第4話 救急車を二回呼んだ女(後悔はしている)

 世の中のうつり具合については驚かされるばかりだ。

 そして、自分のうつりぐあいにもだ。

 結果から言うと、私の身体は暴走した。

旦那から、いや、夫と呼ぶべきか、夫からの生活費を抑えろという要求やら、娘のあれやらそれやら、長雨の二週間、夏休みの間に私は静かに狂い、暴走した。

 最初は膀胱炎、次に胃腸炎で何も食べられなくなり、急激に体重は下がった。それから、胸の辺りがどこどこと音を立てて、喉から鎖骨の辺りがジンジンして、手足がしびれ、手に関しては包丁を持つ手がおかしくなるほど震え出した。

 ここで不思議なのだけれど、くたくたに疲れたら、私は寝れるだろうと、落ち着くだろうと思ったので、ラジオ体操第一、第二、自衛隊体操を二往復やった。汗は滝のように流れて、額には何もしなくても汗がにじんだ。けれども、ドキドキも、じんじんするつらさも全く消えてはくれず、体は寝てもくれなくなった。

これはもうオカシイ、絶対になんらかの病気であると思い、図々しくも娘に義実家へ電話してもらい。私の様子がおかしいことを言ってもらい、そうしたら、救急車が来た。バイタルは問題なし、至極健康だという。そりゃそうだろう。膀胱炎と胃腸炎の時に病院で血液検査もしてもらったが、ほぼ平常時だったのであるから、当然だ。おまけにちょっと熱があったのでPCR検査までしたがそちらも陰性であった。

 救急車が困り果てたところで、義母さんが到着し、救急隊の方がどうしようもないので、持病の薬などを見た後、3月から通院を止めている精神科へ明日行くようにと、アドバイスを受けた。義母さんには感謝しかないのだが、なんとか、錯乱する私を落ち着かせてくれて、私は自宅のソファで横になった。

 そして、娘は実家の母へ連絡し、実家の母は着の身着のままで、その日のうちに(6時か7時頃だったと思う)駆けつけてくれた。

 それから、一週間、あまり覚えていない。

 寝たり起きたり、精神科へ行って、主治医ではない先生から、薬をきちんと飲むように言われたり、飛び起きる私を母が落ち着かせたり、そして、また、救急車が来て、今度は精神科へ救急車で行った。

これについては異例中の異例であることを伝えておく、本来なら、怪我もしていない身体もおかしくない人間を救急車では運ばない。しかし、私の体格がかなり良く、義母&母ではもしも私が気を失った時に対応できないので、行くときだけでも連れて行ってもらったのである。そして、今度また違う主治医ではない先生に診てもらった。その先生は薬をきちんと飲むこと、睡眠導入剤を怖がらずにきちんと飲んで寝ること、不安になったら一日三回まで飲んでよい漢方薬を処方してくれた。そして、丁寧に身体が異常と思い込み、偽の反応をしているだけで、いつかはその身体の症状は止まる。自分でコントロールできるようになりなさい。自立しなさい。病院も自分で来て、自分で帰れるようになりなさい。その二本足できちんと貴方は立って、診察室までこれたのだからできないはずはないからときつくも優しく教えてくれた。

 更年期の症状に関しては、婦人科に行き、検査をしてもらえばわかるはずだから、そちらは自分の守備範囲ではないので、きちんと、婦人科の先生に従うようにとも言われた。

 私はその先生について行くことに決め、次も先生でお願いしますというと、予約をきちんと取ってくれた。

 薬のせいか、私は今非常に落ち着いている。

 あと、かけつけてくれた母はかなり献身的に二週間ほど、私の面倒を見てくれ、義母に託して、実家へ一旦帰って行った。あと、数日でまた来てくれるはずである。私は義母とゆっくり過ごしながら、そして、また不登校が始まった娘と一緒に自宅にいる日々である。前の症状よりもひどいかと思われたが、私は平気で車に乗り、笑みさえ浮かべて楽しんでいるところを見ると、思うより悪くないのではと思う。実母がいないせいか、きりっと気を張っているともいえるので何とも言い難い。今はしっかり6時に起きて、昼間に寝ることなく、起きているところを見ると、手のしびれ以外は元に戻ったような錯覚に陥る。

 あと、婦人科に関しては嬉しいこともあった。本日検査結果を聞きに行ったら、ホルモンに異常はなく、精神的ストレスのみという結果がでたのである。勿論、またおかしいと感じたら気軽に来るようにと言われた。

 医者に関しては本当に恵まれているし、義母さんにも母にも娘にも感謝している。そして、こんな状況でも淡々と自分の業務だとばかりに学校へ行き、習い事をこなしてくれる息子にも感謝である。

 ちなみに実母に言わせると、一番ひどいときは「なにもわからない」と言って、顔つきもおかしかったそうだ。そして、わたしのここがおもしろいところなのだけれど、その時に何気なく買ってきてもらった、スケッチブックには下手ながらもいろいろなイラストが描かれていた。断片的に記憶はあるものの、自分の中で整理をつけるために、なにか妄想のようなことを考えていたんだろうなと思う。何もかも、『思う』としか表現できない。断片的に覚えてはいても、夜がとにかく怖かったり、寂しくて寂しくて死にそうだったり、未来のことを考えて不安が酷く広がっていたり、そんなことは思い出せるのだけれど、文字で表現すればするほど、なんか違う気もするし、けれども、どう違うのか、何が違うのか、いや、全く同じだったのか…一種、異世界に迷い込んで、キャパを超えてしまったようなことしか書けないのである。

 ただ、思い知ったのは、結局私は一人では子供を育てる能力がないこと、義母や実母に頼らねばならないこと、周りの人間に支えられなければ一人では立っていられないこと、そして、幸運にも支えて立たせてくれる人が複数いてくれていることを思い知った。これはずるくもあり、人間として当然のことでもあり、幸せなことである。

 明日、食べるものがないわけでもなく、明日、死ぬと決まったわけでもない。

 心の中で、

今を生きる。

今日を生き、今日が終わって、明日が来る。

明日が今日になり、今日だったものが昨日になる。

そんなことを唱えて、今を生きている。

 まぁ、そんなわけで、まだ離婚はしていない。

 

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