第25話 東京のてっぺん

 次の日、ユウは明莉のマンションを訪ねていた。

 赤いジャケットの男について、明莉に情報を聞きたいとユウは携帯で連絡した。

 すると明莉からもユウと会って話したいと言ってきた。


「丁度いいわ、私のマンションに来てくれる? ユウと二人で話したかったの」


 明莉は、中学生だがユウと同様に一人で暮らしていた。

 ユウの場合は父親の仕事があり、仕方なく両親と別れ一人暮らしをしている。

 しかし明莉は自分で希望して一人暮らしを選んだ。

 マルチブレイン、妹の咲夜と自分を守るために。


「赤いジャケットの男、名前は九条武巽。ちょっと危ない香りがするの。私にユウのような鋭すぎる勘はないけど、心が落ち着かない。悪いけど九條を霊視してもらえないかしら」

 明莉は九條の正体を探って欲しいと言った。

「この間会った時に、何かがアイツには憑いていると感じたわ。それもとんでもないものがね」

「やっぱりそうなの。もう一度会えば、もっと情報は得られるかな?」

「たぶん、少しは分かると思う。でも、強力な負の力を感じたわ。もしかしたら、私の方が取り込まれてしまうかも」

「それも困るわね……どうしようかな」


「ところで明莉」

「うん? なに?」

「あんた、毎日こんなもの食べているの?」

「ええ、美しさを保つ為にね」


 明莉の部屋は二十畳のワンルーム。

 そこに置かれた高価なデザイナーデスクの上に、並ぶ缶を見てユウが呟く。

「アンドロスタンジオール,アンドロステンジオン,バンブテロール,ボルデノン,クレンブテロール,クロステボール,ダナゾール……なんの成分なの?」

「タンパク同化ステロイド。筋力をつけようと思ってね」

「ACTH、EPO、hGH、LH……これは?」


「ペプチドホルモンとその同族体。運動能力の向上」

「マリは家では馬肉しか食べないし、あなたはこんなの摂取している。身体は大丈夫なの?」

「大丈夫よ。マリは大量の白筋を維持する為に、脂身が少ない馬肉が最適なの。一日五キロは食べてるわ。私は……妹の咲夜の為にも、摂取する必要があるものなの」


「そう、明莉がそう言うなら、私は反対出来ないけど」

 アミネプチン,アンフェプラモン、アミフェナゾール、アンフェタミン、バンブテロール。アメリカの連続ドラマで見た、精神薬の名前を見つけユウは心配する。


「ユウ、咲夜が暴走した時、私の身体はボロボロになる。精神も同じく激しい頭痛と目眩に襲われるの」


 明莉の返答。首を横に振り考えを振り払う、でもユウの心配は消えない。

「分かっているわ。明莉が無駄に危険を冒すわけない。きっと必要なんだと頭では分かる……でも」

「ふぅ、ユウは勘が鋭すぎる。私の事を心配してくれて嬉しい。でも、咲夜と一緒にいられるこの身体は気に入っているの。普段は何一つ自由にならない咲夜が、暴走するのも、私は止めたくない。例え命を削られてもね」

「私は……」


 何かを言いかけたユウより先に明莉が口を開く。


「咲夜の自由になるものが一つあったわ。この髪は咲夜の好みなの。妹が普段通せるわがままはこの髪だけね」

 明莉は、カールした淡い青い色の髪に染めた髪に触れた。

 優等生である明莉が、唯一校則に違反している髪。


「分かった……もう言わないよ。明莉と咲夜の二人が決める事だから」

「うん。ユウ、ありがとう」

「わたしは、九條を見つけて霊視を試みるわ」

 うん、再び頷いた明莉の携帯が鳴った。

「非通知表示、いったい誰から?」

 携帯を耳元に移して非通知の電話に出る。

「はい。あなたか……良く私の携帯がわかったわね。今、あなたの噂していたからかな?……こっちの話よ。ところで用件は何かしら?……そう、わかった、確認させて……じゃあ」


携帯を切った明莉にユウが聞いた。


「九条からね?」

 勘が異常に鋭いユウは、的確に相手の名前を挙げる。

 頷いた明莉がユウに聞いた。

「ユウ、浅井君は携帯持っていないよね?」

「うん、必要無いって」


「悪いけど、浅井君の家に電話してくれるかな? 浅井君を呼び出して欲しいの」

 明莉の言葉に頷いたユウが自分の携帯を取り出した。

「もしもし。あ、おばさん。はいユウです、浅井君いますか?……え?本当ですか?」


 携帯を切ったユウが明莉の方を向いた。

「おばさんは、浅井君はわたしの所にいると思っていた……って」

「やっぱり本当なのね……」

「明莉、浅井君はどうしたの? さっきの九條の電話に関係あるのね」

「ええ、九條が浅井君はここにいるから、三人で遊びに来いって」

「三人で来い? 九條は何が目的なの……どうしよう明莉。浅井君の身に何かあったら……」

「三人で遊びに来いって言っているのなら、マリを呼んで遊びに行けばいいじゃない?」


「何を悠長な事を……いますぐ私は行く! 明莉は浅井君が心配じゃないの?」

「心配だから、どうやったら、無事で取り返せるか考えているの」

「ごめん明莉……そうね、じゃあ三人で堂々と正面突破で!」

「正面って……その前に、あんた場所分っているの? 浅井君と九条がいる場所」

「知らない……どうしよう明莉」


「明莉、明莉って、も~浅井君の事になると、ユウは全然ダメな子になるわね。ふう~仕方がない。ユウの能力を使うしかないか。私が裏のシンジケートDBデーターベースから検索してもいいけど、100%正確な情報とはいえないから、裏付けを取る時間が掛かる」


「ホントに私はダメだなあ。まさに弱点を相手に教えているようなものね。その点、明莉はいつも落ち着いていて、さすがだと思う」

「バカね、本当は私も焦っている。だから出来るだけ早く浅井君の居場所と状況を、正確に早く知りたい。そうじゃなければ、あなたに能力を使えなんて、私が言うわけない」


 そうね、と大きく頷いたユウ。

「それで、あなたの能力を使うのに、最高の環境は何処? すぐに準備する」

 明莉の問いに、ユウが窓に向かって空を指さす。

 高層マンションの三十階、明莉の部屋。その窓辺から見上げる場所。

「なるほど! あそこへ行くのね」

「うん、出来るだけ多くの思念をキャッチしたい。思念は電波と同じ特性を持つから、東京で一番高い場所へ。東京スカイツリーのテッペンへ行くわ」

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