第29話 現れた者

「ユウ、おいユウ、起きろ!」

 マリは必死にユウを起こそうとするが、ユウは反応しない。

 ヘリが近づく音が聞こえてくる、その音に一瞬、周りを察知する感覚を上空に取られた。


 マリが再びステーションに感覚を戻した時、信じられない者の気配を感じた。

 明莉もマリも霊感はない、幽霊は一度も見た事がない。

 街中でユウが顔色を変える時があり、その時は側にいるらしい。

 だがソレは、剣の達人レベルのマリには、見えなくてもその気配を感じる事が出来た。


 その男はマリの側に悠然と立っていた。

 当世具足、張子を付けた当世兜を被り胴丸を身につける。

 その顔は真っ黒な霧のようになって表情は読めない。

 ただ二つの赤く丸い光る目が、こちらを向いていると感じる。


「あんたは……ユウが自分に憑いている、と言った悪霊か?」


 表情は読めないが、悪霊が苦笑したように感じた。


「お主かなりの腕前じゃな。我の姿を気で感じて存在を把握しておる。相手の感情を読める者など、この世にはもうおらんと思っておった」

 悪霊の言葉も聞くことが出来たマリが、焦り聞き直す。


「そんなことよりユウが目覚めない。どうしたんだ?」

「ふむ、どうやら先の後悔、浅井を守れなかった事を反省する余り、霊力を大きく己の限界を越したようじゃな。数十もの強力な霊に身体と魂を占拠されておる」

「どうすればいい? 出来る事ならなんでもする、マリの身体はおまえにやる、だからユウを助けてくれ」

「心配するな、小さな戦人よ。ユウを守るのは我の役目……だが」

「だがなんだ? なにか問題でもあるのか?」

「いや、いい仲間に恵まれたものだと思っただけじゃ。寂しがり屋のユウには宝であろうな」


 悪霊が見る先にヘリが近づき、扉が開き、明莉が身を乗り出す。


「マリ、そっちへ飛び移るからキャッチして!」

「ばか、十メートル以上あるぞ!」

 マリの言葉が終わる前に、ヘリからダイブする明莉。その身は作業用ステーションまで届かない。爆発的に力を起動するマリ。一気に明莉へと飛び込み、その身を掴んだ。


 落下する二人の身体。マリが柵に結んでおいてロープ引く。落下が止った、振り子のように左右に身体を移動して、再び反動を使いステーションへと飛び乗る。

「見事!」

 ステーションに着地したマリは、明莉の下敷きになりながら、悪霊の褒め言葉に、右手を軽くあげて答えた。それから自分の上に重なる明莉を睨む。


「この……無理しやがって! おまえが一番バカなんじゃないか?」

 顔をあげた明莉がマリに抱きついてきた。

「怖かったよ~~マリ、メチャメチャ怖かった~~」

 マリの顔が真っ赤になる。


「分った、分ったから離れろ! 人が見ている!」

「だって怖かったんだもん。降下用の器具が無いから、飛び降りるかなかったし、一刻を争いそうだったしね。マリなら、なんとかするって思ってたけど。ところで、誰が見ているの? ユウの意識が戻ったの?」


「正確には人ではないが……見てるんだよ、悪霊がこっちを」

 赤い丸い目を二人に向けている悪霊は、明莉には感じられないようだ。


「大丈夫だ、我は恋愛には理解がある、おなご同士でも別にかまわんぞ。戦国時代は小姓と恋仲になる武将もおった」

 ますますマリが顔を赤くした。

「あれれ? なんで顔が真っ赤になったの? 本当に私の事好きなのかしら。いいわよ、私もマリなら……」

 急いで明莉を振り払って立ち上がったマリ。

「お前らは、なんて事を言っているんだ! マリはごくノーマルだぞ!」


「ハハハ」「ふふふ」

 楽しそうに笑う明莉と悪霊。だがすぐに明莉は普段のCool Eyeに戻っていた。

「そんなにマリをからかうのは楽しいのか?」

「そうね、マリをからかうのは、私の数少ない良い趣味だと思うわ。でもマリならいいと言ったのは本当よ。さて、どうこの状況を打開するか。まずはユウを起こさないと」


 マリに悪霊が手振りで、少し離れろと伝えてきた。

 マリは考え事をしている明莉を抱き、急いで出来るだけ悪霊から距離を取る。


「あれれ? やっぱり本気なわけ?マリ、嬉しいけど今はやばいんじゃない?」

「バカは黙ってろ!」


 明莉を胸に抱いて、小さな背中を悪霊の方向に向け、マリは衝撃に備える。

 悪霊は二人が離れたのを確認してから、紅の脇差しを抜いた。

 鞘は目を引く臙脂色。握る柄の部分も橙色。その刀身は白く輝き光りを放つ。


 抜いただけで強力な力を感じる紅の刀。

 紅刀を両手に持ち替えた悪霊は、真っ向上段から、倒れているユウに刀を振りかざす。刀がユウの身体を通り抜けた、その時、もの凄い叫びが聞こえた。


「この娘に仇なす者共、この娘より去れ!」


 悪霊の気合いで、ユウを中心に衝撃波が放たれた。

 ユウに憑いていた霊が、数十体はじき飛ばされ、叫び声が辺りに広がりつむじ風が起る。


「何? この冷たい風、この声は!?」

「黙っていろ、何も見るな! 何も聞くな!」


 飛ばされないようにマリは明莉を強く抱きしめる。

 目と耳を塞ぎ、怨念の声と風から逃れようとする明莉。

 怨嗟の声と風は数分続いた後、徐々に弱まりそしてフッと消えた。

 

 目を覚ましたユウが頭をかきながら呟く。

「この前に交霊やった時は、百くらい同時にいけたんだけどなあ」

 

 悪霊が刀を紅の鞘に収め、ユウを見た。

「ユウ、確かに古い霊には、神に等しい力を持つ者もおるが、本来死んだ者を恐れる事は無い。死んだ者を恐れるのは、その人間の良心じゃ。人を殺したり騙したり、相手に悪いことをしたと自分の良心がその者を苦しめる。死んだ者に相手をとり殺すなど出来ん。だが生きている者は別だ。生き霊は恐ろしい。殆どが無意識で放つ負の波動は、人を病気にしたりする。そして死んだ者ならば供養でもお祓いでも出来るが、生きている者を殺す事は出来ない。近くの人間が無意識におまえを呪っていたしても、それだけでその者を殺せない。気をつける事だ、真に恐るべきは、生ある人間であると」


「分った、気をつける」

 ユウの言葉に悪霊は頷いた。

「ユウ、おまえがいつも言ってる、悪霊ってそこにいる人か?」

 起き上がったマリが近づいてくる。

「そうだけど、まさか……マリには見えるの?」

「見える、というか感じると言った方がいいか」


 髪を整えスカートのホコリを払った明莉が頷く。

「そうね、一流の剣士のマリは戦う相手の動きを読む力がある。その時に感情のリンクを行うの。ユウの悪霊の霊力が強くて、マリがその姿をイメージできるくらい、強いリンクが起きたみたい」


 ユウの方を見たマリが続ける。

「そして今感じる悪霊は、私が想像していた者とはまったく違う。その人の発する波動は、軍神のような揺るぎない武の力を感じる」

 マリの言葉でジロジロと悪霊を見たユウ。

「あんた実は偉い人、いや霊だったの?」

「さてどうかの。だいたい偉い人とはなんじゃ?」

 ユウがすかさず今風の答えを述べた。


「世界の英雄、チンギスハン、シーザーとか。身近なところでは、あんたの知っている戦国武将、徳川家康、武田信玄、織田信長、あと伊達政宗なんかどうかしら?」

 両手を抱えたままあ食えようが聞き直す。


「……そうか。ユウは力が残す歴史こそが、絶対と言うか?」

「違うの? だって、凄いことでしょう? 何千、何万って人々を率いて国を造り治めていく。結局、歴史の結果でしか判断出来ないじゃない。負けたら終わり。勝ち続けた人が英雄と呼ばれる、それが偉い人よ」


 表情は読めない霧に様な顔が曇ったように見えた。

「後生では英雄と呼ばれる者も、その時代ではただの人殺しかもしれん。一人の英雄が現れる度に、たくさんの戦が起こり、たくさんの民が泣くことになる」


「ふ~ん、本当に悪霊さん、そこにいるみたいね」

 ユウの独り言を聞いていた、明莉が話しかけてきた。

「とりあえず、ユウが回復したようなので、ハチの捜索を続けたいのだけど?」


 ユウは明莉に交霊が失敗した理由を話す。


「多すぎるの、とにかく入ってくる霊が多すぎてパニックになった。そこにつけ込まれ、生き霊に憑依され意識を失ったの」

「うん、上から見ていても、その事を感じていたわ。だから探索するポイントを絞る」


 ヘリから飛び降りた時に大事に抱えていた、タブレットPCを開けて電源を入れる。


「裏DBを検索して情報を確認した結果、ハチがいる場所、つまり九条の居城は、この三区に絞られる。その中でビルの借り主を検索した結果、約二十件がヒットしたわ」

「なんでそんなに一杯あるんだ? 九条って金持ちなのか?」


 マリの妙な感心に首を振る明莉。

「バカね。本名で暴力組織が、事務所を借りたり出来るわけないでしょう? 偽名が普通だし、その名前も数多くあるわ。だからここまでしか絞り込めないの」


 頷いたユウ。


「分ったわ、一区ずつやってみる。人数が多かったらブロック分けになるけど」

「お願い、時間が無いけど、今はこれしか方法がないの」


 時間が掛かりすぎる、明莉は不安を抱えていた。

 ヘリの燃料も少ない、朝までにハチを検索する作業を終えられるか? それまで浅井は無事なのか?


「浅井の探索は一気に行えばよい」

 悪霊の言葉で、ユウとマリが振り向く。

「だからね、出来ないの! 私が交信できる生き霊は十が限界。それを越えると身体を乗っ取られる。あんたもさっき見ていたし、危険だと言ったじゃない」

 ユウの言葉に頷く悪霊。

「ああ、そう言った」

「何か、策があるみたいですね」とマリの言葉遣いに驚く。

「ええ? まさかのマリの丁寧語? わたし初めて聞いた……」

 真面目に驚くユウに何がおかしいとマリ。


「さっきも言ったが、この人は高い位の方だと感じた。古き時代の立派な武将だったのだろう」

「はぁあ、こいつが高い位? 私の恋路は邪魔するし、ゲーム好きなこいつが?」


 ため息交じりで首を横に振るマリ。

「傍に居るおまえが一番分かってないなユウ。ゲームが好きでも武将の位には関係無い。ユウが男に振られるのは、おまえに魅了が無いだけだろ?」

「なんですって! マリ、ここで勝負するか!」


 エキサイトするユウをたしなめる悪霊。

「落ち着けユウ。マリと言ったか、我は策など特に持ってはいない」

「なに~~それで偉そうにしてるか~!」

 興奮気味のユウの頭をポンと軽く叩いた悪霊。

「落ち着けと申しておる。浅井が心配なのは分かるが、焦りは敵の手中にはまるだけじゃ」

 その言葉にハッとしたユウ。


「策は無いが、今度は皆でユウを支える。無論、我も含めてな」


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