第40話 戦国時代の亡霊
力なく椅子に崩れ落ちる九条。しばし静寂が続いた後に、何かが震える音が部屋の全員聞こえてきた。
音の出どころは、九条の横に落ちている闇の黒刀、ブルブルと震え続ける音は、まるで地獄からの誘いみたに不気味だった。
闇の剣にせかされたように、剣を持ち話し始めた九条。
「クク、本当にお前達はすげーよ。おれは本当に、ここで負けてもいいと思ったくらいだ。だが、こいつがな駄目だと言うんだよ。悪いなあ」
音もなく立ち上がった九條。その身体には黒い霧がまとわりつく。
優れた霊感で察知したユウが前に出る。
「この霧は古い死霊みたいね。すごい数の怨嗟の声が聞こえる」
再び刀を構えた九條の身体を、その姿がよく見えないほどの黒い霧が覆う。
「下がって。九条はもう人間じゃない」
ユウが注意を促した。黒い霧が発する数千もの怨嗟を、剣士の感覚で感じた神代とマリが後ずさるが、黒い霧は部屋全体を覆い、扉どころか壁も床も見えない。
「ふぅ、どうやら、逃がしてくれそうにないわね」
ユウの言葉に九条は薄ら笑いを浮かべ、口調も声も変わった。
「ここまでやってくれたのだから、あなた達、切り裂かないと、納得できないわね。諦めてね」
ユウの力強い言葉とはうらはらに、圧倒的な負の力が部屋に充満していく。
「さてと、勝負をつけよう。おまえたちは凄い。俺たちの邪魔になるくらいにね。本物の鬼が必要かもな」
九條は、倒れている若い組織の男を見た。
「俺たちはこの世界を統べる者になる。現場の仕事は若い者に任せよう」
九條は持った刀を、神代先生をここまで案内した、若い男の心臓に突き刺した。
ビック、ビックと大きき痙攣した若い男の中に、黒い霧が入り込む。
ニヤリと笑った九條が手を離すと、ささった刀を自分の心臓から抜き取り、立ち上がった男。驚くユウたちの前で、男の姿は鬼武者へと変わる。
「おまえらが相手か、おれは、強い剣士と戦いたかった。あの時、たくさんの名も無き兵士に囲まれ、切られ殺され野原に捨てられた。カラスに啄まれ、ネズミに食われ、死骸を野原にさらした。無念だった。おれは名のある武将と戦い、そして死にたかった……俺と同じ境遇の剣士は一杯いた。今、この身体には怨念と一緒に同居している」
男の瞳は、金色に輝き、顔色は紫色に変った。
「さあ強き者よ、おれに安らぎを与えてくれ」
ユウは表情を変えずに部屋の中央に進む。
その時にユウに聞こえた、懐かしい声。
「おまえの望む者はここにおる悪霊と呼ばれながらな」
部屋の中央に光が集まり始める。そして姿を創り出す。
当世具足、張子を付けた当世兜を被り胴丸を身につける、ユウに憑いている悪霊がユウの危機に召喚され、その姿を現した。
「あんたが……戦ってくれるのか?」
鬼の言葉に、赤い丸い目を向けた悪霊。その表情は黒い霧に包まれて読めない。
悪霊が手にした刀は紅の鞘に収まった、少し小ぶりの一振りの太刀。
だが抜きは放った刀身からは凄まじい力が発せされる。
そのあまりに気に、神代とマリが悪霊の存在に気がつく。
「悪霊さんいるの? ここに? また助けてくれるの?」
見えてない明莉が二人に聞いた。その声に頷く悪霊が名乗りをあげる。
「我こそは奥州の名門の生まれであり、我が家最後の頭領」
鬼が悪霊の名乗り聞き納得する。
「おぼえがある。伊達家と長く戦い続け、破れた一族。その最後の頭領は若くして、武芸に秀でた者であったと。そうか、お主がおれの相手をしてくれるのだな」
悪霊の名乗りが終わり悪霊が叫ぶ。
「いざ! 尋常に勝負!」
鬼が黒い刀を上段から打ち込んできた。
下段で受けて止める悪霊、上に鬼の剣を跳ね上げ、真っ直ぐに喉元へ刀を突く。
身体を反らす鬼の首をかすめる切っ先。鬼は飛び込んできた悪霊を、右からの蹴りで左へ吹き飛ばし、踏みとどまった悪霊の首を刎ねにいくが、悪霊は頭を下げ兜の立物たてものでその攻撃を受ける。
火花が散り、打ち込んだ鬼と悪霊も体勢を崩すが、そのままで刀を斜めからぶつけ合う。
「なんて気が籠った剣筋、一太刀に全ての力を乗せている。二太刀なんて考えてない」
思わず呟くマリの言葉に頷く神代先生。
「あの太刀筋は人を何人も斬り、生き残ってきた戦国の強者のもの。それにしても、悪霊はユウの話と全然違うぞ。ゲーム好きのダメダメなって設定だったろう? あの気迫と太刀筋、かなりの名門の武将だぞ」
その意見は納得出来ないとユウ。
「そうかなあ、私には小うるさくて、困っているの。この間も医者の息子との恋路を邪魔されたし、買い物には憑いて来て店をパニックにするし、それから……」
必死に言い訳を並べる姿に神代先生、頬を赤らめて反論するユウに、クスっ明莉も笑った。
「フフ、ユウは分っていますよ。あの方が悪霊ではないことなんて。ただユウは甘えているだけです。あの方がいないと寂しがります。さっきだって大変だったですよ、落ち込んじゃって。家に帰って一人になったら、たぶん大泣きでしたね」
「そ、そんな事は無いわ。アイツは悪霊、ここで負けて、いなくなっても私は清清する」
ますますユウが赤くなった時、大声で九條が鬼に叫んだ。
「そんなものか鬼の力はよ! 負けられないんだ、どんな力使っても。さあ、この世に恨みを持つ者達、怨嗟の声をこいつらに聞かせてやれ!」
部屋中の霧が鬼の刀に吸い込まれていく中で、悪霊が鬼へ語りかける。
「世界は生ある者のもの。死した者がどうにかしていいものではない。それは、ことわりに反する行為」
悪霊の言葉に鬼が鼻をならす。
「そういうあんたはどうなんだ? 数百年も経った今、なぜこの世界に現れた? それこそ、ことわりとやらを外しているだろ?」
「我が、四百年もの時を経てこの世に現れたのは、正しいことわりがあっての事じゃ」
「ほう? それはどうゆう、ことわりなんだ?」
「愛する者を守って一生を終える。それもまた勇者のことわりと我は思う」
紅刀、朱音を構え、数千の亡者と同化した鬼と相対する悪霊。
その時小さな呟き。浅井君の声。
「覚えているのはひだまりの記憶。誰もが持つ故郷」
強い風が吹き始め、部屋の中は木枯らしのように紙や、机の破片が舞い始めた。
木枯らしは止み、緑の草の匂いが微かに広がり始める。
心地よい一陣の風が吹く。
風を浴びた亡者達から殺気が消えた。鬼が呟いた。
「これは……懐かしい匂いがする。我々が生きた戦国の世の、野をかける緑色の風」
悪霊が頷く。
「そうじゃ、我らが駆け巡った戦国の世。そして我が守るべき武士の守る者達がおった時代の風」
悪霊の言葉で鬼は頷く。
「そうか……時間は短かったが我々は十分生きた、悔いなどなかった。強敵との大戦、仲間との語らい、愛しい者との触れあい。全てが充実していた……忘れていたな」
鬼は刀を下ろし、昔の記憶を懐かしむ。
「それにしても気持ちの良い風だな。少し冷たい……雪解けの春の風か……おぬしの故郷のようだな」
緑の風が吹く中、まばゆい光が部屋の中央から広がり始める。
風と光は部屋にいる全員が、目を開けていられないくらい強くなっていく。
ユウが目を開くと、鬼が持っていた刀が床に刺さっていた。
それ以外に何ものもいない、悪霊と鬼も九条も消えていた。
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