第2話 少女の葛藤
コンビニの前を通過し、夜遅くまでやっている定食屋、ヘタクソなカラオケが聞こえてくるスナックを通り過ぎるといよいよ洋館までの一本道だ。とにかく、みんなを恐怖のどん底へ突き落すようなホラー小説を書くためには取材が不可欠だ。インターネットで心霊現象とか、いわゆる都市伝説とかすぐに調べられるけれど、百聞は一見に如かず、ってね。やっぱり自分の足で取材しなきゃ。というか、取材ってなんだか格好いい。
数分でたどり着いた洋館は、闇夜に不気味さを醸し出していた。二階建てで、外壁に絡まった蔦が屋根まで伸びている。一階の窓ガラスは割れていた。そこから覗く内部は当たり前だけど真っ暗だ。
何年も人が住んでいないんだろう。でも、取り壊すにもお金がかかるから親族の間で揉めてると、学校ではそんな噂だった。
錆びた門の前で二人で立ち尽くした。
「本当に入るの?」茉莉也が聞く。
「も、もちろんだよ」
ここまで揺るぎない決心で来たはずの私だったけれど、洋館の正面に立って、やっぱり少し怯んでしまった。不法侵入だもの。
洋館の正門は閉じられているけれど、脇の柵から入ろうと思えば誰でも入れるような状態だった。だからと言って他人の土地に無断で入るのはやっぱり躊躇われる。逡巡していた私に、
「ねえ、やっぱりやめない?」
とか細い茉莉也の声。
「やめない! 行くよ!」
私は反射的に答えてしまっていた。そう、これはお遊びじゃない、取材だ取材。私は自分にそう言い聞かせ、もし誰かに見つかって咎められたら「廃墟マニアです!」って言おうと決心した。
正面玄関のドアは開かなかったので、ガラスが割れた一階の窓から慎重に中へ入った。埃っぽく、かびくさい。私と茉莉也は用意しておいたマスクと軍手を着けた。さらに茉莉也がリュックからハンドライトをとり出し、足元を照らしてくれた。
最初に足を踏み入れた部屋は食堂のようだった。広い部屋に長テーブルが置かれ、たくさんの椅子が並べてある。いくつかの椅子はひっくり返っていた。茉莉也が私の後ろからゆっくりと全体を照らす。すると、壁に赤い文字で「俺様参上!」とあった。他にも特に意味のない落書きが四方の壁に無数にある。どうやら自分達だけではなく、すでに何人もの人間がここへ侵入しているようだ。私は少しがっかりした。
「なあんだ。先客がたくさんいたんだね」
「夏休みに肝試しとかに使われてるのかも。それか不良のたまり場? それよりどう、何か小説に使えそうなものあった?」
茉莉也が聞いてくる。ううん、そう言われても。
「あ、俺様参上! じゃなくてよく見たら俺様惨状! で、床に血みどろの男の死体が転がってるとか」
「一番の恐怖とは程遠いね」
私のネタを茉莉也はすげなく却下した。茉莉也は結構毒舌だ。
「じゃあ、ただの落書きかと思ったら私達への死のメッセージだったとか。いや、ありきたりか。茉莉也、他の部屋とか二階へ行ってみない? ここにいると明かりが漏れて外から見えちゃうかも」
勢いで洋館まで来たものの、小説に使えそうなネタはそうそう閃かない。というか暗いので足元に気をつけてもそもそ歩くので精一杯だ。よくある、計画を立てているときはワクワクしているけど、いざ実行に移すとなんか違う、という状態になりつつあった。だけど、ここまで来て引き返せない。中学生デビューの夢のために頑張るんだと私は自分を鼓舞する。
食堂から奥の応接間に移動するも大きな蜘蛛に驚いて退散し、絨毯の敷いてある廊下を抜け、一度エントランスホールへ戻った。そこからは立派な階段で二階へ上がれるようになっている。階段の脇には大きな姿見が置かれていて、マスクに軍手姿の私と茉莉也を暗がりの中映し出していた。来客を迎えるために二階からエントランスホールに降りてくる際、この鏡で最後の身だしなみチェックをしたのかな、なんて私は考えてしまう。
そのうちに茉莉也はライト片手に二階へ上がって行ってしまった。慌てて後を追う。茉莉也はホラーものは本でも映画でもゲームでも大丈夫な性格だから、こういう所も平気なはずだけれど、おっちょこちょいだし、要領が良くないから、一人にさせるのは心配だ。まあそこが可愛いんだけど。
想像していた通り、二階も真っ暗だった。床が抜けたりする心配はなさそうだけれど先客が残していったと思われるゴミが目についた。シェイクのカップ、何かの包み紙、なぜか充電器らしきもの。
「桃花、ドアがいくつか並んでるけどどうする?」
「ドア開けるの、なんか怖いね」
「手前から奥に三番目だけドアが開いてる」
「と、とりあえずそこからにしない?」
正直私はここにきてびびっていた。茉莉也はどうなのか分からないけど、私の意見に何も言わない所を見ると、怖がりじゃない茉莉也でもさすがに恐怖心をいだいているのだろう。
ああ、ホラー小説のための取材だっていうのに、これじゃ私駄目じゃないか。でも怖いもんは怖い。
空いたドアから恐る恐る中を照らすと、そこは書斎のようだった。茉莉也と私は思わず「おお」と声を漏らしてしまう。本好きの私たちにとって、書斎、それは憧れだ。私も茉莉也も自分の書斎などあるわけなく、茉莉也は大きくておしゃれな本棚が欲しいと私にこぼしたことがある。
並んだ背の高い本棚の隣にやや小さめの、しかししっかりとした木製の机があった。机の上には無造作にノートらしきものが開いて置いてある。私と茉莉也はそれを覗き込んだ。
「死にたくない。あと三か月。うそだ。治らないなんて」
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