第30話 大嫌いな大人の力
「ちょっと、ちょっと、二人で何盛り上がっているの。あ、三人ね。で悪霊さんは何て言ってるの?」
ユウとマリは、悪霊の話を明莉に伝える。
「……なるほど。私も心の中では焦っていたわ。その辺が伝わったのかな」
ユウとマリが自分たちも同様だと頷く。
「それじゃ作戦だけど、悪霊さんの力でユウの霊格を上げる。高い霊格により不浄な霊は弾く。情報をくれそうな霊たちと一度に交霊をする。ユウは感知するだけで、分かった情報は私に全部渡して、DBを検索した情報とユウの情報をマッチングする、この作戦で行きましょう。もうヘリの燃料もギリギリだし、うまくいけば十分程度で終わる。ただ、私だけでは、数千の生き霊の情報から、浅井君だけを取り出すのは無理ね」
「大丈夫、私も手伝う」
マリの挙手に首を振るアカリ。
「悪いけどマリだと計算の邪魔にしかならない。しょうがないわ。あの子に頼むしかないか」
「あの子、今から誰かここに呼ぶのか?」
マリの問いに首を振る明莉。ユウが代わりに答える。
「違う、明莉は咲夜の事を言っているのよね?」
「そう、私の双子の妹の道明寺咲夜を呼び出す」
「いいのか明莉?」
マリが短く聞いた。
「妹がおるとは何事なのじゃ?」
事情を知らない悪霊がユウに聞いた。
「うーーん、今は私からは言いにくい。後で話すよ」
アカリがユウを制した。
「いいよ。本人がいない場所で、話されるのは嫌だわ。例え相手が悪霊さんでもね」
「その悪霊さんは、無理には聞く気はないって、言ってるけど?」
ユウが悪霊の言葉を通訳して伝えた。
「あら、ありがとう悪霊さん。でも今回は、妹が暴走する可能性があるから、事情は知ってもらっていた方がいいわ」
アカリの言葉に悪霊は頷いた。
「悪霊さんは、そういう事なら聞くって、言ってるよ」
ユウの言葉に頷いてから、明莉は話し始めた。
「私は母親のお腹の中にいる時、双子として生を受けて育っていたの。でも成長して人の形になった時、妹は吸収されて私は一人になった。妹は身体を無くしたけど、脳は私のものと混ざり残った。医者が私の頭をスキャンすると、マーブルチョコレートを溶かしたように、グニャグニャに二つの脳幹と神経繊維が、混ざり重なり合っているそうよ。これで生きているのが不思議だとね。子供の頃はモルモット扱いだった。それが嫌だった私は、普通の子供、いや優等生を演じるようになった。検査で見つかるのを防ぎたかったから。妹の咲夜が生きている事をね」
悪霊が合点がいったように首を縦に振る。その様子をユウが伝えた。
「ふむ、それでおまえからは、二つの心を感じるのか……と悪霊は言っております」
ふふ、笑みを浮かべた明莉。
「悪霊さんから見れば、脳なんか見なくても直ぐに分っちゃうのね。私の脳は妹と二つ分あって、何かを考えたり覚えたり、身体を動かしたりを同時に行える。PCの頭脳であるCPUは、最近は複数を一つにまとめたマルチコアが多いけど、理屈は一緒ね。ネットで調べ事をしながら、ファイルのダウンロードが快適に行える、そんな感じかな? 勉強しながらマンガが読めるし、戦いでは防御に徹しながら、全力で攻撃が出来る。私の脳はマルチブレイン、妹の咲夜と同時に思考が働き、この身体に同時に命令を発行出来る」
「二つの事を同時にできたら便利だの……と悪霊さんは言ってます」
頷く明莉の表情は固かった。
「そうね、便利かもね。でも二つ問題があるの。一つめは、咲夜は普段はおとなしく、私と心を同居させてくれる。でも私が興奮したり意識が無かったりすると、咲夜は表面に現れる。その後は、まるでバーサーカーが暴れたような状態になるの」
「ふむ、普段、抑圧された心、そして人間として、この世で認識されない事への苛立ち……と悪霊が言ってます」
「咲夜は生きているのに、私だけが生きていると世間は認識する。そして臓器的に見た場合、咲夜は思考するだけの器官。身体の痛みや疲労はまったく感じない。身体との接合は私の脳のみがされている。痛みも疲れも知らない咲夜は、無邪気にこの身体を酷使する。筋肉が裂け、骨が折れても嬉しそうに……二日も三日も血だらけで遊び続ける」
今度はユウ自身が自分の意見を言った。
「それで、あの薬品が必要なのね。あなたの家に行った時にあった、精神薬や身体の強化剤」
素直に認めるアカリ。
「そう、強化しておかないと、咲夜が現れた時に、咲夜の遊びに身体が持たない。脳や神経も同時に二つの命令に、神経系統が直ぐにオーバーヒートする。咲夜の暴走がいつ始まるか、この身体と神経がいつまで持つのか、それの二つがマルチブレインの問題なの」
「脳が疲れるまで、火事場の馬鹿力を発揮するのか?……と申しております」
「ええ、咲夜が暴走する様子を見た両親は驚いたらしいわ。私は意識が無かったけどね。私の父親は世間では結構有名な霊媒師。大きなお寺の住職なの。まあ、その霊力はユウとは比較にもならないけどね」
アカリの質問に、悪霊の言葉を伝えるユウが、気になる事柄。
ちょっと間が開いた。
「ユウは血筋だから……と言っております……そんなの初めて聞いたよ! もしかしてあんた、私の先祖とかと知り合いなの?……本当にこの娘の感の鋭さは、本質をさりげなく触れすぎる……と言っております」
ユウと悪霊のごちゃまぜの言葉に、微笑むアカリ。
「フフ、その意見は私も同じよ。ユウ、あなたには時々、心の奥を覗かれた様にドキリとさせられる。あなたが力を使えば、人間でも霊でも、心がある者の考えを読むことが出来る。自分に相手の霊を降ろして、心を一緒にするのだから嘘なんかつけない」
真顔になったユウが答える。
「私は無闇に人の心なんか読んだりしない。今回は特別なケースよ」
分かっているとアカリが頷く。
「うん、私も最初にそう言った。あなたに力を使わせるのは嫌だとね。ユウとマリは自分の力を、自分の為には使わない。でも私は違うの……」
「何を言っているの?あなたも同じでしょう?」
ユウの言葉に首を振る明莉。
「私は世間から優等生と見られるために、マルチブレインを日常的に使っている。その理由は……」
「化け物と言われ、世間から排除されない為だろう?」
そこまで黙って会話を聞いていたマリが口を開いた。
「そうよ。私は化け物としてモルモットにされ自由を奪われる、そんなのはもう嫌なの。だからお金と権力が欲しいの」
マリが珍しく声を大きくした。
「おまえが大嫌いな、大人の力だ!」
「ええ、構わない。金と権力で私と妹を守る。そしてあなた達も……」
納得できないマリ。
「思い上がるな、自分が否定する矛盾な力を得ても、自分さえ守れない。まして他人を守るだと? 笑わせる」
マリの強い批判に明莉は少しだけ下を見て、間をおいて続けた。
「そうよ! 私は弱いわ。マリあなたのように、ピュアに造られなかった」
「造られた……何の事だ?」
「私は金と権力を得るために、世の中の影の部分の情報収集と、それを基に裏DBを作成し、世界の国々へ情報を提供している。その代わりに私が欲しいものを得る。今回のヘリの要請も見返りの一部。けれど一番見返りは深部の世界の秘密。その中にあったB・U計画」
マリが飛びかかりそうな勢いで、明莉の前に出た。
「それと私が関係あるのか? 今まで黙っていたのか、明莉!」
詰問するマリ、その時流れる静かな威厳がある声。
「おまえたちは、浅井がいないと仲がうまく保てぬようじゃな。ならば何が今一番大切かは分る筈だ。揉めるのも喧嘩もよいだろ。心をぶつけ合える関係であれば、死地に挑もうとも一緒に生きる道を探せる。だが、失ってしまったら、二度と戻らないものもある。今、浅井を無くす事は、おまえ達の未来へ選択肢を無くす。まずは今やらねばならぬ事をせよ」
ユウの身体を借りた悪霊の言葉が、二人の言い争いを止めた。
ユウの口を借りた悪霊の言葉は続く。
「それとマリといったか。怒るのは当然だが。なぜ明莉が今、自分の心境を話したかわかってやれ。闇の深部へ進んだのは、明莉の事情だけではない。おまえの過去を明莉は調べようとしていたのじゃ。だがおまえに嘘をついている事が、明莉にとって一番の重荷。今から行う事は、明莉にとっても難しいもの。失敗すれば、明莉の脳は焼けてしまうかもしれん。だから今、おまえに全てを打ち明けた。自分の心が乱れぬようにな。まだ所詮十五才、明莉はこの中で一番冷静で、大人でいようとしているだけで、本当は一番脆い子じゃ。それはおまえが一番知っておる」
悪霊の言葉が終わり、身体の自由が戻ったユウの顔を、マリと明莉が真剣な目で見ていた。
「あれ、あんたここで黙る?……おいおい、この状況で私にバトン渡すな! こら悪霊どこ行った!」
シリアスな状態に耐えきれないユウが、消えた悪霊に呼びかけた。
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