Act2-2_索冥のプロパガンダ
「前線からの報告!左翼に展開している敵騎兵の突撃がきます!」
「長槍兵を前に出せ!魔術部隊を配置転換しカウンターで鼻を折る!」
怒号が轟いていた。フェリザリアの侵攻から40分ほどの時間が経過している。
1500近くの大部隊が攻勢を仕掛けてくる前に最低限の陣を築けたのは大きい。そのおかげで今も我々は全滅せずに済んでいる。
弓兵同士の射撃戦、魔術部隊同士の準備射撃が双方ともに終了し、状況は白兵戦へと移行していた。
といっても戦力差は圧倒的に劣勢である。要するに白兵戦に突入してしまった現状、このままではどう足掻いても敗亡は決定的であった。
そもそも騎兵の数からして5倍近くの開きがあるのだ。ふざけやがって。なんでそんな規模の騎兵をこんな国境線に投入できている。
どう考えても逸脱者ノルデリアのせいだ。奴の戦略的価値を再評価せねばならない。
決して侮っていたつもりはないが、まさかこれほどまでとは。
兎も角現状絶対に優先すべき項目は殲滅されないこと。この一点に尽きる。
最悪本隊が壊滅しようともオイフェミアさえ戻れば勝機はある。彼女に対するカウンターはそれこそノルデリアのような逸脱者しかいないのだ。
考えても見てほしい。射程50mの線上を地形ごと破壊できる魔術を連発可能な存在を、どうやって通常騎兵と歩兵で止めるというのだ。
一般兵でも理論上有効な対抗手段として弓兵によるロングレンジの攻撃があるが、オイフェミアは高強度の魔術防壁が展開可能だ。
本来魔術防壁というものは万能な代物ではない。常時展開するのであればそれだけ魔力の消耗がえげつない事になる。また強度を増そうとすればそれもそれで魔力の消耗がエゲツない事になる。要するに燃費が悪い。
通常の魔術師では精々が被弾時の衝撃を減少させれる程度だろう。だがオイフェミアの場合は違う。その生来の魔力保有量であれば長弓の全力射を完全に相殺することも可能だ。
だがそんなオイフェミアであったとしても本隊が殲滅されれば撤退せざるを得なくなる。だから私達は時間を稼ぎつつ殲滅されないように立ち回らねばならないのだ。
私達より300m程前面に展開している主動隊に対して敵左翼の騎兵が突撃を敢行する。
それを前進させたパイク兵で迎え撃ち、魔術部隊による迎撃が展開された。
何騎かの騎兵はパイクや攻撃魔術に阻まれ停止するが、それでも勢いを削ぐには至らない。
迎撃網を抜けた騎兵が歩兵や魔術部隊を蹂躙した。そしてこちらの反撃の前に騎馬の機動力を生かして離脱していく。
いや…。離脱ではない。そのうちの15騎ほどが前線を突破し、私のいる臨時指揮所へ向け突撃してくる。
舌打ちをしながら腰に帯びた大剣を抜刀した。元より騎兵突撃を許した時点でこうなることは想定済みである。
全身の魔術回路に魔力を回す。用いるのは
まず使用するのは
続いて
最後に
これらの技能は強力であるが、効果時間はかなり短い。効果が終了した後は術をかけ直す必要がある。
だが今はそれでも十分であった。そもそも長期戦に縺れ込んだ時点で負けが決定する。
深呼吸。そして手に持った大剣へと魔力を流し込んだ。
その瞬間に大剣の刀身部分が白炎に包まれた。この大剣の名前はサンクチュアリ。ミスティア王国の宝具の一つである神造兵器だ。
全ての準備を終え、敵騎兵を迎え撃つ。こんな所で死ぬ気も無い。全霊を持って死神の鎌を打ち砕くことにしよう。
先鋒の騎兵が切り込んできた。私の護衛である近衛隊の面々はサンクチュアリの熱に巻き込まれぬ様に皆少し離れた位置で各々の得物を抜刀している。
騎兵のランスが突き出される。それをサンクチュアリで大きく弾きつつ、馬の首を切り飛ばした。
思考する器官を失った馬の身体はバランスを崩し、騎乗していた騎士を地面へと投げ出す。そして間髪入れずに部下達がその騎士の急所部分へと刃を差し込み生命活動を停止させた。
次が来る。二騎の騎馬。一騎目から突き出されたランスを姿勢を下げ回避しつつ、二騎目の馬の足を切り飛ばす。投げ出された騎士の末路は先程と同じもの。
私に攻撃を避けられた一騎目の騎兵は離脱反転しようとするが、それよりも先にその背中に向かって魔術を発動させた。
「神の怒り、雷の力よ。私に仇なす者を滅しろ!
左手に装着した魔術の発動体でる指輪から雷へと変化した魔力が解き放たれる。
それは文字通り目にも留まらぬ速度で目標へと向かっていき、騎士に直撃した。
胴体部分を穿たれた騎士の躯はそのままバランスを保てなくなり落馬する。
次だ。振り返り敵の追撃を警戒する。騎兵突撃では埒が明かないと判断したのか、騎兵達は馬から降り白兵戦を挑んできた。
それを前衛の部下達が迎え撃つ。だが3人程が壁を掻い潜り私へと肉薄してきた。
得物はロングソード。リーチではこちらが勝る。
一人目の振りかぶった一撃をバックステップで回避し、二人目の攻撃を手甲と硬質化された左腕で受け止める。
三人目の正中線を狙った突きに対しては身体を反らすことによって直撃を避けた。
だが相手の勢いは止まらない。次は二人の騎士が同時に左右から切り込んでくる。それをサンクチュアリで受け止めた。
三人目の攻撃が来る。上段に突き出した一撃。狙いは首か。
咄嗟に腰を落とすことによって狙いをズラす。そのまま突き出された刃は口腔を貫通し、右の頬を貫いた。
刃のものか、はたまた私自身の血のものかは判断できないが口内に鉄の味が広がる。
即座に
砕かれた破片が口内に散らばるが硬質化されているためこれ如きで傷を負うことはない。
異物を吐き捨て敵騎士を見据えた。兜の奥で畏怖に染まった瞳と目が合う。そんなに怖がることは無いだろう。寧ろ私に傷を負わせたのだ。誇るべきだろう。
サンクチュアリで受け止めていた二人の騎士を膂力で強引に弾き飛ばす。次いで私の口に刃を叩き込みやがった騎士の腹を蹴り上げ距離をとった。
得物を下段に構え、左肩を敵方へと突き出す。そして地面を蹴り上げ斬りかかろうとした時だった。
バァン。何かが破裂したかのような爆音が左手側の丘から聞こえてくる。
その瞬間、目の前にいる騎士の1人の頭が爆ぜた。いとまもなく連続する破裂音。
何が起きたか理解できていない敵兵達の頭は次々に爆ぜていった。
状況は私にも良くわからない。だが
兎も角誰かしらの援護であることは間違いない。
破裂音は更に連続して鳴り響く。そして前衛で戦っている部下と相対した敵の頭が次々に爆ぜていった。
突然目の前の敵が死亡したことからか、部下たちの顔には困惑の色が浮かんでいる。
残敵が残っていない事を確認してから私は音の方向へと顔を向けた。300mほど先の丘の上。そこで手旗信号を送っている人影が月明かりに照らされている。
あの豊かな金髪は…オイフェミアだ。彼女が生きていた事に一先ずの安堵を抱くが、その手旗信号の内容に『正気か?』という感想を抱く。
『撤退し敵を誘引せよ』
彼女の手旗信号の内容はそのようなものである。
この状況で前線を下げようものなら戦線の再構築は不可能になることくらい聡いオイフェミアであれば理解できているはずだ。
ということはそうなろうとも問題がない策を用意しているのだろうか。
兎も角はその指示に従うことにする。現状の総指揮官は私だ。判断に迷えばいま決死の覚悟で戦っている兵士達を無駄死にさせることになってしまう。
今はオイフェミアの事を信じよう。
「前線へ撤退の合図を出せ!敵を誘引せよ!」
「しかしそれでは…」
「オイフェミアからの指示だ!今は奴を信じろ!」
私の近衛隊の指揮官が不安そうな顔をしつつも頷く。
そして通辞のピアスと呼ばれるマジックアイテムを用いて前線指揮官へと通信を行った。
それから30秒程のラグの後に前線部隊の後退が開始される。
全翼に展開していた敵軍はしばらくの間様子を伺っているようだったが、全軍での前進を開始した。
私のいる本陣との距離が縮まっていく。軍団旗を掲げた敵指揮官クラスの影もちらほらと見え始めた。
まだかオイフェミア。このままでは不味いことになるぞ。
そう思っていた時、先程の破裂音がオイフェミア達のいる丘上から鳴り響いた。
まさかと思い前線へと目を向けてみれば軍団旗を掲げた敵指揮官が血飛沫を上げ馬から転げ落ちる光景が目に入る。
破裂音は連続する。次々に指揮官クラスへ命中していくその攻撃に、敵軍は大混乱に陥った。
最早頭を失い烏合の衆となりかける敵軍であったが、その時敵の後方から笛の音が鳴り響く。
視線をそちらへと移せば大槍を担いだ黒い甲冑が目に入った。敵方の逸脱者、ノルデリアだ。
その笛の音を合図とし敵軍は一斉に撤退を開始する。
それが意味することは我々の勝利であるということだ。
『うぉおおおおおおおおお!』
前線部隊から歓喜の声が上がる。だが私の意識は別のところに向いていた。
オイフェミアの横に誰かが立っている。月と星々の明かりに照らされたそれは奇妙な外見をしていた。
あれは…何者だ?そう思考しながらも、兎も角は痛む頬の治療をすることを決定するのだった。
傷を神聖魔術で治療した後、私は仮設陣地に置かれた椅子に座っていた。
兵士たちが戦場に残された遺体の回収を開始している。圧倒的な劣勢であったのにもかかわらず勝利できたのはまさに奇跡と言えるだろう。
我々も戦力の三分の一を喪失してしまい実質的な全滅判定ではあるが、既に後方への連絡は済ませてある。
あと3日もしない内に交代要員の貴族が軍を引き連れて到着するだろう。それまでは現有戦力で対処せねばならないが、フェリザリア側もこれ以上の侵攻は行ってこないだろう。
そう考える理由としては3つあげられる。一つ目は先の戦いで士官クラスの兵の大多数を損耗したこと。二つ目はオイフェミアの警戒レベルが跳ね上がったこと。三つ目はフェリザリアの士官クラスの殆どを尽く屠った存在が観測されたこと。
私にとってもイレギュラーだったのは三つ目の存在だ。これに関しては全く想定もしていない。当然である。誰があんな闖入者の存在を想定できるというのだ。
だがまあ、それのおかげで我々は今生存できているといっても過言ではない。オイフェミアはその闖入者たる男をこの場に残して、自軍の状況確認に向かってしまった。もうしばらくすれば帰ってくるだろうが、それまでに私はこの男の事を多少なりとも探っておくべきだろうか。
更に驚いたのはこの男がフェリザリアの逸脱者たるケティ・ノルデリアを退けた張本人だということであった。正直に言えば未だに信じられない。
そんな明らかにオーバーパワーな存在だが、私はあまり警戒心を抱いていなかった。理由はオイフェミアである。人の心を容易に覗き見れる彼女がこの場に残していったのだ。
ならば神経を張り詰める必要もない。無為に警戒しすぎてこの男の心情を変えてしまう事も嫌だしな。
男の姿は実に奇っ怪であった。見たことのない形の帽子。オレンジ色のメガネ。蟲甲の耳あて。胴体部分だけを保護するような布鎧に弦のないクロスボウのような得物。一体何者なのだろうか。
オイフェミアの言では『傭兵』とのことだが、こんな姿の傭兵見たこともない。そも男の傭兵という時点で珍しすぎる。こんな存在が自国内にいればすぐさま報告に上がってくるはずだが、勿論耳にしたことなど無い。
件の男は今、私の横で木箱に座っていた。勿論周りにはラグンヒルドを含めた護衛が数名待機しているが、誰も言葉を発することはない。奇っ怪な男も最初に『煙草吸っていいですか?』と聞いてきただけだ。
木箱の上に座りながら紫煙を吐き出している。男の装備については全くもって我々の常識外のものである。それについて考えても仕方がないだろう。知らないものは知らないのだ。
だから私はまず男の吸う煙草に注目することにした。煙草であれば勿論知っている。私は吸わないが、宮内も吸うものは多い。
だが男の吸う煙草は私のしるものとは少し違っていた。この世界において煙草と言えば葉巻がメジャーだ。それ以外にも葉切りを燻して吸う煙管などもあるが、男の吸うそれは全く違う見た目である。
白い筒のような外見の先端に火をつけ紫煙を吐き出していた。恐らくは葉切りを白紙で包んでいるのだろうが、ひと目でそれがかなり高い技術力で作られていることが理解できる。
煙草に造詣は深くないが、あれはそれなり以上の高級品なのではなかろうか。そうだとすればこの傭兵を自称する男はそれに比例して裕福だということになる。
しかしそれではおかしい。先も言ったようにそれだけの傭兵であれば耳に入っているのが普通なのだ。
埒が明かない。自身だけでいくら思考しようが回答は出ないだろう。直接聞くことにしよう。
「おいお前」
私はそう声をかけた。男は『うお、話しかけられた』みたいな顔をしてこちらへと顔を向ける。
なかなか精悍な顔つきだ。素性の詳細は兎も角としても何かしらの技をもって戦場に身を置く者の顔だ。
あまり手入れされていない顎髭になんだか違和感を覚える。ミスティアの男は皆髭を生やさない。髭を生やしている男を見るのはお父様以来であった。
「どうかしましたか?」
男はそう返す。やはりこの者はミスティアの人間ではないだろう。
いま身につけている甲冑には王家の紋章が彫られている。それを見ても何の反応も示さなかった。
何処まで言っても平常心の様に感じる。些か王族の前で無礼だとは思うが、寧ろ私はそういった反応の方が好みだ。
「お前、名前は何という」
「あー、俺は朝霞日夏と申します。そちらは?」
部下の何人かの顔に苛立ちが浮かぶのを確認する。それを手で制しながら私は言葉を返した。
「ベネディクテ・レーナ・ミスティア。この国ミスティア王国の第一王女だ」
そう言えば男の顔には驚きの色が浮かぶ。
だがそれは私の名前を聞いたからというよりも、別の驚きのように感じた。
いうならば『うわ!本物のお姫様!?』という感じ。そうだよ。一応本物の姫だよ。
「これは失礼。無知なもので。本物のお姫様なんて初めてお会いしましたよ。道理でおとぎ話で言われるようにお綺麗な訳だ」
突然容姿を褒められた事に一瞬あっけにとられたが、どうにもそれが愉快で笑いがこみ上げてくる。
まさか私の顔を褒めてくる男がいようとは。確かに自分でも顔は整っていると思うが、そんなことを直接いってくる男なぞ初めて出会った。
貴族の男どもは特に私の事を怖がっている者が多いからな。
とうとうそれが抑えられなくなり、声として漏れた。
「ふふ、あはははは!いや、気にしないでくれ。私が綺麗か、そうかそうか」
男、アサカは突然笑い出した私に少し驚いた様子である。
少しこの男に興味が出てきた。
「ふむ。アサカ。私の何処が綺麗だと思ったのだ?」
ひとしきり笑い終えた後、私はアサカに質問を行う。
あれ?なんかまたやらかした?という表情を浮かべた後に、アサカは口を開いた。
「もしや失言でしたか?」
「いや、そんな事はない。だがそんな事を私にいう男は初めてでな。どうしてそう思ったのかが気になった。遠慮いらん。理由を述べよ」
アサカはほっとしたような表情を浮かべた後に口を開く。
「そうですね…。失礼にあたるかもしれませんが、まずその切れ長の目は意思が強そうでとてもお綺麗です。鼻の形も、眉の形も、その雪原のような髪も、どれもがとても俺には美しく感じます。甲冑姿も凛々しくてまるで絵画の世界から出てきたようですし、それに…」
「もう良いもう良い!ありがとうな!」
風車の如く止まらないアサカの口から述べられたのは歯が浮くような褒めゼリフの数々であった。王族とは言え恋愛事に全くもって縁がなかった17歳の処女には刺激が強すぎる。
思わず赤面しながらその言葉を遮った。アサカに見られぬように顔を背ける。そうすればニヤニヤしたラグンヒルドと目があった。たたっ斬ってやろうかこの女郎。
顔から血が引くのを待ってからアサカへと向き直す。
「ふう…。ところでアサカよ。お前は一体何者なのだ?オイフェミアは傭兵だと言っていたが、お前のような格好の傭兵なぞ聞いたこともない」
アサカは少し困ったように眉を歪めた後、言葉を返す。
「それが少し自分でも掴みかねておりまして。やはり俺のような存在は他にはおりませんか?」
「ああ。聞き及んだこともない。お前が初めてだ」
そう言えば少しの静寂が場を支配する。どう言葉を選ぶか思案しているようだ。
発言からして記憶に齟齬でも発生しているのか?だがそれにしてはパーソナリティがはっきりしている。
「俺は日本という島国に生まれたのですが、その国に聞き覚えは?」
「知らぬ。極東にはお前のような人種が統治する
「いえ、違います。少なくとも俺の知識では日本がそのような呼び方をされたことは無いはずです」
疑問が募る。私の知らぬ国家出身なのはあり得ることだろう。だがこのような奇っ怪な格好をする戦士がいる国のことが噂にならぬことなぞありえるか?
「アサカ、お前のその装備も、日本という国も何もかも私の知識には存在せん。それどころか男の戦士ですら珍しいものだ」
「なるほど…。信じられないでしょうが、それなら俺は別世界の人間だと思います」
別世界の人間。その言葉を聞いた時に浮かぶものがあった。
それは魔神と呼ばれる存在だ。古くから神々や人族、魔物、魔族、アンデッドなどこの世の全てと敵対する謎の存在。
異世界よりの侵略者。奈落と呼ばれる全てが淀む場所より発生する正体不明の敵対存在。それが魔神である。
話によれば魔神の中にも人語を解するものは存在するという。このアサカは魔神なのか?
いや。それにしては矮小な魔力量だ。どう見積もっても只の人間レベルである。
思考の結果、魔神と同じ様にこの世界へと流れ込んできた別世界の人間なのではないか?と辺りをつけた。
「いや、信じよう。その方がお前という存在に説明がつく」
「え?信じていただけるのですか!?」
「人間は初めて見たが、異世界から来る存在は珍しいものではない。この世界へと来たのはお前だけか?」
アサカはかなり驚いた表情を浮かべていた。どうやら彼の常識にはそういった存在はいないらしい。
だが我々には馴染み深いものだ。忌々しいが。
「いえ。俺と一緒に弾薬庫…装備保管庫のようなものも一緒に飛ばされました。ここからそう遠くはない位置にあります」
建物ごと飛ばされたのか。是非ともこの目で確認したいが、つまりそれはアサカにとっての生命線でもあるだろう。
私はこの男の力を目の当たりにした。下手をうてばフェリザリア側へ意趣返しされることもありうる。そうなるのならば切り捨てるまでであるが、正直に行ってこの男を失うのは惜しい。
端的に言って気に入ったのだ。顔も好みである。私の容姿を褒めたのもコイツが初めてだ。できれば手元に置いておきたい。
そうするにはどうすればいいか。第一に挙げられるのはアサカの安全保障であろう。こちらが彼の身の安全を保証し、存在を脅かさないことが絶対条件だ。
「なるほどな。ではアサカ、お前の安全は保証しよう。その代わりと言ってはなんだがその建物へ私を案内してほしい」
アサカの目が細まり鋭利な空気を纏い始める。今の一言でかなり警戒されたようだ。それはそうであろう。
『お前の急所の場所を教えろ』と捉えられても致し方ない言い方だった。少し軽率であった自分の言に反省しながら、補足を続ける。
「そう猫のように警戒するな。正直に言ってしまえばお前の存在は非常に危うい。それはフェリザリア…我々が交戦していた敵対集団にとっても我が国にとってもパワーバランスを変えかねないからだ。だが私はお前のことが気に入った。先の戦果を知っている上で今後敵対することも、ここで斬り伏せる事も御免だ。お前の安全を保証し我が庇護下におくにしても、お前の事をよく知っておかねばならん」
アサカは私の言を聞き終えると長考に入る。ここでどうするかが今後を大きく左右するのだ。当然だろう。
20秒ほどの時間をおいて彼は返答する。
「わかりました。だけど、えーっと…ベネディクテ様でよろしいですか?」
「ベネディクテで構わん。それに敬語も不要だ。お前はこの国の臣民でも家来でもないからな」
「了解。ではベネディクテと呼ばせてもらうよ。あーっと、ベネディクテの言っていることは理解できるし正直にいってありがたい。俺だったら突然戦闘に介入してきた奴が『異世界から来ました』なんて言ったら正気を疑うからね。だけど、そっちも解ってると思うんだけどその建物は俺の生命線でね。この装備一式もそうだ。だからあまり大勢で押しかけられても困るっていうのが本音」
砕けた言葉でアサカはそう言葉を告げる。彼が話すのは
「それについては問題ない。私と、あとオイフェミアの二人で赴くことにしよう」
私の言葉に流石に堪えられんとばかりに部下の1人が声を上げる。
「ベネディクテ様!それはあまりにも危険…」
「言葉を選ばずに言うならばお前達全員が護衛に付くよりもオイフェミア1人と共にいたほうが安全だ」
部下は下唇を噛んで言葉を詰まらせる。命がけで私を護ろうとしてくれる人間に対して些か不躾ではあるが、事実は事実なのだ。
まあだが部下を諌める為にも近衛隊長であるラグンヒルドには確認を行っておくべきだろう。
「ラグンヒルドもそれで構わんな?」
「駄目と申しても聞かないのでしょう?我々は付近で待機する事にします。ですが一応何かがあった時の為にオイフェミア殿下のディメンション・ゲートで直ぐに逃げられる体制を整えてくださいませ。そうでないと我々以上に公爵兵が暴発しかねませんから」
苦笑を漏らしつつそれに同意する。確かにそのとおりだ。
「ではアサカ、聞いての通りだ。お前はどうする?」
「ディメンション・ゲートってワームホールかなんかか?まあそれなら構わない。ベネディクテの考えに乗るとするよ」
アサカの言葉を聞いて笑みを浮かべながら手を差し出す。
彼はそれを握り返してくれた。どうやら握手の文化はアサカの世界にもあるらしい。
親族以外の異性の手を握るのが初めての
若干の自己嫌悪。だが仕方ないだろう。パーソナリティはこれから図っていくにしても、顔が好みの
「それではよろしく頼む、アサカ」
「こちらこそ、ベネディクテ」
その時丁度視界の端に豊かな金髪が移った。オイフェミアが確認作業を終えて戻ってきたようである。
少々の困惑を浮かべつつ、彼女は声を発した。
「えーっと…?随分仲が良くなったようね」
「まあな。とりあえずもう夜も更けた。明日の早朝向かうとしよう。オイフェミアも準備しておいてくれ」
「え?何?どういうこと?」
困惑しているオイフェミアを無視して言葉を続ける。
「満足な寝床も無いがアサカはとりあえずゆっくりしてくれ。お前が我らの救世主であること忘れてはいない。ラグンヒルド、可能な限りのもてなしを」
「ねえ!無視しないでよ!説明して!」
「承りました。アサカ様、こちらへ」
「ラグンヒルドまで!?」
「お構いなく。野営にも野宿にも慣れてますんで」
やいのやいのいうオイフェミアの頬を掴みタコの様な顔を作りながら、ラグンヒルドに案内されるアサカを見送った。
とりあえずはいい出会いになりそうで何よりである。色んな意味で。
兵士たちが奏でる物音とともに、夜の帳は更に下っていくのだった。
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