第41話 みんなでのり弁

 ユウたちも去り、誰もいなくなった暗い部屋椅子。

 誰もいない、音も、光もない空間。

 突如集まりだすドス黒い影。

 そして影は人の形をとった。


 一人座り、肘をついて顎を触っている九條。


「こんな感じでよかったか?」

 九條の呟きに答える声があった。

「ええ、上出来とはいえないけど、あの子達の力も確認出来たし、厄介者も消えたしね」

「あの娘に憑いていた武士の霊は、かなりの強者だったらしいな?」


「ええ、そうよ。源氏の時代から続いた、名門の出の最後の頭領だった者。腰に差す刀は、名工なれど、あえて無名で生きた者が打った刀。人ならざる者を斬る紅刀朱音」

「ほう、それは一度戦ってみたいものだ。ところで、おまえの亡者を失ったが、いいのか?」


「あなたの兵隊が、怪我したみたいだけど?」

「問題ない。雑魚はいくらでも補充できる」

「そうでしょう? わたしも同じよ……フフ」

「それにしても怖かったなクシティ」


「そんなに強かった?」

「いや心地良かったのさ、この俺が悪い夢も見ずに、気持ちよく眠った。恐ろしい力だ」

「フフ、だから言ったじゃないの。あなたは私とお似合いなの」

 九條の背後にうごめく黒い霧の中で、妖艶な人ならざる者が笑った。



 二機のヘリが停まっている大きいビルの工事現場。

 塀に囲まれたこの場所は、人に気づかれる可能性が、深夜の時間も手伝い確率を下げていた。

オレンジ色のヘリのパイロットが、歩いてくる怪我をした男に声をかける。


「大丈夫ですか? かなりやられたみたいですね」

「ああ、九條とあの女は気がついたみたいだ。あの子達のおかげで助かった」

「そうですか。でも我々はあの子達の事を調べて、利用しようとしているのですよね」

「そうだ、恩を仇で返す、まさにそれだな。だが、採れたデータにより、我が軍の開発は進む、地獄の門が開くのは近い、なり振りかまってはいられない」

 パイロットにメモリチップを渡した、浅井君を守り、九條に殴られ怪我した組織の男だった。

「確かに頂きました。あの子達の能力のデータは、すぐに軍の研究所へ送信します。さあ、ヘリにお乗りください」

 殴られ傷だらけの男が聞いた。

「先生は置いていっていいのか?」

「フフ、どうしたんですか? あなたが他人の事を気にするなんて。大丈夫ですよ、隣のヘリが送ってくれます。我々がいないほうが、先生には言い訳しやすいと思いますよ」


 エンジンをスタートさせたオレンジのヘリ。

 顔の血を吹きながら扉のハンドルに手をかけた男。

 ハンドルの直ぐ傍にBrave Union Co.とヘリの所有者がペイントされていた。


「ほんとうに不思議な子だった……浅井君、クシティ・ガルバの魂を持つ娘か」

 九條の組織に潜入していた男が乗り込むと、直ぐに上昇を開始したヘリは、東京の暗闇に消えていった。



「おい、オレが乗ってきたヘリがいないぞ」

 五人がビルの工事現場に戻ってきた時、神代先生のヘリは消えていた。

「まじかよ――帰るの面倒くさ。明莉~~」

 名前を呼ばれ、チラリと神代先生を見た明莉。

「先生、高いわよ」


「そうか……ならおれの体で返すか」

「はいはい、分かりました送っていきますよ。そんな古典的な借金返済方法は、おっさん、正直、きもいだけです」


「マリは腹減ったよ~」

 とマリ。

「わたしも減ったわ」

 とユウ。

「あたしもお腹が空いたよ」

 と浅井君。

「ついでにおれも腹減った」

 と神代先生。


「ふぅ~」

 と明莉。全員を見渡してため息をついてから、裾に白い横のラインが入ったスカートをめくり上げる。


「おーい、こんなところで目の保養か。もっと明るい所でやってくれ」

 ジロリと神代先生を見た明莉が、スカートの奥から携帯を取り出した。

「……私よ……子供達が、お腹が空いたと言っているわ。約一名おっさんが混ざっているけど……うん、そうね十人前でいいかな」

 携帯で何か指示を出している。

「やった! のり弁だあ!」


「でたでた、こんな事まで、勘が良くなくていいわよユウ……ってまったく聞いてない。あの神々しさはどこへやらね」

「のり弁、のり弁、速く食いたい~♪」

 美少女軍団のり弁の歌&踊りに、おっさんも一人混ざって楽しそう。



「おまたせしました。急だったのでこんなものしか」

 黒い車の運転手から、ユウの予告通りのり弁を十個受け取った明莉。

「えーと、浅井君とユウは一個ずつで、私も一個でいいから、マリに四個と先生に一個ね」

 既にフライングスタートで食べ始めているマリ、嬉しそうにフタを開けたユウと浅井君。

「なんでおれは一個なんだ? 大人なのに」

「子供みたいな事を言う大人ですね。運転手とヘリのパイロットに一個ずつです」

「なんか納得できないような……」


 明莉は、ヘリに備えてある、非常用のオイルランプを中央に置いた。

 点火スイッチを押して火を灯すと、柔らかい光が周りに広がった。

 さっきまでの激しい戦いが嘘のように、静かな時間が流れ出す。

 ゆらゆらと揺れるランプの光を中心に、みんなで弁当を広げる。


「ふぅう、千葉から駆け付けたのに、なんか扱いが雑だな」

「なにか言いましたか先生? 送っていきませんよ?」

 明莉の言葉に、首を振って手を合わせた神代先生。

「なんでもありません! 頂きます!」

 その時マリが大きな声を出した。


「のり弁の替え玉一丁!」

 振り返りながら、神代先生が笑った。

「おい、マリ、のり弁には替え玉はさすがに無い……いや有った……」

 ユウが先生の微妙な答えを聞き直す。

「先生のり弁の替え玉は、あるんですか? 無いんですか?」

「さっきまでは無かったが、オレはのり弁の替え玉を見た……今ここで」


 空っぽになった自分の弁当箱に、パッコッと、神代先生の弁当の中身を移すマリ。


「こら~! マリ、おれの弁当だぞー!」

「お金出したのは明莉だし、一食くらい食わなくても死にはしない」

 既に半分以上、自分の弁当をマリに食べられた神代先生は、のり弁回収を諦めてため息をつく。

「はいはい、分かりましたよ」

 

 それを見たユウと浅井君が笑い出す。つられて明莉も笑い始めた。

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