口が裂けてるから言えない.序章

シラタマイチカ

第0話 血と骨



何かを失った事は有るだろうか?

失っていた事に手遅れになった状態で気づいた事は


有るかい?


俺は有る。



俺は数週間前に彼女と喧嘩をしていた。

半同棲していたが家を飛び出した。


最初は着信もあった。

2週間もしたら何もなくなり挙句スマホも繋がらなくなった。


どうしても気になり

謝ろう自分が悪かったと頭を下げよう。

嫌われたならそれはもう、仕方ない。 

合鍵も返さないといけ無いし……と理由をつけ

遠くはない道のりを蝉の鳴き声を聞きながら歩く


彼女が好きなぷりんと恐竜チョコを買って

謝るんだとイメトレしながらマンションの階段を登り

部屋の前まで辿り着くと妙なにおいが鼻をつく。


チャイムを何度押しても見慣れた彼女は

顔を出さない…。


ジリジリと照りつける夏の太陽。

悩みはしたが

我慢ができなくなり合鍵をポケットから出しドアノブを回した。


ガチャリ…

こんなに重い音だったろうか。

胸騒ぎがする。


ドアを開けるとすぐさま視界に沢山の虫が横切り

先程より強い香りが鼻をつく


狭い部屋の隅に有る物を見て駆け寄り

集る虫を追払い其処に有る〈物〉に手を触れる

込み上げる吐き気を我慢しながら


ネチャリ…グチッ


ハンバーグをこねる時の様な音をたてながら湧く虫を、蛆虫を取り続けた。



腕の中には腐乱死体。


愛しい人の腐乱死体。 



俺はただ無になり彼女を眺めた。

何時間経ったかわからない窓の外は暗くて

鼻も慣れてもう匂いすらわからない

虫をとるうちに更に原型がわからなくなった

彼女を見ていた。


もっと早く来ていたらよかったのか

いつ死んだのかわからないまま横に座って眺めた




気づけば大きなカバンを持った兄が部屋に居た。

着信があったのかも、俺が自分でかけたのかもわからない


「朔、お前は町子ちゃんが死んでた事俺以外の誰かに話したか?」


「原因はわかるか?」


ただ首を横に振った。


「良かった。時間爺さんから奪った時計をやる

一度だけなら多分どうかなる使え」


兄さんはポケットから小さな懐中時計と鏡を出した。


懐中時計の内側に血を垂らして

時計を死体の上に置く、すると止まっていた時計は

ゆっくり逆方向に回り始める


カチッ…ギッ…カチッ

静かな部屋の中時計の音だけが響く



「次は紫の婆さんぶっ殺して奪った鏡で町子ちゃんに向けて生きていた頃の記録を映せ」


なにを言っているかわからなかった。

なぜ兄がそんな物を持っているのかもわからなかった


ただ言われた通りに鏡を向けた

すると何故か自分の視界に見慣れない風景や人が次々と高速で流れては消えていく


鈍器で殴られたみたいに頭が痛く息ができない


「耐えろよ。命の重さだよそれは」


高速で追体験している様な気持ち悪さ。

体と頭がバラバラで

短期間で食らう人の人生の十何年分のダメージが全身を貫き

頭がおかしくなりそうだった


何時間見ていたかわからないが何故死んだか

まて来てようやく再生が終わり

自分が原因なことを知り耐えきれなくなった


「俺が家を出なきゃ良かったんだよ…俺のせいだ…兄さん俺のせいだ、俺…家出る前」


そばに立つ兄に縋りつき泣き叫ぶ俺を

兄は見下し蹴り上げた。

床に転がり液体やら潰れた蛆が身体にへばりついた。そして更に兄は俺の頭を踏みつけた


「おいゴミ、鏡向けてろって言ったろこのグズ」


よろよろと

落ちた鏡を拾いただずっと町子に向けていた。

これが何になるのか。


俺にはわからないけど、

明らかに腐っていた筈の身体はまだ手脚だけだが

大分マシになっていた。


「順調…っぽいな。これで朝か昼には多分生き返る。これはお前と時計の血の契約だから町子ちゃんの記憶が残る残らないは俺にはわからないし

どう誤魔化すかも起きるまでに考えないといけない部屋は業者入れて掃除するにしても引っ越した方がいいかもしれない…この匂いは取れないし怪しまれる」



異臭がする部屋を見渡して兄は溜息を吐いた


「一応何パターンか考えて町子の反応みて動く…」


「本人に死んだってバレたら終わりだからな」


頷きながら片手で町子の手を握る。

その手はもう、ハンバーグを作るときのタネの様な感触や音では無い。

生前とほぼ変わらない手。

身体や顔はまだ目も当てられないが生前と変わらない手があるだけで嬉しかった――



「なぁ、朔。これはなかなかの規約違反だ。勝手に生き返らせたらいけない

俺はトップスコアとこちらの世界の情報拡散員と異界の何でも屋をやる事で紫鏡の婆さん殺害と時計強奪をギリギリ免れた。現にもう10年も俺はこの街から動けないのしってるだろ?」


そう、兄はこの狭い街を出ることが出来ないのだ。


「今更なんだよ…規約違反とか」


規約違反。

俺らの世界にはいくつも規約がある。


俺たちは外見こそ人間と大差ないが

怪異だ。妖怪

人の噂が産んだ怪物



人の噂や恐怖が無いと生きていけない。

なので成績が優秀なものはタレント、霊能力者、住職、漫画家、作家、怪談師、本当に様々な職につき噂が途切れない様に恐怖が途切れない様に

仲間のために努力を重ねる。


誰でも拡散員や異界と人間の世界の入国管理をする駅員になれる訳ではない。


18になった成績優秀な学生は2年間

希望した土地で人間にまぎれて暮らしながら

どう上手く居場所を築き噂の拡散が出来るか

違和感なく生活をできるか、

理性がなくなり人や仲間を襲う様になった奴を狩り殺したり

 新しく生まれた怪異の調査、捕獲。申請なしに生まれた人間と怪異の子を調べたりなどやる仕事は沢山ある。

報告して専用の端末にポイントをもらう。

その頂点がトップスコアとその下のSランク機関だ



トップスコアかSランクになれば国の犬とバカにされることもあるが生涯生活は安泰、何より一つ願いを叶えてもらえ自由に両方の世界を行き来できる様になる。

これだけでも今の…行動に申請がいる生活より

大分楽になり楽しいことも増える。

人間の世界に住み続けることだって出来る

なので親は子に厳しい学習や習い事を積み優秀な子を育てる事が主流になりつつあった。

この辺りは人間と変わらない


トップスコアの願いとして殆どの者は

自分の種族の繁栄を願うが

今までの生徒の中で一番の天才と呼ばれた兄は誰も抜けない点数を叩き出したのに

願ったのは「人間になって結婚したい」だった。

その問題はかなりの大事になった

俺たちの一族はちょっとした名家扱いだ

なのに人間になりたいと願った兄は親族から非難を受け他の者は陰口を叩いた。


上が長い時間話し合いをしている間に兄の恋人は飲酒運転の車に潰されて亡くなった。即死だったと聞いた

おそらく兄が時計や鏡を持っていたのは先程はわからなかったが生き返らせるためにだったのだと今ならわかる。


しかしなんらかで生き返れなかったから手元に道具があったのではないだろうか――


成績優秀な兄を手放したくなかった古の老人達や親族は

兄を表向きは許し人間の世界で拡散員として働き、自分達のめんどくさい仕事をぶん投げるためになんでも請け負う便利屋として働かせることにした。


兄さんは抵抗したが

「働くなら腐らない死体としてなら女をそばに置いてやる」と言われ兄さんは悩んだけど 

目も当てれないひどい状態だった遺体を修復して貰い遺体は兄さんのそばに居る事になった。


一度だけ見たことがあるが寝ている様にしか見えなかった



月日は過ぎて

今年俺に人間の世界で学ぶ順番が回ってきていた。

俺は昔遠足で会った子に会いたいがために

いい成績を収め兄さんが居るこの街を選んだ。


「朔、お前のスコアは?」


兄さんにぼーっとするな話はしっかり聞けと肩を叩かれた


「218」


「少な!…俺はこの時期は2000越えてたわ」


助けてもらってるのは感謝してもし足りない位だけど流石にムッとした


「その時計あるだろ。どうせならポイント端末が配られる前の4月まで時間全部戻せ」


兄さんは今頃そんなアホなことを言い出した。


「一か八かだよ。町子ちゃんだけの時間を戻すんじゃなくて全体の時間を4月に戻す様に念じればもしかしたらイケるかもお前に何かしら負担は来そうだけど。うまくいけば俺がゴミな弟のポイント取る手伝いしてやるからさ」


兄さんは目を細くして嫌な笑い方をした。

この顔をする時昔からろくな事を言い出さなかった。


まだまだ完成まで時間は掛かるし多分イケるよと言いながら兄は町子の身体に手を突っ込んだ。

そして何かを取り出したのか時計を開けて何かを入れて鏡を持つ俺の左腕をいきなり鞄から出した剃刀で切り追加で血を時計に数滴落とした。


「上書きだよ。契約のさっきの血より沢山入れたから多分イケる」


そう言って兄さんはまた嫌な笑い方をした。


「なぁ、さっきなんで町子の身体に手突っ込んだ?」


俺がそう尋ねると兄さんは

自分の前髪をあげ片目を見せた。


「俺の目の片方はりっちゃんの目なんだよね。

繋がりを強くして死体が腐らない様に維持してんの。つまり俺に何かあったらりっちゃんが腐っちゃうだからさ…俺死ぬわけにいかないんだよね死なないけど」


俺は色が違う目を見て何故か何も言い出せなくなった。


「さっくんの場合はさ町子ちゃん生きてる様なもんだし片目もらうとかむりじゃん?だから骨のかけら拝借したのよ。そんで時計に入れた」


閉じた懐中時計の表面を撫でながら兄さんはニヤリと笑った。


「これでお前と町子ちゃんの結びつきも強くなったからさ、たった今からお前は町子ちゃんの電池になりましたー!……って感じ?町子ちゃん、確かにお前のせいで発作起こって死んだかもしれない――。けど健康ならそんなことにはならない。お前が居る限り健康になれるんじゃない?これで」


月が高く登り俺達やこの酷い有様な部屋を照らしていた。


「俺が電池になれるなら喜んで差し出すわこんな身体」


さっきより心なしか修復が早くなった気がする


「最初にあった4月まで戻るからお前との時間は消えるけどさ、大丈夫なのカナ〜?また付き合えるかな〜?」


兄さんはふざけて俺の頭をバシバシ叩いてきた。

 

俺はその瞬間思いついた。


「俺は町子の全てをさっき見て覚えた。多分大丈夫

…どのタイミングかはわからないけど時間が本当に戻るなら…起きる前に兄さんの家に運ぼう。町子は違法なメイドバーで夜間バイトして朝帰宅する、倒れたのをたまたま見つけて運んだってことにする。俺のこと忘れていても覚えていてもなんとかする」


そう口にした朔の顔は目がギラギラして

とても――。




俺の弟朔夜くんは

たまに不気味な時がある。

自己主張はそんなにしないくせにたまに恐ろしいのだ。

小学生の時人間の世界の遠足から帰って

初めてそれを見た。


「兄さん、人間の世界に僕また行きたい。勉強したらいいの?僕探さないといけない女の子が居るんだよねあと兄さん。今日から僕は朔だよあの子に朔としか教えてなくて」


そう言って見覚えのないハンカチを眺めながら獲物を見つけたみたいなギラギラした目を初めて見せた。


次は15歳ごろの社会見学だった。


「苦労したけど、なんとか…一目は見れた。

あともう少し」


その「あともう少し」は今思えば18までもう少しって意味だったのだろう


俺も大概おかしいけど、朔夜は多分もっとおかしい

けどだからこそ協力してやろうとおもった。


「俺の家に運ぶの?いいよ。運んだ後は…自分でうまく話せるの?ショックうけない?忘れてたら」


俺の言葉のあと昨夜は間髪入れず

ギラギラとした目で

「忘れた方がいいこともあるよ…。だからまっさらでいて欲しい。次は失敗しない。何があってもそばを離れない」


そう言い切った昨夜は悪い顔をしていた。



朝日が登る頃気持ちの悪い圧が掛かり二人揃って息

苦しくなった。

さっきまで蒸し暑く服もべたついていたのに

圧がおさまった後は窓を開けるとじめじめした暑さは消え涼しく過ごしやすい気温に変わっていた。


スマホを見たら4月1日。


俺は振り返り朔夜に声をかけた


「兄さんに感謝しろよ。今から4月だ」


朝日に照らされた室内を見渡すと何故か普通の部屋へと変わっていた。


「おめでとう弟よ。町子ちゃん綺麗じゃん」


数時間前まで腐乱死体だったとは思えないほど

肌艶も良いただの生身の女の子がそこには居た。











































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