第31話 紅刀朱音

 精神を集中するユウ。その身体が再び白い光に包まれる。

「ユウ、恐れるな、皆がいる」

 悪霊の言葉に頷いたユウが両手を広げて、千体もの生き霊に語りかける。


 広げた両手と身体が、クロスの形に輝き、光の十字架を創り出し、東京の輝きと闇の中から、蛍のように霊体が集まってくる。空気の質が変化していくのが、霊感がない明莉にも感じられる。イオン化した空気はさびた鉄の匂いを微かに放つ。地上から集まった霊体は、グルグルとユウの周りを回り出した。


 そして自分を呼び出した者の力を値踏みする。


「…なんだ……この娘……我々を呼び出して……」

「……大した力だ……この力があれば……」

 完全に幽体の渦に巻き込まれ、マリと明莉の目からユウの姿が消えた。

「……こんな……小娘には……勿体ない……」

「……そうだ……我々で…奪えばいい……」

 ユウの力に惹かれた霊体は、その力を欲し、ユウの身体に入ろうとその形を変えていく。


 蛍のような光の珠は徐々に球体から、横に少しずつ伸びていく。

 一個の霊体がその姿を完全に変化させた。

【鎗】

 強力な霊力を持つユウを突き抜け、その身体に入る為に自らを、貫く武器へ変えた霊たち。


「……この娘の力……強大……だから……」

「……そう……突き刺せばいい……一気に……」

 一体の霊体が鎗へと変化すると、ユウの周りを廻っていた他の霊体も変化を始める。ユウの周りに浮かぶ千本の鎗。


 ユウを囲む全ての霊体は、その姿を尖った鎗に変化させた。

「……前から……後ろから……上から……下から……突き破れ」

 千本の鎗は矛先を光の中心、ユウへと向ける。

「……さあ……差し込め……娘の身体と魂に」

 千本の鎗が空中を走り、光の筋と化してユウの身体に突き刺さった。


「うぅ……くっ」


 突き刺さる衝撃は激しくユウの身体を揺らし、苦悶の表情を見せ、マリがユウの元に駆け出す。それを止めた悪霊。


「待てマリ。全ての鎗がユウに差し込まれるまで待つのじゃ」

「でも、ユウが苦しそうだ。あんなに鎗が刺さって……見てられない」

「自分が傷を受けるのは平気だが、仲間の姿を見るのは辛いか?」


 ユウの姿を見ている悪霊は、腕組みして微動だしない。

「見ていてやれ。ユウの事を信じてやれ。先程ユウは、おまえを信じていた」

 立ち止まり、ユウを見る幼き蒼き瞳。


 ついに千本全ての鎗がユウに差し込まれた。

「よしいくぞ。マリ、ユウを押さえてくれ」

 頷いて走り出したマリが、ユウの両足を支える。


「ユウ大丈夫か?」

 千本の鎗がもたらす怨嗟が、ユウの身体を外から内から揺らし、足下が大きくふらつきだす。

「マリ……」

 目線をマリに向けユウが力なく微笑む。


 悪霊は意識を失いかけているユウの前に立った。


「ユウ、案配はどうじゃ?」


「もう倒れそう……そろそろ厳しいかも……どうやって……私の霊力を上げるの?」


 紅の刀をスラリと抜き、それをユウの前の前にかざす。

 鞘は目を引く臙脂色。握る柄の部分も橙色に染めてあり、深みのある光沢を放つ刀。


「……刀は……武士の魂……じゃなかったけ?」

 ユウが青白い顔で力なく嫌味を悪霊に呟く。


「そうじゃ、他人には決して触れさせない。特におなごにはな」

「……またそうやって……女子差別する……今どきは違うの……よ」


 切れ切れだが、今を伝えるユウに、安心し刀を掲げる悪霊。

「男と女は違うもの。どちらがいなくても世の中は成り立たない。さあ、この紅刀を握れ」

「……この、男尊女卑め……いいの? あんたの魂……女の私が触って……」


「おまえが言う“今どきは”は女とて平等なのだろ? さあしっかりと握れ! 我の魂を! 皆の者よ聞け、我こそは奥州の名門の生まれであり、家門最後の頭領。そしてこの刀は、名工なれど、あえて無名で生きた者が打った刀。その名も紅刀朱音あかね」


 紅刀の柄を握ったユウの身体へ、刀から純白の光が吸い込まれていく。

 大きく呼吸をして、紅刀が出す純潔な息吹を吸い込んだ、ユウの全身に、高位の霊力が巡り初める。


 目を大きく見開き、紅刀を構えて勢いよく、右、左と切り返し、上段から縦へと三度振りぬいた時、断ち切られる呪縛。ユウの霊格が急激に上昇していく。

ユウの身体に差し込まれた千本の鎗が振動を始めた。


「……ばかな……なんだこの娘の霊力は……ありえない……」


 振動していた千本の鎗は、逆回しのビデオのように、次々とユウの身体から離れ、最初にあった位置へと戻る。そして鎗は姿を変えて、霊体へと戻っていく。


「さあ帰りなさい、悲しき魂よ、悩む心よ。自分の身体へ」


 大きく紅刀を振り上げたユウが、斜めに空中をなぎ払う。白い衝撃波が渦を巻きながら空中を進んでいく。霊体は竜巻のように巻き上げられ、雲まで届き東京へと散っていく。


 紅刀の切っ先を膝元に下げ、ユウは霊体が散った眼下の東京をしばらく見ていた。


「ごめんなさい。そしてありがとう」

 自分の身体から離れ、元の身体へ去った霊体に、お辞儀を感謝を述べた。

「きたわ!」


 ユウからの霊体から得た膨大な情報を、明莉と咲夜、二人の霊体がそれぞれ受け留める。

 マルチブレイン、明莉と咲夜、二人が可能したスーパーコンピューターを越える演算速度。二人の脳でユウから得た情報が、驚異的な速度でサマリー(解析・蓄積)されていく。

 

 続いてPCの画面を見て、視覚からスキャニングを実施、脳内でデジタルデータへと変換する。


「PCから検索候補のビルのデータ、取り込みを完了しました」

 咲夜のスキャニング終了の言葉を受けて、明莉が頷く。

「了解、インデックスの生成を開始する。咲夜、レコードの最適化をお願い」


 ユウから受け取った情報をサマリーし、PCから得た浅井がいると思われる、ビルの情報と合わせて高速化する。


「レコードの最適化を完了しました」 

 昨夜の銀色目が光り、明莉に伝える。


「こっちも検索用インデックスを生成完了。これより最終タスクを実行する!」


 明莉の声と共に、数億個のニューロンを持つ、現在のノイマン型スーパーコンピューターが、足下にも及ばない、超高速のデータマッチングが開始された。

 右目は明莉の黒い瞳、左目は咲夜のシルバーグレイ、オッドアイが輝きを強くする。

「これ……明莉、これかもしません!」

「見つけたの? 咲夜、どれ?これか……うん、間違いないわ」

「マッチング完了です」

 明莉と咲夜が、同時に浅井の居場所を探し出した事を伝える。


 手を振る明莉の姿にホッとするユウとマリ。


「よかった」

 ユウが呟くと目の前に立つ悪霊が、静かに語り始めた。


「先程聞いたな、ユウ。偉人とはと。おまえは歴史に名を残した者。英雄が偉い人だと言ったな」

「ええ、覚えている。勝ち続けなければ意味が無い、負けたらお終いだと。そうわたしは言ったわ」

「そうじゃ、確かに歴史に名を残す者は偉大な者だろう。だが、名も無き者達、主君に従い命を落とす者、愛する者を守って平凡に一生を終える者。それもまた勇者のことわりと我は思う」


「そんなの馬鹿馬鹿しいわ。死んで花実が咲くものか、生きていてこその人生よ」

「我の時代は死ぬことで、花を咲かした者も多かった。特に武士はそうであった。今どきは、命を賭ける事は、たしかに馬鹿げた事かもしれん。だが、まるでおまえと仲間のようじゃな?」


 仲間の事になると自分の命など考えもしない四人。

「それは……一緒にしないでよ」

「生きる自由があるように死ぬ自由もある。結局はどう生きたかが大事なのじゃ。良き人生であったかは、自分自身が決める事。我は心残りがあった。だがこれで約束を果たせそうだ」

「何を言っているの?……まるで……お別れを言っているみたいよ」


「我がいなくても、布団をかけて寝るのだぞ。おまえは寝相が悪いし、寝ぼける事もある。あと朝も一人で起きられないし、それに寂しがり屋じゃ……」

「こんな時に冗談は止めて。あれほど、わたしから離れなかったあんたが、なぜ今消えるの」


「仲間がおる……これでユウは自由じゃな」

「まって! どうして? なんで弱くなるのあんたの意識……」

 ユウの目の前で霧のように薄くなっていく悪霊の姿。

「なぜ感じられないの? あいつの姿が見えない……」


「どうした? なぜ、あの人の気配が消えた?」

 ユウに悪霊の存在を確認するマリ。


 姿だけではなく、気配も希少になり、ついにはユウにも悪霊を感じられない。

「わかんないよ……あいつの気配が消えたの……突然……あ!」

 悪霊の姿が見えなくなり動揺するユウが持った、紅刀朱音から光の粉が蒸気のように立ち上る。

 さらさらと光の粉末は東京の夜空へどんどん立ち昇っていく。それに触れたユウが呟いた。


「あたたかい……これはアイツの……心」


 目の前から、揺らめきながら紅刀が消え始めた。


「え!? 待って、あいつの心が……消えちゃう!」

 思わず胸に、紅刀を抱えて座り込む。だがユウの腕の中で紅刀は光の粉となって消えていく。


 ユウを中心に強い風が吹き始め、作業用ステーションの上は木枯らしのように塵が舞い始めた。

 木枯らしはすぐに止み、緑の草の匂いが微かに広がり始め、心地よい一陣の風が吹く。


「気持ちの良い風ね。少し冷たい……雪解けの春の風……」


 明莉の淡い青い色の髪が風に流され、心地よさそうに明莉は両手を広げ、吹き抜ける春の風に乗る。緑の風が吹く中、目映い光が広がり始めた。


 緑の風と目映い光は、目を開けていられないくらい強くなった

 一瞬視界を無くしたユウが、再び目を開くと、自分の胸を押さえた両手だけが残っていた。


 悪霊と紅刀は完全に消えた。



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