第27話 ユウの異変
眼下にスカイツリーが近づいてきた。
明莉が一番高い場所として、塔のメンテ用のステーションをパイロットに指示する。作業ステーションは柵も簡単なもので、横幅も人が一人立てるくらいのスペースしかない。
「あんな狭い所に、どうやって降りるの?」
「はいこれ。キッチリ身体に結んでね。途中で外れたら、下まで落ちるからね」
明莉がユウに渡したのは、レスキューが救助に使う、ヘリからぶら下がる降下用のロープ。
「これ、テレビの特番で見た事があるな。嵐で船に取り残された人を救助していた」
マリが呟きながら、金具でユウとロープ固定する。
「まじですか? 私がこのロープで一人で降りるの?」
だんだん怖くなってきたユウに、明莉が注意点を伝える。
「この金具で落下速度を調整してね。早すぎると足とか腕とか折るし、ゆっくりすぎると、風に煽られスカイツリーの側壁に激突するから」
明莉の説明にますます怖くなってきた。
「あのさ~~あの、ですね、私はあんた達と違って、肉体は日本のごく標準基準値……以下の中学生なんですが」
呟きは聞こえないふりで、黙々と二人は、ユウの身体に降下用機材を取り付ける。
「あの~ものすごく~不安になって来たんですが……わたし五階の階段でも息が上がって……あの、二人とも聞いてます?」
「よし、こっちは準備完了よ」
作業用ステーションの少し上にホバリングしてスカイツリーへ近づくヘリ。
パイロットが位置を固定出来たと、OKサインを出す。
ヘリの横の扉をマリが開けると、強い風が機体の中に吹き込んでくる。
身を乗り出したユウの身体が、風で揺れ恐怖で動けない。
「あり得ないくらい高いよ……しかもこの風。ついでに深夜で視界が効かない空……怖すぎる……」
足がすくみ、ユウはなかなか降下を始められない。その手をマリが掴む。
「ユウ頼む、おまえに無理な事を頼んでいるのは分る。でも浅井が危ないんだ。私が代わってやりたいが、浅井を探す事はおまえにしか出来ない」
「うん……分かった、頑張る……」
マリの言葉に頷き決心し、扉から外に身体を乗り出す。
外では風が塔の上部で強く渦を巻いている。
一瞬機体が大きく揺れ、必死にヘリの手摺りにしがみつき、ユウが泣きそうな声を出す。
「……身体が動かないよう……どうしよう、浅井君を探さないといけないのに」
ヘリの出口にしがみつくユウに、近づいたマリ。
「ユウ、一緒に行こう」
「え?」
返事を返す前にユウの身体を右手で抱えたマリは、降下速度を調整する金具も付けずに、扉から一気に飛んだ。空中を風に流されながら落ちていく二人。
目標の作業用ステーションに激突する瞬間に、ロープを強く掴むマリ、落下速度が一気に遅くなる。代わりに風を受けて大きく揺れ始めたロープの先の二人の身体。
マリは上を見上げ、ステーションの位置を確認してから、左右に身体を振り始めた。振り子のように左右に大きく振られる二人。
「きゃああ、日本一高い場所でブランコなんかしたくない~!」
いつもより恐怖で女の子っぽいユウの様子に、マリは微かに笑った。
身体を振った反動で、上方へ飛び揚がりステーションへと着地する。
「大丈夫かユウ?」
マリの言葉で意識がハッキリしてくる。
「さっき、空中に飛んだ時、一瞬意識が無くなった……今でもボーッとしている」
作業用の細い手摺りがあるだけステーション、意識がハッキリしてくると、強風のこの場所に立った今も脚が震える。
「今更だけど……ちょっと忘れていた。私、高所恐怖症なの」
「大丈夫。マリもそう」
「それなのにあんな大胆な事をするなんて。落ちたらどうするのよ?」
「ユウがいるから」
「え? 私?」
「おまえを抱えて、失敗する事は出来ない」
マリの言葉で、少し心が落ち着いた。
「そうね、私も頑張るわ。ありがとうマリ」
頷いたマリがロープから手を離した。ヘリがロープを巻き取って上昇を開始した。ヘリが遠ざかって、聞こえるのは風の音だけ。ユウにまた恐怖が襲ってくる。
その時、頬に触れた小さな手。
「マリがおまえを支える。心配するな、落ちる時は一緒だから」
「そんな事を嬉しそうに言わないの。涙が出そうになるわ」
「そうか、仲間と一緒に死ねるなら、幸福とはまでいかないが、悪くはないだろう?」
「うん。そうよね、ごめんね、マリ」
「なんの事だ? マリは役目を果たしているだけ」
「分ってるよ。でもごめん」
ユウの頬に触れるマリの小さな手は、酷い火傷を負っていた。
さっき飛び降りたときに、左手の摩擦でユウと自分の落下速度を、調整した為に負った傷。
「これか……気にするな、たいした事じゃない。それより始めるぞ!」
ステーションの細い手摺りを背に座り、マリはユウの身体を両手で抱えて支える。風は強く視界が無い暗い夜の空。だが仲間が支えてくれる今は、怖くなかった。
瞳を閉じて集中し自分の霊力を高め始める。ユウは生まれつき強い霊力を持ち、霊との会話が行えた。
小さな頃は、高い霊力をうまく使えずに、悪い霊に憑かれ、霊障を受けて死にかけた事も何度かあった。
でも誰も助けてくれなかった。いや助けられなかった……両親には霊力は無かった。
いきなり恐ろしい事を叫びながら、転げ回る自分の娘に恐怖するだけだった。
そのまま意識を失い、次に目覚めた時にユウの目に映るのは白い天井。
そしてたくさんの端子をつけられた自分の身体。
一週間くらい記憶が飛ぶ事なんかよくあった。
医者は難しい病名を言い、脳に障害があると検査を繰り返す。
でも脳には問題は無く、身体はいたって健康だった。
ユウの症状に首をひねる医者は、看護師からユウを退院させる事を懇願される。
ユウが入院すると、病院で奇妙な事が多発した。
他の人間より人の死に対して経験がある看護師でも、恐怖で仕事にならない。
目覚めた翌日には、ユウは検査の途中で退院する。
迎えに来た両親の顔、その表情から、退院を心からは喜んでいないのがよく分る。
ユウが孤独を一番感じていた時だった。
「ユウ。大丈夫、絶対離さない」
マリの言葉に頷く。心の底を見たような勘の良さ、そして霊と交信できる能力。
異能のユウを理解する事は、血の繋がりがある者でも不可能だった。
だが今はこうして信頼できる仲間がいる、何を恐れる事がある。
巨大な光のオブジェ、東京が眼下に広がる。
その美しい景色に向かって、両手を伸ばしユウが交霊による、霊達との会話を始めた。
「みんな聞いて。私の大切な仲間を捜して欲しい。お願い時間が無いの」
霊力が高まり始め、徐々に白いオーラに包まれ、光り始めるユウの身体。
その姿はヘリで旋回する明莉にも見えた。
「まさに光の十字架……」
マリと明莉は同時に呟いた。
目映い十字の光を放つユウが受信機となり、都内の霊が集まってくる。
数千もの霊がユウの身体突き抜けていく。その度に揺れるユウの身体。
それを必死に支えるマリの小さな身体。高い霊力を持つユウだが、こんなに一度に大量の交霊は経験がなく、想像より体力と精神力の消耗が激しかった。
「だめ……このままでは、都内の全てとの霊の交信なんて……とても出来ない」
強い風でユウの声は途切れて聞こえる。
「どうしたユウ? 何が駄目なんだ?」
トランス状態に入ったユウに、マリの言葉は届かなかった。
「もう……私の……魂が……壊れる」
そう呟きユウが崩れ落ちる。その身体を支えたマリが風の中で懸命に呼びかける。
「ユウ! どうした? 大丈夫か!」
ヘリで様子を見ていた明莉が首を振る。
「都内の死霊、生き霊、悪霊、その全てと交霊する事は、ユウであってもやはり無理。これ以上続けるとユウの魂が消える……どうする?」
明莉はタブレットPCを操作して、浅井君の検索情報を確認する。
「裏DBの検索結果は、まだ地区単位で候補があがっているだけ。これでは……いや、この手でいくしかない」
明莉はヘリのパイロットに指示を出した。
「ユウ達がいる場所へ急いで! スカイツリーのてっぺんへ!」
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