22SAS連隊、そして俺は元日本国陸上自衛隊第1空挺団出身である。
2013年に発生した南シナ海危機を発端として改正された自衛隊法。それに伴い東欧への復興支援派遣隊として訪れていた国で当時SASに所属していたエアロン大尉と出会った。
俺は幼少期からサブカルチャー好きであったのだが、エアロン大尉はジャポ二メーション(特に深夜アニメ)の大ファンだった。そういった共通点から話が弾み、連絡先を交換し自衛隊が撤退した後も度々連絡を取り合っていた。
その後紆余曲折有り俺が陸上自衛隊を退職した後にC.C.Cへと勧誘してきたのもエアロン大尉である。それからというもの同じ部隊でいくつかの戦場を共にしバディと呼べるまでに信頼関係を築いた。要するに俺の人生のキーマンであるのがエアロン大尉というわけである。
閑話休題。
現在はここドーラ空軍基地を拠点とするC.C.Cの戦闘機部隊も作戦行動で出払っており、これらはいつもの哨戒任務の最中の一コマである。普段から俺、朝霞日夏中尉とエアロン大尉はバディを組むことが多い。そしてエアロン大尉は小隊指揮官。俺は次席指揮官。本来であれば小隊指揮官と副官がバディを組んで行動することは無いのだが、そこは最大手PMSCであるC.C.C。
下士官以下も各国の軍隊で鍛え上げられた精鋭揃いである。むしろ俺なんかより戦闘経験が長い叩き上げのおっさんおばさん方がたくさんいる。要は指揮序列だけ決めておけば誰が死んでも問題にはならないというわけだ。逆に言えば誰が死んでも大損害という意味である。
「そういえば、今日はフォーマルハウトの連中何処を飛んでいるんだ?」
フォーマルハウト。正式名称コントロール・クライシス戦闘航空部門戦闘飛行課第44戦闘飛行隊。通称"フォーマルハウト隊"。このドーラ空軍基地を拠点とするC.C.Cの戦闘飛行隊の名前だ。要するに我々が警護する実質的な対象である。
「確か首都バクー周辺ですよ。フォーマルハウトの機体は
「ヒナツ。それ絶対にフォーマルハウトの連中に言うなよ。奴らは元々空軍や海軍のアグレッサーだからな。いまのまま空戦ができないんじゃいずれロシア領にすら飛びかねんぞ」
「ロシア空軍相手とか勘弁してくださいよ。流石に規模が違い過ぎて物量で潰される。そんで下は地獄。最終的にボルシチにされるのは御免だ」
冗談を言い合いお互いに吹き出す。
俺もすっかりこのイギリス人のせいでブラックジョークに染まってしまった。もし今後メディアに露出する機会でもあれば気をつけなければ。
――その時だった。
身につけている無線機からプッシュ音が鳴り響く。それは無線から直接発せられるのではなく、装着しているヘッドセット-ComTacⅢを通じて直接鼓膜を揺らした。
瞬時に意識を切り替える。先程までの緩んだ空気は一瞬にして弾け飛び、冬の早朝の如き鋭さへと変化する。
定時報告はまだ先のはずだ。つまりは定時報告外の異常事態が起きたことに他ならない。俺は神経を研ぎ澄ませた。隣のエアロン大尉も、無線に全神経を集中させている。
そして聞こえてきたのは同じ小隊の隊員の声ではない。凛と張った女性の声色。確かこのエリアの管制を担当している女性オペレーターのものだ。
<<アゼルバイジャン共和国に展開中の全C.C.Cユニット。こちらはC.C.Cコーカサスコントロール。方位270より
コーカサスコントロールからの通信内容を理解した瞬間に全身に電流が奔った。最早内戦ではない。この紛争は国家間戦争に発展した。すぐさまエアロン大尉が無線を繋げコーカサスコントロールとの通信を開始する。
『こちらヴァイオレット2-8。コーカサスコントロール、アゼルヴァイジャン国内の反政府ゲリラに動きはあるか?』
<<こちらコーカサスコントロール。ヴァイオレット2-8、少し待て。……そちらの言う通り各地の反政府ゲリラが
『ヴァイオレット2-8了解。アウト』
<<こちらコーカサスコントロール。既にアルメニア国境付近で
首にぶら下げられたドッグタグと古びた御守を無意識に握る。
《死なせない》
御守が、微かに温かい。
いつからこれを持っていたのか、正確には覚えていない。だがなんとなく捨てられず、験担ぎとして身につけている。
妙に手に馴染む、この感覚。
まるで誰かがの手を握っているような。
俺とエアロン大尉は走り出していた。今の無線は全C.C.Cユニットが聞いていたはずだ。であればここドーラ空軍基地に駐留する部隊も迎撃準備を開始しているに違いない。走りながら簡易的に装備の確認をしていく。
今の装備はジーンズとコンバットシャツの上に各種装備を身につけている。頭部はベースボールキャップを被りその上からComTacⅢというヘッドセット。アイガードにESSクロスボウシューティンググラス。そのグラスのカラーはオレンジ。
続けてプレートキャリアを軽く点検する。CRYE PRECISIONのJPC——自衛隊時代には高嶺の花だった装備が、今では相棒だ。MOLLEシステムに取り付けたマガジンポーチの配置は、2年間で何度も調整を重ねた。無駄のない、自分だけのセットアップ。
「日夏のキャリア、相変わらずミニマリストだな」
エアロン大尉が横目で見る。彼のベルトには予備マガジンが俺の倍ぶら下がっている。
「大尉こそ、マガジンいくつ持ってるんです?弾薬庫ですか?」
「備えあれば憂いなしってな」
メインアームにはレミントンACR-5.56mm×45mmNATO-14.5inch。AR-15系列ほどではないが柔軟な仕様変更が可能なカービンライフルだ。サイドアームにはシグ・ザウエルP226TB-9mm×17パラベラム弾。陸上自衛隊も同系統銃を採用している信頼性の高いハンドガンだ。それらのチェックを十数秒のうちに済ませ、ACRをハイレディの姿勢で走り続ける。
「方位270からの機甲大隊とボギーってどう考えてもゲリラじゃないですよね?」
「あったりめえだろ! 十中八九アルメニア正規軍だよ! 奴さんパイの準備が終わってもねえのに掠め取りにきやがった!」
道中で複数の人物とすれ違っていく。それらはすぐにC.C.Cのオペレーターかアゼルバイジャン兵かどうかが判別できた。動きが全く違うのだ。C.C.Cのオペレーターは一切の淀みなく装備の搬送やチェックを勧めている。
対してアゼルバイジャン兵の多くは混乱しているようであり指揮系統がメチャクチャになっていることが伺える。正直に言って烏合の衆だ。だがそんな中でも能動的に命令発令への準備を勧めている正規軍兵士の姿も垣間見える。彼らの顔には見覚えがあった。我々C.C.Cが教練を施した空軍基地守備兵だ。生憎なことに実戦部隊であるアゼルバイジャン陸軍には殆ど教練を行えていない。
本来であれば予備兵も同然の扱いを受ける彼ら空軍歩兵が、実戦経験済みの陸軍部隊よりも動けているのは皮肉以外の何物でもない。
そうこうしているうちに当直で使用している宿舎へとたどり着いた。既に我々の部隊であるC.C.Cヴァイオレット2-8歩兵小隊が準備を完了し待機していた。コーカサスコントロールの通報から3分。さすがの練度と統率力である。壮年のヒスパニック系オペレーターが俺と大尉の姿を認めると大声を投げかけてきた。
「大尉‼ ヴァイオレット2-8は進発準備を完了しています‼」
「流石だ曹長‼ オペレーション・アンチテーゼに置けるヴァイオレット2-8の配置はドーラ空軍基地の北部ゲート防衛だ。総員乗車‼」
エアロン大尉の号令でヴァイオレット2-8の面々がいっそ芸術的とも言える素早さで各車両に乗車していく。C.C.Cが主に用いる車両はブラックペイントのスバルフォレスターだ。軍事用に改良されルーフに射座が取り付けられている。射座には
小隊各位を乗せた車両はコンボイを形成し北部ゲートへ車両を走らせていく。その道中、再び無線から声が聞こえてきた。
<<こちらC.C.C所属フォーマルハウト隊の
<<こちらコーカサスコントロール。アルデバラン、既に国境線は敵機甲部隊に突破された。また国際チャンネルを用いてアルメニアからアゼルバイジャンに対する宣戦布告がなされた。私達の敵にアルメニア政府軍も追加だ。オーバー>>
<<アルデバラン了解した。フォーマルハウト隊はアグジャバディ県上空で敵航空戦力を捕捉している。接敵まで60秒。これを撃破し航空優勢を確保した後
<<こちらコーカサスコントロール。アルデバラン、フォーマルハウトは4機小隊だが、
<<うちは皆士気旺盛でね。制空戦闘が無いことに嫌気が差してロシア旅行を画策していたぐらいだ。航空優勢確保後CASを行う。想定地域はわかるか?オーバー>>
さっきエアロン大尉と話していた内容はどうやら事実であったらしい。本当に勘弁してくれ。ロシアは稼働率は兎も角としても実戦経験でいえば世界トップレベルなのだ。アメリカ軍、中国軍に並んで相手取りたくない軍隊である。
<<コーカサスコントロールより。西部地域での最重要拠点はドーラ空軍基地だ。地上ユニットの劣勢時はCASを要請する。またC.C.C本社からアゼルバイジャン空軍への救援要請を行っておく。オーバー>>
<<期待しないでおくよ。アゼルバイジャン空軍は内戦初期にかなり損耗しているからな。おっと
AWACSとコーカサスコントロールの通信が終了する。ヘッドセットから見知った連中の声が聞こえてくる。これから間もなくで戦場へ赴くというのに、車両内の会話は酷くいつもどおりであった。
『空の連中、いきり立っていたな』
『気持ちはわかるさ。私達だって日本とかに派遣されてみろ。きっと平和すぎて気が狂うぞ』
俺は次席指揮官として司令部交信用と小隊交信用の2つの無線機を身に着けている。そのうちの小隊交信用の無線からの声だった。全くもっていつもどおりの会話だ。これから死ぬかもしれないというのに。だが彼らの所作は会話内容の様に緩みきったものではない。
寧ろその逆。研ぎ澄まされた刀剣が如き雰囲気を身にまとっている。
C.C.Cの、というよりはPMSCのオペレーターには
そんな俺もウォーホリック予備軍の1人である。自衛隊退職時は実戦経験なぞ皆無だったが、C.C.Cのオペレーターとして転戦を続けていたあたりから感性が壊れた。僅か2年の戦場が、27年の人生を受け入れがたくしている。人はそれこそ大量に殺した。俺はマークスマンだ。必然その機会は多くなった。ここにいる連中は、自分で地獄へ走り出すのを止められない。
そんな思考の内にコンボイは北部ゲートへと到着した。各員が降車し防衛位置へ展開していく。
すぐ横に存在する滑走路から轟音が鳴り響いた。空気を劈くエンジン音。直後に身体を襲う強烈な風圧。目の端でそちらを見てみればアゼルバイジャン空軍の
初期通報から既に10分が経過している。スクランブルにしては遅すぎる離陸だ。第一撃の混乱からようやく回復したといったところだろうか。もう少し早く
だが離陸していくMig-29の装備を見て気がつく。こいつら空対空ミサイルを2発しかぶら下げていない。つまり戦闘する気はなく、空中退避させるだけということだ。全くもってドーラ空軍基地の司令官殿は優秀であらせられるようで何よりだ。
「よし、ライアットとゲールマンはゲートの防衛だ。レイチェルとレネイはゲートの二人を援護しろ」
エアロン大尉が的確に指示を飛ばしていく。その内に俺は車のトランクを開き、その中から2つの銃を取り出していた。
「相変わらず重いな」
一挺はM39EMR。M14系ライフルの現代改修品であり、マークスマンライフルにしてはそれなりの性能にまとめている。使用弾薬は7.62mm×51mm NATO弾。バイポッドを装着しているため立射するには重量がキツイが、半固定運用ならば問題ない。4-16倍暗視スコープも取り付けておりこの夜間運用では大いに役立つだろう。
もう一挺はバレットM82A1。12.7x99mm NATO弾という気の狂った弾薬を使用する
「ヒナツ、お前は弾薬庫の上で阻止射撃を行え。敵が見えたら撃っていいぞ‼ お前が先駆けだ」
「了解、大尉」
エアロン大尉からの指示が下りゲートから50mほど後方に存在する臨時の弾薬庫の天井へと駆け上がる。流石にACR 3kg、M39EMR 4.5kg、M82A1 12kg、弾薬装備合わせての合計50kg弱を担いで階段を駆け上がる事は元空挺団でもキツイ。
だが行軍ってわけでもないんだ。問題はない。弾薬庫の屋上に到達し担いでいた銃を置いていく。少し乱れた息を鍛えた体力と幼い頃からやってきたシステマ独自の呼吸法を組み合わせて落ち着かせる。
そしてうつ伏せになり射撃体勢をとりつつ各火器の最終チェックを始めた。チェックが終わり、ポケットに突っ込んでいた干し梅を口に放り込む。さあ準備はできた。あとはお客さんが来るのを待つだけだ。
存外その時はすぐに訪れた。大体2分後、無線機がヘッドセットを通して鼓膜を震わせる。
<<コーカサスコントロールよりドーラ空軍基地の各C.C.Cユニット。警戒中の
コーカサスコントロールのオペレーターが凛とした声で悪態を付く。だが全くもってそのとおりだ。この半年で連中の戦力の多くを削ったはずだが。何にせよ俺が開戦の口火を切ることになりそうだ。
M82A1を構え目標を捉えるまで感覚を研ぎ澄ませる。M82A1にセットしている弾丸は榴弾。非装甲の車両であればかすりでもすれば致命傷になる。
『ヒナツ、敵が見えたら撃ってよし。開幕の一撃は任せる』
「言われなくても、大尉」
その数秒後、稜線から現れるトヨタ製のピックアップトラックを視認した。月明かりと高緯度特有の日の高さではっきりと確認することができた。
距離約1400m。風速3m程度。コリオリ力を含めて大まかな射撃位置を決定する。本職のスナイパーで無いためそういった連中には劣るだろうが、射撃の技術に関してはそれなり以上の自負があった。どうせスコープなし曳光弾狙撃なんていうアホみたいなことをしているのだ。初弾が当たらないことなんて当たり前。そこから修正射を行い2射で一両を仕留める。
言っていてなんだが正直自分でもどうかと思う。きっとワンショット・ワンキルを心情とする本職の連中に怒られるんだろうななどとどうでも良いこと思いながら――トリガーを引いた。
12.7x99mm NATO弾が起こす強力な衝撃が肩を襲う。それを肩甲骨を反動方向へずらすことで身体全身へと逃した。ノンスコープ狙撃にも良いところがいくつかある。その最たるものが
巨大なマズルブレーキの先から撃ち出された弾丸は暴力的な初速を伴って対象へと向かっていく。それはまるで誘導されるかのように曳光弾が軌跡を描きながら目標へ吸い込まれていった。エンジンブロックに直撃した12.7x99mmの榴弾は破裂し、爆炎が夜空を裂いた。
「当たんのかよ……」
初弾命中。まさか当たるとは。
曳光弾を見たドライバーが回避しようとした―だが、地球の自転による弾道の歪み、コリオリ力が弾を曲げた。
つまりドライバーは自ら、死へ飛び込んだ。
『ヒナツ!ナイスショット!』
「まぐれですよ。コリオリ力様々です」
『1400mでノンスコープだろ?お前の運の良さには神様も呆れてるぞ』
続けて2両目に目標を定めてトリガーを引く。弧を描くように飛んでいく曳光弾。だがその着弾はズレ命中しない。
「まあこれが普通だわな」
その弾着から修正し第二射を叩き込む。弾丸は狂いなくピックアップトラックのフロントガラスへ吸い込まれていき横転爆発したのが見えた。3発で高速移動中の車両を仕留められた事に若干の満足を覚えつつ口の中で干し梅を弄ぶ。
ゲートからは歓声が聞こえてきた。彼らにも月まで吹っ飛んだ車両が見えたのだろう。同時、他の3方向からも銃声が鳴り響き始める。C.C.Cオペレーターが受け持つ方角からは俺と同じようなアンチマテリアルライフルの単射音が。アゼルバイジャン正規軍が受け持つ方角からは
<<こちらコーカサスコントロール。ヴァイオレット2-8、そちらが先鋒を撃破した敵北部部隊が稜線の手前で停車した。現在トラックから歩兵が降車し接近中。警戒されたしオーバー>>
『ヴァイオレット2-8了解。防衛任務を継続する、アウト』
<<……いや、待て。敵部隊の更に後方、距離2200mの森林部に複数の熱源が出現。これは――迫撃砲部隊だ>>
その通信が入った瞬間に風切り音をヘッドセットが拾う。咄嗟に対ショック姿勢を取った。直後ヘッドセットが音量カットするほどの轟音、そして熱風が肌に感じられる。滑走路横に設けられていた掩蔽壕に迫撃砲が着弾したのだ。
『全員頭を下げろ‼ 観測手はまだいないはずだ‼ 精密攻撃はありえない‼』
エアロン大尉の怒号混じりの声がヘッドセットから聞こえる。冷静なものだ。元SASは流石に頼りになる。俺は対歩兵射撃に備えM39EMRを手に取る。
<<ヴァイオレット2-8、狙撃を行っていたのは誰ですか? オーバー>>
『アサカ中尉だッ!』
<<アサカ中尉。こちらコーカサスコントロール。敵迫撃砲部隊の視認は可能か? オーバー>>
「不可能です。稜線に加え森林が遮蔽になっている」
事実を伝える。どう足掻いても視認は不可能な相対位置だ。恐らくはフォーマルハウト隊によるCASはまだ時間がかかるだろう。いや例えCASが可能であったとしても彼らは武装の殆どを使い果たしているに違いない。
各国アグレッサーなどの出身者が多い彼らがアルメニア空軍ごときに負けるとは思わないが、あまり期待はしないほうが良さそうだと感じる。だが事実として迫撃砲火力を叩き込まれながら基地防衛なぞできるわけもない。一瞬詰みの二文字が脳裏をよぎる。
<<こちらコーカサスコントロール、アサカ中尉了解した。虎の子だがUAVに搭載されているヘルファイア空対地ミサイルを用いる。弾着まで15秒。各C.C.Cユニット注意せよ>>
そしてぴったり15秒後に稜線の向こう側で爆炎が上がったのが見えた。今ほど所属企業がC.C.Cで良かったと思った事はない。普通のPMSCなら良くて撤退。悪ければ壊滅する可能性があった。ありがとうコーカサスコントロール。ありがとう綺麗な声のオペレーター。あなたが女神だ。
『Hue‼ 最高だッ! 愛してるぜコーカサスコントロール!』
他部隊のオペレーターが歓喜のあまりコーカサスコントロールに愛を叫んだ。まああのクールなオペレーターのことだ。小言を言われるに……
<<ンンッ‼ ンンンンッ! か、各ユニット警戒継続。状況継続中です!>>
……メチャクチャ動揺しとるがな。存外ウブなのかもしれない。まさか命の危機に瀕した戦場で顔も知らない人物の性癖について考えることになろうとは誰が思うのか。
さて。そうこう考えている内に敵歩兵がM39EMRの有効射程に侵入しそうである。グリップを握りストックを肩に押し当てる。両目を開けた状態で暗視スコープを覗き込むと増幅された光で構成された緑の世界が現れる。
そしてくっきりとその歩兵達の姿を確認することができた。だが多大な違和感を感じる。コイツら……装備が良すぎる。アルメニア、アゼルバイジャン共に旧ソ連構成国。そのため装備にもその色が濃く出ているはずだ。それに正規軍からの離反者が多少合流しているとはいえ大多数は民兵のはず。であるのならばあの装備は何だ?
「コーカサスコントロール。こちらヴァイオレット2-8朝霞中尉。敵の歩兵を視認したのだがどうにもおかしい。連中
<<こちらコーカサスコントロール。アサカ中尉、確かか? オーバー>>
「間違いない。スコープではっきりと見えている。連中装備だけは超一流だぞ」
<<了解。現状作戦に変更はありません。C.C.C各ユニットは防衛戦闘を継続。戦闘終了後に調査チームを派遣します。コーカサスコントロール、アウト>>
きな臭いことになった。この戦闘にはアルメニアだけでなく第三組織が介入していることは間違いないだろう。それも西側最新装備を供給できるような潤沢な資金力を持つ組織が。だが少なくともこの戦域にそれらが直接参加している可能性は低いと思える。
直接参加しているのならこんな稚児にも等しい杜撰な拠点攻撃は行わないだろう。違和感を抱えつつも口の中の酸味に一瞬意識を向けることでそれを振り払う。
そして完全に射程に捉えた歩兵に対して射撃を開始した。M82A1ほどでは無いにせよそれなりの衝撃が身体を揺らす。1人、2人、3人、5人、8人。なるほど。縁日の射的をしているのかと勘違いするほどに弾を当てやすい。
やはりこいつら、装備以外は素人だ。だがプレートキャリアを着込んでいる様で無駄にしぶとい。少々面倒だがヘッドショットを狙っていった方が確実か?
敵性勢力を無力化するならば、わざと急所を外して"足手まとい"を増やしたほうが、敵部隊の機動力を削ぎやすい。救助に駆けつけた無防備な敵兵も撃ち放題になる。それは理解している。とはいえ、それはあまり"趣味"ではなかった。俺がスナイパーになれない理由の一つでもある。
そうして"趣味"に従い、14人目の頭を吹き飛ばし、15人目に照準を合わせた時だった。全身の毛が逆立ち鳥肌が立つ。なぜ? その理由はすぐに分かった。
15人目の後方、稜線の上にそいつはいた。地上戦の主力であり、圧倒的な装甲と機動力、火力で歩兵をボロくずの用に吹き飛ばす巨体。
平野に置いて不意遭遇すれば神に祈るしか無い鉄の猛獣、戦車だ。特徴的なネットで車体を覆っているその砲口と目があった。
「T-90ッ!?」
『おいヒナツ!T-90ってマジか!?そこから逃げろ!絶対に狙撃手を吹き飛ばしに来るぞ!』
<<そんな敵
俺はエアロン大尉とコーカサスコントロールの声が聞こえる前に走り出そうとしていた。
そしてその瞬間、T-90の砲口が砲炎を吐いたのを目撃する。妙に周りが遅く見える。匍匐状態から起き上がり、弾薬庫の屋上から飛び降りようと走り出す。
視界の端には迫ってくる砲弾。屋上外縁まであと3m。砲弾はスローになった世界でも高速で迫ってくる。
あと2m。過去の記憶がスライドショーの用に流れ出す。その多くに写っているのは、1人の少女と1人の女。最早砲弾は眼前まで迫っている。
あと1m。ああ、そうか。これが走馬灯。砲弾は弾薬庫の外壁を食い破り内部の燃料弾薬に引火した。
視界が白く染まる。
嗚呼、死ぬのか。
ごめんな。秋奈——姫乃。
《――だめ》
胸の奥から、熱い何かが溢れ出した。
それは俺の身体を包み込み――
――その瞬間。
世界が、歪んだ。
爆炎が引き伸ばされ、空気が捻じれ、光が渦を巻く。
まるで世界そのものが悲鳴を上げているかのような――
胸が、熱い。
いや、熱いのは胸じゃない。
御守が――灼けるように、熱い。
そして次の瞬間、世界が反転した。
爆炎が。
基地が。
エアロン大尉の叫びが。
全てが遠ざかり――
黄昏と星星に包まれた草原が現れた。
《一体、何が――》
俺の意識は、深海から足を掴まれるように沈んでいった。
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