第36話 現れた白虎
「たのもう~~誰かいるか? おーーい」
一階の入り口に近い部屋で、玄関の監視をしている組織の構成員五人。
「おい誰か来たぞ。深夜に裏の組織のビルに、正面から乗り込んでくる人間なんて……警察か?」
もう一人の組織の男が首を振った。
「いや違うだろ。警察なら捜査令状も見せるし、こんな深夜に一人じゃ来ないだろう?」
「それもそうだな。とりあえず帰れと言えよ」
五人の中で一番若い男が、玄関の男にインターフォンで指示する。
「あんた早く帰れ。夜中に訪問するのはエチケット違反だぞ」
玄関の背の高い男は面倒気に答えた。
「そうだな。俺も早く帰りたい。だがうちの娘どもを探している。ここに入り込んだようなんだ」
玄関のカメラに写った長身の男は、頭を掻きながら答える。どうやら帰る気はなさそうだ。
「おまえ、ここがどこだか分っているだろうな?」
「東京都XX区XX町のXXビルだよな?」
「正解! じゃなくてよ。ここは組織のビルだ。魑魅魍魎が集まる場所。入ったら二度と出ることは出来ない。生きてるうちはな」
若い男の脅し文句にニヤリする男。
「ふむ。どうやら間違いなさそうだ。そんな脅しを恥ずかしくなく言えるバカがいる場所。うちの娘達がぶっ潰しそうな組織だ」
「バカ? ぶっ潰すだと!」
「ああ、そうならない前に止めに来た。おまえらの為だ。早くここを開けろ!」
振り返った若い男は、玄関に立つ男に後悔させていいか? と、後ろのリーダー格の男に目線を送る。
「ほどほどにな。まあ、やり過ぎたら、この間と同じ手順で……」
「はい、バラシテ、臓器売買に――」
若い男はとなりに座っていた男と、木刀を持って部屋から出た。
一階のビルの玄関の鉄の入り口が開いた。
「やっと開いたか……ふぁあ~」
長身の男は待ちくたびれたと、あくびをする。
「待たせたな。その分歓迎するぜ」
「それは嬉しいが、うちの娘どもは来ているか?」
「娘? 知らないな。まだらしいが、まあ中で待てばいい」
「では、お邪魔するとするか」
玄関から招き入り、若い男の後ろをついていく。
「ところで、おまえさんはどこの組織のものだ? もしかして警察か?」
「いいや、一市民で一応、教師をやっている……ふぁあ~眠いな。普段なら寝てる時間だな。知ってるか? 睡眠のゴールデンタイム。ちゃんと寝た方がいいぞ」
あくびをしながら答えた長身の男、銀色に見える短い白髪を立たせ、ラフに後ろへ流す。細身でなで肩の体型は、武道家に見えない程着やせして見える。
今着ている、胴衣は一重白晒、袴は一重紺、腰帯は本結、厚手の綿で織り込まれた、真新しい武道着。その由々しき武者姿。神代先生はあくびを繰り返し、隙だらけの状態で、竹刀を左手に掴んで立っていた。
前に立った構成員が、こっちだと手招きをした。頷いてビルの中に入る。
静かに神代先生の後ろに廻った、インターフォンで話した若い男。
持っている木刀を振りあげる。
「ふん、先生か。夜中に竹刀なんか持って物騒だな。まあゆっくりしていけや!」
振り下ろされた木刀。しかしそれは眠そうな白虎をすり抜け、木刀は宙を切り、大きな空振りになり、廊下の床を打った。反動で前を歩く構成員にぶつかる若い音。
「おまえなにを……」
ぶつかられた構成員が振り返り、文句を若い男に言いかける、その時、のど元を強く突かれて、後方へはじき飛ばされた。驚く若い男の後ろから、白虎があくびをする。
「早く娘どもの所へ連れて行け。眠くてたまらん、いつもならとっくに寝ている時間だ」
振り返り木刀を構える若い男の喉もとに、竹刀の切っ先を当てた神代。
「竹刀でもな、扱う者によっては人を殺せるんだ。うん? おまえ、信じてないようだな」
若い男が一瞬、神代を見失った。その直後、大きな音と木片が降り注ぐ。
男の頭の上すれすれ、壁が竹刀で突き破られ、さっきまで男が待機していた部屋まで貫通した。
突然、竹刀が壁を突き破って出てきたのに驚き、残りの三人が飛び出してくる。
同時に警報がビル中に響き三十人を越える男達が、手に金属バットや木刀、チェーン、大型ナイフを握って、神代を囲み始める。
「まあまあの数だな」
竹刀を壁から引き抜いた神代先生の、手にした竹刀をまるで日本刀のようだった。
「うぁあああ」
叫びながら逃げ出した、その後頭部を、軽く竹刀で突き気絶させる。
「おっと、一人は残しておかないとな。あとでこのビルの案内を頼むよ」
取り巻く男達は、罵声を浴びせながら神代に近づく。
「死んだぞ! おまえ」
「フッ、前置きはいいから、かかってこいよ」
一斉に神代へ襲いかかる三十人の男達が一瞬、その気配で立ち止まる。
学生時代からの白髪、猫科の猛獣を思わす俊敏で獰猛な戦い方、白虎と呼ばれる現代最強の剣士の一人が、自分の下唇をペロリと舐めた。
「いつだっけな、このクセが出たのは。世界選手権の決勝と、マリの婆さんと戦った時か。久しいな。あ、九條とヤル時に少し出たかな」
・
・
・
「え? 警報が鳴っている」
ビルに響く警報に、浅井君へのギュウッ~~三周目のユウが振り返る。
「どうやらおまえ達以外にも、どっか馬鹿が進入したみたいだな」
部屋の奥の方で、ゆらりと立ち上がった、面長で切れ長のつり上がった目。
「九條!」
立ち上がった九条にマリが、三人を守るように一歩前に出た。
「まったく、いい大人が……クシティの子守歌で寝てしまうとはな」
「おまえが、浅井君に害を与えようとしたからだろう?」
マリは、いつでも戦闘に入れるように、準備しながら九條を見る。
「ああ、指の二、三本切り取って、泣き叫ぶ姿を楽しむ予定が、この男がクシティに操られて、俺に向かって来やがった。おかげで隙をつかれ、三人でオネンネだ」
九条に嬲られ、固まった血のりがついた男は意識が戻っていない、
鼻が折られ喉が潰され、呼吸が苦しそうだ。
「おまえの仲間だろ? なぜここまでやる?」
マリの質問に、手で髪を整えながら九條は椅子に座った。
「仲間? そんなものは俺にはいねーーよ。組織は上下しかいない。お友達関係なんかないんだよ。そいつは飼われた犬だ。主人の俺に殺されようが文句は言えないのさ」
両足を組み、大きな机の上に投げ出した九條。両手を組んでマリを見る。
「なるほどな、おまえの組織は犬の集団ってわけだ」
マリの言葉に頷く九条。
「ああ、だが、中には上にも食らいつく、狼も混ざっているがな」
「狼だって? おまえの事を言っているのか九條? 狼は仲間思いなんだ。仲間をいたぶるおまえとは違う」
マリに頷き、言葉を繋ぐユウ。
「そうよ。ハイエナだって、ライオンだって、仲間と協力して生きていく。人ならそれは必然。独りで生きていける強さなど、人間にはないわ」
クク、二人の言葉に口元を緩ます九條。
「そんなのは昔のお話だ。昭和の時代はみんな一緒と教えられた。今の平成はオンリーワンだと。笑わせる。独りで生きられない、弱い者がオンリーワンになれるわけない。だがどんな世でも全ての人間が必ず降れ伏すものが、ちゃんと昔からある。それを学校では何故か教えない“暴力”こそ不変な力なのさ。力で競い合うの止めた、今の世の中を見てみればいい。親が金持ちで無能な者達のなんと多いことか。戦乱の世は暴力が全てを決めた。強い者が全て決定する。明快だろう? この世は再び戦乱に変えるべきだと俺は考えている」
マリが鼻で九条の持論を笑った。
「フッ、新しい戦乱のリーダーが、おまえということか?」
突然、部屋のドアが開いた。
胴着は一重白晒、袴は一重紺、真新しい武道着を着た神代先生が立っていた。
「案内ご苦労さん。早く逃げた方がいいぞ。おまえのボスはオレ以上に、残酷そうだ」
神代と九條の顔を見比べてから、案内してきた若い男が必死な形相で逃げ出した。
九条は常人には見えない速度で、逃げる若い男の首を右手で打ち、気絶させた。
「お前は後で役に立ってもらうからな……先生も戦乱の英雄たる資格をお待ちの、人物でおられるわけだ」
九条の言葉に、部屋の中に入った神代先生が首を振る。
「オレは一教師だって言っているのだがね。さっきからな。おまえの仲間にも言っている」
面白い冗談だと、笑みを浮かべた九条。
「フッ、三十人もの武器を持った人間を竹刀で、汗もかかずにぶっ倒す。どう考えても、このつまらない世界には飽き飽きしている輩だよ、先生はね」
こちらはつまらん話だと、九条に返す白虎。
「三十四人だ、自分の仲間の数くらい覚えておけ。オレはこの世界を、結構気に入っている。だから、オレの調子を狂わす、例えば、深夜に生徒を誘拐して、担任を呼ぶような行為には――かなり腹が立つ!」
口元は笑っているが、ユウ達をここに連れ込んだ事に、白虎は野獣の視線を九條を見つめていた。
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