第37話 悪の力に対抗する者ども
「いつもの先生じゃない――なんか怖いよ」
普段見た事のない、神代先生の殺気にユウが呟く。
「マリと戦う時は、いつもあんなもんだけど」
マリが首を振り、アカリが感想を述べる。
「そうね、九條が狂狼なら、先生はベンガル虎ね」
また眠り始めた浅井君を、胸で抱いている明莉の言葉にベンガル虎が口を開いた。
「えらい言われようだな……とにかく帰るぞ! 明日は反省会……貴様」
白虎の言葉が止り、西条が手にしているものを見た。
「クシティは危険すぎる」
九條は拳銃を、眠っている浅井君に向ける。
「力で対抗するおまえ達になら、俺は勝てる。だがクシティはそうはいかない。魂をもっていかれる……それは……だから、ここで死んでもらう……」
「浅井君!」
ユウが駈け寄ろうとするのを止めた明莉が前へと進む。
「良く狙いなさい。浅井君には当てさせない」
明莉は浅井君の身体を自分の後ろに廻した。
「おまえ達は殺したくないな。とくにマルチブレイン、おまえは俺の方に近い」
九条はゆっくりと拳銃をアカリへと向けた。
「フフ、それなら今のうちに私を殺すべきね。私が上に登り、あなたが、私の犬に成り下がる、その前にね」
本気ともとれる明莉の堂々たる姿に苦笑する九条。
「クク、そうか分ったよ、後ろのクシティと一緒に殺してやる」
九條が拳銃の狙いを付ける。
明莉が、右手を自分顔の前に突き出した。
「なんのまじないだ? それは……クク、じゃあな!」
九條は引き金を引き、銃弾が発射された……引き続け、残りの全ての弾を、明莉と浅井君に撃ち込んだ。
弾丸は明莉の身体を貫通した。
「明莉!」
ユウとマリが叫ぶ。
「大丈夫です。近づかないでください。今は危険です」
冷静で落ち着いた慇懃無礼な言葉使い。
「あなた、明莉じゃない。咲夜なの?」
ユウの言葉に頷く咲夜。
九條は持っていた、弾切れの拳銃を後ろに放り投げる。
「信じられないな。俺の打ち込んだ弾丸を全て、右手で受けて軌道を変えやがった」
明莉から身体を受け取った昨夜が無感情で答える。
「あなたが拳銃を打つタイミングとクセを基に、弾丸の軌道を計算しました。私の顔を狙った致命傷の弾丸一発、浅井君に当る可能性があった一発は、右手で受けて軌道を変えました」
冷静沈着、緻密な計算と恐れを知らない行動。
昨夜が持つマシンのような特性に笑み浮かべた九条。
「クク、致命傷ではない弾丸は、そのまま受けたわけか? やはり信じられない。人にできる技ではないぞ、クク」
九条の疑問に答える昨夜。それは明莉の通り名「ダブルブレイン」の所以だ。
「姉の明莉と一緒に、計算と身体の動作を同時に行いました。今、姉は痛みに懸命に耐えています。私の脳は神経と繋がっていません。でも、十分姉の痛みと、あなたへの怒りは理解出来ます」
一歩、二歩、三歩と前に出る咲夜。
「それでどうするんだ? そんな大怪我をしているおまえが?」
弾丸を受けた手を、九條の立っている前の机に置く咲夜。開いた弾痕からは血が流れる。
「はい、とりあえず、あなたをぶっ飛ばします」
「俺をぶっ飛ばす役は、後ろの誰かに頼むんだな。傷の手当てをしろ。俺はおまえを気に入っているんだ」
「はい、お気遣い有り難うございます。すぐに後ろの方々と変ります。これが終わったら」
「これだと?」
ニコリと九條に微笑んだ咲夜は、右手だけで机を持ち上げそのまま横に振り払う。
壁まで吹き飛ばされた九條。その上にさらに机を放り投げ、両手を叩いて終了を伝えるポーズを決めた咲夜。
「あんまり私達を甘く考えない方が、良いと思いますよ? 九條さん」
頭を左右に振りながら、起き上がった九條が笑い出す。
「どうかされましたか。打ち所でも悪かったら、とっても嬉しいのですけど?」
「クク、さすがマルチブレイン。妹もいいじゃないか。このまま続けてもいいが、後ろの方々が既に我慢できなさそう……」
言葉を越えて、九條の喉元に強烈な一撃、竹刀の切っ先が打ち込まれた。
今度は、後ろの壁まで吹き飛ばされる九條。
「咲夜、さがれ。まだ心残りだろうが、それ以上は明莉の負担が大きすぎる」
白虎の言葉に頷く昨夜。
「はい、神代先生。残念ですが、まもなく姉が意識を無くしそうです。そうなると私は自分の暴走を止める事が出来ません。申し訳ありませんが後はお願いします」
「分ったと言いたいが、おまえやオレより先に暴走している奴がいる」
速さを爆発させ一瞬で九條との距離を詰め、その前に立った幼き姿。
「立て! そして武器を持つがいい。拳銃でもマシンガンでもなんでもいい」
壁に寄りかかる九條に切っ先を向けたマリ、朧から蒼炎がゆらめき立ち、その瞳も蒼に輝く。
「なるほど、本当に人材が豊富だな……咲夜、また後でな」
「はい、もしあなたが生き延びれたら、必ず姉と一緒にお礼に参ります」
九條に答えた咲夜は、意識を無くして倒れ込んだ。
咲夜の身体を、ユウが滑り込んでキャッチする。
「マルチブレインの使いすぎと、身体に傷を負いすぎたみたいね」
ユウの言葉に浅井君が駈け寄り、明莉の手をとった。
浅井君の温かさを感じて、意識を取り戻した、明莉が目を開いた。
懸命に明莉の手を握る浅井君の髪の毛を触る。
「……浅井君は温かいね。髪の毛は、日の光を浴びた緑の草原の匂いがする」
「ユウ、この薬を明莉の傷口貼ってやってくれ」
マリはスカートの中から、皮の包みを取り出してユウに投げた。
マリはよく怪我をするが、その速さ故、大きな怪我になること多い、その為にマリは祖母に貰った特別な薬を常備していた。受け取った皮の包みを開けてみると、薬を浸したセロファンのようなものが何枚か入っていた。
「あんたもスカートの中に色々詰めているのね」
ユウの言葉にマリが答える。
「マリはガーターベルトに仕込んである」
明莉が顔をあげた。
「マリがガーターベルト? 犯罪的に萌えるわね」
明莉の軽口に少し安心したマリが叱責する。
「たまには黙っていろ! 明莉、無茶するのはおまえの役じゃないと、この間も先生に言われただろう?」
血を流して青白い顔の明莉だったが素直に「うん」とは言わない。
「仲間を見捨てろ……とは言われてないわ。どっちが大切かなんて、分りきった事でしょう? ……イタイ、ユウ~もう少し優しくしてよ」
九条を見据えたままでマリが意見する。
「それくらい我慢しろ、後でちゃんと医者に見てもらえ。その薬で血は止るはずだ」
わざと明莉の手当てを待っていたように、ゆっくりと九條は立ち上がり、咲夜に壊された机の引き出しを開けた。
「さてと……始めようか。おれの武器はこれでいい。気をつけろよ、これを持つと俺は手加減出来ない」
九條の手に握られた刀は、幅広で、黄金の柄には青い宝玉が埋め込まれ、鞘は金の打紐で巻き上げられていた。
「その刀は……奥州での戦乱で亡くなった、有名な武将が持っていた刀。伊達政宗と奥州統一の戦いで散った、その強者の墓に一緒に埋葬されたはず」
ユウの刀の解説に神代先生が感心した。
「ユウ、おまえ学校の成績は良くないが、こういうのは詳しいな」
「う~~ん、私が詳しいのではなく、憑いている悪霊が、戦国の刀とか武将に凄く詳しいの」
「ふ~~ん、そうか悪霊な。ところで九條は、なんでそんな刀なんか持っているんだ? そんな刀ならおれも欲しいぞ!」
「うんと、先月、区の骨董市あったよね。あのときに、売っていたと悪霊が言っていたわ」
「顔が広い悪霊だな。あのな、そこまで分っているなら、ユウが骨董市で刀買っとけよ」
「剣を買わなかった理由は……私のせいだって言うのよ」
「なんでユウのせいなんだ?」
「お金が無いって言ってる。私、悪霊に普段はお小遣い渡してないから。すぐゲーム買っちゃうの」
「悪霊は子供かよ。で? いくらだったんだ?」
「えっと。五千円だっけ?」
「あのな、五千円なら俺が買い取ったぞ。利子付けても良かった、なんせ有名な武将の刀なんだろう?」
神代先生の恐れを知らぬ願いにユウが呆れる。
「先生、あの刀は人間が持てるものではないのよ」
うーん、と両手を組んで考え始めた神代先生。
「じゃあ、アイツは持って良いのか? 一応人間のはずの九條は?」
「九條は鬼になりかかっている。首の漆黒のペンダント、あれが九條に強い暗き情念を与えている。念があの剣を引き寄せた、九條に使われる為に。みずからここに来たのよ」
「まったく、勘が良いお姉ちゃんだな」
刀で自分の肩をトントンと叩きながら九條が言った。
「さて、一番手はちっちゃい、お姉ちゃん、だったよな?」
九条の誘い言葉に、重さのない剣、朧を構えた小さな剣士マリ。
「ああ、見せてやるよ。私の全部」
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